63話 初めての出会い 領主視点③

 


 ベリルの反応が一つ消え、先程の女の子達が手をつないでる光景が視える。


「あっちゃんはもういない。私の幸せは手に入らないけど、この子達の幸せは守れる」


 そうだ。私は守りたくて領軍に入り、龍族になった。

 守る……その気持ちが私の全てであり原動力。

 この気持ちがある限り強くなれる、守ることが出来る。


「はっ!」


 更に一体のベリルを切り伏せる。

 残る反応は3つ。


「ふっ!」


 更に一体を切り伏せる。

 残る反応は2つ。

 今のところ、領地に異常はない。


「……」


 領地の端、緩衝地帯にいた一体を切り伏せる。

 残る反応は一つ。

 ……次で終わり? でも、違和感はまだある。油断はしない。

 空を駆け、残り一体となったベリルの反応に向かう。

 拘束魔術の射程範囲まであと少し……。


「……っ! これは、なに?」


 雪の視界に見たことがない妙なモノが視え、思わず空中で動きを止めてしまった。

 ……住宅街に破壊獣? でもこれは……違う?

 場所は小都市ファルメリアの住宅街。一般的な戸建て住宅の庭。

 そこに人型のナニカがいた。

 ……これは召喚魔術の一種? ひどく不安定で得体のしれないナニカだけど。


「この子達は……」


 ナニカと一緒にいるのはあの女の子達だった。

 赤い髪の女の子と、友人と思われる獣人の女の子。

 二人とも先程の恰好と違ってシンプルな服装をしているので、ここが自宅なのだろう。

 ナニカが気になった私は、二人の周囲に降る雪を強化して取得情報を増やし、集中して二人を観察する。

 赤い髪の女の子。この子は年齢に似合わず、異常な程に魔力が高い。ナニカを召喚したのはこの子だろう。

 銀髪の獣人の女の子。この子は身体の使い方がしっかりしてる。獣人に多いタイプ。それにしても……魔力が異常なまでに低い。ここまで低いのは珍しい。元はゼロで、誰かから少しだけ借りてるような感じ。

 ……もしかして、サユリの報告にあったのはこの子達?

 サユリの近所だし、特徴は一致している。

 ただ、獣人の子は魔力が無いと聞いていたけど……。

 魔力が生み出せない人は稀にいる。そういった人達は魔力を持たず、感じずに一生を終える。でも、この子は僅かだけど魔力がある。最大量は微量だけど、容量一杯まで魔力が満ちている。なぜ?


「これは……」


 魔力の質をよく視てみると、赤い髪の子とほぼ同質だった。

 ……なるほど、凄い偶然。いえ、きっと運命の出会いというもの。

 赤い髪の子が何らかの方法で獣人の子に魔力を分けている。

 子供にその方法が思い付く訳がないので、サユリか、身近な誰かがアドバイスをしたのだろう。

 魔力が全く無いとベリルの様な種に目を付けられ易い。しかし、最大値が低くても、魔力が全快していればその危険は低くなる。

 ……運命の神様に感謝を。二人には幸せになって欲しいと思う。でも今は……。

 人型のナニカの足元に赤と黒の靄が薄く纏わりついており、徐々に下半身部へと浸食していた。

 ベリルだ。聖域で消えた個体と靄の濃度が酷似している。

 龍族固有の感知にはこの靄は反応していない。やはり、という思いが強い。

 この人型のナニカは他者からの影響を受け易いように見える。これを浸食して龍族が到着するまで暴れるつもりなのだろう。

 ……それがベリルの判断ミス。

 ナニカは他者から影響を受け易いので浸食しやすいと考えたのだろうけど、逆に言えば、私の魔術の影響も受けやすいという事。聖域の反対。ナニカを完全に乗っ取った今のベリルに魔術抵抗力は殆どない。


「 <拘束> 」

「※※※……」


 今いる場所はベリルの感知外なので、すぐに拘束魔術を使って拘束する。

 距離はあるが最大限の魔力を込めたので、聖域の時よりも遥かに拘束力は強い。更に、ナニカの影響で魔術抵抗力が極限まで下がってる。聖域の時と違い、確実に捕えた感覚がある。

 ……獣人の子には悪いことをしたけど。

 ナニカはきっと、修練用で試し切りに使う様な魔術だったのだろう。私が拘束した瞬間、獣人の子の木刀が振るわれて木刀が折れてしまった。今のナニカはベリルに乗っ取られ、私が拘束してるので龍属性しか通用しない。

