60話 初めての出会い



「この雪って、ホントにどんな効果があるのかな?」

「気になるの?」

「うん」

「アリアは色々な魔術を使えて凄いから、こういう事には興味があるんだね。……外出は出来ないけど、庭に出て雪を触ってみるくらいはいいんじゃないかな? クレア母さんに聞いてみよう」

「うん」


 お母さんに聞いたら、家の敷地から出ないことを条件に許してくれた。

 

「ホントだ、さっきより強くなってる……」

「不思議だね。こんなに降ってるのに全く寒くないなんて」

「うん」


 外は相変わらず暑くて快晴だった。そこに雪が降ってきてる。明らかな異常気象。地面に雪が全く残ってないのでますます違和感を覚える。この雪の量は、暑いから溶けるとかそんなレベルじゃない。

 天気に詳しい人とか魔術に詳しい人だったら間違いなく気付くレベルの大規模魔術。

ホントに、なんの効果があるのかな……?


「そういえば、ゼリー人形ってどんな魔術なの?」

「え?」

「お風呂で色々やってもらったけど、ゼリー人形って見たことないなって……この雪の魔術を見ていて思い出したの。師範代に使える魔術を説明したときに言ってたよね、ゼリー人形って」

「えっと、ゼリー人形はストレス発散魔術だよ。人型のゼリーの塊で、切ってもくっつく優れもの。お姉ちゃんへの怒りのぶつけ先が欲しくて思いついたんだ」

「余裕があるなら見せてもらっていい? アリアがどんな魔術を使えるか、知っておきたいから」

「うん、いいよ」


 ノルマの疲れはサーシャマッサージで取れてるから余裕は全然ある。

 わたし達はコンビを組む予定なんだから、わたしが使える魔術はちゃんと見てもらっておいた方がいいよね。

 ゼリー人形をイメージ……うん、大丈夫。変な違和感も悪寒もない。魔力暴走とか魔力枯渇とかの心配はないと思う。師範代も、15分で消せば大丈夫みたいなこと言ってたし、大丈夫だよね。


「じゃあ、いくよ……出てきて、ゼリー人形!」


 ぷるん、ぷる、ぷる……


 ん? 何だろう違和感が……。

 ゼリー人形は前やった通りに出て来た。形もイメージ通り。でも、なにか変な違和感が……。


「アリアはやっぱり凄いね。こんなの見たこともないよ」

「切ってみる? 木刀もあるよ」

「……なんで木刀なんか持ってるの?」

「お姉ちゃんから渡されたんだよ。泣き言を言いたいなら素振りしながら言えって」

「お姉さん、相変わらずだね……」

「うん。ちょっと待ってて、持ってくるから」


 木刀はリビングの隅に置いてあるのですぐに取ってこれる。庭に出てすぐに、お姉ちゃん(ゼリー人形)をボコれるように近くに置いておいたから。


「はい」

「ありがとう。じゃあ、切ってみていい?」

「うん。存分にお姉ちゃんをボコってあげて」

「……お姉さんはボコれないよ、私の恩人だから。とりあえず、ただの人形だと思って切るよ」

「そっか、残念だよ……」


 サーシャがゼリー人形をお姉ちゃんだと思ってボコってくれれば少しは気持ちよかったんだけど、したくないなら強要は出来ないよね。

でも、恩人って……。

お姉ちゃん、サーシャになにかしたのかな?


「じゃあ、切ってみるよ」

「うん」


 木刀を構えて真剣な表情のサーシャには悪いけど、そのゼリー人形はホントにゼリーそのもので、本気で切るようなものじゃないと思う。わたしの素人アタックで滅多切りに出来る、ストレス発散魔術でしかない。


「ふっ!」


 サーシャが気合の声と同時に木刀を人形の頭に降り下ろす。その瞬間、「ボギッ」って音がして木刀が折れた。ゼリー人形はびくともしてない。


「ほえ?」

「……これは私にはちょっと硬すぎるね。ゴメンね、木刀折っちゃって。後で同じものを買ってくるよ」


 ……なんで、木刀が折れてるの?

