62話 初めての出会い 領主視点②

 


 私は自分の姿を「アリシア」に戻して戦闘が終わったばかりの後続に合流する。


 指揮官は非常事態を宣言、即時撤収の指示を出した。

 私は撤収の準備をしながら念話を使って全龍族に今の出来事を通達、今後の対応を龍族と協議している。

 ……ベリルの他の反応は領地内にまだ複数在る。ここにいた、一番反応が大きい個体を討伐しても消えなかった。これについては想定内。でも……。

 違和感……嫌な予感が私の中でくすぶっている。

 残っている反応は全て領地の僻地に存在しており動きはない。そこには人種は住んでおらず、動物もほとんどいない緩衝地帯なのですぐに影響が出る事はない。この数であれば、領民の生活圏は他の龍族が守ってくれてるので大丈夫。

 少し時間はかかるけど、私が1つずつ処理していけば問題ないように思える。

 では、この嫌な予感の正体は……?

 問題がないのであれば、違和感や嫌な予感などは感じないはず。

 ……何か、ある。

 私はこの違和感を絶対に無視しない。考える、この違和感の正体を。

 ベリルの反応は龍族固有の能力で感知できるだけ。では、それ以外の反応は?

 ベリルが龍族の感知を一度すり抜けたのは事実。しかし、一度観測したら見失わない。今も、領内に散らばるベリルの反応が分かる。それが今までの常識。

 ……でも、もしも、その常識が通用しなかったら?

 先程の戦闘。あれも、すでに今までの常識から外れている。

 そう、ベリルは異常個体。常識で考えたら駄目。

 私の<拘束>が完全に効いていなかったとしたら? 

 私の<龍剣>が躱されていたとしたら?

 討伐が出来たと思わされてるとしたら?

 ベリルは消失と顕現を自在に繰り返す。……私が攻撃して討伐――消えたわけではなく、自身で消失していたとしたら? また顕現する? どこに?

 ……分からない。

 自身で消失したと考えるのも仮定の話でしかない。だけど、そう考える。

 領地のどこかに再顕現するとして、どこに?

 全体を一人で監視できれば僅かな異変でも分かるかもしれない。

 ……どうやって?

 感知の魔術は制御が難しく、全てを感知するのは首都程度の広さが限界。領地全体は不可能。

 ……なら、感知「以外」の魔術は?

 例えば視覚だけ、とか。

 ベリルは隠密、擬態に長けているが完璧ではない。そして、行動原理は本能に基づいている。視覚だけでも監視を続けていれば見つけられる可能性は高い。

 先手は打てないけど即応は出来る。

 やれる……自信が、ある。

 魔術をイメージ。領地全体に「目だけ」を降らせる。

 ……領民が恐怖して、悲鳴を上げる姿が容易に想像できるので却下。

 空から「目だけ」が降ってきたら誰でも恐怖する。それに、人の目だと向いてる方向しか見えないというイメージが強い。

 全方位確認出来て空から降ってきても怖がられない「眼」の代わりになるもの。

 ……雨、は多すぎる。なら「雪」は? 雪に視覚能力を付与して降らせる。

 ……悪くない。

 空から降ってきても違和感はなく、量も落下するスピードも調整し易い。上から全体を俯瞰するだけよりも、隅々まで視ることが出来る点も丁度良い。けど……。

 問題は季節。

 今は夏。しかも、今日は一日快晴でこれから昼に向かって気温はさらに上がる。

 異常気象では説明出来ない。真の目的も公開出来ない。見る人が見ればすぐに魔術だと気付く。外出制限中に空から雪……魔術の雪が降ってくる……。

 間違いなく、変な勘繰りや不安を掻き立てることになる。

 ……最優先は、何?

 決まっている。領民の命。領民の命こそが最優先。

 領民の不安や領政府、私への不満はベリルの討伐処理後に解決していけばいい。

 私は今の考え、これからの行動を他の龍族に伝えつつ帰路についた。


「シズカさん。今日は同行して頂き感謝します」

「領主様のお役に立てたのであれば光栄です」


ここはレクルシア本部内にあるシズカさんの執務室。

 先程まで私は「レクルシア所属のアリシア」だったので、一緒にこの本部に帰ってきた。

 本部内は既に外出制限に備えて慌ただしく動いており、ラフィーネの姿もない。

 レクルシアは領内の全都市に支部があるので、こういった非常時にはとても頼りになる。


「聖域でも述べましたが、これから領内全域に外出制限を発令します。聖域から帰還したばかりのシズカさんには申し訳ありませんが、この後はラフィーネの指示の下、領民を守って頂きたいと思います」

「必ずやお守り致します」


 シズカさんは右拳を胸に当てる敬礼の姿勢で答えてくれる。

 揺るぎない決意と絶対の忠誠。

 雰囲気や表情からも、その意思の重さが痛いほど伝わってくる。

 ……私は弱い。けど、志を同じにする者達が周りには大勢いて助けてくれる。その者達の想いは絶対に裏切れない。守り切ってみせる。それが、私を信じてくれる者達へ報いる方法だから。


