ブッチャーと報道官

増田朋美

ブッチャーと報道官

その日は、雨がやんだあとということもあって、皆外へ出かけていた。むしろこういう日は外へ出たほうが良いと言うものだ。杉ちゃんたちは、いつの日も製鉄所で水穂さんの世話をしていたのであるが、本当なら、何処かへ遊びに行きたいくらいのいい天気である。

杉ちゃんたちが、いつもどおりに水穂さんにご飯を食べさせることで奮戦していたときのこと。

「こんにちは、郵便です。ここ、ポストが無いから、取りに来てくれませんか。」

なんて言いながら、間延びした郵便屋が、製鉄所の玄関先に郵便をおいて行った。確かに、製鉄所には郵便ポストが設置されていなかった。それは、郵便を取りに行くことで、利用者が初対面の人に、びっくりしないトレーニングをするためでもある。心を病んでしまうと、初めての人に応答をすることができなくなってしまう症状が出るからでもある。

「おう、ありがとうな。悪いけど、そこにおいておいて。」

杉ちゃんがでかい声でそう言うと、郵便配達員も、ちょっとひねくれた人物だったらしい。

「すみませんがそこって何処ですかね。こちらは、玄関が広いし、郵便ポストもないですから、何処においたら良いのかわかりませんよ。ちょっと取りに来ていただけないでしょうか?」

「もう、しょうがないな。」

と、杉ちゃんはそう言って、水穂さんにここで待っててと言って、車椅子を動かして、玄関先に行った。

「はい、こちらですね。郵便一通です。全く、ここに来ると、大正時代にでもタイムスリップしたような気がしてしまいますよ。皆さん着物を着てらっしゃるし、郵便ポストもないし。」

そんな事を言いながら、郵便配達員は、杉ちゃんに郵便を渡していった。

「まあ、嫌味を言われてもしょうがないよな。ここは、そういうやつが集まる場所なんだ。」

杉ちゃんは郵便配達員を眺めながら、そういうことを言った。

「一体これは何が書いてあるんだろう。」

そう言いながら、杉ちゃんは、四畳半に戻った。読み書きのできない杉ちゃんには、何が書いてあるのかわからないのだった。

「どうしたの?」

杉ちゃんが戻ってくると、水穂さんがそうきいた。

「いや、こんな郵便が、今日届いてさ。」

杉ちゃんが郵便を水穂さんにわたすと、

「はあなるほど、注意喚起の郵便ですね。はあ、富士市で通り魔が多発してるんですか。確かに、新聞にも書いてあったけど、物騒な世の中ですね。」

水穂さんはその郵便を読んでそういうことを言った。

「通り魔が出る?」

杉ちゃんが聞くと、

「はい。なんでも、額を包帯で巻いて、自転車に乗って現れるんだそうです。それで刃物を持って通行人をいきなり斬りつけるとか。性別はヘルメットを被っているから、わからないそうですけど。」

と、水穂さんは、その文面を読んだ。

「なんかどっかのテレビアニメに出てくる妖怪みたいだな。」

杉ちゃんはそういった。

「そうですね。でもなんだか、犯人もただ楽しくて通り魔をしているわけではなさそうに見えますけどね。」

水穂さんは、郵便を机の上におきながら言った。それと同時に、

「あーあ。疲れた疲れた。いやあ、ほんと疲れてしまいましたよ。全く、最近は、物騒な世の中と言いますか、ほんと何をするかわからない世の中で困ったものですなあ。」

と言いながらブッチャーが由紀子と一緒にやってきた。着ていた着物の共衿がずれているなど、着物が乱れていたので、

「どうしたのブッチャー。なにかあった?」

と、杉ちゃんが言うと、

「実はですねえ、最近話題になっている、通り魔を捕まえたんですよ。」

ブッチャーはしたり顔で言った。

「通り魔を捕まえた?それはどういうことですか?」

水穂さんがそうきくと、

「はい。なんでも、女の子が一人で歩いていたんですけどね、いきなり自転車に乗った通り魔が彼女に切りかかったんです。俺は急いで、彼女のてを取って、公園に逃げましたよ。そうしたら、通り魔が、自転車から降りておっかけて来るもんですから、通りがかりの方に警察に通報してもらって、俺は通り魔を、背負投して、警察が来るまでおさえていました。」

