第六章 最凶の敵

第三十一話 那岐

 ウォーデッド那岐。それは現十傑最強のウォーデッドである。数々の呪術を呪印なしで使いこなし、これまで数多の妖を屠ってきた。彼は見た目こそ二十代前半と言ったところだが、これでも古参に分類されるウォーデッドだ。現十傑との交流も深かった。しかし、その那岐が今、祖霊に反旗を翻したのである。


 ことの発端は彼が、元科学者の妖と出会ったことにあった。その妖は自らを機械化することで力を増そうとしていたのだ。彼はその妖と共謀することで、自らの十六夜を機械の器に閉じ込めその力を引き出し、独力でウォーデッドとしての力を振えるようにした。


 那岐は長年思っていたのだ。自分はいつまで戦い続けるのかと。もちろん生前のことは覚えていない。一体何故自分がウォーデッドになったのかもわからない。十六夜は自分のことを咎人とがびとと呼ぶが、何の咎を背負っているのか。ずっと気になっていた。


 十六夜に尋ねたこともある。しかし十六夜は何も教えてくれない。そうして何百年が経つうちに那岐はこう考えるようになった。祖霊を支配下に置けば、この呪縛から解き放たれるかも知れない。過去の自分を暴き、その先に進むことが出来るかも知れないと。


 十六夜という枷から解き放たれた那岐は、仲間を募った。祖霊の力は強大だ。ウォーデッド一人でどうこう出来るものではない。だが、彼に賛同するウォーデッドは現れなかった。那岐は仕方なく、ウォーデッドを殺す。情報の漏洩は好ましくない。自分と同じ境遇である他のウォーデッドを殺さなければならないことは、彼にとって苦痛だった。だからこそ、彼等を救うために、那岐は行動を起こしたのである。


 那岐の言う計画とは、より強力な妖を募ることであった。十傑を凌ぐ力があれば祖霊に対する牽制になる。那岐は自らの血を与えることで妖を強化し、時を待った。それでもなかなか強い妖は育たない。祖霊が率いる他のウォーデッドが妖を狩ってしまうからだ。


 そんな時、一人のウォーデッドが那岐の目に止まった。颯である。颯は生きた肉体を持つ初めてのウォーデッドであった。那岐は感動に打ち震える。過去との繋がりを持ったウォーデッドが現れたのだ。これは祖霊にとっても想定外の事態のはずである。不結の十六夜もなかなかやるものだ。


 那岐は颯を育てることにした。と言っても直接手を貸す訳ではない。彼の周囲に手下の妖を多数配置し、戦わせる。実戦に勝る訓練はない。颯は着実に実力をつけて行っている。同時に、過去を取り戻しつつあるらしい。これは予想外に早い展開であった。詩織とかいう人間がいい立ち回りをしていたようだ。


 このまま行けば颯は自分の味方になってくれるかも知れない。祖霊を支配下に置き、全てのウォーデッドをその咎から救済するのだ。


 しかし同時にこうも思う。颯は自分にとって最大の障害となり得ると。


 颯の成長スピードはかなり速い。十傑の頂点にいる自分ですら、このペースでは成長していなかったように思う。あの紅夜叉を一人で倒してしまったのも想定を超えていた。


 もし颯を勧誘し断られた時、自分はどうすればいいのか。颯を殺し、また何百年も時間をかけて仲間候補を探すか。否。それは出来ない。そうしている間に、ウォーデッドは更に増え、被害は拡大していくだろう。


 最悪、颯なしでも計画を実行することもあり得る。そのためには、強力な妖がもっと必要だ。この世界は不浄に満ちている。妖にはこと欠かない。破神級の妖を意図的に生み出せるようになれば、この世界のバランスは変わるはずだ。


 那岐は今日も、妖に血を与える。そうして悪食となった妖は更なる力を求めて人間やウォーデッドを襲うだろう。しかしこれは必要な犠牲なのだ。世界をよりよく変えるための礎として彼等は機能する。それはとても素晴しいことなのだと那岐は思っていた。


