第七十一話:たすけて(切実)

 炎神えんじんとルークのファイトから二日程が経過。

 あれから炎神は表面上はいつも通りに振る舞っているが、やはりルークに敗北した事に思う所があるらしい。

 まぁ無理もないか。あのファイトで炎神は一度もダメージを与える事ができなかったからな。

 とりあえず今は、炎神のメンタルが完全回復するのを待とう。

 そして回復したら、俺がアイツを強化する。後々のためにもな。


 で、今日は学校が休みの土曜日。

 俺は自室のカードと睨めっこしながら、諸々の準備をしていた。

 炎神の強化プランを立てつつ、俺自身の強化プランも考える。

 あとは緊急時のガチデッキの用意もだ。


「いざとなれば……未来の禁止カードも使うか」


 現在のこの世界では、まだ制限がかかっていない事は確認している。

 前の世界で禁止指定されても、大事に持っておいて本当に良かったよ。

 まぁ今手にしているカードは、一度制限がかかったら二度とシャバには出てこないだろうけどな。


「ロックは崩して、ビートは防いで……あっ、特殊勝利も妨害したいな」


 想定できる相手をことごとく封じたい。そんな欲が止まらない俺。

 せっかくアームドも採用できるようになったし、色々試したい気持ちでいっぱいだ。

 と、そんな感じでカードを弄っていると……スマホにメッセージが入ってきた。


「ん? 誰だ?」


 確認すると、メッセージアプリにアイからのメッセージが一件。

 しかも超短い。


『今いえ、たすけて』


 ……これはただ事ではなさそうだな。

 俺は急いで着替えて、家を飛び出た。

 アイの下宿先は一応知っている。本人から聞いたからな。

 俺は走って駅に向かう道中、アイにメッセージを送ったが、返事はない。

 電車に乗ると同時にもう一度『たすけて』というメッセージが来たので、いよいよ不味いんじゃないかと思ってしまう。

 まぁ仮にもアイは元アイドルだからな。それこそストーカーが来たとかあっても不思議じゃないか。

 最寄り駅に着くや、俺は地図アプリを開いて目的地へと走り出す。


「無事でいてくれよ」


 ものの数分でアイ下宿先であるマンションに到着する。

 どうでもいいけど、高校生の下宿先に高層マンション用意するとか、金持ちはスゴいな。

 それはともかく、俺はとりあえずマンションの入り口に向かう……のだが、ここで一つの疑問が浮かぶ。


「あれ? このマンション、オートロックか?」


 セキュリティ万全じゃないか。じゃあストーカーとかの不審者である可能性は低い?

 とりあえず俺はアイの部屋番号を入力して、インターホンを鳴らす。


『ソラ! 来てくれたのね!』

「いや、ツルギだけど」

『……え?』

「……ツルギだけど」


 なんか気まずい沈黙が流れる。

 というかアイさん、もしかして俺とソラを間違えてメッセージ送った?


『なんで……ツルギ?』

「メッセージで呼ばれたからだよ。とりあえず心配だからオートロック解除してくれ」

『……背に腹は変えられないわね』


 なんかインターホンの向こうで物凄い葛藤を感じたぞ。

 そんなに俺が来るのが予想外だったか?

 いや予想外か。

 とりあえずオートロックが解除されたので、マンションの中に入る。

 そしてエレベーターで数分。俺はアイの部屋の前に到着した。


「アイー、来たぞー」


 扉をノックするが、反応がない。

 どうしたんだと思った次の瞬間、扉の向こうから何かが崩れる音が聞こえてきた。

 えっ、なに? 何の音だ?

 小さな悲鳴の後に、ドタドタと慌ただしい足音。

 そしてようやく扉が少し開いた。


「い、いらっしゃい」

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないわね」

「だろうな。なんかすごい音聞こえたし。アイは顔しか出してないし。とりあえず上がっていいか?」

「……くつろげないわよ」


 もうこの辺りでなにか嫌な予感がしてきた。

 アイはゆっくりと扉を開けて、俺を迎え入れた。


「……アイ?」

「なにも言わないで」


 部屋に上がった俺は言葉を失った。

 まず臭う。なんか色々腐った臭いと、誤魔化しのための消臭剤の匂いが混じっている。

 次に床だ。ほとんど見えない。目につくのは大量のゴミ袋と、散乱している段ボール。本も何冊か見えるな。

 極め付きは衣類。なんか服とかスカートがあちこちに散乱してるぞ!

 というかさっきの音って絶対ダンボールが崩れた音だろ!

