第四章 過去との再会
第十九話 実家
先の戦闘で深手を負った颯をどうするかで、詩織達は弁論を繰り広げていた。早く病院に行くべきだとか、そもそも魂を治療する
「仲良くお喋りしてるところ悪いが、こんな傷くらい放って置けばすぐに治るぞ?」
「「はい!?」」
解放状態を解いた颯が、上着を肌蹴る。傷口には未だポッカリと穴が穿たれたままだが、出血は既に止まっていた。よく見ると傷表面が淡い光を放ち、ゆっくりとだが修復されていっているように見えないでもない。
「とは言え、今妖に襲われたらキツイからな。安静に出来る場所に移動する必要はあるが」
颯は転移の呪印を使って門前町に帰るつもりだった。しかし詩織にむんずと腕を掴まれてしまう。
「こっち。来て」
そう言って連れて行かれた先は籐ヶ見家――颯の実家であったところだ。
「……何か思い出した?」
「……いいや」
「そっか……」
詩織は残念そうにしながらインターホンを鳴らす。「は~い」と顔を出したのは
「えっ、しお姉と……お兄ちゃん!?」
颯の姿を見て、縁は大層驚いている。無理もない。ウォーデッドになってからこれまで一度だって実家を訪れたことのない颯が、そこにいたのだ。
縁からすれば知らない顔も混じっている。それでも彼女は何か訳ありなのだろうと判断したようで全員を家に招き入れた。
「……とりあえず入って」
通されたリビングは六畳ほどの広さだ。颯は辺りを見渡す。一年前まではここに住んでいたということは予想が出来たが、やはりその実感はない。
そこに颯の両親が現れる。母親は颯の姿を見るなり涙を流した。二人からすれば、未だ目覚めぬ息子が帰って来たに等しい。
「颯、本当に颯なの?」
「確かに俺は颯だが。すまないな。俺にはあんた達が誰なのかわからない」
目の前の二人が感動の再会を噛み締めているのは颯にも分かった。しかし、それが自分と結びつくかと言えば、答えは『ノー』。何度思考を巡らせたところで、彼等に関する記憶が呼び起こされることはなかった。
「どういうこと?」
その疑問は尤もだ。颯はこれまでの経緯を語って聞かせる。ウォーデッドになったこと。ウォーデッドになると過去の記憶を失うこと。ウォーデッドとして一年間活動してきたこと。言ったところで理解出来るとは思っていないが、それでも両親であるというこの二人には話しておくべきだろうと判断した。
「……にわかには信じられないな」
「そうね」
二人は首を捻っている。無理もない。
「そうだ。この二人怪我してるんです。何か治療に使える物があったらお借りしたいんですけど」
詩織が申し出る。すると颯の母――雅恵は颯と琴葉が血まみれであることに気が付いた。
「あら、よく見たら服も泥だらけじゃない。ちょっと待っててお風呂沸かすから」
そう言って、雅恵はリビングを出て行く。残された颯の父――隆文は全員に座るように促した。
「あまり広くはないが、とりあえず
琴葉とは先ほどまで命のやり取りをしていた仲だということは話さない方がいいだろう。琴葉に視線を向けると、彼女の方もそれで異論ないという風に頷いた。
「それにしても、颯が……その……ウォーデッド……とやらになって人知れずこの町を守っていたとはな。昔から正義感が強い子だったが……」
隆文は感慨深そうにしている。
「……俺はどんな人間だった?」
そんな隆文に、颯は自分の過去を聞いてみることにした。
「そうだな~。小さい頃は「将来はヒーローみたいになる!」とよく言っていたな。男の子にはありがちだが、実際にヒーローになっているとは」
「そんな褒められるような仕事じゃない。人の世が産む闇を掃除して回っているだけだ」
「それでも、だ。そんなにボロボロになるまで妖とやらと戦うんだろう? 少なくとも俺にはできない」
隆文が記憶を辿るように遠くを見詰める。彼の脳内には子どもの頃の颯の姿が色鮮やかに映し出されているのだろう。
「息子さんはヒーローですよ。少なくとも私にとっては」
そう言い出したのは琴葉だった。
「私は情けない。人の指示で動くばかりで、自分では何も見ようとして来なかった」
琴葉は真っ直ぐに颯を見詰め、そして言う。
「私はあなたに命を救われました。感謝してもし切れないくらいです。どうか今までの非礼を許して欲しい」
