第二十話 怪しい影

 颯の部屋に着くなり鍵を閉める神楽。どうやらよっぽど聞かれたくない話らしい。


「で、例の退魔師とはどうなった訳?」

「とりあえず戦う気は失せたらしいな」


 腕を組む神楽に対し、颯は短くそう答えた。


「……そういうことならよかったけど。あんた、たらしの才能でもあるんじゃない?」

「何を言っているんだ」


 そもそも相手が女だと言った覚えはない。これも女の勘というやつだろうか。颯はは眉をひそめた。


「それよりも、何か話があるんじゃないのか?」


 颯が真剣な眼差しで見詰めると、神楽は小さく息をついてから話し始める。


「妙な話があったから教えに来たのよ」

「妙な話?」

「妖と手を組んだウォーデッドがいるって」

「何だそりゃ」


 妖と手を組んだウォーデッド。そんなものが存在するはずがない。ウォーデッドは十六夜の命令によってのみ力を振るうことが出来る。そして十六夜は祖霊に与えられた役割によってのみ動くのだ。祖霊にとって妖は滅ぼすべき存在であり、手を組むなどってのほかである。


「どこからの情報だよ。そんなものいる訳が――」

「十六夜からの情報よ」


 颯の目が変わった。十六夜からの情報と言うことは、既に同期された周知の事実であると言うことだ。 


「……いつからだ」

「はっきりと確認されたのはつい最近。ウォーデッドの名前は那岐なぎ

「那岐。一体どうやって十六夜の目から逃れている」

「それが、彼の十六夜と同期が出来ないらしいの」


 同期が出来ない。それはつまり、既に死んでいるか霊的な拘束を受けているかのどちらかだ。前者であった場合、那岐もまたこの世に留まってはいられないはずなので、考えられるとしたら後者である。


「那岐の固有能力は?」


 ウォーデッドにはそれぞれ一つ固有の能力が備わっている。颯だったら『確率操作』、神楽だったら『物質透過』と言った具合だ。


 颯の『確率操作』は自分にとって都合のいい未来を引き当てる能力だが、任意で使うことが出来ない上に効果にむらがあるので、実戦ではあまり役に立たない。


 対して神楽の能力である『物質透過』は、任意で発動させることができる。本来半霊体であるウォーデッドは物質をすり抜けることが出来ないが、物質透過はそれを可能にするのだ。神楽はこの能力を移動に使ったり、敵の防御無効化に使っている。非常に使い勝手のいい能力だ。


「彼の能力は呪印破棄。呪印なしで呪術を発動可能になるというものよ」

「……呪印破棄。十六夜なしで活動するのに役立ちそうな能力ではないな」


 ウォーデッドとしての能力を使えるようにするには他の手段が必要だ。それが何なのか、全く見当がつかない。


 颯は腕を組む。自分にもこの情報が回って来たとなると、話は厄介だ。要するに、その那岐というウォーデッドを見つけだし殲滅せよということである。対退魔師戦を経験したばかりだというのに、今度は対ウォーデッド戦を行えと言うのだ。


「那岐の行方はわかっているのか?」

「それがわかってたら、とっくに十六夜から殲滅の指示が来てるわよ」

「……それもそうか」


 那岐が何を考えて妖と手を組んだのかはわからない。しかし、調伏ではなく、妖に手を貸すというのなら、それはもう立派なである。早々に見つけ出して排除せねばならない。


「言っとくけど、那岐は十傑のトップよ。そう簡単に排除できる相手じゃない」

「十傑のトップ?」


 特に優れた能力を持った十人のウォーデッドを十傑と呼ぶことは知っている。問題はそれに対抗する手段が自分にあるかどうかだ。


「十傑か」


 颯はまだ見ぬ那岐なるウォーデッドに思いを馳せた。




 一方。颯が取り逃した妖は満ヶ崎から少しはなれた山中に息を潜めていた。切り落とされた腕からは未だに大量の血が流れ出している。


「あいつ、俺様の腕を斬りやがった。むかつくぜ」


 颯の前では一言も発しなかった妖だが、言葉を理解し操るだけの知性を有していた。颯の前で言葉を話さなかったのは、自分を低級の妖と思わせ、彼を油断させるためだ。


 風が吹き抜ける。するとどこから現れたのか、一人の男が妖のすぐ傍に立っていた。白いコートに身を包んだ銀髪の男。その気配はどこか不安定で、神秘的な雰囲気を醸し出している。


 咄嗟に攻撃態勢を取る妖。


「……っと、あんたか。脅かすな」


 妖は現れた男に対しての警戒を解いた。


「お前にしてはお粗末な結果じゃないか、狭霧さぎり。片腕を失うなんて」


 正確にはこの妖は名前持ちネームドではない。名前持ちネームドとは十六夜が決めた名称だ。故に、その十六夜に関知されていないこの妖は名前持ちネームドではないのである。彼の名はこの男が付けたものであって、暫定的な呼称に過ぎなかった。


「うるせえ! ちょっと油断しただけだ!」


 実際には颯の確率操作が働いていたのだが、もちろん妖――狭霧はそのことを知らない。狭霧は怒りを露わにした。


「次は絶対に喰う。あのウォーデッドは俺様のものだ。外のやつには渡さねえ!」

「それは構わんが、それよりも計画の方は進んでいるのか?」


 怒れる狭霧を前にしてもまったく動じる様子のない男。男の名は那岐。ウォーデッド十傑の一人である。


「あ? ああ……。そのことなんだが……」

「進んでいないと?」


 那岐の視線が妖を射抜く。狭霧は慌てた様子で言い訳を並べた。


「い、いや。進めてはいる。進めてはいるんだが、その……なんだ。ちょっと厄介な奴に目を付けられてな」

「誰だ?」

「お前と同じ十傑の奴だよ。おかげでやりにくいったらありゃしないぜ」

「そいつの名は?」

「名前まではわからねえ。けど、お前と同じ奴だよ」

「……沙耶さやか」


 沙耶はウォーデッドの中でも五本指に入る古株だ。那岐とも古い付き合いになる。本来黒い鎧に身を包んでいるウォーデッドだが、那岐と沙耶だけは白い鎧だ。那岐以外に白い鎧と言われれば沙耶しかいない。 


「なら、それに関してはこちらで何とかしよう。お前は計画を進めるんだ」

「わ、わかった」


 それだけ言い残すと、那岐はまた風に乗ってどこかに消えてしまう。完全に気配が消えたのを確認してから、狭霧は息をついた。


「あの野郎。俺様を虚仮こけにしやがって。今に見てろ。お前より強くなって、俺様が最強だって思い知らせてやる」


 強くなる。そのためにはもっと人間を、ウォーデッドを喰わなければならない。邪魔をする者がいたら同じ妖であろうと皆殺しだ。それがこの狭霧の思想であった。


「まずは適当に人間を喰って傷を癒すか」


 妖は人間を喰うことで霊力を保っている。霊力の高い人間ほどご馳走だが、贅沢は言っていられない。人間など掃いて捨てるほどいる。白昼を活動出来るようになった狭霧にとっては、集団を襲うことも容易いのだ。


 狭霧はウォーデッドを喰うことで得た認識阻害を使って、町へと下りる。この能力を得たことでウォーデッドからも簡単には発見されなくなった。全くよい能力を得られたものだと、狭霧は口元を歪ませる。


 その日、とある商店街で発生した集団失踪事件。その犯人がこの世の者ではないということなど、警察は知る由もなかった。

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