61話 初めての出会い 領主視点①



7月某日・早朝―――


「これより聖域に入る。注意事項を―――」


 現在地は魔力緩衝地帯の最奥、聖域への入口。

 領軍と民兵組織の混成部隊の最前列で指揮官が聖域の注意事項を述べている最中。

 私がいるのは民兵組織の一グループ。

 指揮官の話を聞きながら周囲の気配を探っていると、隣にいた男性民兵が小声で話しかけて来る。


「よう、見ねえ顔だな。採集任務は初めてか?」

「ええ、初めてです」

「……その腕章、レクルシアだよな。あんたみたいな奴がいるなんて聞いたこともないが、前はどこにいたんだ? 名前は?」


 男性はそう言いながら私を訝しげに観察してくる。

 聖域の採集任務に就ける民兵は相応の実力者ばかりで、そういった強者は民兵組織の間ではある程度の名は知れ渡っている。私の様な、見たこともない新顔がいるのが怪しく感じたのだろう。ましてや、その所属が上位ランクの組織とあっては益々胡散臭く感じたに違いない。

 聖域では不安要素は排除する。それが、聖域の任務に就く者の心構えの一つ。

 物言いや態度は刺々しいが、この男性の選択は正しい。無事に戻る為に、不安要素の私を排除したいと考えるのが妥当。

 男性はAランク組織の所属で相応の実力者。曖昧な経歴を言っても通用しない。だから私は、公的に登録している一つを告げる。


「私はアリシアと申します。レクルシアの前に民兵組織に所属していたことはありません」

「アリシア、ね……。聞いたことのない名前だ。それなのにその強さか。正直言って、怪しさ満点だな、あんた」


 男性は疑いの笑みで正直に言ってくる。

 ここまでの戦闘……魔力緩衝地帯の魔獣では今の実力は殆ど見せていない。にもかかわらず、私の強さを見抜いてくるこの男性はやはり優秀だ。

 今の私はこの男性よりも強い気配を纏っている。出自が怪しく、己よりも強い私を警戒するのは当然だろう。

 元の姿であれば直ぐに私の正体に気付くと思われるが、今は正体が分からないように魔術で姿を変え、気配や魔力を偽装している。

 元の髪色は水色で瞳は深い青色で龍眼。しかし今は両方とも深紅に変え、龍眼にも幻術をかけて原人と同じにしてある。身近な者でなければ正体に気付かないだろう。

 私が男性と話をしていると、今回の民兵グループのリーダーであるシズカさんが話に割り入ってくれた。

 彼女は私のパートナーとして今回の採集任務に同行している。

 最近はレクルシア本部内での職務をこなしていて採集任務からは暫く遠ざかっていた。しかし、今回は特別な事情があったので私から同行をお願いした。


「アリシアはうちの所属で私の道場の門下生だ。採集任務は初めてだが、身元も実力も私が保証する。何かあれば私が対処するので心配は必要ない」

「……そうかい。あんたがそう言うなら詮索はしないさ。今日はよろしくな」

「ああ、よろしく頼む」


 男性は訝し気な表情をしながらも、詮索はしないと言って顔を背けた。

 シズカさんは軍人や民兵では知らない者がいない程の実力者であり有名人。その人が実力と身元を保証すると言うならば、それ以上の詮索はなくなる。

 同行をお願いした理由の一つが、今回の様な仲裁。


「ありがとうございます、シズカさん。助かりました」

「当然のことをしたまでだ。感謝は必要ない」


 普段、私に対しては畏まった態度で接してくる彼女だが、今日は自分の役割を理解して、人前ではそれに準じた態度で接してくれる。

 私情を挟まず、組織の為、任務の為に己の役割に徹する。

 それが出来る人材がレクルシアには豊富だ。

 創始者であり総長であるラフィーネは、若い頃から人の能力を的確に見抜く事に長けていて、その人柄の良さで自然と仲間が集まり組織を作ってきた。

 レクルシアが領内トップクラスの民兵組織になるのは必然の流れであり、彼女が立ち上げた組織のお陰で領内の安定度は更に向上したと言っても過言ではない。

