02-重力引かれ蝉
かくして俺は彼女の眷属に成り下がった。どこへ行くにも女神様の半歩後ろに付き従い、荷を持ち、椅子を引き、お使い仕事に駆け回り、その報酬として涙が溢れるほど美味い食事と、息が止まるほど凄い膣の感触に酔い痴れる。自分の変わりようが信じられなかった。神々に卑屈にひれ伏し奉仕することばかりを喜びとするおべんちゃら
彼女と俺は各地の
勝利の夜、決まって彼女は普段の数十倍も欲情し、ブラックホールじみた強烈な引力で俺をベッドに引きずり込んだものだった。しかもい
「縛ってくれ」
女神の腰にまたがったまま、荒縄を手にして俺は困惑する。
「こんなのお前なら引きちぎれるんだろ……」
「言うな、萎える。早くしろよ
俺は言われたとおりにした。輝くような肌を傷つけたくなくて、手首にタオルを巻いてから縄でベッドの支柱に拘束し、動けないふりをしてる女神の
*
「
数ヶ月ぶりに顔を出した俺に対して、ブルの態度は
「不死なんか要らないよ」
「知ってるか。アジアでは馬鹿のことを『
「どういう意味……」
「
「で……」
「鹿と言った奴を皆殺し。だが馬と言って
「
「真面目に聞け」
「なあブル、俺は初めて本物の光を見た。翼が生えた心地なんだよ」
「翼だと。天を舞うどころか、俺にはお前がひどく重苦しいものに引きずり込まれてるように思えてならん」
俺の肩を掴むブルの爪が、上着の革をきしませながら肌まで食い込んでくる。
「目を覚ませ。神は天上にあって道を示すから役に立つ。地に降りた神に
*
エヴォニッツァは、完璧だ。
操縦技術ばかりじゃない。凛然と勝負に臨む気概と気高さ。
それが辛くなかったと言えば嘘になる。
考えてみれば、人類が銀河系に進出した時そこで出会ったものが宇宙人でも銀河文明でもなく古きお馴染みの神々だった、てのが全ての不幸の根源なんだ。世界が誕生したその直後から宇宙には本物の神々が住んでいて、自分たちのイメージを、精神に感応する一種の波動に乗せて地球人類へ送り続けていた。だから俺達の祖先は神々の御名と御姿と御題目を会ったこともないのに知っていた。その宗教信仰と何万年もかけてやっと決別したところだったのに、科学の粋を凝らして飛び出た宇宙には科学で全く説明つかない超越者どもがウヨウヨしてた。当時の人間がどれほど衝撃を受け、どれほどやる気を無くしたか、想像するだに痛ましい。
以来人類はたっぷり2000年近くも停滞を続けている。新しい発見は何もなされず、惑星の開拓も緩やかな人口増加に合わせておざなりに進められているだけだ。進歩も開発も無意味になって久しい。なぜなら神の力と知識に比べれば、宇宙最先端の研究でさえ児戯にしかならないからだ。そこで人は2種類に分かれた。ひとつは敬虔な信徒となって何等かの神に平伏し、ひたすら御利益を乞う者たち。もうひとつは神と距離をおき、人間だけの閉鎖社会に籠もって自己満足に浸る者たち。俺はかつて後者にあり、最近前者へ鞍替えしたわけだ。
いいじゃないか。人は猫を愛し、子猫時代から老衰死までたっぷりと撫で回して可愛がる。猫は自分と人間の間に覆しようのない力関係があることを想像もせず、あるいはある程度勘付いたうえで、人に愛される安逸の暮らしに満足する。どんなに綺麗事を言ったって、猫を閉じ込め、猫の一生を制御しているという意味で、人間と猫は対等じゃない。だがそれこそが一番いい関係だ。人は愛の矛先を得て満足。猫は餌と愛撫を得て満足。何が悪い……
だから神々の優勝祝賀会に引っ張り出された時だって、はじめは悪い気分じゃなかった。会場入りの直前でエヴォニッツァに物陰へ引き込まれ、白タイの歪みを直され、頬にキスされ、猫背を叩かれ、
「ビッとしてろ。私に並び立つのだぞ」
と釘を刺されても、むしろ俺は女神のスキンシップに
だが次々挨拶に来る神々の相手をしているうちに俺は落ち着かなくなってきた。
「なんだか場違いみたいだ」
消え入りそうな囁きに、エヴォニッツァは鼻を膨らませた。
「私の
「やあ、うるわしの君」
割り込んできた大音声は落雷さながらで、誰かと思えば雷神トールだ。油圧
「おお、名にし負う
「堅苦しいのは無しにしようぜ、百倍麗しきエヴォニッツァ。今夜は
雷神は馴れ馴れしく女神の剥き出しの肩を撫で回し、だらしなくウィンクなぞして見せる。
「おれは
「
「趣味も合う。人間は可愛いよな。名はなんと付けたんだ……」
「は……」
「この子らの交配相手を探してたんだよ。
よう人間ちゃん、今度遊びに来ないか。山羊料理を馳走してやるぞ。ただし骨髄を啜るのだけは勘弁な」
雷神の馬鹿笑いはホールばかりか俺の膝をも震わせ始めた。左右の女の子たちがトールの神域ジョークに爆笑しながら逞しい筋肉を撫で回す、その二歩手前でエヴォニッツァも一緒になって微笑んでいる。
そこから先は、もう見ちゃいられなかった。
俺は急な尿意を装って音もなくその場から逃げ出した。道に飛び出し、ひた走り、履き慣れない革靴が踵に酷い靴擦れを作り、激痛に呻いてしゃがみ込み、靴を脱いで見れば靴下は血まみれだ。俺は何も分かっちゃいなかった。自分が何だったのかも、どう見られていたのかも、そしてどうなりたかったのかも。だがそれに気づいたって俺は神ならぬ人間で、上位者からの気紛れな寵愛を求めて這いつくばり媚を売ることしかできない小動物でしかない。
馬鹿にするな。
馬鹿にするなよ、百万倍麗しきエヴォニッツァ。
俺は裸足で立ち上がり、女神に買ってもらった
だが支払おう。
お前に挑む、そのためなら。
(つづく)
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