第2話 バイトでヒーロー始めました~後編~

「――――ここが店長の言ってた辺りか……」


 俺は轟音のする方へと向かった。すると4mはあるスライム状の化け物がが暴れている。


「なんだよあれ……現実に存在していい形状じゃねえだろ……」


 動揺している俺を現実に引き戻すような店長の声が頭の中に響いた。


『もしもし~、あ、ちゃんと聞こえていますね。この服おまけで無線がついてるんですよ~。動作確認のついでに言い忘れてた事伝えておきますね』


「いきなりどうしたんですか。めっちゃでかいのが暴れてるんですけど! 要件早くお願いします!」


『Xの殺し方についてです』


 滅茶苦茶重要じゃねーか!!!! あれ? でもマギアで核を攻撃すれば倒せるってさっき言ってなかったっけ?


『さっきは「マギアで核を攻撃すれば倒せるってさっき言ってなかったっけ?」 とでも言いたそうな間ですね。これは核の見つけ方についての連絡ですよ。空牙君、そのXの身体の中に球体のような物ありませんか?』


 そんなこと言われてもあの巨体のどこにそんな玉があるんだ? いや、あれだな。身体のほぼ中心にあるそこそこ大きいあれだ。


「店長、ありました。なかなかの大きさのが」


『それがXの核です。それをなんとかして破壊してください。では、何かあったら連絡くださいね』


 さて、弱点と倒し方の情報が出揃った所でどう戦おうか。


 まず第一に理性どころか自我もなさそうなバケモン相手に引き付けるとかの作戦が通用するのか? 


「ざあこざあこ! 雑魚スライムゥ‼ 最初の街付近で延々と狩られてお仲間さんもおいないんじゃないのぉ? 早くこっちに来なさいよ雑魚スライムゥ‼」


『Na tlusni ot em si na tlusni ot ym ¡dog Emoceb eht noitadnuof fo eht Drol fo eht Dnard ohw devas ¡em』


 なんて言ってるが分からんが、取り敢えず興味を俺に引き付けることが出来たので、周りへの被害は最小限に抑えられそうだ。


「あとはこっちに向かって来るXとやらを……バズーカで吹っ飛ばす!! いでよ! バズーカ!」


 俺は店長から貰った匣を前に突き出し叫ぶが何の反応もない。そうこうしている間にもあいつは迫ってくる。


「ええい出ろバズーカ! あれ? この際マシンガンとかでもいいです! 早く……あの……マジでエエエ!」


 すごい勢いで突っ込んできたXは空牙の直前で停止し、勢いをそのまま腕とみられる触手に乗せて俺の腹に叩き付けてきた。


 俺の体はは一撃で吹き飛ばされビルに叩きつけられた。


「……痛ってえ……戦闘服着てこれだともう何発か喰らったら死ぬだろ。大体なんでバズーカにならねえんだよこの匣よぉ!」


 愚痴をこぼす間にも、Xは俺にもう一撃ぶち込むべく突進してくる。スライムで足が無いのに凄いスピードだ。


「眼前には俺を殺そうとしている怪物。弱点と殺し方が分かっててもそれを達成できる武器は無い。助けを呼ぼうにもさっきの一撃で通信機は壊れた! …………そして逃げ場もない……これ俺死んだくね?」


 いざ自分が死ぬとなるともう怖くもないな。あえて心残りを言うなら、じいちゃんにもう会えないことだろうか。


『良いか空牙よ……大事なのは基本じゃ。型を知って初めて型を破れる。よく見ておれ』


 そう言って繰り出される神速の剣技の数々。鮮明にあの頃の記憶が頭に浮かぶ……これが走馬灯という奴だろうか? いよいよ自分の死が身近に迫っている事を実感する。


「かっこよかったなじいちゃん……俺も何時か……あんな風になりたかったな……」


 その瞬間、手に持っていた匣は光を放ち始める。


 匣は一瞬で刀に形を変えた。


 その刀身は光を寄せ付けない程に白く、鍔と柄は反対に光を決して逃がさない程の漆黒をしていた。


「分かったよじいちゃん……基本に忠実に、俺の剣で戦えって事だよな……」


 先刻よりも強く、速く、Xの触手が繰り出されるが、それが俺に届くことはなかった。


 不思議だ。先刻まで身体のあちこちが痛かったはずなのに、怖くてたまらなかったはずなのに嘘だったかのように消え去っている。全身に力が満ち溢れるようだ。


 空牙は先程とは反対に、自分に向かって伸ばされた触手を切り刻みながら本体に突進していく。


「悪いな怪物、俺のじいちゃんが言ってたんだ。基本に忠実にいけって。だからお前には感謝してるよ。俺の基本を思い出させてくれた事」


『Ruoy nwo,Ruoy nwo,Ruoy nwo,Ruoy ¡nwo Eht Drol lliw ylerus hsinup ¡uoy』


「見様見真似じいちゃん流“居合”『四王裂しおうざき』!!!」


 超速の抜刀術がXの核を体ごと両断する。その瞬間、先刻までXだったモノは爆散し消滅した。俺は勝ったのだ!


『もしもし? もしもーし! あ、繋がったかな? 空牙君聞こえてますかー?』


 故障したと思われた通信機から店長の声が響く。


「もしもし店長? 聞こえてますよ。たった今終わったとこです」


『え? あ、終わった? ほんとに一人で倒しちゃったの?』


「はい」


『いつでも助けに行けるよう準備してたんですけどね……肝心な所で通信機が繋がらなくてさー、取り敢えず戻ってきてください』


「了解しました!」


 こうして、俺のアルバイト初日は、大成功で終わった。



◇◇◇◇



「――――ひとまず空牙君、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。やっつけ本番でしたが、初めての戦闘はどうでしたか?」


「店長から貰ったマギアが武器にならなかった時は本当に死んだかと思いました」


「成程……それはきっと空牙君が本当に使いたい武器ではなかったか、マギア自身が拒んだかのどちらかですね。装備型のマギアに意思が宿るのはよくある事です、徐々に信頼関係を築いていってください」


 マギアの意思が拒む……バズーカになってくれなかったコイツと俺は信頼関係を築く事なんてできるだろうか。もし喋れるようになったら聞いてみよう。


「お話し中の所失礼します。空牙様、先程こちらを出発なされる前にコーヒーを注文されていたと思いますが、冷めてしまっていたので新しい物を淹れさせて頂きました。どうぞお召し上がりください」


「あ、すみません。ありがとうございます」


 淹れたての香り立つコーヒーを一口……なんだこれは!!!!!! 色と匂いは普通なのにクソまずい! 


 俺の人生で口に入れたものの中でダントツまずかったのはよく分からん四角いお菓子だったがそれを優に超えるまずさだ。


 喉が熱い、全身の細胞が悲鳴を上げているようだ!すぐに吐き出さなければ命が――――


「お味はいかがでしょうか?」


「とても美味しいです」


 いや無理じゃあん、あんな無表情の中にも味に少し不安そうな目をする超美人メイドさんの出したコーヒーを「クソまずいわ死ねっ!」って一蹴することなんかできるわけないじゃあん。


「それは良かったです。マスター。よかったですね」


「いやあほんとだねメイちゃん!帰ってくるタイミングを見計らって僕が淹れた甲斐があったよ!」


「クソまずいわ死ねっ!」


 これは、俺が最高のヒーローになる物語――――


 いや、違うな。


 これは、俺が金を稼ぐために世界を救ってたら、最高のヒーローと呼ばれるまでの物語だ!


 その後一週間、空牙はカフェインの摂りすぎで寝ることが出来ませんでしたとさ。

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