 そして、その領地をもっと安全に、もっと快適に導くのが私の役目。

 今日はより慎重に、確実に、事態の収束に努めなければ……。



 私の下に連絡がきたのは昨日の夕暮れ時。ファルメリアにいるサユリから念話を使って直接伝えられた。

 道場に入門予定の子供の一人が「浸食」されたというもの。

 ……悔しかった。

 その子供の事情やその場の状況を詳しく聞くと、その時の状況がかなり特殊だったことが分かる。しかし、そんな事情は私には関係ない。

 龍族の感知を掻い潜られた。

 この事実こそが、私にとっては重要。

 あの時の悲劇を、守れなかった者たちの声を無駄にしない。その想いを胸に龍族になり、今まで対処してきた。

 もう二度と、あの時の様な悲劇は起こさせない。そう誓ったはずなのに、またその悲劇が繰り返されようとした。それも、あの時より悪い状況で……。

 サユリは子供の保護を優先して討伐処理までは出来なかったそうだ。子供の体から剝がしたものの逃走されたと。

 それでいい。

 子供の命と討伐処理。どちらが大事かなんて考えるまでもない。

 命は失えばそれで終わり。でも、一度観測したものを感知するのは容易。その場から逃げられたとしても、即座に追跡して討伐、それだけ。

 ……なのに、未だに討伐処理が完了できていない。

 該当する反応が多数に分かれて領地に散らばり、消失と顕現を繰り返してるせいだ。

 これまでは一つの個体が多数に分かれた事などない。顕現した場合は場所の移動こそすれ、存在が分かれたり消失したり、再び顕現する何て事はなかった。

 隠密性が極めて高く、その能力も未知数。

 龍族の歴史でも類を見ない異常個体。

 慎重に、確実に処理しなくては。



 今から入る聖域に「ベリル」と名図けられた異常個体の反応の一つがある。

 多数に分かれた反応の中で一番力強く、動かない。

 領民の生活圏に散らばる反応から処理したが、この反応だけが動かずにその場に留まっている。

 協議した結果、この反応が本体であり、本体を討伐すれば他の反応も消滅する可能性があるとされた。

 異常個体「ベリル」

 物理的な戦闘力ならば種としては弱い部類。通常であれば龍族一人で十分に対処可能。厄介なのはその隠密性と分体能力、そして強力な精神汚染。更には、龍族の力の接近を察知しての自爆攻撃も確認された。

 自爆と言っても物理的なものではなく、精神への攻撃。

 周囲に人種はいなかったが、近くにいた小動物や虫などが影響を受けて凶暴化して襲い掛かってきた。

 その後の討伐では、ベリルの感知範囲外から魔術で力の流れを拘束し、一気に止めを刺す作戦を取ってきた。しかし、聖域にいる個体にはそれが通じない。

 聖域にいる動植物は聖域が持つ力により強化される。それはベリルも例外ではない。特に、この個体に関しては魔術抵抗力が極めて高い。

 聖域の持つ力とベリルの持つ力。

 この二つが合わさり、ベリルの感知外……長遠距離からの拘束魔術が通用しなくなってしまった。

 龍族がそのまま接近すると自爆され、周囲の生物にどのような影響が出るかわからない。もしも、聖域の生物が強化、凶暴化して周囲に散ったと考えると、相当の影響が出ることが予想される。

 ベリルがいるのはエリア20付近。

 そのエリアは通常の採集任務では近づかない高難度エリア。

 龍族の気配を魔術で隠しても、数人だと警戒されて逃走や自爆される恐れがある。

 通常の採集任務に見せかけなければならない。

 その為、今回の人選はエリア20に相応しい実力を持つ者達で構成されている。

 その人員に混じって接近し、魔術抵抗力を突破できる距離に入り次第、力の流れを拘束、討伐処理を行う。それが今回の採集任務の真の目的。私の正体と今回の採集任務の目的を知っているのは指揮官とシズカさんだけ。

