第二十三話 十六夜のあれこれ/弐
不結の十六夜は、赤髪の十六夜を尋ねる。彼女は現存するウォーデッドの中で五本指に入る古株の相棒だ。情報を聞き出すならもってこいと言えた。
「不結か。何の用だ」
髪と同様、燃え立つような赤い瞳が十六夜を捉える。
「妖についての情報が欲しい」
「……そんなもの、同期すればいくらでも手に入るが?」
「同期はしない。私は自分という個を失いたくない」
「……同期で情報は取得していたが、なるほど。これが不結か」
赤髪の十六夜は小さくため息をついた。
「それで、どの妖の情報が欲しいんだ?」
「最近満ヶ崎に現れた、両腕が刃のようになっている妖だ」
不結の十六夜はこれまでの経緯を口頭で伝える。颯が退魔士と戦ったこと、その戦闘中に突如妖が現れたこと、その妖はどういう訳か気配を消せるということ。出来るだけこと細かく、言葉を尽くして説明してみせた。
「満ヶ崎……。少し待て、同期により情報を取得する」
赤髪の十六夜は目を閉じ、他の十六夜と同期を行う。それもほんの少しの間だった。ものの数秒で赤髪の十六夜は目を開く。
「情報を取得した。あの辺りは霊的に安定した場所だ。そうそう強力な妖は現れないはずだが」
「実際に現れている。先の紅夜叉の一件。知らぬと言うことはあるまい」
「紅夜叉の件は承知している。が、あれはイレギュラーだ。
不結の十六夜は
「そうか。やはり同期と言うのはあまり役に立たないようだ」
そう言って、不結の十六夜は振り返る。欲しい情報が得られないというのであれば、この場に留まる理由はない。
「待て」
そんな十六夜を、赤髪の十六夜が呼び止める。
「何だ」
不結の十六夜は足を止め、首だけ赤髪の十六夜に向けた。
「ウォーデッド那岐が裏切りを働いた。お前にも討伐に協力してもらう」
「那岐……。確か十傑の一人だったな」
那岐。その名は噂で聞いたことがある。現十傑最強と言われているウォーデッドだ。
「ああ、そうだ」
「何故裏切ったと言い切れる。確証はあるのか?」
「奴にウォーデッドが襲われた。妖と通じているという情報も上がってきている」
ウォーデッドがウォーデッドを襲う。意味がわからない。そもそも十六夜の許可がなければウォーデッドは力を振るうことが出来ないはずだ。
「流石に十傑の固有能力は把握している。那岐の能力は呪印破棄のはずだ。自立開放ではないだろう?」
「その通りだ」
「ならば何故ウォーデッドが襲われる。開放が出来ないはずだが?」
「いいや。奴は何らかの方法で我々の承認なしに開放する
それが真実ならば大事である。ウォーデッドによる反乱が可能になるということだ。
「目的は不明だが、奴は仲間を募っているようだ。そして断ったウォーデッドを殺している」
今の所、彼に賛同する者は現れていないらしい。しかし、そのようなウォーデッドが現れたとなると、今後も同じような事例が起こらないとも限らない。祖霊はウォーデッド選択の際の条件を見直すだろう。最悪、颯にも更なる不自由を与えてしまうかも知れない。
「奴は危険だ。一刻も早く討伐しなければならない」
「それは妖よりも優先的に、ということか?」
「そういうことだ」
相手は現十傑最強のウォーデッド。今の颯では単独での討伐は困難だろう。
「那岐については、うちの奔放なウォーデッドが調査に当たっている最中だ。いつ戻るかはわからないが、新しく情報を入手したらお前にも提供しよう」
「……情報感謝する」
不結の十六夜は呪印を展開し、その場から姿を消した。
夜。不結の十六夜が籐ヶ見家へと戻ると、雅恵から熱烈な歓迎を受けた。
「あら、十六夜ちゃんおかえりなさい。昨日はどこ行ってたの? 帰って来ないから心配しちゃったわよ」
「私の心配は無用だ。こう見えてもお前よりずっと経験を積んでいるからな」
「そんなこと言って、見た目は可愛い女の子なんだから、気をつけないと駄目よ」