 要するに、この那岐というウォーデッドはどこまでも狂っているのだ。


 また世界のどこかで新たなウォーデッドが生まれる。それは災厄か福音ふくいんか。それを知る人間はどこにもいない。


 那岐は笑う。この腐った世界に祝福あれと。その笑いは夜の闇に溶け、誰の耳にも届かないのであった。




 一方。機械の器に捕らわれた金髪の十六夜は思う。何故こんなことになってしまったのか。那岐は優秀な劔であった。それは誰もが認めるところで、それ故に彼は十傑に名を連ねることとなったのである。


 生前の那岐はいわゆる人斬りであった。他者の頼みで人を斬る。それを生業としていた。那岐というのはその時に名乗っていた仮の名である。


 ある時、那岐はある大名を切った。それは農村に住む者達からの依頼であった。厳しい搾取を受けていた農村の者達は自身ではどうすることも出来ないと、那岐に仕事を頼んだのだ。那岐はこの依頼を二つ返事で受けた。大した報酬ではなかったが、それでも苦しむ人々のためならばと刀を振るったのだ。


 しかし、その大名を切ったことが彼の人生の転機になる。彼を怖れた諸大名から多額の賞金をかけられたのだ。最初は感謝を述べていた村の者達も、彼を賞金首として扱うようになった。


 正義を成したのに何故このような扱いを受けるのか。彼は怒った。そして悔やんだ。自らの行いを。こんなことであれば救うのではなかった。那岐は村の者を皆殺しにし、自らに言い聞かせた。この世はあり方は間違っている。誰かが正さねばならない。そのためには力が必要だ。何者にも負けない力。何者をも跪かせる圧倒的な力が。


 那岐は賞金稼ぎどもを返り討ちにしながらその策を考えた。そして行き着いた先はこの世ならざる者への転身である。最早人の世を救うのに人の力では足りない。人を超えた者へと自らを変え、そして人の世をよい方向へと導くのだ。


 その日から、那岐は人を超えた力の研究にのめり込んでいく。伝承に伝わる妖怪や物の。その力を借りられないかと考えた。だが那岐は実際に妖怪や物の怪に遭遇したことがない。いくら探しても妖怪や物の怪は現れなかった。ここで那岐の最初の異常性が発現する。


 いないのならば作ればいい。


 那岐は動物や人間を使って化け物を作る研究を始めた。人と動物の融合である。まずは異種間交配。これは上手くいかなかった。どうやら全くの異種族間では子どもはできないらしい。ならばと考えたのがぎだ。生きた人間に動物の身体の部位を移植した。だが、これも上手くいかなかった。まるでそうあることを拒絶するように、実験体は命を落としてしまう。


 寝食を忘れるほど那岐は研究に没頭したが、結局碌な成果も得られず。弱ったところをある大名の手の者に捕まり斬首されてしまった。これが那岐の人間としての終わりである。


 だが、この時、那岐の目的は叶うこととなった。研究と称して殺した人間の中に、天命を迎えていないものがいたのだ。


 那岐は願った。劔となる道を。例え過去を捨ててでも、この世の間違いを正す。その決意を十六夜は受け入れたのだ。


 その結果がこれである。自分は捕らえられ、今は身動き一つ取れない。力だけを一方的に酷使される日々。


 十六夜は願う。現状を打破する存在の登場を。そしてそれは、少しずつではあるが確実に前に進んでいた。


 颯。その名をこの十六夜は知らない。謎の機械によって同期を封じられているから。この十六夜は知らない。颯が那岐を超える逸材であるということを。この十六夜は知らない。颯が那岐の存在に気付いたことを。


 自ら命を立つことすら出来ない十六夜は、今日もむなしく空想する。自らが救われるその時を待ちわびながら。

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