とブッチャーは汗を拭きながら言った。

「はあ、そうなんだ。それにしてもよくトンカラトンが抵抗しなかったな。」

杉ちゃんがそう言うと、

「それが通り魔というのは、女性だったんです。」

と、ブッチャーが言った。

「そうなんですか?」

水穂さんがそう言うと、

「ええ。間違いありません。額には確かに包帯を付けていましたが、間違いなく女性でした。だから俺が捕まえたときに、抵抗しなかったんだと思います。」

と、ブッチャーはそう答えた。

「そうなんだ。つまるところ、トンカラトンは女だったということか。まあ良かったじゃないの、これで、一応、トンカラトンは捕まったんでしょ。それなら、もう現れることも無いじゃない。」

「いや、そうとも限らないですよ。彼女が一人で通り魔をやったということもまだわかってないですからね。もしかしたら、黒幕がいたかもしれないじゃないですか。そういうことなら、氷山の一角にすぎませによ。」

と、ブッチャーは、腕組みをした。

「とにかくさ、ブッチャー、着物を着替えてこい。そんなふうに乱れていては、英雄的な行為をしても、恥ずかしいぞ。」

「ああ、わかったよ。」

杉ちゃんに言われてブッチャーは、急いで隣の食堂へ行って着物を着替え直した。ブッチャーにしてみれば、学生の頃習っていた柔道の技を使っただけなので、何も大したことは無いのであったが。

その翌日。製鉄所に、華岡と部下の刑事がやってきた。

「えーと、須藤聰さんですね。昨日、逃げた犯人逮捕に協力して頂いてありがとうございました。お陰様で通り魔の女は単独犯行だと自供しましたので、この事件はスピード解決です。まあ、一応怪我をした人物は5人いましたが、それでも死亡者が出なかったので良かったですよ。それで、須藤さんに感謝状を送りたいので、署まで来てもらえませんか?」

「そうですか。やっぱり、彼女の単独犯行だったのか?」

と、杉ちゃんは華岡に聞いた。

「そういうことなら、彼女が犯行をした理由があると思うけど。」

「ええ。容疑者の女性は、額に大きな傷跡がありまして、学校でそれのせいでいじめを受けていたそうで、それのせいで就職もできなかったようです。それで彼女は、正常に暮らしている人に、傷をつけてやりたくなったので、それで犯行に及んだそうです。」

部下の刑事がそう答えた。

「はあ、つまり額に傷があったわけだね。うーん、それが本当に動機になるのかな?確かに、顔がおかしくていじめられるのはあるかもしれないけどさ。それだけで、トンカラトンになってしまうもんだろうかな。それだけじゃないと思うよ。もっとよく取り調べをしたら?」

杉ちゃんに言われて華岡は、

「でも、彼女はそう言っているわけだから、もう解決だろう。」

と、直ぐに言った。

「そうかも知れないけどさ。それだけじゃないような気がするよ。だって、よく考えろよ。トンカラトンが狙ったやつは、皆小さな女の子ばっかりじゃないか。そこら辺、ちゃんと調べたんだろうな。トンカラトンが、なんで小さな子どもばかり狙ったか。」

杉ちゃんに言われて、部下の刑事が最もですと言った。

「僕もそう思いました。小寺和美は、たしかに、大人の女性は襲いませんでした。それに、本当に殺害するような感じでもありませんでしたね。襲われた女の子たちは、みんな顔を切りつけられただけでした。小寺和美は、それを、ただ、傷つけたかっただけだと言っていましたけれどね。」

「ほらあ、部下の人までそういう事言ってるんだから、華岡さんブッチャーに感謝状を送るのはもうちょっとあとにしたら?事件をもう少し洗い直す必要があると思うよ。」

「そうだねえ。」

華岡は、杉ちゃんに言われて、大きなため息を着いた。

「だから言ったんですよ。何でもすぐに解決させることが大事だと警視は言ってますけど、それも限らないって。」

「本当に、華岡さんは、事件を早く解決させたがるんですね。」

杉ちゃんだけではなくブッチャーも、華岡に言ってしまった。確かに膨大な事件を抱えていて、大変すぎるのはわかるのであるが、それでも、華岡は、簡単にあしらいすぎる気がする。

「俺、事件がちゃんと解決するまで感謝状は受け取れないですね。ちゃんと小寺和美という人が、なぜ事件を起こしたのかちゃんと俺たちに知らせてもらわないと、受け取れませんよ。」

「ホントだね。」

杉ちゃんとブッチャーは、それぞれそういうことを言った。

「ほら、そういうわけですからね。もう一回事件を調べないとだめですね。警視がいつも、事件ははやく解決なんていうけれど、もっと慎重にしなければだめですよ。そういう事言うから、警視はサラリーマンとか言われちゃうんです。もう一回、小寺和美を取調べしましょう。」

