59話 異常気象



「ふぅー。今日も暑いねー」

「そうだね」


 外に出ると、ものすごく夏らしい快晴で猛暑だった。

 ここから天気が崩れるって……やっぱり、ありえないよね。


「ふむ……」

「なるほど……」

「そうですわね……」


 先輩たち3人は空を見てなにかを納得しあってる。

 サーシャを見ると、サーシャも不思議そうに空を見ていた。


「サーシャ、空になにかあるの?」


 サーシャを含めた4人には原人にはない感覚がある。きっと、わたしには感じないなにかを感じるに違いない。

 

「アリア、異常気象だよ」

「異常気象?」

「雪が降ってきてる……」

「ほえ?」


 ……今のこの時期、この猛暑でありえない単語が聞こえたよ?

 ゆき? って……雪のこと? 冬に降る雪のこと言ってる?

 しばらく呆然と空を見上げてると、わたしの目にも雪が降ってきてるのが見えた。

 ……ホントに雪だよ……なんで?


「ちょっと失礼しますわ」


 そう言って、フェイルーン先輩は空に飛んで行った。

 空に上がったフェイルーン先輩は周囲を見渡したり、鳥達となにか話したりしてる。

 ……これ、ホントに雪だよ。

 わたしの手に雪が当たって消えた。

 見るからに雪、どう見ても雪、ありえないけど雪だ。


「……いただきます」


 わたしは雪が好きだ。

 冷たくてすごく美味しいし、無限にある。いくら食べても無くならない最高のおやつ。それが空から降ってくる。この暑い時に……食べないと雪に失礼だよね!

 わたしは口を開けて上を向く。直喰いだ。

 この真夏になんて贅沢! 異常気象万歳!


「あーーーん……」

「アリア、今はちょっと止めたほうが……」

「んあ?」


 上を向いて口を開けてるので変な声が出た。

 あ、雪が口に入った……。


「っ!? まっっっずぅーーーーーーい!!!」

「大丈夫!?」


 なにこれ!? 雪の味じゃないよ!

 言葉で表現できないほど不味い! 身体が全身で不味いと訴えてる!


「ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ……」


 とにかく吐き出した。この味は不味いと本能で感じる。

 く、口直しに何か……。


「アリア、これ」


 サーシャが自分の指をわたしの口に入れてきた。

 

「んぐ……」


 ……美味しい……。これって、サーシャの唾液の味だ。ちょっと前にいっぱい味わったので直ぐにわかった。助かったよ……。


「んぐ、んぐ、んぐ……」

「大丈夫、アリア?」

「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはっ! ありがとう、サーシャ。助かったよ」


 サーシャが「よかったよ」と言いながらわたしの口に入れた指を舐めてる。

 わかるよ、美味しいもんね。それにしても……。


「これって、ホントに雪……だよね?」

「……そう見えるけどね」


 周りに降ってる雪を見て見るけど、普通の雪にしか見えない。普通の雪がシンシンと降ってきてる。快晴+猛暑+雪の非常にアンバランスな光景だけど……。


「ふむ、これは……」


 メルネス先輩が降ってきてる雪を手で受け止めてなにか考えてる。

 

「戻りましたわ」


 フェイルーン先輩が空から戻ってきた。

 ……ホントに綺麗だよね。まるで天使だもん。着地する瞬間とか、すごく優雅に見えて神秘的なものを感じる。いいなー……。


「……アリアは私だけのもだよね?」

「え、うん」


 フェイルーン先輩を見ていたら、サーシャが手を握ってそんなこと聞いてきた。

 なんでそんな当たり前のことを今更聞いてくるんだろ?


「浮気はダメだよ。アリアは私だけのもなんだから、私だけを愛してね」


 ……これって、嫉妬、かな?

 わたしがフェイルーン先輩をじっと見てたから嫉妬したとか?