 普通の採集任務……そう見せかけなければならない。



「これより、エリア19に入る」


 ここまでは順調にきている。

 ベリルに動きはなく、人員の被害も軽傷者が累計で48名のみ。それも回復アイテムや魔術で全快済み。このまま接近して討伐処理が出来れば問題ない。

 指揮官の指揮のもと、エリア19の魔獣と破壊獣も順当に処理していく。

 小型から中型まで、合計98体を討伐したところで襲撃がなくなる。


「よし、周囲の討伐処理完了だ。部隊の回復を―――」


 周囲の気配がなくなったことを確認した指揮官が回復指示と採集指示を行う。

 いつも通りの流れ。問題はない。

 ベリルはこの先、エリア20の入り口で破壊獣に偽装して獲物である私達を待ち構えている。

 ……逃がさない。ここで、確実に仕留める。


「大丈夫か、アリシア」

「大丈夫です、シズカさん」

「殺気が漏れてるぞ。まだまだ修行不足みたいだな。戻ったら稽古だ」

「……はい、よろしくお願いします」


 流石はシズカさん。気配等は魔術も併用して完全にコントロールしてるはずなのに、わずかな所作から殺意を見抜いてきた。

 その能力は本当に尊敬する。

 単純な戦闘力で見た場合でもシズカさんは間違いなく最強クラス。でも、それは龍族を抜かした場合。龍族と人種の間には圧倒的な膂力差、魔力差がある。実戦であれば間違いなく龍族が勝つ。

 しかし、とある戦闘訓練では一度もシズカさんに勝てたことはない。

 初めてシズカさんに負けた時、武術の奥深さを思い知り、感動したのを今でも明確に思い出せる。そして、私はまだまだ強くなれるとその時に感じた。

 実際、シズカさんに弟子入り……教えを乞うようになり、以前の私より間違いなく強くなった。それは実戦データが証明してる。索敵能力の向上に討伐処理の時間短縮。

 ……でも、まだ足りない。

 今回の件も、発生時にサユリが偶然近くにいたからこそ人的被害が出なかっただけ。

 浸食された子供の能力を聞いた上での予想でしかないが、その子供が完全に浸食されて暴走した場合、数百人規模の死傷者が出ていた可能性がある。

 そして、私が動けたのは被害が出た後。

 ……悔しい。情けない。力が欲しい。

 どうすれば強くなれる?

 どうすれば皆を守れる?

 常日頃考えてることだが、ベリルが発生してからは考える頻度が増えている。

 答えは出てるのに……。


「これよりエリア20に入る。注意事項として―――」


 私が自問自答してる間も任務は進んでいる。

 ……集中しなくては。

 次はエリア20。魔獣や破壊獣の難度が跳ね上がる。

 指揮官が既定の注意事項を述べているが、今回は対ベリル用に補足をお願いしてある。


「―――これらが現在確認できる数になる。ただし、特殊な破壊獣が一体紛れている。この個体ついては少数精鋭で当たる。私と民兵のリーダーであるシズカ。そしてレクルシアのアリシアの3名だ。最初に私達3名が群れに接敵し、間引きと該当の破壊獣の対処に当たる。他の者は副官達の指示の下に動く様に。では、エリア20に入り次第すぐに接敵する。いくぞ」


 私の名前が呼ばれたことに困惑してる者が数名いるが、それもすぐに納得の表情になる。

 私はここに来るまでに十分な実力を示した。

 前衛、中衛、後衛全てに対応し、上級の武技、魔術を複数回使っても余裕がある者を侮る者はいない。聖域に入る前に話しかけてきた男性とも、今は打ち解けてしっかり連携が出来ている。

 このまま作戦通りにいけばいいのだけど……。


「シズカ、アリシア。先行する」

「「 はっ! 」」


 注意事項の宣言通り、エリア20に入ってすぐに魔獣と破壊獣の群れが見えたので先行指示が出る。

 総数62。

 魔獣や破壊獣の多様な混成なのに、見事に前衛、中衛、後衛と規則的に隊列を組んでいる。まるで指揮官がいて、作戦を組んでいるかのような光景。いくら聖域であろうと、魔獣や破壊獣は隊列を組まないのが常識だ。事情を知らない者が見れば困惑するだろう。実際、後ろからは動揺する声がわずかに聞こえる。精鋭の領軍や民兵達が思わず声を上げるほどの異常事態。