部下の刑事にそそのかされて、華岡は一言、

「そうだねえ。」

とだけ言って、すごすご製鉄所をあとにした。

「それにしても、トンカラトンが女だったのが、意外だったな。」

「そうですねえ。その女性が、小さな女の子ばかり襲ったのも、気になりますねえ。華岡さんたち、小寺和美と言っていましたね。どっかで聞いたことがある名前だな。」

杉ちゃんに言われて、ブッチャーは腕組みをした。少し考えて、

「あ!あの店の娘さんでは?」

と言った。杉ちゃんはあの店ってと聞くと、

「はい。今泉の、ケーキ屋ひさごという店が、確か小寺という人がやっていたような気がする。」

とブッチャーは続けた。ケーキ屋ひさごといえば、富士市内でも有名な洋菓子店だ。

「そうだっけ?」

と文字の読めない杉ちゃんはそう言うが、

「いや、間違いありませんよ。俺、姉ちゃんの誕生日にあそこでケーキを買ったことがあるから、なんとなく覚えているよ。あそこのケーキ屋のケーキはとても美味しかった。俺、まだあそこの娘さんが、幼かったとき、会ったことがあった記憶がありますが、たしかに額におっきな傷があったぜ。」

とブッチャーはいった。

「じゃあつまり、ケーキ屋ひさごさんの娘さんが、今回の通り魔事件を起こしたということになるの?」

杉ちゃんが聞くと、

「そういうことになるな。しかし、本当にあの娘さんが、通り魔事件なんか起こすかな?だって、小寺さんたちは、一生懸命店をやっていたのは、ちゃんと分かることなのに。」

ブッチャーはそう言って考え込んだ。

「他人である俺たちが、何をしようということでもないが、どうもこの事件はわからないところがあるよ。確かに、小寺和美さんは、額に大きな傷があったのは確かだけどね。それのせいで、凶行に及ぶような教育をさせた一家であるとはどうしても思えない。だってあそこの小寺さんは、お父さんが一生懸命ケーキ屋をやっていて。」

その次の日、静岡の地方新聞は、小寺和美という、ケーキ店の女性が、子供を執拗に襲う通り魔に変貌したことをトップ生地で報じた。どうして、こんなふうに大っぴらに乗せるんだろうと思うほど、新聞は、彼女のことを報じていた。せめてそっとしてあげればいいのにとブッチャーは思ったが、小寺和美が、学校でえらくいじめられたことや、額の傷のせいで就職できなかったこととか、そういうこともちゃんと新聞は報じていた。そういうことまで知る必要はないと思うことでさえも、日本の報道は報じてしまうものであった。

ブッチャーが自宅で新聞を読んで、さて、そろそろ今日の注文はどうかななんて日常的なことを考え始めると、

「失礼いたします。須藤聰さんですね。ちょっと取材をさせていただけないでしょうかね。」

と、玄関先で声がした。ブッチャーは家まで報道陣が来たのかと、ちょっとびっくりしてしまったが、

「はい、ここではちょっと困りますので、外で話をさせてください。」

と、急いで言った。そして、すぐに出かける支度をして、家の外へ出た。すると、報道関係と思われる、カバンを持って、メモ用紙をしっかり持った女性が、家の外に立っていた。

「須藤さん、私、ジャーナリストの森下というものですが、あなたが、子供を襲おうとした、小寺和美を一本背負いして捕まえたそうですね。そのときのことをちょっと教えていただきたいのですが。」

「はあ、そうですか。しかし、なんで報道関係の方がうちに来るんですか。俺はただ、学生時代にやっていた柔道の技を使っただけのことです。それ以外に、何もしていないし、小寺和美という女性のことだって、詳細を話せるわけじゃないのです。だから、俺に取材しても、意味が無いと思うんですけどね。」

ブッチャーは、森下という女性に、そういったのであるが、

「でも、二度と繰り返さないようにするために、報道することは大事なことなんじゃないかしら。私は、その使命を持って、取材をして、書くことが一番だと思っているんです。だから、須藤さんも協力してください。もちろん、あなたが知っている範囲で良いです。」

と森下さんは言った。ブッチャーは彼女の意見になるほどと思い、

「確かに、小寺という人がやっていると聞いている、ケーキ屋ひさごという店に入らせてもらったことがありました。そのときに、娘さんがいて、額に大きなキズが有るなということはわかりました。ですが、それのせいで、俺は人を襲おうとか、そういうことを考えているとは思いませんでした。警察は、彼女の単独犯行であると言ってますが、俺はそうではない気がするんです。本当に女性ひとりで考えたことでしょうか。俺はよくわかりません。」