 前に切ったときは普通のゼリーみたいな感触で、わたしでも楽々切れた。わたしよりも遥かに強いサーシャに切れないはずがない。

 魔術のイメージだって前と同じ、普通のゼリー人形。それ以外には何もイメージしていないし、硬くなるようなイメージなんてこれっぽちもしてない。出て来た時も普通にぷるぷるしてたし……。


「なに、これ……」

「どうしたの?」


 ゼリー人形の硬さを確かめようと、人形に触って驚いた。

 ……ガチガチに硬い。まるで凍ってるみたい。

 ゼリー人形は硬くなっていた。氷ったみたいに。今はぷるぷるもしてない。

 この魔術を初めて出す時に「氷の塊は叩いたら痛いよね……」って思ってたけど、ホントにそんな感じ。これを叩こうなんて思わないし、木刀が折れるのも仕方ないと思う。サーシャの力と人形の硬さに木刀が耐えきれなかったんだ。

 でも、なんで硬いの?

 わたしは硬くなるようなイメージなんてしてないし、ゼリーが凍るような気温でもない。

……まさか、この雪のせい?


 ピン、ポーーーン……


 わたしがゼリー人形について考えてると家のチャイムが鳴った。

 ……え? こんな時に誰だろう?

 今は領政府から外出制限がでてるんだよね? こんな時に外出するのはよくないと思うけど。

 とりあえず、庭に出ていたわたしが出ることにした。


「はーい、どちらさまですか……え?」


 玄関前には超絶美女がいた。

 キラキラな水色のロングヘアーに綺麗な青い瞳。キリっとして整った顔立ちは所々にある女神像みたいに綺麗な人だった。

今まではサーシャが世界一の美少女で美女だと思ってたけど、それを超えてるかもしれない。

 それに、すごく高そうな鎧を着てる。こんな高そうな鎧はお店でも見たことがない。だって、全身ピッカピッカの銀色で、うっすらと光ってるんだよ。前に見たシズカさんの魔剣みたい。きっと魔剣並みに高価な鎧に違いない。

 超絶美女+すごく高そうな鎧。絶対に普通の人じゃないよ……誰、これ?


「こちらの方ですか? 突然の訪問で失礼します。私はレクシール・ラフィスセレンと申します。こちらで魔力の異常な流れを感じましたので、一度確認させて頂きたいのです。よろしいですか?」

「は、え、えっと……」


 ……レクシールラフィスセレン? ラフィスセレンって、この領地の名前だよね? 

名前に領地の名前が入ってるのって色々大変そう。なんで親はそんな名前をつけたのかな……?

 それに、魔力がどうとか……。どういうこと?


「アウレーリア、誰だったの……って、領主様!」


 お母さんも出てきて美女を見て大声を上げた。お母さんのこんなビックリしたような大声は初めて聞いたかもしれない。でも、それよりも気になる言葉があった。

……領主、様? この超絶美女が?

 もしかして、レクシールラフィスセレンじゃなくて、レクシール・ラフィスセレン? 本物の領主様?

 確かに状業で習った名前だし、必死になって覚えた名前だ。顔立ちも似顔絵に似てる気がする。

 ……似顔絵よりも何倍も綺麗に見えるけど。


「この子のお母様ですね。この子には説明させて頂きましたが、こちらで魔力の異常な流れを感じましたので、一度確認させて頂きたいのです。こちらのお宅の庭だと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい! どうぞご覧になって下さい!」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 お母さんの緊張した上ずった声なんて初めて聞いた気がするよ。ホントに、本物の領主様なんだ……。

 お母さんが「こちらです」って言って領主様を案内する。

 ……ホントにすごい美女だね。

 見た目も声も動きも、全部が綺麗。全身がキラキラ光ってるせいで、おとぎ話の中から出て来た女神様って言われても納得するよ。みんなが「女神様」って言ってるのは大げさじゃなかったんだね。