 聖域でのイレギュラーは死に繋がる……それが、聖域の任務に就く者たちの考えの一つ。

 ……ごめんなさい、不安にさせてしまって。

 ベリル討伐の為とはいえ、守るべき者達に不安や恐怖を与えてしまった。

 だから隠して崩す。不安の元凶を。


「アリシア、壁を頼む!」

「はっ!」


 群れに接近しながら指揮官から指示が飛ぶ。

 指揮官は私の正体を知っている。

 この様な状況になるのは想像がついていたので、首都を発つ前に事前の打ち合わせはしていた。

 私達3名が先行して接敵。目隠しを兼ねて私が魔術で壁を作り、群れと採集部隊を分断。壁は私達のみ抜けられるようにイメージ。その壁を抜けて群れに接敵して対処。ベリルの魔術抵抗力を抜ける距離に入り次第、力の流れを拘束してそのまま討伐処理。

 ……今のところは作戦通り。

 群れの前には私が展開した氷壁が出現しており視界を遮っている。横幅50m、木の高さを超える不透明な氷壁。これは、初歩的な氷壁の魔術に過剰な魔力を注ぎ込んで強大化したものだ。

 このレベルの魔術であれば人種にも使える人はいる。ベリルには怪しまれないはず。

 氷壁を抜けたシズカさんと指揮官は同時に群れとの戦闘を開始した。

 シズカさんは独自の武技と魔術を組み合わせた戦闘スタイル。

 異なった属性の魔術を効果的に組み合わせ、舞うような剣技で障害を排除する姿は洗練されていて芸術的とも言える動きだ。

 反対に、指揮官は軍人の見本みたいな堅実な戦い方をしている。敵の種類や距離を計算、的確に武技と魔術を使い分けて確実に仕留める。その動きは、領軍時代の私の動きに重なるものがある。

 そして、その間に割り込むように私も群れに迫る。

 ベリルがいるのは群れの中心から少しずれた所。中心には群れで一番強大な力を持つ、熊に似た8mを超える大型の破壊獣。その隣にベリルはいる。

 一般的に見る狼型の破壊獣に偽装しており、こちらを浸食する機会を伺ってる。人種なら騙せるだろうが、龍族は騙せない。


「シズカさん! 次は中心の大型をお願いします! 援護します!」

「了解だ!」


 シズカさんや指揮官はベリルの判別がつかない。

 ベリルは種の中でも特に隠蔽、隠密能力に長けている。これだけ見事に隠蔽してるのだから、龍族でなければ絶対に見抜けない。

 私がベリルを見つけ、その近くの敵を目標として指示することで、自然な流れでベリルに接近する作戦。

 群れはすでに半壊しており隊列も崩壊。私達3人に勝てないと悟った群れは氷壁を迂回し、後続の部隊に散発的な突撃をしている。ここで一番強力な大型を狙うのは不思議なことではない。

 リーダー格の大型を狙うシズカさんと私に残存の破壊獣が群がるが、私達の連携の前では障害にならない。それらを排除しながら一気に大型に接近する。

 そして、大型とベリルが射程内に入った。

 大型の身体は既に分断されている。シズカさんは射程内に入った瞬間に分断できるように、直前に加速移動と連撃が合わさった必殺の武技を発動していた。

 縦6つ横6つに分断された身体はまだ繋がっており、大型自身も切られたことに気付いていない。納刀して技後硬直しているシズカさんに襲い掛かっているが、すぐに視界が歪んでくることに違和感を覚え、シズカさんに触れることなく消滅するだろう。

 ……本命はこっち。


『グル※ガァ※※ァァーーー』


 異常個体ベリル。

 シズカさんを浸食出来ないと考えたのか、声を荒げて私に飛び掛かってきている。

 狼型に完全に擬態できていないのか、この状況に慌てているのか分からないが、声にノイズが入っていて正確に発音できていない。

 シズカさんではなく龍族の私に襲い掛かってきてるという事は、私の正体には気付かれていない可能性が高い。

 ……このまま仕留める。まずは力の流れを拘束。


「 <拘束> 」

『※※、※※※……』


 私の魔術<拘束>は、イメージした範囲のあらゆる存在の力や動きを拘束、制限する。

 相手との距離により拘束の程度は下がっていくが、今の様に目の前にいる相手ならば最大限の威力を発揮する。

 ベリルは私の頭上で空中に浮かんだまま完全に停止しており、動くことも力を使うことも落下することも出来ない。

 ……これでベリルは何もできない。あとは討伐処理のみ。

 すでに、この場には私とシズカさん、指揮官の3人しか残ってない。部隊の人達は氷壁の向こうで討ち漏らした敵と戦闘中で、氷壁によってこちら側は見えない。敵の数は少ないので問題なく処理出来るだろうが、すぐにこちらに来る余裕はない。今なら、龍族の力を使っても問題ない。


