第十四話 十六夜のあれこれ
十六夜が屋敷に戻ると、居間のテーブルの上に何やら包みが置かれていた。不審に思った十六夜が包みを手にする。まず封を開けずに軽く調べてみたが、どうやら危険物の
「お、帰ったのか」
ふすまを開けて颯が顔を出す。雫も一緒だ。
「颯。これはお前の仕業か?」
「仕業とは人聞きの悪い。ただの贈り物だよ」
「贈り物? 誰にだ」
「お前以外に誰がいる?」
「そこに雫がいるだろう」
「なら直接渡してるっての」
颯の言葉に、十六夜は手元の包みに視線を落とした。贈答用にしては質素な紙の包み。ほんのり温かく、中からは甘い匂いが漂っている。
「これは何だ」
「饅頭」
包みを開けてみれば、確かにそこにあったのは饅頭だ。
「何故こんなものを?」
「何故って……。ああ……」
颯は頭をかきながら、言い辛そうに十六夜から目を背けた。
そんな颯の様子を見て、十六夜は再び手元の饅頭に視線を落とす。贈り物と言うくらいだから、この場で食べてしまっても問題ないだろう。十六夜は饅頭を一つ摘み上げ、小さな口へと運んだ。
恐らく中央通りに面した饅頭屋で購入したのだろう。薄めの皮に包まれたこし餡はきめ細かくて口当たりがよい。甘さもちょうどいい
「贈り物と言う話だから今回はいただくが、次からは洋菓子にしてくれ。私は
「……お、おう。そうか」
颯が何を考えたのか、十六夜にはわからない。しかし、贈り物をされるというのは初めての経験だ。十六夜は悪い気分ではなかった。
「せっかくだ。お前達も食え。美味いぞ」
十六夜はそう言って、饅頭の一つを颯に差し出す。
「でも、それはお前のために」
「美味いものは誰かと食べた方が美味い。そうだろ?」
十六夜の言葉に押し切られるように、颯は饅頭を受け取った。雫も美味そうに饅頭を頬張っている。
「茶でも入れるか」
「そうだな。これはお茶が欲しくなる味だ」
「うう」
その後はしばらく緑茶を飲みながら、三人で饅頭を摘んだ。
茶を啜りながら、颯は不思議な感情に捕らわれる。十六夜との付き合いも一年になるが、こうして十六夜との距離が近いのは初めてだ。物理的な距離なら鍛錬の時の方が近いが、そういうことではない。心の距離とでも言おうか。そういう話だ。
十六夜は自分のことをあまり語らない。生クリームが好きというのは正直意外であったが、可愛らしい一面もあるものだと微笑ましくなる。
十六夜は普段どのようなことを考えているか。
「なぁ十六夜。お前は一人で何百年も生きてきたんだよな。それってどんな感じだ?」
「何だ。藪から棒に」
「ちょっと気になったんだよ。俺と出会う前のお前が、どういうことを考えて、どういう風に世界をみていたのか」
十六夜はしばらく考え込むような素振りを見せてから静かに答える。
「一言で言えば退屈だったな」
十六夜はこれまでに自身が体験したことを語って聞かせてくれた。
「私は生まれてすぐに同胞と同期することをしなかった。何故そうしたかは自分でもわからない。しかし、他の個体と全てを共有する同期には抵抗があったんだ。私は自分の目で、耳で世界を感じたかった」
祖霊から生み出される十六夜は、本来であれば生まれてすぐに他の個体と同期する。全ての情報を共有することで、迅速に役割を果たすことが出来るからだ。しかし、今目の前にいる十六夜は違った。生まれてすぐに自ら思考し、それを共有することを拒んだ。自らの目で世界を見て、自らの耳で世界を聴いて、そしてより同期を拒むようになったのだという。
それは本来十六夜としてはあってはならない
「世界は広く、多様性に満ちていた。私はそんな世界が愛おしいと思った。だからこそ、それを守るための
数百年。それだけの年月をかけて選び出されたのが颯なのである。何故そうしたのかと問うと十六夜は思ったより素直に答えてくれた。
「わからない」
「は?」
「何故だろうな。初めてお前を見た時に『こいつだ』と思った。運気の強さや観察力、判断力、行動力、理由を挙げれば限がないが、どれも決定的というほどではない」
十六夜は茶を一口、口に含んでから続ける。
「理由などどうでもいい。お前でなければならないと思った。だからすぐにお前をここへ連れてきた」
「……肉体が生きているのに、か?」
「隠すつもりはなかった。ただ言い辛かったのは事実だ。それに関しては本当に済まないと思っている」
「……ウォーデッドになること自体は俺自身が選んだことなんだろ? なら謝る必要はない」
過去のことは覚えていないが、十六夜がウォーデッドになることを強制することは出来ない。ウォーデッド化は本人の了承があって始めて成立する呪術である。その事実がある以上、自分は自らウォーデッドとなることを選んだのだ。
「お前は立派に役目を果たしてくれている。このまま行けば、お前は十傑に名を連ねることもあるかも知れない」
「十傑ね。別に興味はないが……」
ウォーデッドの中でも特に優れた者が選ばれる十傑。その強さはそれこそ歴史に名を残すほどである。
「現十傑のメンバーもお前のことは気にかけているようだ」
「それはそれは。恐れ多いことで」
もしかしたら接触を試みる者も現れるかも知れない。十六夜はそう付け加えた。
「しかし十傑は、どうしてこの間の紅夜叉を野放しにしていたんだ」
歴戦のウォーデッド中でも更に優れた連中がいるのなら、紅夜叉のような強力な妖を放って置くというのはどういう了見なのだろうか。
「十傑が何を考えているかはわからん。後進の育成のためと考えれば道理は合うが……」
結局の所、十六夜が同期しない限り、得られる情報は限られているのだ。今更それを嘆いても仕方がない。
「後進の育成なら、直接手を貸して欲しいところだぜ」
ウォーデッドには呪術を始め様々な戦い方がある。それを習うために他のウォーデッドに師事する者もいるとか。以前、神楽が師匠がどうのと言っていたことを思い出す。
「お前も誰かに師事したいのか?」
「……考えたこともないな」
ウォーデッドになって一年。自ら戦い方を考えてきたことは無駄ではないと思っているし、今更その方針を変えようとは思わない。呪術も少しずつではあるが確実に使える数を増やしてきている。誰かに師事することで自分の戦い方を見失ってしまっては元も子もないのだ。
「まぁ、十傑入りの件はともかく、今は回復を急げ。いざ戦いが起こった時に全力を出せずに終わるのでは悔しかろう?」
「……そうだな」
颯は手に持った湯飲みを傾けた。上を見始めたら限がない。今は少しでも速く回復して、有事に備えるのが得策だろう。いつだってことが起こるのは突然だ。始まってしまえば、時は待ってくれない。
颯は目を閉じて考える。今の状況、そしてこの先のこと。考えることはいくらでもある。わからないことも多いがそれはそれ。何が起きたとしても、その都度冷静に対処すればいい。自分がウォーデッドである限り、時は無限にあるのだから。
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