第八章 通すべき道
第四十三話 記憶
睦月の襲来からしばらく。颯達は比較的穏やかな日々を送っていた。戦闘で傷付いた身体も回復しつつある。琴葉は相変わらず籐ヶ見家に厄介になっており、既に家族のような扱いだ。買出しや家の掃除なども率先して手伝ってくれるため、とても重宝されていた。家事の合間には颯に稽古を付けてくれる。いつまでこの状況が続くかはわからないが、今のところ、文句のない生活であった。
朝。颯はいつものように筋トレに励んでいた。こうしている時が、なぜだか無性に落ち着くのだ。
そして考える。神楽の連れた十六夜が言っていた。自分は最優先討伐対象であるということ。つまり、今後も妖だけでなくウォーデッドの動向にも気を配らなければならないということである。
睦月は退けることが出来た。しかしウォーデッドは他にも多く存在していると言う。多人数で来られたらそれこそ打つ手がないのではないか。
出来ればもっと仲間が欲しいところだが、あてがある訳でもない。ウォーデッドである神楽が敵対して来ないだけでも
「そう言えば、神楽に話を聞きに行くのを忘れてたな」
自分がウォーデッドでなくなった理由を神楽ならば知っているかも知れない。自分が病院で目覚めたあの日、何があったのか。それがなくした記憶を探る糸口になるだろう。
記憶の中で出会った銀髪の少女。見た目からすると彼女も十六夜なのだろうが、その十六夜は今どこでどうしているのか。颯はそれを知らないのだ。
腕立て伏せが五百を越えた辺りで颯は身体を起こす。考えはまとまった。後はそれを確認しに行くだけだ。
颯はシャワーを浴び、服を着替えると出かける準備をした。その様子に気付いた琴葉が声をかけてくる。
「颯さん、お出かけですか?」
「ああ。神楽に話を聞きに行こうかと思ってな」
「そういうことでしたら私も同行します。何があるかわかりませんから」
確かに移動の途中でウォーデッドと出くわさないとも限らない。ここは素直について来て貰った方がいいだろう。
「そうだな。お願いするよ」
琴葉が準備を終えるのを待って、二人は一緒に家を出る。すると、ちょうど詩織がインターホンを押そうとしているところだった。
籐ヶ見家の前まで来て十分。詩織はインターホンを押せずにいる。
「久坂さん。今、颯の家に住んでるんだよね」
そう。詩織がこんなところでもたついている原因は久坂琴葉にあった。いくら怪我をしていたからとは言え、ここに連れ込んだのは間違いだったか。今でも琴葉はこの家に居ついている。何か理由はあるのだろうが、詩織からすればこの状況はよろしくない。
病院で言っていた。彼女は颯に好意を抱いている。これは同じく颯を想う詩織からすれば見過ごせないことだ。あとから現れた女性に颯を取られてしまうかも知れない。そんな不安が詩織の身体を硬直させた。
「いいや。女は度胸だ。頑張れ詩織」
何とか自分を奮い立たせ、インターホンを襲うと手を伸ばす。すると突然ドアが開き、二つ分の人影が現れた。
「あ、颯……と久坂さん」
颯と琴葉が一緒にいる所を見て詩織は表情を固くする。少し距離が近過ぎではないだろうか。詩織は思わず頬を膨らませた。
「何膨れてんだ?」
「膨れてない」
「どう見ても膨れてるだろ」
颯がこの状況をどう思っているのかはわからない。しかし女の戦いは既に始まっているのだ。
詩織は颯の手を取って話し始める。
「どこ行くの?」
「神楽のところだ。いろいろと話が聞きたくてな」
突然手を掴まれて動揺しているのか、颯は少し早口に答えた。これはいい反応だ。少なくとも、颯は自分のことを女として意識している。しかし、神楽の名前が出たのは気に入らない。神楽の方が颯をどう思っているかはわからないが、相手は女性。詩織からすればライバルになりかねない。
「話って?」
「だからウォーデッドに関する話だよ。お前にもわかってるだろ? 俺がいろいろとやばい状況なのは」
確かに、颯は危険な状態にある。妖からもウォーデッドからも狙われていると言うのだから、これ以上の危険はないだろう。最近颯が自分に構ってくれないのは、それらに巻き込まないためだとわかってはいる。わかってはいるが、それでも自分は颯と一緒にいたいのだ。
「一緒に行く」
「は?」