十六夜の言うことなんて何のその。雅恵は十六夜の手を取り、すぐさまダイニングルームへと向かう。
「お腹空いてるでしょ? ご飯出来てるから食べちゃいなさい」
「い、いや。私は腹は空かないんだ」
視線で颯に助けを求めた。しかし、当の颯は首を横に振って諦めを促す。
目の前には山のように盛られたご馳走の数々。確かに美味そうだが、十六夜に食事は必要ない。どう断ったらいいものかと十六夜は思案する。が、雅恵の圧は相当のものだった。勢いに押され、ついに食卓についてしまう。
「い、いただきます」
仕方なくおかずを箸で摘み、口へと運んだ。口に入れた瞬間、十六夜は目を見開いた。
「……美味い」
見た目こそシンプルな家庭料理だが、その実しっかりと手間がかけられているのがわかる。食事にあまり関心のない十六夜だったが、これには素直に感動した。
また別の皿に箸をつける。これも美味い。口に入れる度に感動が広がる。食事とはただの栄養摂取だと思っていたが、これはそんなものではない。芸術だ。見た目の彩りも味も、その全てが高い位置で調和し、食べた者を楽しませる。このような食事にはこれまで出合ったことがない。
「ご馳走様」
最初はしぶしぶであった十六夜だが、最終的に完食してしまった。このような食事なら毎回楽しみにしてしまうというのもわかる気がする。話には聞いていたが、食事というのはこれほどまでに楽しいものなのだと、十六夜は実感するのだった。
「はい、お粗末様」
十六夜の様子を楽しげに見詰めていた雅恵が、片付けを始める。十六夜が「ふぅ」
と息をつくと、隣に颯がやってきた。
「お前でもそんな顔するんだな」
「そんな顔とは?」
「鏡見て来いよ。いい顔してるぜ?」
十六夜は自分の表情が気になったのか、頬をこねくり回す。確かにいつもより口角が上がっているかも知れない。
「なるほど。これが笑顔というものか」
颯が笑っている所は見たことがあるが、自分もこうして笑うことが出来るのだということを十六夜は初めて知った。こんなことなら、颯にも普段から美味いものを食わせてやるんだったと後悔する。いくら食事を必要としないとは言え、この楽しみを奪うのはあまりにも
「何
そう言って、颯は湯飲みを差し出してくる。中には熱々の緑茶。食後の一杯には丁度いい。
「すまない颯。お前のことは普段から気を使っているつもりだったが、少々思い違いがあったようだ」
「謝るなって。別に気にしちゃいない」
それも颯の気遣いなのだろう。全く。自分はいい相棒を持ったものだ。十六夜は素直に受け取ることにした。
「そう言えば、十六夜ちゃん用のお布団出さないと」
キッチンの方から雅恵の声が聞こえてくる。
「お客さん用のお布団ってまだあったっけ」
反応したのは縁だった。
「ええ。客間の押入れにあと一組入ってるから、出してあげてちょうだい」
「わかった~」
「ちょっと待て、私は眠らないから布団は必要ない」
そう言ったのだが、縁はさっさと部屋を出て行ってしまう。何故この家の人間は、こうも人の話を聞かないのだろうか。十六夜は大きく息をついた。
かくして籐ヶ見家の客間には琴葉、瑠璃、十六夜の三人分の布団が並ぶこととなる。眠る必要のない十六夜にとっては意味のない行為だが、こうまでされれば仕方がない。形だけでもという話になり、十六夜は大人しく布団に
隣では既に琴葉が寝息を立てていた。それは瑠璃も同様で、この場で起きているのは十六夜だけだ。
「何なんだ、この家は」
強引な所に多少の不満はあったが、待遇のよさは考えるまでもない。颯の傷もまだ癒えていないようだし、もうしばらくはこの生活が続くだろう。颯の傷が癒えた時、大人しく開放してくれるだろうかという不安が
十六夜は静かな寝息が響く部屋の中、一人瞑想を続けるのだった。
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