第三十四話 歴代最強

 その気配は異様だった。これまでに出会った何者とも違う雰囲気。その場にいた全員が、その者の方を向いた。


 その者は夏場だというのに白いロングコートをはためかせている。その者がまとう空気に、その場にいた誰もが息を飲んだ。


 こいつは危険だ。颯の直感がそう囁く。が、身体が思うように動かない。まるで身体を支配されているような感覚である。


「白斗。いつまで遊んでいるんだ。お前には計画のためにもっと成長してもらわなければならないというのに」


 静寂の中、その者の声だけが響く。それまで逃げ惑っていた人々も、どういう訳か動きを止めて、その者に見入っていた。


「それに、その二刀流のウォーデッドには手を出すなと言っておいたはずだが?」

「な、那岐。これは違うんだ。ちょっと見てみたかっただけなんだよ。お前さんが気にしているウォーデッドってやつを」


 白斗は言い訳を並べ立てる。すると那岐と呼ばれたその者は、小さくため息をついた。


「白斗。お前まで俺の期待を裏切るのか?」

「そんなことねぇ! 俺はあんたに付いて行くって決めたんだ!」

「ならここは手を引け。お前はお前のやるべきことをやるんだ」

「あ、ああ。わかった」


 白斗はその場から姿を消す。恐らく転移が使えるのだろう。気配は既になく、どこへ向かったのかもわからない。天魔級を放っておくことは出来ないが、今はそれよりも目の前の男である。


「あんたが那岐か」

「そうだ」


 男――那岐は短くそう答えた。


「あんたの目的は何だ。計画とは何のことだ」


 続けて問うが、那岐は答えない。代わりにこう言った。


「颯、俺の仲間になれ」

「何だと?」

「俺と共に来い。お前にはその権利と力がある」


 何を言っているのかわからない。突然現れたかと思えば白斗との戦いを終わらせ、今度は仲間になれと言ってくる。


「あんたが何を言っているのか、俺にはさっぱりわからない。権利? 力? 一体何のことだ?」


 すると那岐は、嘆かわしいと言わんばかり息をつく。


「ウォーデッド颯、お前にはこの世界がどう見えている」

「どうとは?」

「この世界は腐敗している。お前達はそれを理解しようともせず、ただ役割だからと妖を斬って捨てているが……。それは本当に正しいことなのか?」

「正しいも正しくないもない。妖を斬るのは当然のことだ」

「ならば何故お前は妖を連れている。妖を斬るのが当然というのなら、その少女も例外ではあるまい?」


 那岐の言い分は尤もだが、こちらにもこちらの言い分がある。颯はそれをきっぱりと述べた。


「俺達の仕事は世界に害を成す妖の討伐だ。こいつに害はない。それだけのことだ」


 その答えを興味深そうに聞いている那岐。彼は「ふっ」と笑ってから、口を開く。


「ならば問おう。害とは何だ?」


 颯は答えに詰まった。一口に害とってもいろいろな種類がある。颯の口にした害とは人間達に対する害だが、それを言い始めると、殺人者などはどうなるという話になってしまう。