「私も一緒に行くって言ってるの!」
颯が困ったような顔をする。それもそうだろう。颯は基本的に優しい人間だ。自分を危険な目に遭わせないようにするためならどんな手でも使うだろう。例え自身の身を危険に晒したとしても。事故に遭った時と同じように。だから今度こそ離さない。二度とあんな悲しい思いをするのはごめんだ。
そんな思いが伝わったからか、颯は同行を了承してくれる。
「わかったよ。ただし、何かあったらすぐに逃げること。俺のことより自分の身を優先するんだ。お前だって天命から外れてるんだからな」
ほんの少しの違和感。今の颯は自分が天命から外れていることを知っていただろうか。颯が目覚めてからその手の話をした記憶がない。
「……わかった」
とにかく同行は許可してもらえた。詩織はそれで満足し、それ以上話を振らなかった。それが颯にとって重大な変化であることを知らずに。
颯達は三人で神楽の研究室を訪れる。久しぶりのドアからの訪問に、神楽は大層喜び、笑顔で彼らを迎えた。
「久しぶり。今回はちゃんとドアから入って来てくれたわね」
「お前だって病室にいきなり現れたじゃないか」
「そんな昔のことは覚えてませ~ん」
「ったく、都合のいい頭してやがる」
軽口から入るのはいつものこと。そんな感覚が颯の脳裏を過ぎる。自分には神楽とまともに離した記憶はない。それでも神楽とこうして話したことが過去にあったような気がした。
「なぁ、神楽。俺が目覚めたあの日。一体何があったんだ?」
いきなりだが核心を突く。こうでもしないと神楽はのらりくらりと
「ちょっと、いきなりそれ? もうちょっと怪我人を労わってくれてもいいんじゃない?」
「はぐらかすな。何かあったんだろ?」
案の定話題を挿げ替えようとしてくる。何が彼女にそうさせるのだろうか。颯は真っ直ぐに神楽の目を見据えて言った。
「頼む、神楽。お前だけが頼りなんだ」
神楽は少し考える素振りをしてから、観念したように息をつく。
「……那岐と戦った」
「那岐?」
「ウォーデッド那岐。現十傑最強の男よ」
十傑。その言葉に心当たりはないが、十傑と言うくらいだから相等の手練れのはずだ。その中のトップ。最強を相手にしたのだと言う。
「結果は?」
「言うまでもないでしょ。完敗よ。相手の気まぐれで私は助かったけど、あんたの十六夜は……」
そこまで言って、神楽は黙ってしまう。が後に続く言葉は何となく予想がついた。つまり殺されたということだろう。
「十六夜が殺されたことで俺はウォーデッドでなくなったって訳か」
「まさかそんな仕掛けがしてあるとは思ってもみなかったけどね」
神楽が言うには、本来ウォーデッドと十六夜は一心同体。一方が死ねばもう一方も死ぬと言うことだが、颯の場合は肉体が生きていたのでその例には当てはまらなかったとのこと。ウォーデッド化した魂からウォーデッドとしての部分のみが消え、残りの魂が肉体に帰った。一年前以上の記憶が残っているのは、肉体側――つまり脳に刻まれた記憶であったからだ。
「しかし、そうなると妙です」
琴葉が口を挟む。
「先日ウォーデッド睦月と戦闘した際に、颯さんはウォーデッドに近い気配を発しました。それにあの仮面。ウォーデッドであった時の颯さんの顔に似ています」
「何それ。ありえないわ。今の颯は本当にただの人間だもの」
神楽がそういうからにはそうなのだろう。しかし颯自身にも心当たりがった。
「銀髪の少女を見た記憶がある。たぶん、あれが俺の十六夜なんだろ?」
「そんなことありえない。ウォーデッド颯は確かに死んだ。記憶なんて残るはずない」
「でも実際に残ってる」
そう。颯の中には確かに銀髪の少女の記憶がある。顔も、以前病院で見たピンク髪の十六夜と同じだ。
「あんたそれ、本気で言ってるの?」
神楽の顔が険しくなる。
「もしそれが本当だとしたら、あんたはこの世界にとって間違いなく異物となる。ウォーデッドの記憶を持った人間なんて、いていいはずがない。それこそ十傑が黙っていないわよ?」
詩織は思わずその場に
「どうして颯ばっかりそんな目に遭うの!? 颯は何も悪いことはしてないのに!」
詩織の慟哭が周囲に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます