憂虞 (神奈川県/24歳/男性)

一度目は深夜、俺の部屋だった。

窓の向こうから灰色の腕とともに現れたそれは、両眼が隠れるほど髪の伸び切ったボサボサ頭で、顔の端から端まである口を不気味と形容する他ない程に歪ませ、ただ、俺を見つめていた。

真っ暗な部屋で街灯の灯りが辛うじて入るだけだと言うのに、嫌にはっきりと確認できた。二階に位置する部屋、胸から上を覗かせて。


あの女は、何もしてこなかった。


ただ、俺を見つめて笑っていた。



二度目は昼間、薄暗いリビングだった。

天井から生えた腕が徐々に伸び、床に着く頃には窓の向こうにいた。

赤い服を着ていた。磨りガラスの向こうであの笑みを浮かべているのがわかった。


あの女は、何もしてこなかった。


ただ、俺を見つめて笑っていた。



三度目は深夜、また俺の部屋だった。

窓の向こうから笑っていた。笑いながら、窓を開けて部屋に入ってきた。

床に着くほど長い両腕を無造作に垂らしながら、首を頭が肩につくほど曲げて、笑っていた。


あの女は、何もしてこなかった。


ただ、俺を見つめて笑っていた。



あの女は、俺の精神をゆっくりといたぶるつもりだ。急に目の前に現れる訳でも、金縛りに遭わせるわけでもない。

突然と、しかしゆっくりと現れ、ただ笑う。

ニタニタと、気味の悪い笑みを浮かべるだけだ。


俺はもう限界だった。

いっそ襲ってくれと願いたくなるほど、ずっと笑顔で見つめられ続ける。

蛇に睨まれたカエルがただただ睨まれ続け、しかし逃げることが出来ないような感覚。相手の気が済むまで見つめられる。

恐怖で気が狂いそうになり、喉が枯れるほど叫んでも、何も変わらない。


あの女は、何もしてこない。


ただ、俺を見つめて笑っている。

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