 颯が答えにきゅうしていると、那岐は声高らかに自身の考えを述べた。


「そう。害とは主観に過ぎない。一方的なものの見方で害、無害を決めるのは愚かなことだ。そうは思はないか? ウォーデッド颯」


 颯は言い返せなかった。流石は何百年もウォーデッドをやっている人物である。口先の扱いでは勝てそうにない。


「だから俺は俺のやり方で世界に利をもたらす。その計画を実行する中で、お前の存在は重要な鍵になるんだ」


 那岐は颯に向かって手を伸ばした。


「俺と来い。一緒に新しい世界を作ろう」


 その時、神楽が動く。




 那岐に向かって全力の突進。それは疲労困憊ひろうこんぱいの彼女にとって、残された力による最大の踏み込みであった。


 閃く一線。しかし那岐には届かない。手にした刀の鞘で簡単に受け止められてしまった。


「なっ!?」


 神楽は混乱する。相手は未解放。つまりウォーデッドとしての力を使っていない。にもかかわらず、全力を出した神楽の攻撃を防いで見せた。


「くっ!?」


 それでも神楽は攻撃をやめない。より一層激しく、二撃、三撃と攻撃を連ねていく。それでも、那岐はそのことごとくを防いで見せた。


「ウォーデッド神楽。確か沙耶の弟子だったな」


 神楽の攻撃を捌きながら、那岐は悠然と口を開く。


「大した太刀筋だが、決め手にかける。沙耶の域まで達するにはもう数百年と言ったところか」


 その様子に神楽は怒りをあらわにした。自分の実力には自信がある。確かに師である沙耶には及ばないかも知れないが、それでも幾多の妖を狩ってきた歴戦のウォーデッドなのだ。それなのに今はどうだ。転身もしていないウォーデッドに遅れを取っている。これが怒らずにいられようか。


「何なのよあんた! さっきから訳わかんないこと言って! 歴代最強だか何だか知らないけど、あんたは間違ってる! それだけはわかる!」


 神楽は刀を振りながら呪印を展開し、紫電を放つ。


「ほう。手を使わずに呪印を結ぶか。なかなかよく訓練しているようだな」


 しかし、それすらも那岐には届かなかった。那岐が鞘に収まったままの刀を一振りすると、雷撃はまるで元から存在していなかったかのように掻き消えてしまう。




 強い。颯は見ているだけだったが、これが現十傑のナンバーワンにして歴代最強のウォーデッドの実力か。未開放だというのに、あの神楽がまるで子ども扱いだ。


 これはよくない流れである。那岐は自分を仲間に引き入れるつもりでいるようだが、生憎こちらにその意思はない。だが、断るということがどういうことかわからない颯ではなかった。そう。この場で那岐と敵対するということだ。


 あの白斗が大人しく従うくらいだ。那岐の実力は想像に難くない。実際、神楽が手も足も出ないのだ。未開放でこの状態なら、開放したらどうなるのか。考えたくもない。


「ちょっと颯。何やってるの!? さっさと手を貸しなさいよ!」

「あ、ああ」


 神楽の声に我に返った颯は、透かさず刀を構える。それを見た那岐はニマリと笑った。


「いいだろう。一度手合わせと行こうか」


 那岐が刀を抜く。やはり十六夜からの許可なしで抜刀出来るようだ。原理はわからないが、こうして刀を抜いて見せた以上、彼に十六夜は許可は必要ないということである。


 正直、先ほどまでの白斗戦でだいぶ消耗しているが、今はそんなことを言っている場合ではない。相手は既にやる気なのだ。


「颯、参る!」


 先に仕掛けたのは颯だった。充分に力を溜めてから瞬時に相手との距離を詰める。二刀の刀を使った渾身の二連撃。しかし両方とも、相手の刀で受け止められてしまう。まるで狙う位置がわかっているかのような動きだ。


 颯はその場でくるりと一回転し、そのまま連撃を加える。が、これも防がれてしまった。


 舌打ちしつつ更に連撃を加えていく。相手が気付いているかは不明だが、これでも雫の支援が入っているのである。相手の運気は間違いなく減っているはずだ。それでも効果が現れないのは、それだけ実力差があるということなのだろうか。霊力も残り少ない。この場で倒しきるのは不可能に近いと言わざるを得なかった。


「颯、合わせて!」


 神楽が叫ぶ。咄嗟のこととは言え、そこはウォーデッドである颯だ。素早く反応して前後から那岐を挟み撃ちにした。前からは颯が、後ろからは神楽が、それぞれ斬撃を放つ。いくら歴代最強と言われるウォーデッドでも、未開放の状態の身体では刀を受け止めることは出来ないだろう。相手の刀は颯が押えた。これで神楽の一撃は入る。そう思った。

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