第四話 呪印の女

 颯に関する情報を探し翔が奔走していると、友人達から声がかかった。


「おお、宮前。今、そこで籐ヶ見とうがみを見かけたぜ? あいつ、いつ退院してたんだ?」

「マジか!?」


 翔は彼等が指差した方向へと駆け出す。背中から何やら声がかかるが、今の翔にはどうでもいいことであった。


 彼等は「今、そこで」と言った。だが、廊下の直線上に颯の姿はない。とすれば、彼の行き先は渡り廊下へと続く曲がり角だ。


「……颯!?」


 曲がり角の先。渡り廊下に颯の姿はなかった。その代わりに、透き通るような銀髪が目に入る。見た目は十代半ば。翔にはそれが、何となく、ゆかりの言っていた『銀髪の少女』であるという確信めいたものがあった。


「……颯はどこだ?」

「いきなりご挨拶だな? 確か君とは初対面のはずだが?」


 見掛けによらぬ落ち着いた雰囲気。無表情である事を差し引いても、何を考えているかわからない。彼女の瞳は、そんな深い輝きを放っている。


「……まぁ、いい」


 一息いてから、少女は話を進めた。


「確かに私の知り合いに『ツルギハヤテ』という名の男がいる。それでよければ、教えるが?」

「ツルギ……ハヤテ?」

「そうだ。お前が探しているのは、そのハヤテか?」

「……い、いや」

「そうか。役に立てなくて済まないな」

「……そんなことは」

「それと――」


 その深い瞳が翔を射抜く。


「人を見た目で判断するのはやめた方がいい。私はそういうのは気にしないからいいが……君よりも年上だ」


 それだけ言うと、銀髪の少女改め、銀髪の女性は踵を返した。


「……何なんだよ。あいつ」


 女性が視界から消えてからしばし、彼の口からようやく言葉がこぼれる。彼女の去り際、決して目付きが鋭かった訳ではない。視線そのものに気圧されたのだ。


 手にかいた汗をズボンで拭き取り、翔もその場を後にした。



 銀髪の女性が言っていた『ツルギハヤテ』という名前が気になった翔は、その人物を探してみることにした。しかし数日をかけて情報収集しても該当の人物は見つからなかったのである。


「いろいろ調べて回ったけど『ツルギハヤテ』っていう名前の学生は、この大学に存在しない。けど、『ツルギ』っていう苗字だけなら、該当者があった。つるぎ神楽かぐら。理学科の四年生だ」

「『ツルギ』なんて珍しい苗字だもんね。もしかしたら何か関係があるかも」

「ああ。ちなみに専攻は『量子力学』だそうだ」


 他に颯に繋がる情報がない以上、わらにもすがる思いである。早速、劔神楽なる人物に会いに行くことにした。キャンパス内を奔走して、ようやく該当の人物に行き着く。一見すると大層な美人だ。果たして彼女は、『ツルギハヤテ』と関係のある人物であろうか。


「……あの、劔神楽さんですか?」

「そうだけど」

「少しお伺いしたいことが――」


 詩織の言葉を手で制して、神楽が言う。


「あなた達が知りたいのは、最近キャンパス内で目撃されている『籐ヶ見颯』について……でしょ?」

「颯を知ってるんですか!?」


 突然出た颯の名に、詩織達は食らいついた。


「ええ。彼には以前から興味があったの」

「えっ?」

「彼は憶えていないでしょうけど、以前話をしたことがあって、ね?」


 颯を想う詩織からすれば、その一言が持つ意味合いは決して軽いものではない。だが、彼女の表情からは真意は捉えられなかった。


「彼が一年前から意識不明なのは知ってる。けど、それは些細なこと。元々肉体と魂は別々に存在だからね」

「信じてるんですか? その……幽霊とか」

って話じゃないわね。存在するのは事実なんだから」

「つまりってことですね?」

「……結論としてはわね」

「案外いるんだな。霊感の強いやつって……」


 翔は感心しつつ腕を組んだ。


「私はそういった存在を科学的に証明する為に、量子力学を専攻しているの」


 魂が実態――物質であると仮定して、その存在を証明することが最終的な目標であると言う。


「『魂』と呼ばれるモノは、確かに存在する。そしてそれは人間に限らず、全ての生物に備わっているものであり、個を形成する重要なファクターなの」

「……よくわかりません」


 詩織は首をかしげる。


「それじゃあ、パソコンを思い浮かべてみて?」


 本体の形やスペックは、メーカーや部品の規格によって色々ある。しかし持ち主にとって重要なのは、見た目云々よりも中に入っているデータだ。つまりパソコン本体が身体。中に入っている情報が魂なのだと説明した。


「まぁ、人間の身体はパソコンみたいに、壊れたら交換って訳には行かないけどね」


 そこまで聞いて、縁は思ったことを口にする。


「中のデータは記憶じゃないんですか?」

「いい質問だけど、答えはノー。人間の脳っていうのは、全てを記憶するほどの容量はないの。一年前の今日食べた昼食を憶えてる?」

「……憶えてません」

「記憶っていうのは、どうでもいい情報から削除されていくのよ。でも、魂は違う。魂にはその人個人はもちろん、先祖代々、いては進化の過程に存在した生物全ての情報が詰まってる」


 壮大な話し過ぎて付いて行けないが、彼女の語り口調から、彼女が何か重要な情報を持っているという感覚は伝わってきた。


「それで、颯の居場所なんですけど……」

「ああ。そっちが本題だったわね」


 しかし、神楽は答えを渋っているようだった。 


「そんなに彼に会いたいの?」

「はい!」


 即答する三人を前に、神楽は渋々口を開いた。


「……呪印の女」

「えっ?」

「彼を追うなら、まずソレを調べる事。まぁもっとも、あんまりお勧めはしないけどね」


 最近になってよく話題に上がるようになった都市伝説。呪印の女。全身に不気味な紋様のある女性の霊で、それを見た者は不幸になるという噂だ。


「あの……都市伝説と颯と、どういう関係があるんですか?」

「それは、まだ話せないかな~」


 意味深に、視線を遠くにやる神楽。


「ちょっと用事を思い出しちゃったから、私はここで失礼するわ」


 そう言って、神楽はその場を立ち去ってしまった。


 突然押しかけた手前、引き止める訳にも行かず。残された三人はその場に立ち尽くした。


「結局、ツルギハヤテって人のことは聞けなかったね」


 劔神楽とツルギハヤテ。両者の間に接点があったのかは、わからずじまい。しかし、代わりに新たな手がかりは得た。


「探すか。呪印の女ってやつ」

「でも、ただの都市伝説だよ?」


 怖いものが苦手な詩織は若干及び腰だ。


「幽霊が存在するんだ。だったら都市伝説だからっていないとは言い切れない」

「だけど、噂を聞く限りでは、かなりやばい感じだよ?」


 今回ばかりは縁も後ろ向きだった。『呪印の女』という都市伝説が実在する悪霊の類だった場合、自分達では対処が出来ない。


「なら諦めるか? 颯のこと」

「それは……」


 詩織は拳を握り、気合を入れ直した。


「女は度胸だ! 翔、探そう。呪印の女ってやつ!」

「そうだね、しおねえ。本当にやばそうだったら、その時に考えればいいよ!」


 こうして、三人は『呪印の女』という都市伝説を追うことになったのだ。

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