敵情視察

新 星緒

ぬいぐるみKV.330号

『発射60秒前』  

 カウントダウンが始まる。

 俺は転移装置の中で軽く深呼吸した。課された任務は重大だ。敵情視察。すでに多くの仲間がこの任務の最中に消息不明になっている。いったいあの地でなにが起こっているのか。




 俺たちニニポウア星人は1450年前に母星が爆発霧散して以来、移住先を探してきた。そうして最近ようやっと母星に近い環境の惑星を発見した。地球だ。

 だがこの星は、中途半端に発達した文化を持つ人類に支配されている。移住の前に人類を駆逐せねばならない。


 だがニニポウア星人は大規模殺戮攻撃機は持たないから(1450年の間に失われてしまったのだ、慙愧に耐えない)、人類の弱点を探り適した殲滅方法を考える必要がある。

 そのために10年ほど前から偵察部隊を地球に送っているのだが、全員連絡が途絶えて行方がわからなくなっている。原因は不明だ。


 俺たちは人類が好むものに完璧に擬態している。ゆえに彼らがニニポウア星人の存在に気づくとは思えないのだが、結果から推測するに、偵察部隊はなにかしらの攻撃を受けているとしか考えられない。俺も心して掛からねば、先達と同じ運命となってしまうだろう。


『今まで様々なものに擬態してきた』カウントダウンに長官の声が重なる。『人類そのもの、犬、猫、地雷、いやらしいコンテンツ、スマートフォン、プリン、イルカ。だが今度こそうまくいくはずだ』

『はいっ!』俺は力強く返事をした。


 今回の作戦に投入されるのは330名の偵察員。過去最大規模だ。みな同じ種別に擬態しており、うち329名はすでに地球に転移済み。俺は最後のひとりだ。


『期待しているぞ』と長官。『ぬいぐるみKV.330ごう!』

『必ずや任務を成功させます!』


 俺の声とカウント・ゼロの声が重なった。



 ◇◇



 いったい俺はいつ買われるのだろう。

 地球の売店に転移し118日目。同じ店に来た仲間9名はその日のうちに買われていった。だというのに俺は……。やはりこのがわがいけないのだろうか。

 ここにいても人類の観察はできる。だがあくまで観察。弱点を探れるような状況じゃない。このまま買われるのを待つか、命令を無視して探索活動に出るか。なにが最善なのか。ため息が出てしまう。とはいえぬいぐるみだから、人類にバレないように、そっと済ます。


「うわぁ!」

 甲高い声がして体が浮いた。幼女が俺を両手で掲げ持っている。

「りお、これにする!」

「えええ? 本当にそのぬいぐるみがいいの?」

「うん!」

「なにかしら、これ。……アイアイ? ちょっと独特な見た目ね……。ね、りおちゃん。ウサギとかパンダとか……」

「りおはこれがいい! だって黄色いお目々がカッコいいもん」


 トゥクン!と胸が鳴った。

 幼女は最高の笑顔だ。

 俺をカッコいいと言った!


 守りたい、この笑顔!


 いや、違う違ぁぁうっ!!


 危ない、俺たちニニポウア星人は人類を殲滅するのだっ!!

 118日ぶりに話しかけられたからって有頂天になるな!

 幼女の顔がなんだ! ちょっと可愛いくらいで胸をときめかせるな!


 冷静になるのだ、俺。気を抜いていたら先達のように行方知れずになるだろう。人類を甘く見てはいけないのだ。

 だが、にっこにこの笑顔の『りおちゃん』に抱きしめられた俺をは、ひさしぶりに生命体に触れてもらえて、胸がトゥクントゥクンしてしまうのだった。



 ◇◇



 見事、人類の生活拠点に侵入した俺だったが、予想外の事態に困惑をしている。『りおちゃん』はカッコいい俺が大好きで、手放さないのだ。一緒にご飯を食べ遊び寝る。自由時間は『りおちゃん』が幼稚園に行っているときだけ。だが留守番の俺は必ず玄関で待機させられるのだ。


 出入り時に目につく定位置。これが曲者で、一度自由に歩き回っていたら、買い物に行っていた『ママさん』が帰ってきて『アイアイが出かける前と違う場所にある! 怖い!』と恐ろしがって、処分されそうになった。

