第十六話 対決の時

 退魔師の情報を集めるのならば、やはり神楽のところだろう。長年ウォーデッドをやっていると言う神楽は、颯にとってよい情報源だ。いつものように直接転移の呪術で神楽のいる研究室にやって来た。


「……あんまりほいほいと転移して来ないでくれる? 他に人がいたらどうするのよ」

「その時はその時だ」


 神楽は諦めたように息をつく。


「で? 今回は何の用?」

「退魔師に出くわした。情報が欲しい」

「退魔師~!?」


 神楽が大声を上げた。颯は咄嗟に耳を塞いでいる。


「退魔師って、あんた。まさか顔を見られたりしてないわよね」

「ばっちり見られてるな」


 神楽は頭を抱えた。いくら情報に疎い颯達とは言え、退魔師への対処がなっていないとは思わなかったのだ。


 ウォーデッドと退魔師は古来より犬猿の中である。と言っても、ウォーデッドが退魔師を敵視している訳ではない。退魔師の方が一方的にウォーデッドを敵視しているのだ。


 故に、ウォーデッドは退魔師にだけは素顔を見られないように振舞っている。素顔さえ晒さなければ、退魔師をけむに巻くことはそう難しくない。気配をごまかす呪術も存在しているくらいだ。


「あんた、まさかその退魔師とやり合うつもりじゃないでしょうね?」

「やり合うつもりだ。だから情報が欲しい」


 神楽が再び頭を抱える。それだけ颯の言い分はウォーデッドの常識から外れていた。


「いい、颯。退魔師は私達を敵視してるけど、私達はそうじゃない。それはわかる?」

「俺達と同じように妖を狩ってる連中だ。悪い存在じゃないのはわかる」

「だったらどうしてやり合うなんてことになってるのよ」

「向こうからしたら俺達の存在は都合が悪いんだろ? 特に俺はレアケースだ。肉体が生きてるんだからな」


 肉体が残っている颯は、ともすれば強力な妖になりかねない危険な存在だ。その芽を摘みたいと言う考えは理解出来なくもない。


「……あんたはどうしたい訳?」


 神楽の問いに、颯は静かに答えた。


「殺さずに勝つ」

「殺さずにって……。言うほど簡単じゃないし、顔ばれしてる以上何度でも戦う破目になるよ、きっと」

「何度でも退けるさ。俺には俺の役割がある」


 大きく息をつく神楽。それを見て颯は謝罪の言葉を投げる。


「すまない。お前にまで迷惑をかけて」

「……それはもういいわよ。それで、相手の名前はわかってるの?」

「久坂琴葉と名乗っていた。強いのか?」

「久坂か~。また厄介なのが出てきたわね」


 神楽が言うには、久坂家は古くから続く退魔の名門らしい。攻撃に特化した法術を得意とし、妖を斬るための特殊な刀――霊刀を生み出したという。


「霊刀の能力は見た?」

「遠距離から斬撃を飛ばすやつなら見た。だがそれが霊刀の能力かまではわからない」

「遠距離からの攻撃か……。あんた攻撃用の呪術持ってなかったわよね?」

「ああ」


 ウォーデッド相手に戦いを挑んでくるような相手だ。当然不刻に対する備えは持っているのだろう。


「……あんた今からでも逃げたら?」

「それは出来ない」

「どうして?」

「言っただろう。役割がある」


 神楽がこれ見よがしに大きくため息をつく。


「わかったわよ。いくつか呪術を教えてあげるから、それで何とかなさい」

「恩に着る」


 こうして颯の特訓の日々が始まった。ただ呪術を覚えるだけではいけない。相手を殺さないように手加減をする必要もあるのだ。神楽の教え方はスパルタだったが、その甲斐あって颯は二日で三つの呪術を取得したのだった。