 ……後で代わりの木刀を手配しておかなくては。

 私はベリルに止めを刺すために女の子の住宅の前に転移し、家のチャイムを押す。


 ピン、ポーーーン……


「はーい、どちらさまですか……え?」


 庭にいた赤い髪の女の子が出てくる。

 ……本当に素直な子。表情が次々に変わるので見ていて楽しくなる。

 ゆっくりと話しをしてみたい気持ちがあるけど、今は優先すべきことがある。


「こちらの方ですか? 突然の訪問で失礼します。私はレクシール・ラフィスセレンと申します。こちらで魔力の異常な流れを感じましたので、一度確認させて頂きたいのです。よろしいですか?」


 真実は語れないので、曖昧な理由を述べる。


「は、え、えっと……」


 女の子の目は、私の顔や鎧を行ったり来たりしてる。

 私の言ったことより、私の姿の方に驚いている様子。

 ……そうだ。昔はよく女神のように美しいとか言われて、初めて会った人はこの様な反応をする人が多かった。最近会うのは知り合いばかりだったので少し懐かしい。鎧も専用魔装だから、見た目にも圧迫感があって近寄りずらいかもしれない。

 ……親御さんを呼んでもらった方がいい?


「アウレーリア、誰だったの……って、領主様!」


 そう思っていたら、母親と思われる人が出てきてくれた。

 私を見て緊張している様子だけど、私が誰なのか分かっていて、話が通じそうなので助かった。


「この子のお母様ですね。この子には説明させて頂きましたが、こちらで魔力の異常な流れを感じましたので、一度確認させて頂きたいのです。こちらのお宅の庭だと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい! どうぞご覧になって下さい!」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 母親は緊張しながらも庭へ案内してくれた。

 赤い髪の女の子は私を凝視ながら後をついてくる。

 ……素直過ぎて感情が丸わかり。ここまで素直な子は珍しい。

 この様子だと、私のことをおとぎ話の女神様とか思ってそう……。

 庭の方を見ると、雪で視ている光景と一緒の様子が見える。獣人の女の子とベリルに乗っ取らたナニカ。

 獣人の女の子は私を見て緊張している。玄関付近でのやり取りが聞こえていただろうから、話を聞いて疑問をもって、実際に見て確信した感じに見える。


「アウレーリア! これはなんなの!」


 庭に入った途端、母親の怒号が響き渡る。

 ナニカを指さして怒っているところを見ると、この魔術を初めて見たのだろう。

 母親の魔力は低いので、魔術自体にあまり馴染みがないのかもしれない。一般的に魔術は戦闘用の危険なものとして扱われ、普通の家庭ではあまり使われてないと聞く。


「えっと、それはゼリー人形っていう魔術。お姉ちゃんへの怒りのぶつけ先として出したんだよ」

「あんたねぇ!」


 ……ゼリー人形。なるほど、この得体のしれないナニカの正体はゼリーを人型にイメージしたもの。

 この子は異常に高い魔力を持ってるけど魔術を使い慣れていない。

 ゼリーのイメージが中途半端になった結果がこのナニカ。ゼリーとは似て非なるモノ。

 中途半端なイメージでこれだけの魔術を顕現するのは凄い事だと思う。曖昧なイメージを豊富な魔力で補助して、強引に顕現した感じの魔術。ラフィーネやサユリ、シズカさんが気に掛けるのも納得だ。


「お母様、落ち着いて下さい。大丈夫です、これは危険な魔術ではありません。この魔術を使ったのは貴方で間違いないですか?」


 この場にいる中でこの魔術を使えるのはこの子しか考えられないけど、念の為に確認する。今の内に処置をしておかなければ、後々危険が生じる可能性が高い。


「……」

「……」


 女の子は固まっていて口を開く様子がない。

 ひたすらに私を凝視している。

 緊張は……してると思うけど、それ以外にも違う感情が混じってるように見える。

 憧れに近い感情。

 この子とは初対面。先程の様子からも私のことをあまり知らないみたいだったのに、今は目を輝かせて私を見てる。

 正直にいうと、少々身の置き場に困ってる。

 なにせ、獣人の子の嫉妬の目線や殺気が私に凄く突き刺さってるから。

 獣人の子は赤い髪の子のことを友人以上の存在……恋人や夫婦の様に、生涯のパートナーとして真剣に想ってるんだと思う。

 初めて二人の様子を視た時も思ったけど、二人は友人というよりは恋人、夫婦に近い関係ではないだろうか。そう考えれば、あの時の二人の距離感に納得できる。

 私は二人には幸せになって欲しいと思ってるし、不和をまき散らすつもりはない。用件を済ませたらすぐに立ち去るつもりだ。だから答えを催促する。

 