「 <龍剣> 」


 正式名称は「属性剣・龍」。

 龍族だけが扱える属性であり、ベリルの種を滅ぼせる唯一の属性。

 だから、ベリルは力を拘束してからでしか討伐出来ない。拘束せずに龍族の力、龍剣等を使った場合、即自爆されて周囲に被害が出る。周囲に被害が出ることは龍族が嫌がることの一つだ。今回も、採集任務を偽って領民を巻き込むことには非常に嫌悪感があった。でも、やるしかなかった。

 ベリルは龍族の嫌がること、隙を突く事に特化したような存在。もしかしたら、今後はベリルの様な個体が増えていくのかもしれない。

 ……今の私に守り切れる? もっと強くならなくては。どうすれば強くなれる?

 答えは出ているのに、何度も同じことを考えてしまう。

 ……迷ったら駄目。まずは目の前のベリルを滅ぼす。それでいい。

 このベリルを討伐すれば他の分かれた反応が消える……というのは私達の希望的意見。もしかしたら、この反応を討伐したら予期せぬことが起こる可能性もある。他の龍族が警戒を続けているとはいえ、不測の事態はいくらでも起こりえる。このベリルの様に……。


「では、個体名ベリルを討伐処理します」

「「 はっ 」」


 シズカさんと指揮官、二人の態度がいつもの状態に戻っていた。

 ……そうか、幻術が解けて元の姿に戻ってる。

 龍属性を使う時は自分を偽れない。

 ベリルの処理に追われて、そんな、基本的なことを忘れていた。

 ……私、本当に弱いな。私に、この力を使う資格があるの?

 金と銀が入り交じった輝く属性剣を見ると、自分がこの力に相応しいのか疑問が湧いてくる。


「領主様、どうかされましたか?」


 指揮官の声ではっとする。

 ……また、自問自答をしていた?


「ごめんなさい、少し考え事をしてました。いきます」

「はっ」


 私は属性剣を握り直し、ベリルに対して構える。

 今は私がこの領の領主。選ばれたからには領民を守る義務がある。その為に力を受け取ったのだから。

 ……皆さんの力、お借りします。

 属性剣に更に魔力を流して強化する。

 ……領民を脅かす「ベリル」。その存在、欠片も残さない。全て滅ぼす。


「ふっ!」


 狼型に擬態したベリルに連続の斬撃を浴びせる。

 狼の外表は初撃で消し飛んだ。残っているのは狼型を残した黒と赤が交じり合った靄。この靄がベリルの正体。休みなくそこに斬撃を浴びせる。全ての靄が消えてなくなるまで。


 ―――5秒後。


「はっ」


 靄を完全に消し去り、剣を振りぬいて属性剣を解除するも即座に疑問が頭をよぎる。

 ……5秒も、かかった?

 私の斬撃は一瞬で数百を超える。そのうえ龍属性も纏っていた。今まで……ベリル以外の個体は文字通り一瞬で終わっていた。

 聖域のせい?

 ……違う。今まで何度も聖域内で他の個体を討伐してきたけど、こんなに長引いたことはない。この異常なまでの耐久力はなに? 何かを見落としてる? 途中に違和感とかあった?

 ……手ごたえは確かにあった。

 一振りごとにベリルの存在は薄くなっていき、最後の一振りで目の前の存在は完全に消えた。それは間違いない。

 では、この違和感はなに?

 嫌な予感がする。

 この違和感は、龍族になる前に感じた「あの時」に似てる。

 私はその違和感を忘れて過ごし、あの悲劇が起きた。

 ……繰り返さない。そう誓った。

 今は態勢を仕切り直して警戒を強めるべきだと、本能が警鈴を鳴らしている。


「お疲れさまでした、領主様。……何かございましたか?」

「すぐに戻ります」

「は?」

「すぐに総員撤収です。今の個体は何らかの罠だった可能性があります。領地に散らばる全ての反応が消えるまで、領軍は非常時警戒態勢レベル8で待機。領地全体に外出制限を発令します」

「はっ!」


 私は自分の姿を「アリシア」に戻して戦闘が終わったばかりの後続に合流する。


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