「では、私は本庁舎に戻り対応します。暫くは慌ただしい状況が続きますが、よろしくお願いします」

「はっ」


 シズカさんに挨拶をし、転移魔術で本庁舎の執務室へと戻る。室内の入り口にはすでに秘書官が控えており、私の指示を待っていた。


「お帰りなさいませ、領主様」

「ええ。準備は出来てますか?」

「はい。後は領主様のサインを頂ければすぐに動ける状態です」


 聖域からの撤収中、念話で龍族同士の打ち合わせをした後は秘書室の通信具にこれからの予定を伝え、内務官達へは領地全体の外出制限に向けての準備を指示していた。

 念話は現状、龍族にしか使えない。消費魔力やイメージ固めの難しさが原因だ。

 通信用の魔術具も最近開発されたばかりで試作品が何個かある程度。一般には流通しておらず、開発したレクルシアの魔術具研究部門が全て管理している。まだ、念話の受信と通信具同士の短文を伝えることしか出来ないらしいけど、それでも十分技術革新の一つだと思う。

 実際、こうしてすぐに内務官達が動けるのは通信具のおかげだ。これがなければ、今から事情を説明して準備しなければならなかった。一分一秒が惜しい今は非常に助かる。


「こちらの書類にサインをお願いします」

「ええ」


 秘書官が渡してきた書類は領内全域への外出制限を発令するための書類。

 通常の紙とは違い、魔紙と呼ばれる貴重な紙で出来ている。書き直しや偽造が不可能な紙であり、処分することもほぼ不可能。半永久的に残る紙なので、重要な契約や今回のような非常時の決定に使われる。

 私は内容を確認し、サインをして魔紙に魔力を流す。

 魔紙の色が薄茶色から虹色に代わり、正式な書類として完成する。


「ではこれを。私はこれより、領地全体の監視とベリルの討伐処理に移ります」

「……領主様。領地全体の監視というのはご連絡にあった「異常気象」のことでしょうか? どういった魔術なのか、詳しくお聞きしても?」

「説明は―――していませんでしたね。雪に視覚能力を持たせて領地全体に降らせます。魔術の雪だと気付く者が多いでしょうが、今は手段を選んでいられません。領民から雪や魔術について問い合わせがあった場合には「魔獣の暴走を鎮めるための魔術」との説明を。術者については私の名前を出しても構いません。後は規定通りの流れでお願いします」

「承知致しました。こちらはお任せ下さい」


 秘書官が一礼して執務室を出ていく。

 それを見送った私は、レクルシアの汎用装備から私用の専用装備に着替え、転移魔術を使って領地の中心、その上空へ転移する。領地全体に魔術をかけるならば、中心からイメージを広げた方が効率がいい。雪を降らせるならば、なおの事上空の方がイメージしやすい。

 すでに日は高く上がり、夏らしい気温と雲一つない澄み切った空が広がっている。眼下には何時もの日常を送る人々が見えた。

 散歩をする人、商売をする人、買い物をする人、土木工事する人、公園で遊ぶ幼子。とても平和で心が安らぐ光景。ずっと見ていたいけど、外出制限を知らせる広報車が走って来ている為、それは長くは続かない。

 公園にいた幼子たちは親に手を引かれて居なくなり、人々は店番も買い物も工事も終わらせて早々に帰路についている。

 眼下の光景が日常から非日常になり、私には悔しい思い、情けない思いが湧き上がってくる。

 ……私は本当に弱い。目の前の平和な日常を守ることも出来ない。

 強くなりたい。

 ベリルだけじゃない、全ての理不尽から領民を、日常を守りたい。

 どうすれば強くなれ、る……。

 ……何度同じことを考えれば気が済む?

 今日は本当に多い。もはや病気といっていい。

 答えは出てるのだから、まずは出来ることをやる。

 

「すぅーー、はぁーーー……」


 深呼吸をして気持ちを整え、魔術のイメージに集中する。

 既存の魔術ならば無意識のうちに自由自在にイメージして使える。でも、新しい魔術……それも、領地全体を覆うような大規模なものだと集中しないと使うことは出来ない。

 ……冬に降る、丸く綺麗な一粒の雪をイメージ。それは私の眼であり全てを監視する眼。それをイメージの中で倍々に増やしていく。

 大丈夫。安定してイメージが出来てる。これならば魔力暴走の心配はない。

 後は影響範囲だけど、ここ―――領地の中心から徐々に広げていけば問題なく全体を覆える自信がある。

 ……まずはこの都市から。

 魔力をイメージと組み合わせて術を発動する。


「 <眺望の雪> 」


 天に向けた右手から魔力が放出されて雲を突き抜けて上昇、都市の範囲に魔力の波が広がり雪に変換されて降り始めた。

 雪はまだ地上に近づいていないが、それでも都市上空の景色とその下に広がる様子が伝わってくる。

 雪は徐々に地上に近づき、建物の形、窓から見える内部の様子、路地の隙間、野生の小動物等の都市の細かい情報が視えてきた。建物の窓には、季節外れの雪に対して心配そうに外を見つめる老夫婦や、雪に無邪気に喜んでる子供の様子が見える。