 ……そうだよね。わたしだって、サーシャが他の人をじっと見つめてたら嫉妬するもん。わたしだけを見てほしい、愛してほしいって……。ゴメンね、また心配かけちゃった……。


「愛の氷。はい、わたしの気持ち、あーん」

「……ん。ありがとう、アリア。愛してる」

「うん、わたしも愛してるよ、サーシャ」


 抱き合って少しスリスリした。

 人前ではしないってことだったけど、今は仕方ないよね。愛しあいたいんだから。


「二人とも、この非常時に呑気ですわね」

「え?」


 フェイルーン先輩が呆れた目で見てくる。


「フェイルーン、やはりこれは……」

「ええ、自然の雪ではありませんね。空に雪が降るような要素はなく、鳥たちも困惑してましたわ」


 メルネス先輩とフェイルーン先輩がなにかを確かめあってる。


「先程のアウレーリアさんの反応と、フェイルーンの言葉で確信したよ。これは魔術の雪だね」

「ほえ?」

「それは興味深い。このような大規模な魔術を行使できるとはどのような人物だろうね。ぜひ一度、お話をしてみたいものだ」


 モーリス先輩がワクワクしながら雪を見て触っている。

 でも、わたしは頭が追いつかない。思わず「ほえ?」と言ってしまったほどに。

 ……魔術? この雪が?

 雪は見える範囲全部に降ってる。すごく遠くの方まで。

 魔術って、広範囲になるほどイメージが難しくて沢山の魔力を消費するんだよね?

 わたしの魔力はすごく高いってユリ姉さんが言ってた。学生で勝てる人はなかなかいないって。そのわたしが、自分の部屋の広さだけで死にかけたんだよ? 街全体にこの雪を降らせてる人って、どれだけの魔力持ちなんだろ?


「鳥達の話では、雪はこの街だけではなく、他の街にも降り始めてるそうです。もしかすると、領地全体に降ってるのかもしれませんわね」

「……」

「素晴らしい! 是非とも会いたいものだ!」


 ……領地全体に魔術をかける? ありえないよ。シズカさんでも絶対に無理だよ。

 どんなイメージで魔術を使ってるかは知らないけど、領地全体に魔術をかけるなんて人には不可能だと思う。


「モーリス、この様な大規模な魔術を使える者は限られる。そう簡単には会えないよ」

「ふむ、それもそうか。この様な規模の魔術を使えるのは龍族くらいか……。領主様かそれに近しい者……。そう簡単には会えないか、残念だよ」 


 龍族……領主様って、こんなにすごい魔術が使えるの?

 龍族がすごく強いっていうのは授業でなんとなく教わってた。その時は「へー、そうなんだ……」程度にしか思ってなかったけど、魔術を使えるようになって、その危険性や難しさを知った今のわたしは「すごすぎ……」っていう感想しか出てこない。


「この魔術にどの様な効果があるのかはわからないが、意味もなくこのような大規模魔術を使うとは思えない。直ぐに帰宅して、自宅に籠るべきだと思う」

「わたくしもメルネスさんの意見に賛成ですわ。先生の言った通り、寄り道せずに帰宅しましょう。本当はザナーシャさんの自宅まで御一緒したかったのですが、ここで失礼致しますわ」

「ありがとう、フェイルーン。気持だけでも嬉しいよ。また明日」

「ええ、また明日」


 サーシャと挨拶を済ませたフェイルーン先輩は、空に上ってわたし達とは逆方向に飛んでいった。

 ……フェイルーン先輩の家って反対方向だったんだね。それなのに、うちまで一緒に来てくれるつもりだったんだ。やっぱり、優しくて頼りになる先輩だね。改めて尊敬するよ。


「私もここで失礼させて頂く。フェイルーン程ではないが、自宅の方向が違うからね。君達も、寄り道せずに帰る事を勧めるよ。では、また明日。失礼する」


 メルネス先輩が執事さんみたいな礼をして帰って行った。親衛隊の人達と一緒に……。みんな一緒に住んでるのかな?


