第四十一話 新たなウォーデッド
ウォーデッド
「籐ヶ見颯の件、俺にやらせてください」
元よりウォーデッド颯に対し懐疑的であった睦月だが、この度その颯が肉体に戻ったということを耳にし、いても立ってもいられなくなったのだ。
彼の師である時雨は、現十傑の一人である。十六夜からの情報で颯の肉体が目を覚ましたことは時雨も聞き及んでいた。今のところ変異の兆候は見られないが、霊力は以前の比ではないほど高くなっている。このまま行けば、更に生と死のバランスを崩しかねない。そう祖霊が判断したのだ。そうでなくとも、颯は既に天命に背いた離反者である。このまま生かしておく理由はない。
「お前に出来るか? 相手は覇王級を退けた魂の持ち主だぞ?」
今の颯にウォーデッドであった頃の力がないことはわかっている。それでも、その魂にはウォーデッドであった頃の記憶が刻まれているはずだ。いつ何時、何がきっかけで変異しないとも限らない。時雨はそれを危ぶんでいるようだ。
「確かに、俺は覇王級を一人で相手にしたことはありません。しかし、今の颯を放っておくのは危険だと思います」
睦月は拳を掲げて凄む。その勢いは今にも飛び出して行かんばかりだ。
時雨は思案する。颯の件を睦月に任せてよいものかどうか。ここは万全を期して、十傑である自分が行くべきなのではないだろうかと。
睦月の実力はかなりのものだ。ウォーデッドであった頃の颯にも引けを取らないだろう。
しかし、今の颯は未確認要素の塊だ。何せウォーデッドになった者が人間の身体に戻るなど、これまでに起こったことがない。そもそもウォーデッドとは本来、死者がなるものだ。その意味でもウォーデッド颯には元より懐疑的な目を向ける者も少なくなかった。睦月が言い出さなくても、いずれは対処しなければならない問題なのは間違いない。
「しかし、現在颯は退魔師を手を組んでいるようだ。その退魔師に目をつけられる可能性もあるが」
何故退魔師が、元ウォーデッドである颯に手を貸しているのかはわからない。しかし事実として、颯は退魔師としての力をつけていっていると言う。
「退魔師が邪魔をするならば排除するまでです。俺の能力を持ってすれば、殺さずに対処することも
睦月の持つ固有能力は
「それは油断だ。睦月。常日頃から言っているだろう。
「驕りではありません。俺は自分の能力を信じているのです。決して使い方を誤ったりしないし、手を抜くこともしない!」
睦月の勢いに、時雨は大きく息をつく。
「そうまで言うのならば、今回はお前に任せよう。しかし忘れるな。奴の動向には那岐も目を光らせている。下手に動いて、那岐を刺激するような真似だけはするな」
「わかっています」
睦月は自らの十六夜を呼び寄せ、転移の呪術を発動させた。
「それでは師匠。行って参ります」
「ああ」
転移の呪印を潜る瞬間、睦月は師である時雨に目を向ける。何か心配事がある時の顔だが、一体何を考えているのだろうか。その答えが出ないまま、睦月は呪印を潜った。向かう先は満ヶ崎。颯の現在位置は不明のため、足を使って探す他ない。とは言え、颯の霊力は十六夜が把握済みなので、探し出すのはそう難しくはないだろう。問題はどうやって対峙するかだ。
いきなり後ろから斬るのも手ではある。しかし、睦月のウォーデッドとしての矜持がそれを許さなかった。
「やはり、やるならば正面からだな」
出来れば邪魔は少ない方がいい。前もって満ヶ崎に集まっている妖を一掃するのも視野に入れておくべきか。
そうこうしている間に満ヶ咲に到着する。
「十六夜。颯の居場所はわかるか?」
青髪の十六夜は静かに答えた。
「ここから二キロほど離れた位置に颯のものと思われる霊力を感知した。どうやら妖と交戦中のようだ」
「そうか。ならば急ごう。妖との交戦で穢れを貰えば変異の原因になるかも知れない」
「ついて来い」
「御意」
十六夜が先行する形で睦月達は走り出す。その速度はもちろん人間のそれとは根本的に異なっていた。まさしく風を追い抜いて走っている。二人が颯の所に到着するまでそう長くはかからないだろう。睦月はその間に、颯への第一声をどうするかを考るのだった。
颯の刀が、妖の心臓目がけて伸びる。この妖に肋骨かあるかどうかはわからない。しかし、この速度ならば例え骨に守られていたとしても、骨ごと貫くことも可能だろう。それだけ鋭い一閃だった。しかし。
「甘いぞ退魔師」
颯の刃は寸でのところで妖の指に捕らわれてしまう。琴葉の渾身の一撃を片手で防ぎ、もう一方の手で颯の刀を受け止めて見せたのだ。これには颯も驚かざるを得なかった。相手はこちらを向くことなく、それでも的確に攻撃を防いだのだ。霊核を狙ったことを見切っていたから出来た芸当とも言える。妖自身も自分の霊核がどこにあるのか、正確に理解していた。それだけの話だ。
妖の手から逃れ、距離を取る。妖は思いの
憑神の速度でもこの妖には
颯の頬を汗が伝う。琴葉の方に目を向けるが、彼女も同様のようだ。
この妖は強い。
今この場にいるのは自分と琴葉、瑠璃のみ。邪魔は入らないし、保護すべき対象もいないが、同時に味方もいない。ならばこの三人でも可能な作戦を立てるまでだ。
まず琴葉の憑神はこのまま続けてもらうのがいいだろう。体力と霊力の消耗が激しいとのことだが、解いたところで勝てる見込みはない。重要なのはむしろ颯の戦闘能力である。
どう足掻いた所で、素のままでは憑神状態の琴葉の身体能力を超えることは叶わない。どれだけ霊力を足に集中させた所で、出せる速度は憑神の三分の一程度だろう。ならば使える限りの法術を使ってそれを補うまでだ。
颯は懐から呪符を取り出す。出来れば使わない方がいいと琴葉に念を押された法術――
琴葉は颯の意図に気づいたようで緊張している面持ちだ。それでも、この妖を放置するよりはマシだろうと考えたのか、琴葉はこくりと首を縦に振った。
左手で持った呪符を額に当てる。それだけで頭の中が白く塗りつぶされていくようだ。顔をなぞるように呪符を下ろす。すると、徐々に白い面が颯の顔を覆っていった。
白い面が颯の顔をすっぽりと覆いそうになったその時、それは現れる。黒い獅子を模した鎧を身に纏ったそれは、一突きに妖の心臓を穿った。
一瞬の出来事だ。霊核を貫かれた妖は断末魔も上げる暇なく、そのまま溶けるように霧散する。残された颯は白面鬼神の発動を中断した。
「あんたは、一体……」
颯のこぼした言葉に、それは反応する。
「ウォーデッド睦月」
その声は若い青年のものだ。睦月と名乗ったウォーデッドはそのまま先を
「籐ヶ見颯。お前を滅却しに来た」
鎧の上からでは、その表情までは窺えない。しかし向けられた敵意は本物だ。不意打ちとは言え、あの妖を一撃で屠ったウォーデッドである。弱い訳はない。
颯の頬を汗が伝う。辺りは緊張感に包まれ、重苦しい空気が場を支配していた。
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