「緊張しなくても大丈夫です。貴方を罰するために来たのではありません、ただの確認です。もう一度聞きます、この魔術を使ったのは貴方で間違いないですか?」

「は、はい! そうです!」


 よかった。詰まりながらも答えてくれた。

 これでこの子の処置とベリルの討伐処理ができる。


「素晴らしい魔術です。でも御免なさい。魔力の流れに異常を感じたので、私が確認するまでは動きを拘束……凍らせて魔力の流れを止めさせて頂きました」


 拘束と言っても混乱しそうなので、この子のゼリー人形のイメージ添う形で「凍らせて」という表現を使う。雪も降ってるからイメージがしやすいと思う。そして……。


「今、解除します」


 ベリルを龍属性の純粋魔力を使い、ナニカから引きはがす様に一瞬で滅ぼす。この状態のベリルであれば物理を交えた龍剣よりも、純粋な魔力攻撃の方が効果が高い。

 この場にいる者達には私の動きや龍属性、ベリルは見えていない。目線や身体の動き、気配がそれを証明している。

 ……知らなくてもいい。何も知らずに平和な日常を送ってくれれば。

 後は残ったナニカの処置。

 赤い髪の子はゼリー人形と言っているけど、これはゼリーではない。「器」の一種だ。このまま放置すれば再度浸食される恐れがある。だから「ゼリー」として確定させる。

 このナニカの魔術と女の子の繋がりを遡って魔力イメージに干渉。明確に「ゼリー」とイメージできるように調整……。


 ぷるん、ぷるぷる……


 ……完了。これでこの魔術は今後、完全な「ゼリー人形」として顕現する。


「あ、あの……」

「何か聞きたいことがありますか?」


 ベリルとナニカの処理を終えたわたしに赤い髪の子が声をかけてくる。

 何かを聞きたそうな顔をずっとしていたので、答えられることなら何でも答えてあげようと思う。


「えっと、この雪の魔術って領主様が使ってるんですか? それでこのゼリー人形を凍らせたんですか?」


 ……先程私が「凍らせて」と言ったので、雪との関連性が気になっていた?

 そう思ってくれたら説明しやすいと思っていたけど、ちゃんと繋げて考えてくれて助かった。


「ええ、そうです。ですが、もう凍らせることはありませんので安心して下さい。貴方の魔力反応とゼリー人形の魔術は覚えましたので、もう大丈夫です」


 ゼリー人形は処置を施したし、この子の魔力反応も覚えた。

 この子は今後も予想外の魔術を使う可能性がある。離れていてもすぐに感知できるように魔力反応を覚えたので問題はない。念のため、後でラフィーネ達も伝えて監視を付けさせてもらうけど。


「では、確認が出来ましたので失礼します」 

「あ、は、はい!」


 ここでのやるべきことは終わった。

 ナニカと同化したベリルを討伐した瞬間、私の中に合った違和感は消えた。でも、ベリルの反応はあと一つ残っている。それを討伐処理するまでは終わりではない。すぐに向かわなくては。

 私は残り一つになった反応の近く、ベリルの感知外の場所をイメージして転移魔術を発動しようとする……。


「あの! どうすれば領主様のように強くなれますか!?」

「!?」


 転移のイメージ中に突然質問された。

 予想外の質問にイメージが霧散し、魔術がキャンセルされる。

 質問の内容は「どうすれば強くなれるか?」

 それは今日一日、何度も自問自答した問題。答えは出ているはずなのに何度も考えてしまう問題。

 私は今日一日何度も考え、この子達を見て答えを確認したのに、その子から逆に問われるとは思わなかった。

 この子達は守られる存在。なのに、なんの為に強さを求める?

 

「……」


 後ろにいる獣人の子の視線が赤い髪の子に注がれてる。

 大切なものへ向ける、深い愛情と決意の目。

 赤い髪の女の子も真剣に強さを求めてる目をしている。

 ……そうか。二人とも、お互いが大切でお互いを守りたいのだ。

 いい子達。

 巻き込みたくはない。

 普通に、平和な日常の中で幸せな家庭を築いてほしい。

 でも、この子達は覚悟してる。だから強さを求める。

 ……この二人なら大丈夫。だから、私は自分の素直な気持ち答える。


「何の為に強くなるか、どの様に強くなるかの道筋は人それぞれです。私は守りたいものの為に強さを求めました。しかし、限界がありました。人一人の強さでは限界があります。守りたいものを守り、守られたもの達が私を守ってくれる。私はそのようにして今に至ります。『何の為に強さを求めるのか』……それを忘れなければ強くなれます。では、今度こそ失礼します」


 赤い髪の子は呆然として聞いていて、獣人の子は驚いたような顔で聞いていた。

 質問の答えにはなってないかもしれない。

 ただ、「お互いを守る為に強くなる」。その想いは忘れて欲しくない。

 二人の様子を見た私は転移魔術を発動する。


「私は守る。皆さんに託された力で、皆さんの大切なものを。その想いが私を強くする」


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