と、正直に答えた。

「ありがとうございます。では、小寺和美を捕まえたときに、小寺和美であるとは、思いもしなかったと言いたいわけですね。」

森下さんがもう一度聞くと、

「はい。確かに、額には包帯を巻いていましたが、俺はそれで小寺和美さんだったとは思いませんでした。俺は、小寺和美さんが犯人だと知ったのは、警察の方から聞いたからです。」

とブッチャーは正直に答えた。

「そうなんですか。わかりました。ご協力ありがとうございます。須藤さんは、とても優しいんですね。この事件は、小寺和美さんの単独犯行では無いと思ってあげらるのですから。」

と、森下さんは、メモ用紙をしまいながら言った。

「ということは、小寺和美さんの、やはり単独犯行なのでしょうか?」

ブッチャーがもう一度聞くと、

「ええ、警察にも何度か取材に行きましたが、小寺和美さんは、自分の単独犯行だと主張しているようです。特に、自分にこうしろと指示をしたということは、供述していません。」

と、森下さんは答えた。

「そうなんですか。俺、どうしても信じられないんですよね。小寺和美さんの単独犯行であったとは。彼女は確かに、額に大きなキズがあります。それは事実です。それのせいでなにか言われてしまったことは、たしかにあるとは思うんですけど、俺、彼女が本当に、今回の事件を起こしたとは思えないんですよ。それに、俺が一本背負いしても、何も抵抗しなかったですしねえ。」

「そうですか。ありがとうございます。そういうことなら、一緒に警察へ行ってみて調べてみませんか。私も、実は、そう思っているところがあるんです。小寺和美さんが、本当にこの事件を起こしたのか、気になるところです。」

ブッチャーがそう言うと森下さんは、そういったのであった。ブッチャーもそれはとても気になっていたところだったので、森下さんに同行スリことにした。ブッチャーは、森下さんと一緒に、小寺和美さんの親戚や、近所の人などに、小寺和美さんの生い立ちを聞いて回った。しかし、答えはいつも同じこと。額に大きなキズがあり、それで小寺和美さんが、いじめを受けていたり、就職できなかったりしたこと、そればかり聞かされるのだった。

「やっぱり、小寺和美さんの単独犯行だったんですかね。それを受け入れるようになるには俺、ちょっと時間がかかりそうですよ。彼女の親御さんだって、ケーキ屋をやってたんですから、変なふうに彼女を育てたということは無いと思うんですけど。」

ブッチャーは、喫茶店でお茶を飲みながら、森下さんに言った。

「そうかも知れないけど。」

森下さんは、メモを書きながら言った。

「小寺和美さんには、なかったものがあるわ。」

「はあ、それはなんですかね。」

ブッチャーは、森下さんの言葉に、そう反応した。

「きっと、小寺和美さんには、いじめを受けたり、就職できなかったりしても、慰めてくれたり、あなたは悪くないといってくれる存在が何もなかったのよ。今まで聞いて回ったけど、彼女に直接注意したとか、そういう人間は現れなかったわ。」

森下さんは報道関係者らしく言った。

「そうですか、、、。確かにそういうところはありましたね。近所の人に聞き込みはして回ったけど、たしかに、彼女に直接話したという人は現れませんでしたね。」

ブッチャーがそう言うと、森下さんは、そうねといった。

「だから、彼女は一人で悩んでいるしかなかったのでは無いかしら。誰も彼女のことを励ましたり、額に傷があっても頑張れとか、そういう言葉をかけてくれる人は現れなかった。だから今回彼女は、そういうことになってしまったのよ。私、そういうところをちゃんと書こうと思う。事実には必ず裏があるわ。だからそれもちゃんと書かないと報道官として失格よね。」

「お願いします。」

ブッチャーは、そういう森下さんに頭を下げた。

「二度とこんな事件を起こさないためにちゃんと、彼女、小寺和美さんになかったものをちゃんと書いてやってください。そういうことはやっぱり、俺たち一般市民にはできないことだと思いますから、俺は、お願いしたいです。」

結局、一般人ができることはそういうことなんだと思う。できる人にお願いしますといって頭を下げるしか無い。だけど、頼むことができるのは、できないからできるのだ。それを忘れては行けないとブッチャーは思うのだった。

「わかりました。私も報道官として、きちんと書くことにするわ。」

森下さんは、にこやかに笑って、メモ用紙を取った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブッチャーと報道官 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る