「僕はザナーシャ君の近所だ。最後まで付き合おう」

「……ありがとう、モーリス。でも、今はアリアの家に住んでるから、途中までで大丈夫」

「む、そうなのか。……結婚といい、同棲といい、君達は随分と大人びているな」

「愛し合ってるからね」

「ふむ、愛、か……。僕の知らない感情だ。誰かに教えて欲しいものだな。ザナーシャ君に遅れを取ってるようで非常に悔しい」


 そう言ったモーリス先輩はわたしを見た。

 ……え? わたしに教えてほしいの?


「勝手にしたらいい。だけど、私とアリアは巻き込まないでね」

「やはり駄目か。そうすると、身近で愛を知ってそうなのは両親くらいとなるな……聞いてみるか?」


 モーリス先輩は愛についてぶつぶつ呟きながら考えてる。わたし達はそんなモーリス先輩を無視しながら帰宅する事にした。


「今日はアクセサリー買えそうにないね……」

「そうだね。残念だけど、明日になるね」


 この雪の事はみんな知ってるのか、露店商はみんな閉まっていて、人通りもほとんどない。見かけるのは、帰宅中の学生とその付き添いの大人くらいだ。

 

「この後ってどうしよう。道場とノルマもあるけど……」

「家で大人しくしてる方がいいと思うよ。道場は強制じゃないし、ランニングも、今日みたいな日はやらなくてもお姉さんは許してくれるよ。腕立て腹筋スクワットだけやって、後は勉強してよう」

「……うん、サーシャがそう言うならそうしようか」

「頑張ろうね」

「うん」


 そんな話をしていたら、サーシャの自宅に近くなっていた。


「では、僕はここまでだな。直ぐに帰って、両親に愛について聞かなければ」

「……付いてきてくれてありがとう、モーリス。また明日」

「ああ、また明日。直ぐに愛について追い抜いてみせる」

「……頑張って」


 ……モーリス先輩、両親に聞くんだよね? その程度じゃ、6年間もわたしを愛し続けたサーシャには絶対に勝てないと思うよ。


「やっと二人きりになれたね、アリア」


 サーシャがぎゅっとしてきて頬をくっつけてスリスリしてくる。


「アリアは私だけのもの。絶対に他の人には渡さないよ」

「うん。わたしはサーシャだけのものだよ。大丈夫、ずっと一緒にいるよ」


 ぎゅっの力が強くてちょっと痛い……。

 まさか、また幽霊に? 

 ……させないよ。サーシャはわたしが守る!


「癒しの氷、愛の氷。サーシャ、あーん」

「……あーん……。ん、アリアの気持ちをいっぱい感じるよ、ありがとう」

「うん、よかったよ」


 よく考えたら、今日は癒しの氷をまだ食べさせてなかった。ほとんどが愛の氷だもん。きっと、魔力のコップの隙間が広がちゃってて、幽霊に入られそうだったんだ。ユリ姉さんも、「一日1回は完全回復させて……」って言ってたもんね。今度からは、朝ごはんの後とか、決まった時間にしっかり食べてもらおう。


「それにしても、魔術ってすごいね。こんなに広範囲に雪を降らせるなんて」

「うん、ホントにすごいと思う。でも、普通はこんな広さは無理だと思うよ。わたしは自分の部屋の広さでも無理だし、シズカさんだって訓練所の広さくらいが限界だと思う」

「アリアやシズカさんでも無理なんだ……。私は魔術が使えないから、この魔術がどれくらい凄いかピンとこないんだよね。この魔術を使ってる人は領主様か他の龍族らしいけど、何の為にこんなに大規模な魔術を使ってるのかな? アリアはわかったりしないの? 訓練所ではシズカさんの魔術を当ててたよね?」

「うーーーん、なんだろう……」


 不味い雪の効果……さっぱりわからないね。

 シズカさんの花びらみたいに当たった個所が光ったりしてないし、触った感じもなんともない。この世の物とは思えないほど不味かっただけだ。不味い雪を降らせるだけの魔術……な訳ないよね。

 あ、不味いのは他人の魔力だから?