 まさかと思って俺はキッチンも確認する。

 うーん、これは言葉にできない汚さ。アニメならモザイク不可避だな。


「アイ……お前もしかしなくても」

「えぇそうよ! どうせ私は片付けられない女よ!」

「限度がある」


 宮田家よ、何故娘を一人暮らしに送り出したんだ。

 せめて基礎的な家事スキルを叩き込めよ。


「とりあえず手伝うから、片付けようぜ」

「本当にお願い。さっきとうとう寝る場所も失ったのよ」

「もう一度言うけど限度がある」


 まずはゴミ袋を片付けようか。これだけで結構な数があるぞ。


「アイ。ゴミ捨ての日って把握してるか?」

「なにそれ」

「よしわかった。今日は俺が生きるための基礎知識を叩き込んでやる」


 最近はスマホでゴミ捨ての曜日を確認できから便利だよね〜。

 一先ずアイには強制的にカレンダー登録させた。


「ゴミの分別がされているのは、せめてもの救いか」

「当然でしょ。それくらい知ってるわ」

「ゴミ袋は空き部屋に一旦移動させるぞ! 次のゴミ捨ての日忘れるなよ!」

「わかってるわよ」


 ゴミ袋を移動させただけでも、随分良くなった気がする。

 いや、まだまだ普通に汚いな。

 次に俺は崩れているダンボールの山を片付ける。


「なぁアイ。引っ越してからダンボール開けたのか?」

「その……明日でいいかなと思って」

「今日やれ。今日を頑張った者にのみ明日が来るんだよ」

「返す言葉もないわ」


 多分だけど俺の視界に映っている棚には何も入っていないと見た。

 というかダンボール多いな。さては実家から私物全部持ってきたな。


「今ならわかる。どーりで遊びに来るのを拒むはずだよ」

「うぅ……」

「そして同性の友人であるソラに助けを求めて、自分へのダメージ最小限にしようと企んだと」

「お願い、それ以上は言わないで」


 アイが顔を真っ赤に染めて俺の言葉を遮ってくる。

 まぁ恥ずかしい自覚はあったんだろうな。

 とりあえずダンボールを隅に片付けた。

 次は床に散乱している服を……


「……オウ」

「へ?」


 床に落ちてるのはすごく大きな薄緑色のブラ……


「きゃぁぁぁ!? 見ないで!」

「ぐふぉ!?」


 アイさん!? 無茶しないでくれ。

 今首からゴキンって変な音が鳴った!


「服は! 服は私がするから!」

「あぁ、そうしてくれると助かる。あと掃除機の場所教えてくれ」

「……ねぇツルギ、ロボット掃除機じゃダメかしら?」

「箒と塵取りでなんとかしよう! あと雑巾もだ!」


 もうこの部屋はロボットで対処できるレベルを超えている。

 俺はアイが服と下着片付けている間、頑張って部屋の掃除をこなしていた。


「アイ、お前実家でどうやって生活してたんだよ」

「恥ずかしい話だけど、家事は全て家政婦に任せていたから」

「うーん金持ち」

「まさか一人暮らしがこんなにも過酷だなんて」

「最低限片付ける習慣があればもっとマシだっただろうけどな」


 多分だけど家事スキル以前に片付けスキル不足している。

 あと換気もだ。空気が篭っている。

 大掃除始まって二時間以上が経過。ようやく部屋はマシな状態になってきた。


「ふぅ、こんだけやれば大丈夫だろう」

「ツルギ、本当にありがとう」

「とりあえずアイは後で掃除機を買いに行け」

「わかってるわよ」


 唇を3の形にするアイ。

 ふとここで俺は何かを忘れている気がした。

 何だ? 何か記憶から消してしまったような。


「あっ! キッチン忘れてた!」


 俺は急いで例のキッチンに向かう。

 うん、やっぱりモザイク不可避の惨状だ。あと臭い。

 大鍋に何か臭い液体が並々注がれている。

 えっ? 何これ?


「アイ……この鍋って?」

「カレーよ」

「……アイさん? 料理経験は?」

「小学校の頃に調理実習でカレーを作ったわ」


 堂々と言うアイ。

 うん、やっぱり色々仕込まないとダメだな。

 いやマジで、この娘はこのままだと危ない!

 というか今思い返したら、ゴミ袋の中にコンビニ弁当の空箱がたっぷり入ってたな!


「アイ。キッチンの掃除が終わったら、一緒に料理するぞ」

「……簡単なのからお願いするわ」


 またもや顔を真っ赤にするアイ。

 安心しろ、俺が頑張ってお前を一人前の家事ウーマンに育ててやる。


 その後凄まじき臭いと戦いながら、俺はキッチン掃除を終えた。


 余談だが、これだけ酷い惨状の部屋なのに、カードと召喚器と制服だけは綺麗にしまってありました。

 その努力を他にも向けろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る