 琴葉は不意に「あっ」と声を上げる。それを聞いた瑠璃は食事の手を止めた。


「どうかしたかにゃ?」

「決闘の場所。決めてませんでした……」


 颯との決闘。日にちは決めたものの場所の指定をしていない。これではお互いどこに行けばいいのかわからないではないか。


「にゃんだ。今更気付いたのかにゃ?」

「……気付いてたのなら声をかけてくれればいいのに」


 今は決闘当日の朝。そこまで気付かなかった琴葉も琴葉だが、知ってて黙っていた瑠璃も瑠璃である。


「時間だって指定してないにゃ。こんなことでちゃんとお役目を果たせるのかにゃ?」

「……お役目は果たします。何があろうと」


 琴葉は茶碗に盛られたご飯をかき込んだ。


「ご馳走様でした。行きますよ、瑠璃」

「ちょ、ちょっと待つにゃ。まだご飯の途中だにゃ!」


 瑠璃の制止も聞かずに部屋を出て行ってしまう琴葉。瑠璃は小さく息をついて、残りの食事を断念することにした。


「も~。片づけするくらいの余裕はあるにょに」


 手早く片づけを済ませ、琴葉の後を追う。向かう先は満ヶ崎。ついに決戦の火蓋が切られようとしていた。




 颯は人気ひとけのない公園の広場に立つ。既に人避けの結界も張った。これでいつ退魔師が現れても大丈夫だ。


 時間と場所が指定されていなかったのには颯もすぐに気付いたが、あのまま別れてしまった以上仕方がない。どうせ顔は割れているのだし、このまま待っていれば気配を察して現れるだろう。


 念のため、雫は門前町に残して来ている。雫が妖である以上、一緒にいれば戦いに巻き込まれかねないと思ったのだ。


「颯」

「どうした?」


 十六夜が話しかけてくる。戦いの前だというのに珍しい。


「どうしても戦うのか?」

「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」


 何やら言いよどんでいるようにも見える。いつもの十六夜らしくない。


「心配するな。俺は負けたりしない」


 そう言うと、十六夜は真っ直ぐに颯を見詰めた。


「きっとだぞ」


 十六夜の声がスッと颯の耳に届く。颯はその言葉を噛み締めるように目を閉じてから答えた。


「ああ、任せろ」


 ちょうどその時、後ろから声がかかる。


「お待たせしてしまいましたか?」


 先日聞いたばかりの声。その正体は他でもない。久坂琴葉である。


 時間は正午を回った辺り。太陽が辺りを燦々と照らし、蝉の鳴き声が周囲に響いている。この場にいるのは颯、十六夜、琴葉、瑠璃の四人のみ。いつもならいろいろな人で賑わっているこの場所も、今は誰も寄せ付けない。颯の張った結界は完璧にその役割を果たしている。


「少しな。ところであんた、その格好で暑くないのか?」


 巫女装束に身を包んだ琴葉の姿は、端から見ているだけでも汗が垂れてきそうだった。


「あなたの方こそ、黒いコートなど着込んでいるではありませんか」


 対する颯も、袖がないとは言え黒いコートを羽織っている。見た目の暑さの度合いで言ったらどっこいというところだ。


「俺はウォーデッドだからな。気温は関係ないんだ」

「私の方もお気になさらず。慣れていますので」


 その様子はとてもこれから決闘を行うようには見えない。しかし、両者の間では既に戦いは始まっていた。互いの闘気がぶつかり合い、渦を成している。


「颯、開放許可」

「御意」


 颯が左の刀を顔の前に掲げた。


「解!」


 それを合図に両者は同時に刀を抜く。最初に行われてのは激しい近接戦。両者の刀がぶつかり、無数の火花を散らす。


 手数では若干颯の方が上だ。裁ききれないと踏んだ琴葉が、その場から後退した。以前であればそこから追撃の手段を持たなかった颯だが、今は神楽に習った呪術がある。颯は素早く紫電しでんの呪印を展開した。


 地を這うように雷撃が走り、琴葉へと向かう。しかしそこは一流の退魔師だ。雷撃を刀で消し飛ばし、返す刀で技を放ってくる。


「水の太刀。水弧!」


 水の刃が颯に迫った。颯は防御でなく回避を選択する。水は斬っても意味がないと踏んだのだ。


「……回避を選んだのは正解でしたね。受けていたらあなたの首を飛ばせたのに」


 颯の後ろのあった木が倒れる。なかなかの威力だ。恐らく先日妖の腕を断ち切ったのはこの技だろう。


「何故、あの時直接俺を狙わなかった」


 先日から抱いていた疑問を琴葉に投げかける。あの時颯を狙っていれば、確実に仕留めることが出来たはずだ。


「後ろから、というのは性に合わないので……」


 琴葉が構え直す。


「それに、正面からでも勝てますから」


 琴葉の斬撃が閃く。極限まで鍛え抜かれた一撃は、まさに必殺と言っても過言ではない。颯の首に向かって伸びる剣筋。その一撃は確実に颯を捕らえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る