「アウレーリア! これはなんなの!」


 現実離れした美女の領主様を見てるとお母さんの怒号がとんできた。

 「これ」って……あ、ゼリー人形、消してなかった……。

 お母さんが指さした先にはゼリー人形とサーシャがいる。サーシャはこの美女を見てすぐに領主様だってわかったみたいで姿勢がビシッとしてる。

 ……そういえば、お母さんはゼリー人形を見たことがなかったんだっけ。


「えっと、それはゼリー人形っていう魔術。お姉ちゃんへの怒りのぶつけ先として出したんだよ」

「あんたねぇ!」

「お母様、落ち着いて下さい。大丈夫です、これは危険な魔術ではありません。この魔術を使ったのは貴方で間違いないですか?」


 領主様がさわやかな笑顔でわたしを見てくる。

 ……綺麗な目。

 吸い込まれそうな綺麗な青い目。宝石とかみたい。見られてるだけでドキドキしてきた。

 この人がわたしの住んでる領の領主様……嬉しくて誇らしい気分になる。

 わたしが愛してるのサーシャ一人だけど、この人はなんというか、別次元で好きなる、そんな感じ。


「緊張しなくても大丈夫です。貴方を罰するために来たのではありません、ただの確認です。もう一度聞きます、この魔術を使ったのは貴方で間違いないですか?」

「は、はい! そうです!」

「素晴らしい魔術です。でも御免なさい。魔力の流れに異常を感じたので、私が確認するまでは動きを拘束……凍らせて魔力の流れを止めさせて頂きました。今、解除します」


 領主様がそう言うと、ゼリー人形は元のぷるぷるに戻った。

 ゼリー人形が硬くなった原因は領主様だったんだね。でも、どうやって凍らせたんだろ? ここにくるまで、このゼリー人形は見たことがなかったんだよね? 

……やっぱり、この「雪」が関係してるのかな?


「あ、あの……」

「何か聞きたいことがありますか?」


 うぅ……、すごく優しい笑顔と声でドキドキする。ホントに女神さまだと思う……。


「えっと、この雪の魔術って領主様が使ってるんですか? それでこのゼリー人形を凍らせたんですか?」

「ええ、そうです。ですが、もう凍らせることはありませんので安心して下さい。貴方の魔力反応とゼリー人形の魔術は覚えましたので、もう大丈夫です。では、確認が出来ましたので失礼します」

「あ、は、はい!」


 もっとこの人とお話してみたい。領主様と会話できる機会なんてこの先一生ないと思うし。

なにか、なにか、なにか……あ!


「あの! どうすれば領主様のように強くなれますか!?」


 帰ろうとしていた領主様を思わず引き留めてしまった。

 だって、しかたないよね。もう二度と会えないんだもん。聞いてみたいことは今の内に聞いといたほうがいい。

 とっさに思い付いた質問。「どうすれば強くなれるか」。

 こんなにすごい魔術を使える領主様に聞いてみたい。お姉ちゃんやわたしには想像もつかないような修行で、わたしは一気に強くなれるかもしれない。だって、こんなにすごい魔術の使い手なんだから。


「何の為に強くなるか、どの様に強くなるかの道筋は人それぞれです。私は守りたいものの為に強さを求めました。しかし、限界がありました。人一人の強さでは限界があります。守りたいものを守り、守られたもの達が私を守ってくれる。私はそのようにして今に至ります。何の為に強さを求めるのか……それを忘れなければ、強くなれます。では、今度こそ失礼します」

 

 領主様の答えはすごくフワっとしたものだった。

具体的にこういう修行しなさいとかじゃなく、気持ちの問題って感じの言い方。

わたしが答えの意味を考えてポケーとしてると、領主様は女神スマイルを残してパッと光ってパッと消えた。

 ……すごい、瞬間移動の魔術ってあるんだ。わたしも使ってみたい。

 領主様流の強くなる方法は意味がよくわからない。でも、使ってる魔術がすごいのはわかる。

 この雪魔術も領主様の魔術……ホントにすごい。

 領主様がこんなありえない強さを求めた理由が「守りたいものを守る為」。守りたいものって、領民のことを言ってるのかな? その為にありえないほど強くなった……。

すごい。わたしも領主様みたいなりたい。サーシャを守る為に、サーシャを幸せにするために強くなりたい。

 でも、一人の強さじゃ限界があるって言ってた気がする……。領主様みたいに、人の限界を超えるにはどうすればいいのかな?