 以来処分が怖くて、玄関から動けなくなってしまった。


 また夜中、『りおちゃん』が寝ている隙にベッドから這い出たら、すぐに彼女が起きて『アイアイがいないぃぃぃ!!』と泣き叫んだ。床に転がっている俺を『パパさん』がみつけて、『りおちゃん』の寝相が悪いということで話は済んだ。

 幼女が泣き叫ぶ姿は、さすがの偵察員も心が痛むので、以来きちんと添い寝するようにしている。


 ――決して『りおちゃん』のぬくもりが好きだとか、そばにいてあげたいとか思っているわけではない。

 いつもいつも振り回されているから迷惑をしているのだ。

 褒め言葉も『カッコいい!』と『お利口さんね!』の2種類しかないし、遊びはワンパターンだし、低能にもほどがある。


 いくら笑顔が素晴らしかろうが、『大好き』と愛を囁かれようが、ちゅっとキスをされようが、そんなものでは偵察員はほだされないのだ!


 母船への連絡をしていないのも、『りおちゃん』からの監視がきつく、『ママさん』からの処分が怖いだけで、深い意味はないのだ。うむ……。




『りおちゃん』が俺のもふもふしっぽにリボンを結ぼうとしている。だが幼女の『りおちゃん』はまだうまくできなくて、泣きそうになっている。


 がんばれ!

 りおならできる!

 君は素晴らしい集中力と器用さを持っているぞ!



 ――じゃなかったあぁぁぁ!!



 人類を応援してどうする。アホで低能のほうがラクに殲滅できるんだぞ!


「あれ?」

『りおちゃん』が手を止めて、しっぽをじっと見ている。それからトタトタトタと『ママさん』の元に行った。その傍らにあるタブレットをいじる。俺のしっぽを何度も見ながら、なにかを打ち込む。


 しばらくすると軽快なピアノ音楽が流れ始めた。


「アイアイの曲!」と『りおちゃん』

「なんで?」と『ママさん』が尋ねる。

「んとね、ここに書いてある」

『りおちゃん』が俺のしっぽの毛をかき分けている感覚。

「本当だ。KV.330」


 そ、それは俺のコードネーム!


「製造番号かな?」と『ママさん』。

「アイアイの曲!」

「りお、よく覚えていたねえ」

「この曲好き! りおも弾く!」


『りおちゃん』はピアノを習っている。『ママさん』も得意らしくて、ふたりで教室に通っているのだ。もちろん俺もお供をさせられている。だが俺の所感だと、この曲はりおには難しいだろう。

 というか、これもKV.330なのか。親近感が湧くな。心地よい素晴らしい曲だし。KV.330のコードがつくものは、どの世界でも優秀らしい。


「ううん。りおにはまだ早いかな。手が小さいからねえ」

「がんばる! ……でも、どのくらい大きくなったら弾ける手になる?」

「小学校6年生くらいかなぁ」

「それ、どれくらい?」

「長野さんちのまゆちゃんが6年生」

「ふわぁ! おっきい!」


 ふむ。『りおちゃん』はまだ年中さんだから7年も先だ。


「じゃあ6年生になったら、絶対に弾く! アイアイの曲だもん! 発表会でドレス着て、アイアイと連弾する!」

 いや、俺が動いたら『ママさん』が卒倒するぞ。てか、連弾の意味を分かってないのか? ピアノの前で並ぶだけと思っているのかもしれない。


 低能幼女はアホだなぁ。


「そう。じゃあ次のレッスンで先生にお話しておこうか」

「うん!」

 りおが俺を高く掲げて、くるくると回る。

「待っててね、アイアイ。りおがんばってアイアイの曲を弾くから! えへ。楽しみ!」


 ……。


 ……まあ、アレだな。人類について偵察するというのは、様々なケースを観察するということでもある。うん。

 そしてそのためには、りおが弾く俺のテーマ曲を聴く必要があるのだ。


 人類殲滅はもうちょっと先延ばしになるが、仕方ない。しっかり偵察しないと失敗するかもしれないからな。






 それと……。りおが俺のKV.330とやらを弾けるようになるまでは、ちょぉっと母船との通信をっておくか。引き上げ命令が来たら困るから。


 い、一応断っておくが、これはりおに絆されたんじゃないぞっ!

 あくまで偵察の一環だからなっ!

 りおの成長を見守る……あー、あー、観察するだけの話だ。



 だからりお。ちょっと、例のアレ。ちゅっというやつを俺にやってくれないか?

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