 ユリ姉さんはわたしの氷を美味しく感じないって言ってた。

 ほんのちょっとしか魔力の色が違わないのに、全然違うみたいなことを言ってた気がする。こんなにすごい魔術を使える人……龍族の色は、きっと見るからに全然違うに違いない。だって、あんなに不味いんだから。

 だとしたら、やっぱりちゃんとした効果があるような気がするけど、でも……。


「全然わからないよ」

「そうなんだ」


 そう、ホントに全然わからない。

 シズカンさんの時は鎧があって、花びらが当たって光っていた。そして、それを切ったからなんとなく想像がついただけだし。今みたいに、目標もなくてただしんしんと降ってるだけの雪の効果なんて想像がつかない。

 暑いから、気分だけでも涼しくなってもらおうと思って領主様のサービス心で雪を降らせてる、とか?

 ……うん、絶対に違うね。

 そんな馬鹿なことで、ありえない量の魔力を使ってこんな広さに雪を降らせるなんてことは絶対にしない。

 臨時休校もそうだし、外出制限もかかってるみたいだから、この魔術にはよほどの効果があるんだと思う。けど……。


「アリアでもわからないんだったら、私には見当もつかないね。早く帰って、家で出来るノルマと勉強でもしようか」

「……うん、そうだね」


 この雪魔術の効果はさっぱりわからない。でも、魔術を使ってる人の想いは伝わってくる気がする。きっと、領地の人みんなを守りたいんだと思う。だから、こんなに広い範囲に魔術を使ってるんだ。

 すごく、憧れるな……。

 守りたい人の為に強くなって、守れるようにその力を使う。わたしも、サーシャの為に強くなって、こんな風に圧倒的な力で守ってあげたい。

 ……龍族の人達って、どうやってこんなにすごい力を身に着けたのかな? 一度でいいから会ってみたいな。そして、その強さの秘訣を教えてほしい。そうすれば、修行ノルマももっと頑張れるような気がする。


「ただいま、クレア母さん」

「おかえりなさい、さっちゃん」


 お母さんが満面の笑みでサーシャにだけ挨拶を返す。

 実の娘の存在は無視して。


「お母さん、わたしには?」

「あんたは「ただいま」って言ってないでしょ」

「……ただいま」

「はい、おかえり」


 サーシャの時と違って満面の笑みがない、そっけなさ過ぎる返事。

お母さんの愛情具合がハッキリとわかって嬉しくなるよ……。


「さっき領政府の広報車が走っていて、今日の外出は自粛するようにって言ってたから今日は家で大人しくしてなさい」

「うん、そのつもり」

「ならいいわ」


 大悪魔と話していても時間がもったいないね。さっさと着替えよう。

 わたしは部屋に戻って部屋着に着替えることにする。サーシャも着替えてくると言って自室に入っていった。


「……部屋着、スポーツウェアでもいいんじゃない?」


 どうせこの後にお風呂掃除と修行ノルマをやるんだし、いちいち着替えるのも面倒くさい気がする。


「ん、しょっ……」

「おまたせ。着替えるの手伝うよ」


 相変わらず着替えるのが早いね!?

 わたしがちょっと服装に迷ってズボンを履いてる最中に、もう着替え終わってこっちの部屋に来た。

 ものすごくラフな恰好。シンプルな半袖に短パン。

 サーシャのこんなにラフな格好は初めて見たかもしれない。

 ……自宅では、家族の前ではいつもこんな恰好なのかな? わたしやお母さんがホントの家族になったから、ラフなスタイルを解禁してくれたのかな?