 ……守る。私がこの領の、この人達の領主なのだから。

 天に向かって魔力を放出している右手に更に魔力を込める。

 ……皆さんの力を貸して下さい。私に、皆さんを守る力を。 

 天に広がる魔力の波に、領地全体へ広げる為に必要な魔力を流し込んで放出を止める。後は自動的に全体に広がるのを待つだけだ。すでに範囲は広がってきており、このペースであれば2時間ほどで行き渡る。


「次は……」


 領地内に複数点在するベリルの討伐処理。

 聖域にいた反応より小さく、聖域の強化もない為、ベリルの感知外―――長遠距離の拘束魔術が通じる。一つずつ処理していけば問題ない。

 理想は、この小さい反応を全て討伐すればベリルが完全消滅すること。


「ふっ!」


 一番近くにいた反応の一つを討伐処理する。

 特に違和感はなく、確実に滅ぼした手ごたえがあった。

 そして、残っていた反応の半数を討伐し終えたあたりで、魔力が領地全体に広がったのを感じる。

 ……このまま順調に終わって欲しいけど……無理、か。

 半数を順調に討伐処理出来ているのに、聖域で感じた違和感……嫌な予感はずっと続いている。

 雪を通じて領地の様子を視ているが、今のところは気になる事はない。

 ある一つを除いて……。

 雪を見た領民の反応は様々だ。季節外れの雪に困惑してる人、魔術の雪だと気付いて思惑を探ろうとする人など、だ。

 その中でも、ベリルの処理に追われて殺気立っている私を和ませてくれたのは、ある赤い髪の女の子だった。

 友達と学校を出たところで雪に気付いた様で、最初は雪を触って呆然としていた。そこまでは見慣れた反応だったので、あまり気にしなかった。周りの友達は状況の確認して、この雪が自然の物ではない、魔術の雪だと気付いている様子。小学生とは思えない、鋭い感性を持っていると感心する。

 私が驚いたのはその後。赤い髪の女の子が口を大きく開けて上を向いたのだ。

 凄く嬉しそうに、目を輝かせて。

 大好物を食べる時の様な、そんな嬉しそうな表情だった。

 確かに、子供の中には雪が大好きで食べる子もいる。でも、こんな季節外れの、得体のしれない雪を食べようとする子供はいない。横にいた獣人の女の子も、困惑して止めている様子。少し遅かったけど。

 私の「眼」が女の子の口に入って魔力に分解された瞬間、女の子が驚いたような表情になって首を左右に思い切り振り、口に入った異物を吐き出すように地面に唾を何度も吐く。

 当然の結果だけど、その表情の変化がなんだか面白くて、心の中で思わず笑ってしまった。行動も表情も素直過ぎて、こんな子は珍しいと思って驚いた。

 でも、私の驚きはそれで終わらない。

 横にいた獣人の女の子が、自分の口に入れた指を苦しんでる女の子の口入れたのだ。「これで口直しをして」、と言ってるような光景。指を口に入れられた女の子も、嬉しそうに指をくわえていた。獣人の女の子も、幸せそうに、嬉しそうにしていてされるがまま。

 落ち着いた二人は抱き合い、お互いに身体を擦り付けていた。まるで、お互いが自分のものだと主張するように。

 この子達はきっと、友達を超えた親しい関係にあるんだと視覚越しでも伝わってくる。こんなにも明確に、お互いに意思表示できることが羨ましく思う。

 その様子を視ていた私は、ふと昔の……小さい頃の友達の事を思い出した。

 あっちゃん。

 もう本名は覚えていないけど、大好きで、親友だと思ってた女の子。

 ある事故をきっかけにあっちゃんの気持ちに気付き、私の一方的な想いだったと気付かされた。事故後は、あっちゃんを含めたクラス全員から苛めを受けて不登校になり、領軍に入って今に至る。

 事故の前に、この二人の様に素直な気持ちを伝えていたら、あっちゃんと友達でいられたのだろうか? この二人の様に、抱き合って気持ちを共有できたのだろうか?

 抱き合う二人を自分とあっちゃんに置き換えて見てみると、それは凄く幸せな光景で、私が望んでいた未来の様に見える。でも……。

 その幸せな光景に、赤と黒の靄が覆いかぶさり、全てを不幸が塗りつぶしていく。


「ふっ!」


 私は目の前のベリルを想像の靄ごと切り伏せる。

 ベリルの反応が一つ消え、先程の女の子達が手をつないでる光景が視える。


「あっちゃんはもういない。私の幸せは手に入らないけど、この子達の幸せは守れる」


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