深々と頭を下げる琴葉に対し、颯はため息交じりに答えた。
「謝る必要も感謝する必要もない。俺は俺の役割を果たしただけだ」
颯にとっては琴葉も守るべき人間の対象である。天命を全うしていない以上、それを守るのはウォーデッドとしての使命。当たり前のことをしただけであって、感謝される謂れはない。
その時、雅恵がリビングに戻ってきた。
「お風呂の準備出来たわよ。とりあえず綺麗になってきちゃいなさい」
それを聞いた颯は、琴葉に先を促す。
「琴葉だったか。お前から入れ」
「いや、しかし」
「レディーファーストだ」
そう言われてしまっては琴葉も引くことが出来ないのだろう。琴葉はその場で一礼すると、瑠璃と共に案内を申し出た縁に連れられ風呂に向かった。
残った颯は改めて籐ヶ見家の面々に目を向ける。これが自分の家族なのか。見ず知らずの人間にも親切に接する辺りに彼等の人間性が垣間見える。ウォーデッドになる前は自分もこの家族の一員だったのだと思うと悪い気はしない。
「颯、これからどうするんだ」
隆文が問う。
「まずは傷の回復を待つ。それが済んだらまた仕事だ」
「……無理してない?」
雅恵が颯の頬に触れた。その姿は息子を心配する母親そのものだ。しかしそれでも、颯には彼女が自分の母親であるという実感は湧かない。
「多少の無理も仕事の内だ」
「……そうかも知れないけど」
雅恵は颯を抱き寄せる。こうして人に触れるのは久しぶりだ。そのぬくもりはどこか心を和ませてくれる。
すると十六夜が立ち上がった。
「どこか行くのか?」
「……私がここにいる理由はあるまい」
颯の言葉にも然して反応することなく、十六夜は歩みを進める。
「この家はどうやらお前の運気に守られているようだ。そこらにいるよりずっと安全だろう。お前はここで待て。私はあの妖の情報を集めに行く」
「意味がわからないな。どうして俺を連れて行かない」
「手負いのお前では足手まといにしかならん」
颯は反論できなかった。確かに自分はまともに動ける状態ではない。
「別命あるまで待機だ。異論は認めない」
「……御意」
それだけ言い残し、十六夜は展開した転移の呪印の向こうへと消える。その光景に隆文と雅恵は大層驚いていた。それもそうだろう。普通に生きているだけなら決して目にすることのない光景だ。
直後、別の転移の呪印が展開され新たに誰かがやってきた。神楽と彼女の十六夜である。
「やっほ~、颯。お邪魔するわよ」
「人の家に堂々と直接転移とは、
「まぁまぁ、細かいことは言いっこなしよ。それよりも、随分ボロボロのようだけど大丈夫?」
「ボロボロなんだから大丈夫じゃないだろ」
「……それもそっか」
神楽は辺りを見渡した。
「あれ? そっちの十六夜は?」
「さあ、な。どっか行っちまった」
「何不貞腐れてるの?」
「誰が不貞腐れてるって?」
「あんたよ、あんた。置いてけぼりを食らった子犬みたいな顔してる」
颯は思わず自分の頬に触れる。本当に神楽が言ったような顔をしているのだろうか。確かに十六夜から待機を命じられるのは初めてだが、自分はそんなことで動じるような性格ではないはずだ。
そんな中、あまりの出来事に硬直している隆文と雅恵の姿を見て、神楽は自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は神楽。颯と同じウォーデッドです。こっちは私の十六夜」
「……そんな雑な挨拶があるか」
十六夜に叱られる神楽。彼女達は彼女達で特有の関係性を気付いているようだ。
「え~。だって改まった場って苦手なんだもん」
「全く。お前という奴は……」
十六夜は改めて隆文達に向き直り、頭を下げた。
「突然の訪問を許して欲しい。火急の用件があってここに来た。少し颯を借りたいのだが、よろしいか?」
「あ、ああ。ええ。何か大事なお話なのかしら」
「ああ。飛び切り重要な話だ」
その言葉に、颯は表情を引き締める。十六夜がここまで言うのだ。何か相当重要な用件があるらしい。
颯は別室――颯の自室に移動し、話を聞くことにした。
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