第四十四話 十傑会合
各十六夜によって十傑が召集されたのは何年ぶりのことか。それこそ大昔に破神級が現れた時以来だろう。
集められた場所は狭間の町、門前町の一画にある大きな屋敷の一部屋だ。
「今更招集なんてかけやがって、一体何考えてんだ?」
先に集まっていたうちの一人。女性のウォーデッド――
「それに他の奴はまだかよ。あたしだって暇じゃないんだぞ?」
今集まっているのは六人。既に問題となっている那岐は当然現れないとして、残り三人はまだ現れていない。
「そう焦んなさんなって。確かに事態は急を要するけど、他の連中に当たってもしょうがないでしょ?」
一見チャラそうな男が遊佐を制する。彼の名は
「真の言う通りなのである。ここは大人しく待つところなのである」
真に同意した大柄な男。ウォーデッド
「そんなに眉間にしわを寄せていると小じわが増えましてよ?」
遊佐に食って掛かる女性――
「増えねえよ! ふざけんなてめえ!」
遊佐と麗歌は犬猿の中だ。出会えばこうして言い争いになる。と言っても召集でもない限りこうして顔を合わせることはないのだが。
「二人とも、今は非常事態です。言い争いをしている場合じゃ――」
「
「あら奇遇ですね。わたくしもそう思っていたところですわ!」
ウォーデッド夜一。彼は十傑の第十位で、この場にいるウォーデッドの中で一番の若手である。
「おう、やるか? 今やるか?」
「ええ、よろしくてよ。今すぐ表に出なさいな」
「いい加減にしろ。お前達。重要な会合の前だぞ」
ウォーデッド
ちょうどそのタイミングで、
「すまない、遅くなった」
「いや~ごめんごめん。おや? まだ沙耶さんは来てないようだね」
ちなみに序列は時雨が第四位。灯馬は第七位だ。
「時雨殿、灯馬殿。謝ることはないのである。我等も集まったばかりである」
「嘘つけ。お前は一時間も前からいただろうが」
「そういう遊佐殿は一番乗りだったのである。忙しいと申している割には素早い動きなのである。関心関心」
「うるせえ! あたしは面倒ごとはさっさと済ませたい
巌と遊佐が言い合いを始める中、時雨と灯馬が席に着く。残るは沙耶だけだが、なかなか彼女は現れなかった。
「それで、何故わたくし達は集められたのでしょう?」
麗歌が切り出す。十六夜からは集まるようにだけ言われただけで、その理由までは伝えられていない。
「私が代表して話そう」
話し始めたのは呉威の十六夜だ。黒髪と右目下の月型のタトゥーがポイントである。
「ウォーデッド颯の件は皆承知のことと思うが、その颯が先日、ウォーデッド睦月をの襲撃を退けた」
その場にいた大半の者がピクリと反応した。
「マジかよ。睦月の野郎は結構やり手だったはずだ。それがただの人間に負けるなんて」
真っ先に声を上げたのは遊佐だ。
「そうだな。確かに今まで退魔師に遅れを取ったって話も聞かないし、負けたってのは正直信じられない」
真がそれに同調する。歴戦のウォーデッドともなれば誰しも一度は退魔師と剣を交わしたことがあるものだ。妖の討伐を邪魔されることもある。それでも退魔師を退けて見せるのが一流のウォーデッドというもの。そもそも契約時に強力な肉体を得るウォーデッドが、人間に負けることなどあるはずがない。それが根底から打ち壊されたのだ。
「実際にウォーデッド睦月は敗北した。これは由々しき事態だ」
尚も十六夜は続ける。
「現状、颯は謎の力に目覚めつつあるようだ。これまでの退魔師とは違う何かを、奴は持っている」
「謎の力とは何ですの?」
「それが判明していれば、謎などという表現はしない」
麗歌の問いかけに、十六夜は静かに目を閉じた。場が静まり返る。少しの
「ともあれ、我々のやることは変わらない。籐ヶ見颯は世界にとっての異物と化した。早急に討伐する必要が――」
「その話。少し待ってもらおうか」
