第三章 退魔の刺客
第十三話 退魔師
彼女――
この日も依頼のあった妖の討伐に出向いていた琴葉。今回の相手は
彼女の愛刀である水無月は、特別な製法で作られた霊刀だ。それ自体が意思を持っており、持ち主を選ぶ。一族の中でも取り分け霊力の高い琴葉を持ち主に選んだのは、彼女が十歳の頃だった。
おまけに心強い相棒もいる。妖とは起源の違う
依頼のあった古い社へと近づくと、琴葉は思わず顔をしかめる。辺りは魔の者の臭気が充満していた。最早嗅ぎ慣れたにおいだが、こればかりはいつ嗅いでも嫌気が差す。
琴葉が水無月に手をかけると、急に辺りが色を失った。何者かが狭間を開いたのである。
「姿を見せなさい、魔の者よ。そこにいるのはわかっています」
琴葉の声に反応し、妖が姿を現す。どうやら言葉は理解出来るようだ。
姿を現したのは琴葉の三倍はありそうな巨体の異形だった。手足は異様に長く、そして細い。およそ人間の原形をとどめていないが、それは言葉を発した。
「お前、妖を連れているな」
「妖じゃなくて妖怪です。あなた達と違って友好的な種族ですのでお気遣いなく」
瑠璃を妖呼ばわりされたことに腹を立てたのか、琴葉は若干頬を膨らませている。
「まぁどっちにしても関係ねぇ~。大人しく俺の餌になりやがれ!」
異形の妖が琴葉に踊りかかった。長い手足から繰り出される打撃は、細身の琴葉にとってはそれだけで脅威だ。一発でも貰えば致命傷は避けられない。しかし、そこは歴戦の退魔師である。全ての攻撃を紙一重で
「ぐへへ。これで動けまい。それにしても綺麗な顔だな~。さぁ、どこから喰らってやるか」
異形の妖は、彼女の豊満な身体を見て舌なめずりをする。その様子は下劣極まりない。まるで生前の人柄まで映しているように思えた。
「この程度で私に勝ったとお思いか?」
琴音は懐から数枚の呪符を取り出しその場に放る。すると呪符は激しく燃え上がり、妖の腕を焼いた。ただの炎ではない。久坂流特製の浄化の炎。その前には流石の妖も怯んだ。
「
妖は必死に鎮火しようと腕振り回しているが、一度点いた浄化の炎はそう簡単には消えない。
その隙に妖の腕から逃れた琴葉は、水無月を手にし抜き放った。閃光が走り、周囲にあった木々をなぎ倒す。彼女の動きに伴ってなびいた長い黒髪が、はらりと元の位置に戻った。綺麗に整えられた艶やかな黒髪は、宝石すら連想されるほどに美しい。
「……何だ今のは。全然大したこと」
反応は遅れてやってきた。妖の胴体に一筋の赤い線が走る。それは水無月による斬撃の跡。退魔師特有の法術と組み合わせることで、離れた場所にある対象を斬ることが可能なのだ。
琴葉はこれで仕舞いとばかりに、水無月を納刀した。すると次の瞬間妖はバラバラに斬り裂かれ、その場に崩れ落ちる。
「……
琴葉が連れていた、おかっぱ頭の猫又幼女――瑠璃が小さく息をつく。
「これ一体とは限りません。被害の状況から鑑みるに、敵は複数体である可能性が高い」
「相変わらず、琴葉は心配性だにゃ~。この辺りに妖のにおいはもうないにゃ。考え過ぎにゃよ」
瑠璃は優秀だが楽観的過ぎるのが玉に瑕であった。勝って兜の緒を締めよ。勝った時こそ油断は大敵なのだ。
「私はもう少し周囲を探ります。嫌ならあなたはついてこなくても結構ですが?」
「も~そんなこと言うにゃよ。せっかくの相棒の申し出にゃ。とことん付き合うにゃ」
「……ありがとう、瑠璃」
瑠璃色の瞳が琴葉を捉える。琴葉はそれに笑顔で答えた。妖の討伐は退魔師の使命。ウォーデッドなる者に任せていいはずがない。人の世は人が守るものだ。
先日聞き及んだ、新たなウォーデッドのことを思案する。これまでにない二刀流のウォーデッド。高い能力を持ち、先日は覇王級の妖を一人で討伐せしめたとか。これはことによると新たなウォーデッド十傑候補かも知れない。
琴葉はまだ見ぬそのウォーデッドに思いを馳せる。彼は最重要討伐対象だ。何せ彼の肉体はまだ生きていると言うではないか。そんなウォーデッドは前例がないが、それが本当なら危険この上ない。今すぐにでも現地に赴き、彼を討伐すべきである。
私怨はないが、それが自分達退魔師の役割だ。ウォーデッドはその内に妖性を秘めている以上、決して人類とは相容れぬ存在。彼らが戦闘を起こせば少なからず周囲に被害が出るし、者によっては人間を囮に使う卑劣なウォーデッドも存在するとか。これを見過ごすことは琴葉には出来なかった。
父親に事前に通達されていた通り、次の目的地は満ヶ崎。そこにいる二体のウォーデッドを葬ること。それが琴葉に与えられた任務であった。
同日。
颯は療養のため、狭間の町――門前町にある屋敷にいた。ここしばらくは妖の出現もなく平和な日々が続いている。それ自体は好ましいことのはずだが、颯はどこか嫌な気配を感じていた。
しかし十六夜の霊力感知に何かが引っかかる訳でもない。十六夜の指示がなければ何も出来ないのがウォーデッドである。もどかしさを感じつつ今は傷の治療に専念することにした。
とは言え、こう毎日寝たきりでは体が鈍ると言うもの。颯は十六夜のいぬ間にこっそりと屋敷を抜け出し、雫と共に外出することにした。
中央通りを歩くことしばし。本日も例に漏れず、隠世の門へと続く道には長蛇の列が出来ており、今か今かと自分の順番を待っている人々の姿。よくもまあこれだけの人間が毎日死んでいるものだ。尤も自分が知らないだけで、同時に生まれる命も無数に存在している。この世界は祖霊の意思により適切にバランスが保たれ、生命は絶えず循環しているのだ。
しかし、それらは自分には関係のないこと。人の理から外れたウォーデッドは輪廻の輪から外れる。死の後に待つのは転生ではなく永遠の無だと、以前十六夜が言っていた。世界を救うと言う大きな使命を背負わされているにしては、酷い待遇だ。もちろん、それが生前に犯した罪に対する罰だと言うことは理解している。それでも、あの小さな身体でがんばっている十六夜には、何か救いがあってもいいのではないか。
颯の脳裏に見慣れた銀髪の少女が浮かぶ。いつも無表情で何を考えているかもわからないが、それでも彼女は世界を救うために日々尽力している。神楽に触発されたからではないが、
「となればプレゼントか。とは言え、あいつの好みそうなものなんてわからないしな~」
「うう?」
颯は空を見上げる。釣られて雫も空を見上げた。澄み渡った空に雲はなく、暖かな光が煌々と降り注いでいる。
と、ここで町人の声が耳に入った。
「饅頭~。饅頭はいかがですか~」
颯の脳裏にピンと来る。甘いものなら嫌いな女子は少ないだろう。あんな日本風の屋敷に住んでいるくらいだ。きっと和菓子派に違いない。
この時、颯は完全に失念していた。十六夜が身につけている衣服が、完全に洋装だったことを。
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