 サーシャだったら、さっきの領主様の言葉で答えがわかってそう。


「ねえ、サーシャ……」


聞こうと思ってサーシャを見ると、笑顔で怒ってた。

そして、その隣には……。 


「アウレーリア、ちょっと来なさい」

「……うん」


 見るからに怒りモードのお母さんがいた。

これは絶対に逆らっちゃダメなパターンだ。素直に従おう。

 わたしはゼリー人形を消してお母さんについて行く。

 連行される途中、サーシャに「助けて!」って目線を送ったけど、怒ってるせいか、目線で「怒られてきてね」って返してきた。なんでサーシャも怒ってるの……。


「あんたの馬鹿な頭でもわかるように言ってあげるけど……」


 お母さんのお説教は一時間近く続いた。

 せっかく学校が早く終わったのに、これで帳消しになっちゃったよ……。

 お母さんのお説教を簡単にまとめると。


 ・領主様が小都市の住宅街に一人で来るのはありえない。

 ・ましてや、個人の家に突然訪ねてくるのはありえない。

 ・個人の、それも小学生の魔術程度で領主様が動くのはありえない。

 ・わたしが声をかけたのがありえない。

 ・質問して引き留めたのがありえない。


 ……と、いうことだった。

 お母さんの感覚では、領主様が来たことも含めて、わたしの言動全てがありえないらしい。

 一番激しく怒られたのが、帰ろうとした領主様を引き留めて質問したことだった。

 外出制限がかかっている時に領主様が直々に動いているのはよほどのことが起きているはず。個人的な質問のせいで対応が遅れて何かあったらどうするつもりなの、って感じで怒られた。

 ……その通り過ぎて反論できないし、反省するしかない。


「クレア母さんのお話は終わったんだね。じゃあ、次は私の番」

「……うん」


 サーシャもなぜか怒っていたので、わたしの部屋できっちりお話した。

 サーシャの怒っていた理由は一つで、簡単にいうと嫉妬だった。

 わたしが領主様にずっと見とれていたので嫉妬したみたい。フェイルーン先輩での失敗を繰り返してしまった。ただし、今回はサーシャも少しはわかってくれた。サーシャも一瞬見とれてしまって「女神様……」って呟いてしまったらしい。


「ホントにすごい美人さんだったよねー……」

「アリア……」

「ち、違うよ! 好きとか、愛してるじゃなくて、なんというか……憧れ? 的なものだよ!」


 今は夕食の時間までの勉強中。

 だけど、さっきの領主様の姿や言葉が気になっていて勉強に集中できない。今もつい口から出てしまった。美人さんっていう部分はサーシャも認めてるので怒ってはこないけど、ジト目で見てくる。

 ちゃんと説明しとかないと、また嫉妬させちゃうね……。


「わたしも「ああ」なりたいなーっていう憧れだよ。美人さんなうえに、守りたい者の為に強くなった領主様のようになりたいなーっていう憧れ」

「……領主様のようになりたいっていう気持ちはわかるかな。私も、圧倒的な力でアリアを守ってあげたいと思うし」

「だよねー。わたしも、サーシャを圧倒的な力で守ってあげたいよ」


 窓の外に降ってる雪を見ながら本気でそう思う。

 こんな圧倒的な力があれば、どんな危険からでもサーシャを守ってあげられる。

 ……どうすればいいのかな?


「でもね、アリア。領主様に憧れて圧倒的な強さを目指すのはいいけど、何事にも段階があるよ」

「え?」

「領主様だって、いきなり今みたいに強くなったんじゃないと思う。きっと、子供のころから勉強や運動を頑張って、小さな目標をクリアしながら今の強さになったんだと思うよ。だからアリアも、まずは目の前の目標に専念しよう。学校で成績優等生になって、ノルマをこなしながら道場で頑張る。まずはそこから始めよう、ね?」

「うん、そうだね……」


 サーシャの言う通りだと思う。

 小都市の学校で成績底辺のわたしが、いきなり領主様のように強くなれるはずがない。

 体力は同年代ではいい方だと思うけど、所詮は小4レベル。サーシャみたいに武技を使うにはほど遠い。

 ……まずは、目の前の勉強を頑張ろう。


「わかってくれたようで嬉しいよ。じゃあ、やる気が出るようにしてあげる」


 そう言ったサーシャは隣に座ってぎゅっとして優しくスリスリしてくれた。

 みんなの前ではしないと言っていた特別なスリスリ。


「はい、これも」

「んぐ……」


 サーシャの唾液付きの指。なんでこんなに美味しいのかな?

 ……癒される。特別なスリスリにサーシャの味。幸せだよ。

 でも、もらってばかりじゃ悪いよね。わたしも……。


「愛の氷、はい」

「ん……」


 指ごとぱっくり食べられるのも慣れてきた。

 サーシャの唾液付きの指を食べてわかったことだけど、美味しいものは残したくないし、しっかりと味わいたいもんね。


「美味しかったよ、アリア。愛してる」

「うん、わたしも愛してる」


 少しだけまじわった後は勉強を再開した。

 もう頭の中はサーシャでいっぱい。目の前で勉強を教えてくれてるサーシャしか目に入らない。

 領主様は女神級の美人で強くて憧れるけど、わたしにとってはサーシャが一番で、唯一無二の大切な存在。サーシャ以上の存在は絶対にいないと改めて思う。


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