「あ、もうスポーツウェアに着替えるんだね。上だけでも着させてあげるよ」

「ありがとー。この後はお風呂掃除とノルマがあるからね。着替えるもの面倒だし」


 上を着させれながら理由を説明する。


「お風呂掃除……手伝ってもいい?」

「え?」

「アリアの家のお風呂掃除、一度やってみたかったんだ。一緒に出来るなら凄く嬉しいよ」


 そう言ったサーシャの顔はすごくキラキラしていた。お風呂掃除がしたくてたまらないみたい。あんな罰ゲームみたいなこと、なんでそんなにしたがるのかな? それに……。


「サーシャは」


 お客さん……と言いかけたところでわたしは気付いた。

 サーシャはもうお客さんじゃないよね。わたしのお嫁さんだし、もう家族だ。

 お客さんにはお風呂掃除は絶対にさせないけど、家族が自分の住んでる家のお風呂掃除をするなら全然不思議じゃない。

 これも、サーシャの夢の一つなのかな……。

 恋人になったらしたいこと、夫婦になったらしたいこと、家族になったらしたいこと……。きっと、愛しあう以外に色々あるんだろうな……。


「じゃあ手伝ってもらおうかな。二人でのお風呂掃除、頑張ろうね!」

「うん、楽しみだよ。頑張ろうね」


 とりあえず、ノルマの前にお風呂掃除をすることになった。

 サーシャのお風呂掃除への思いに押された感じ。こんなにワクワクしてるのに、後回しには出来ないよね。

 わたしはサーシャと一緒にお風呂掃除を始めた……はずなんだけど……。


「これでいいの、アリア」

「う、うん。完璧だよ……」


 お風呂掃除を教えながら楽しくゆっくりやろうと思っていたのに、掃除道具の説明と掃除する場所を教えただけで、一瞬で完璧に終わらせてしまった。

 ……なんで、昔から数えきれないほど掃除してきたわたしより早くて綺麗に出来るんだろう?


「なんで自分より手際がいいんだろ? って顔してるよ」

「……そうだね」


 サーシャにはわたしの思ってることは筒抜けだ。

 うん、なんでそんなに手際いいの? 教えて。


「このお風呂には昔から何度も入ってるんだよ。このお風呂に入るたびに、アリアがどういう風に掃除してくれたのか、私だったらどうするのか、ずっと考えてたんだ。実際に出来て凄く嬉しいよ」 

「そっか、サーシャが嬉しいならわたしも嬉しいよ」

「うん」


 サーシャは初めてうちのお風呂掃除が出来て嬉しい。

 わたしはお風呂掃除をやらなくてよっかたので嬉しい。

 わたしもサーシャも嬉しいんだから、こんなに良いことはないよね!


「サーシャがお風呂掃除を全部やってくれたおかげで体力を温存できたし、この後のノルマ、頑張るよ!」

「うん、頑張ろうね」


 部屋に戻ってノルマを開始する。

 腕立て腹筋スクワット、それぞれ25回ずつ、サーシャのマッサージを挟みながら終わらせる。


「……25!!」

「よく頑張ったね、お疲れ様。身体を拭いてあげるよ」

「はぁ、はぁ、はぁ、ありがとー……」


 服を脱いでサーシャに体を拭いてもらってさっぱりする。


「じゃあ、次はマッサージしてあげるよ。ベッドに横になって」

「え? このままじゃないの?」


 今までのマッサージは座りながら、立ったままやってもらっていた。

 ノルマの合間のマッサージも同じだ。ベッドでマッサージをしてもらったことは一度もない。


「ベッドで横になってもらった方がやり易いんだ。マッサージのお店とかでも、ベッドで横になってやったりするんだよ」

「へー、そうなんだ……」

「ほら、横になって」

「うん」


 ……お店でもそうやってるんなら、その方が気持ちいいよね。

 今までのマッサージでも十分気持ちいいし楽になるけど、もっと良くなるなら大歓迎だ。

 身体を拭いてもらうのにパンツ一つになっていたので、わたしは服を着なおそうとシャツに手を伸ばす。


「あ、服は着なくていいよ。そのままの方がマッサージする箇所が正確にわかってやり易いから」

「へー……」


 お店ってやっぱりすごいね。色々考えて、一番気持ちよくなるようにしてるんだ。まあ、プロだから当たり前か。

 わたしはパンツ一つでベッドにうつ伏せになる。


「じゃあ、始めるよ」

「うん、お願い」


 ……あ、すごく気持ちいい……。

 ホントに的確に、気持ちいいツボを押してくれてる感じがする。力加減も絶妙で全く痛くない。


「あーーー、気持ちいよーーー。最高だよ、サーシャ……」

「よかったよ。じゃあ、次は仰向けになって」

「え?」

「裏側だけじゃなくて、表側も、全身やってあげるから」


 パンツ一つで仰向け……。正直いって、ちょっと恥ずかしい……。

 お風呂とかでは何回もお互いの裸を見てるけど、お風呂は裸が当たり前の状況だから恥ずかしくないだけだ。この状況で見られるのはちょっと恥ずかしい……。


「ほら、早く」

「うん、じゃあ……」


 わたしが仰向けになると、サーシャが頬を赤らめて恥ずかしそうな目で見てくる。

 ……わたしも恥ずかしいけど、サーシャも恥ずかしいのかな?

