第二十二話 夢/後
そして昼。詩織と二人で学食にやって来ると、翔が席を取って待っていた。
「おう、こっちこっち」
「早いな、翔」
「そりゃ、講義が終わるなりダッシュで来たからな」
昼ともなれば学食も人で賑わう。早めに来て席を確保しなければ、あっという間に席は埋まってしまうのだ。こういう時、翔のように気を利かせてくれる友人がいるのは非常にありがたい。
「さぁ、さっさと食券買って、飯にしようぜ。俺腹減ったよ」
「じゃあ、翔から行って来いよ。俺達は待ってるから」
「そうか? じゃあお先にっと」
交代で食券を買いに行くことにする。翔は人だかりが出来始めている券売機へと向かった。人気のメニューは早く行かなければ売り切れになってしまう。せっかく席を取っておいてくれたのだから、好きなものを食べて欲しいと言う颯なりの心遣いだった。
「颯も行って来ていいよ? 私待ってるし」
「いや、いいよ。詩織一人だと心配だからな」
「もう、何それ~」
実際、詩織を一人にしておくとすぐに誰かしら男子が声をかけてくる。詩織の容姿は、それほどに異性を惹きつけるものがあった。
隣に座った詩織をちらりと見る颯。いつ見ても彼女は美人だ。全体的にスレンダーだが、出るところはしっかりと出ている。やや茶色く染めた髪は艶やかで、つい触ってみたくなるほどだ。
「ん? どうかした、颯」
「あ、ああ……。いや。何でもない」
見惚れていた、なんて言える訳がない。颯はさっと視線を正面に戻し、話題を探した。
「そ、そう言えばこの前、縁がうちの大学受けるって言ってたぞ」
「え、そうなの!? やった~。これでまた皆一緒にいられるね」
「ああ。そうだな」
小さい頃は縁も含めて三人で遊んでいたのを思い出す。あの頃は颯を先頭に無邪気に走り回っていただけだったが、今は女子二人の方が立場が強い。遊びにせよ買い物にせよ女子の方に主導権があるのは自明の理。颯もすっかり振り回されるのに慣れてしまった。
それでも大学に入れば今度は翔の存在もある。人見知りしない縁のことだから、翔ともすぐに仲良くなるだろう。今後は四人で行動することも増えるかも知れない。それでも女子二人の勢いは削がれることはないだろうが、それはそれで楽しみだと、颯は思った。
そんなこんなしているうちに翔がトレーを持って帰ってくる。
「よう、お待たせ。お前等も早く行って来いよ。まともなのがなくなっちまうぜ」
「そうだな。詩織、行こう」
「うん」
詩織と二人で席を立った。券売機の前は既に人でごった返している。その様子を見て颯達は一つため息をついてから、列に並んだのだった。
颯は目を覚ます。
見知らぬ天井。見知らぬ部屋。そこはかつての自分が居室としていた部屋であった。
「もう朝か」
何やら妙な夢を見ていた気がする。自分がこの家で暮らし、詩織や翔と共に大学で過ごす夢。これは実際に過去にあったことなのだろうか。考えてみても、ウォーデッドとなった今の自分には実感がない。
「これが過去の記憶なのだとして、だから何だって言うんだ」
そう。今の自分はウォーデッドなのである。過去を捨て、隠世と現世のバランスを保つために魂を捧げたのだ。そのことに後悔等あるはずもない。
自分のものだというシャツを捲る。昨日雅恵に巻かれた包帯がそこにあった。こんなことをしても意味はないと説明したのだが、それでもと押し切られてしまった。母は強しと言うが、これがそうなのであろうか。
と、ドアの向こうに人の気配を感じる。次いで、控えめなノック。この気配は詩織のものである。颯はベッドから身を起こし、声をかけた。
「入っていいぞ」
「……お邪魔しま~す」
何故か小声で言ってから詩織はそそくさと部屋の中に入ってくる。
「おはよう、颯。傷の方は大丈夫?」
「ああ、もうだいぶ塞がった。ゆっくり休めたからな」
「そっか~。それはよかった」
