心 (神奈川県/21歳/男性)

大学二年の夏頃、とある「噂」がたった。


"雨の日の○×大学駅のホームには、利用者を線路へ突き飛ばす黒い影が現れる"


ピンポイントで俺の通う大学の最寄り駅が舞台に選ばれたこと自体は気味が悪いものの、あまりにテンプレな内容を、俺は作り話でしかないと思っていた。


ある雨の日、親友のAが○×大学駅で電車に飛び込み自殺した。


ただの一例でしかないが、この「噂」 は本物だと思った。

亡くなる前日も深夜まで一緒にゲームをしていたAが、急に身を投げるわけがないと思ったからだ。

それから数日後、新たな「噂」がたった。


"雨の日の○×駅に現れる黒い影が、ひとつ増えた"


何故かはわからない。わからないが、「新しい黒い影はAだ」と、直感的に感じた。


何か、誰にも言えない悩みを抱えていたのだろうか…

何か俺に出来ることはなかったのか…


人の心は人が思っているよりもずっと、強いのかもしれないけれど、それと同じくらいずっと、弱いのかもしれない。



その日は台風の影響で休講になった。


水中にいるような、バケツをひっくり返したような、滝のような雨の中を歩いた。


わずかばかりの強い心で、傘をさして。


電車に揺られ辿り着いたそこには、大小ふたつの黒い影がいた。


俺とその影は静かに対峙したが、列車がホームに進入するアナウンスを合図として、大きい影が俺に近づいてきた。


黄色い線の外側から、俺は動けなかった。


身体が宙を舞い、激しく何かに衝突した。


そして俺は死んだ。



「っていう話なんですけど…」


私の向かい座る男はそう言うと、コーヒーを啜った。

怪談あるあるとも言える語り手が死ぬオチに、私は思わず尋ねた。


「えっと、創作…?」


「と思うじゃないですか!」


すると、待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせた彼を見て、私は思った。


「Aはね、俺なんですよ。この話の語り手、まぁBとしますか。こいつちょっとおかしい奴でして」


彼の心はきっと、壊れている。と。


「この黒い影とか、全部Bの妄想なんですよ。話と同じで電車に撥ねられて死んだんですけど、こいつ死ぬ数日前から何回も俺にこの話をしてきて、その通りに死んだんですよ。自殺ですよ」


親友が自殺した話をしているというのに、彼の口角はずっと上がっている。


「でね、わかるんですよ。最近」


しかし、ふいに彼は泣きそうな顔をしながら、こう続けた。


「俺も多分、おかしくなってきてるんですよ…。Bがね、毎晩夢に出てくるんです。

寝るのが怖くて、寝ないように部屋の電気をつけたり、散歩したり、友達と遊んだりしても、絶対に起きてられないんです…」


そういう彼の目元には、確かにクマがなかった。

震えながら、彼は続ける。


「あいつ…撥ねられて死んだから、バラバラなんですよ…全身が、あの、内臓も脳みそも全部飛び出して、で、何も無い白い部屋で、床に首だけで立ってて、ずっとこう言うんです」


「お前呪ったからな。また遊ぼうな!」


「って、笑いながら…いや、顔も、ぐ、ぐちゃぐちゃで、笑ってるかはわかんないんですけど、絶対笑ってる…」


「俺、あいつに、呪われるような覚えとか、ないんですよ…」


「今朝ね、こんな夢を見ました。いつもの真っ白い部屋で、首だけのあいつの目の前で…俺ね、全身を、あの、クレヨンで、まっ、真っ赤に塗ってるんです。それでね、笑いながら叫ぶんですよ」


「これお前!お前なんか知らねぇよ!誰だよクソ野郎!」


「それを聞いたあいつ、クククク…めっちゃくちゃ叫んで、クハハ、ハハッ!思い出しただけで笑い止まんない!

アッハッハッハ!!」


「勝手に呪ってんじゃねぇよクソが!ぶっ殺してやるから出てこいよ!!ふざけんじゃねぇぞ雑魚が!!」


「でもまぁ楽しかった時もあったので、殺したら仲直りしますよきっと」


「親友ってそういうもんでしょ?」


彼は飲みかけのコーヒーをカップごと床に叩きつけると、散らばったガラス片を指さしながら言った。


「これ!これあいつ!アッハハハハハッ!!!」


気の済むまで笑ったのか、彼は糸が切れたようにふっと落ち着きを取り戻すと、私に深く一礼をして店を後にした。



思いっているよりもずっと強く、ずっと弱い。



私は「なるほど」と呟き、紅茶を飲み干した。

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