 わかるよ、その気持ち。

 ベッドでほぼ全裸で仰向けって、ちょっと現実離れしてる気がするもん。どんなに暑くても、裸でベッドに入ったりはしない。最低限、パンツの他にシャツくらいは着てる。


「サーシャ、恥ずかしいんなら無理しなくてもいいよ。わたしもちょっと恥ずかしいし……」

「あ、ゴメンね。アリアが綺麗すぎるから見とれちゃった。マッサージ、してあげるね」

「うん……」


 綺麗すぎるって……。

 確かにわたしは可愛いけど、綺麗ではないと思う。綺麗って言うのはサーシャみたいな人のことをいうんだよ。


「じゃあ、始めるよ」

「え、あ、うん」


 ……この体勢で?

 始めるよって言ったサーシャは、ベッドに上がってわたしの腰の下あたりにまたがってる。

 お店ではこんな風にやってるのかな? わたしはマッサージ店に行ったことがないからわからない。……知ってるサーシャに任せよう。


「あーーー、うーーー、気持ちいいよーーー……」


 すごく気持ちよかった。

 首回りから肩、胸周り、お腹、腰周り、太もも、ふくらはぎ、足の指……サーシャは体の向きを変えながら、全身くまなく揉んでくれた。


「あーーー、気持ち良すぎて、もう動けないよ。ありがとう、サーシャ」

「うん、じゃあ終わり。私も疲れたから横になるね」


 そう言ったサーシャは、わたしの隣で身体がくっつく様にして横なった。

 ……え? 疲れたんなら、自分の部屋に戻って横になった方がいいんじゃないの?

 サーシャのベッドはすごい高級品だ。わたしのベッドとは比べ物にならないくらい気持ちいい。あっちの方が絶対に楽だと思うんだけど……。


「……ぎゅってしていい?」

「うん」


 サーシャが気持ち良すぎて動けなくなったわたしをぎゅっと優しく抱いてくれる。

 マッサージで身体が楽になって、ぎゅっで心が癒される……。

 最高だよ。サーシャはホントにわたしのことをよくわかってる。


「ありがとう、サーシャ。愛してるよ」

「うん、私も愛してる。……嬉しいよ。また一つ、夢が叶った」


 なんだかわかんないけど、サーシャの夢が叶ったんならわたしも嬉しいよ。

 ……でも、ずっと抱きつかれてるせいかちょっと暑くなってきた。いくらパンツ一つでも限度がある。


「サーシャ。送風機のスイッチ、押してもらっていい?」

「ゴメンね、暑かった? ちょっと待ってね」


 サーシャが送風機のスイッチを入れて、濡れタオルでまた身体を拭いてくれた。

 送風機の風と、濡れタオルがすごく気持ちいい。おまけに……。


「雪、まだ降ってるね」

「そうだね。降り始めより、ちょっと強くなってるみたいだけど」


 物理的な涼しさ(送風機の風+濡れタオル)に加えて、窓からは雪が降ってるのが見える。視覚的にも冬を感じてちょっと涼しい。

 ……この魔術ってホントにすごいね。

 範囲も非常識だけど、持続時間もすごい。

 わたしなんかゼリー人形30分が限度って言われてるし、他の魔術だってすぐに止まる。こんなに広範囲にずっと雪を降らせ続けてる龍族って、どれだけの魔力持ちなんだろ? 

 ……気になる。

 モーリス先輩じゃないけど、一度でいいから会って質問してみたい。

 「どうすれば強くなれますか?」って……。


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