十六夜の話に割って入ったのは遅れてきた沙耶だった。白いコートを翻しながら、沙耶も席に着く。場の視線が沙耶に集中した。
「どういうことだ、沙耶」
呉威が沙耶に問いかける。
「坊やの件、儂に任せてくれぬか?」
この沙耶の言い分には、流石に気の弱い夜一でも食らいついた。
「そ、それはいくら何でも。こうして十傑が召集されるほどの事態なんですよ?」
「だからこそ、十傑第二位である儂に任せろと申しておる。那岐がいない今、最も力を持った
那岐が裏切りを働いていることは、この場にいる誰もが知っている。そちらへの対処も考えなければならないというのに、颯のこの一件だ。慎重になるのも頷けるというものである。
「それで、沙耶さんは颯をどうしたいのかな?」
灯馬の問いかけにも、沙耶は表情一つ変えることなくこう答えた。
「見逃す」
場がざわつく。それもそうだろう。颯は既に最優先討伐対象だ。それを見逃すと言い出したのだから、場が荒れるのも尤もだろう。
「何言ってやがんだ、沙耶さんよ~。世界にとっての異物を見逃すなんてありえね~。それはあたし等の沽券に関わるんだぜ?」
「そうなのである。いかに十傑第二位の言葉とは言え、容認はしかねるのである」
「こればかりはわたくしも同意ですわ。我等ウォーデッドは世界のバランスを保つために存在するのです。バランスを乱す存在を見過ごすことは出来ませんわ」
それでも、沙耶は動じない。沙耶は全員を見渡してから、改めて口を開く。
「坊やの存在は、那岐に対しての抑止の力であると儂は考えておる。那岐が何を考えているかはわからんが、坊やは必ず那岐と敵対するだろう」
「根拠は?」
射抜くような視線で沙耶を見詰める呉威。沙耶はその視線を堂々と受け止めながら答える。
「儂もあの坊やのことはずっと気にかけておった。それこそウォーデッドであった時からな。そして確信した。あの坊やは根っからの善人だ。自ら進んで世界のバランスを崩すような存在ではあるまいよ」
「意図せずとも世界のバランスを崩す可能性はある。可能性がある以上、その目を摘むのも我等の仕事だと思うが?」
「
沙耶は小さく息をついてから、試すような視線を呉威に向けた。
「あの坊やは必ず再び劔となろう。賭けてもよい」
「……一体何を賭けると言うのだ?」
「もちろん儂の進退だ。儂が抜ければ、お主は晴れて十傑第一位だぞ?」
呉威は言葉を詰まらせる。十傑第一位という称号は、彼にとってそれほどまでに輝かしいものなのだ。
「……お前にそこまで言わせるとは。颯という小僧、なかなかのものだな」
「おい、呉威。まさかとは思おうが」
これには十六夜も口を挟んだ。
「十六夜。私は沙耶に付く。颯の討伐は後回しだ」
「何を馬鹿なことを言っている。颯は危険だ。仮に肉体が滅んだとしても、十六夜が奴の
「その時はその時だ。それに、今は那岐の動向も気にかかる。那岐が何かを企んでいることは間違いない。それに備えるのも我々の仕事だろう?」
十六夜は口を閉ざす。呉威の言葉は尤もだ。那岐もまた、世界にとって危険な人物である。十六夜の許可なくウォーデッドの力を振るえるというのは、確かに見過ごせない脅威だ。
十傑の第二位と第三位が颯の動向を見守るという結論を出した以上、これ以上の話し合いは意味を成さないだろう。各自思うことあるだろうが、自分よりも強い相手に異を唱えたところで意味がないことは、それぞれ充分理解している。
これにより今回の十傑会合は幕を下ろした。颯と那岐、二つの脅威が世界を混乱の渦に導こうとしている。その対処は楽ではないだろう。それでもウォーデッドとしてやることに変わりはない。十傑達はそれぞれの思いを胸に、その場を後にしたのだった。
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