詩織がにっこりと笑う。その笑顔は魅力的だったが、やはり今の颯の胸には届かない。
「何か用事か?」
「ああ、うん。雅恵さんがご飯だから颯を起こして来てって」
「食事か。あまり世話になりたくないんだが」
神楽と話をした後、風呂に入って戻ってくると、神楽はどこかに消えていた。伝えたいことは伝えたということだろう。
「ちゃんと食べないと。怪我が早く治らないよ?」
「それは昨日説明しただろ。ウォーデッドに食事は必要ないんだ」
ウォーデッドである今の颯には物理的な食事はあまり意味がない。霊力の回復をするなら狭間の町――門前町にある食べ物を口に入れるのが一番だ。
「でも普通の食べ物でも霊力は回復できるんでしょ?」
「まぁ、出来ないことはないが」
「じゃあやっぱり食べた方がいいよ。雅恵さんのご飯おいしいし!」
詩織は颯の手を取り、部屋から連れ出す。その気になれば
テーブルの上に用意された食事は、朝にしては豪勢だった。ご飯に具沢山のみそ汁、焼き魚、卵焼き、サラダ、昨晩の残りの煮物等々。昨晩のメインはから揚げであったが、この雅恵という人物は食には相当こだわりがあるようだ。
「おはよう、颯。よく眠れた?」
「ああ。わざわざすまない。部屋まで貸してもらって」
「何言ってるの。あの部屋は元々あんたの部屋なんだから、好きなように使っていいのよ?」
そうは言うが記憶はないのである。正直門前町にある屋敷の部屋の方が落ち着くのだ。
「いいから座りなさいな」
颯は夢の中で座った席に腰をかける。恐らくここが自分の定位置なのだろう。
「さぁ、召し上がれ」
「……いただきます」
颯は両手を合わせて食事をいただくことにした。その様子を見て、雅恵がポツリと漏らす。
「昨日も思ったけど、そういうきっちりしたところは変わってないのね」
「そうなのか?」
「うん。やっぱり颯は颯ね。ウォーデッドとかいうのになっちゃったっていうからどんな風に変わっちゃったのかと思ってたけど……。母さん嬉しいわ」
そう言って涙をこぼす雅恵。こういう姿を見ると、途端に申し訳ない気持ちになるのは何故なのか。自分の母親だと言われても微塵の実感も湧かないのに、涙を見せられると妙に胸がざわつく。颯はそのモヤモヤを晴らすように、ご飯を口にかき込んだ。
どこか懐かしい味がする朝食を済ませ、何をするでもなくテレビを眺めていた颯。ニュースキャスターが昨日起こったという集団失踪事件について語っている。目撃者の情報に寄れば、突然人が消えたとのこと。これは妖が絡んでいると見て間違いないだろう。
とは言え、今の自分は療養中。十六夜からは何の音沙汰もない。これでは現地に向かったところで何も出来ず
「情けないな」
琴葉と戦うことになって、下手をすれば死んでいたかもしれないと思えば、現状は幾分マシと言える。しかし、こうして妖の被害が出ているというのに動くことが出来ないというのは、颯にとってはストレスだった。
「そんなにおっかない顔しても、現状は代わらないと思うけど?」
縁が颯の顔を覗きこむ。本来であれば大学に行っている時間だが、今日はサボるとのこと。この家は自分の運気に守られていると十六夜が言っていたし、妖が今どこにいるかわからない以上、この家にいるのが一番安全なのかも知れない。
やるせない思いを抱きながらニュースを見続けていると、ようやく目を覚ましたのか琴葉が瑠璃と共にリビングへとやってきた。
「あら琴葉ちゃん。だいぶお疲れみたいね。大丈夫? ご飯食べる?」
「ああ、はい。いただきます」
下手に断っても押し切られるのがわかっているのか、琴葉はすんなりと雅恵に従っている。猫又だという瑠璃はあくびをかみ殺しているが、食事をすること自体に不満はないようだった。
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