5話 魔石



 わたしが住んでいるのはラフィスセレン領のファルメリアで、人口約100万人の小都市の一つ。

 家は住宅街にある古い一軒家。

 家族は両親とお姉ちゃん、わたしの4人で普通の家庭。お父さんは建築屋さんで、お母さんは専業主婦。でも、今はお姉ちゃんもお父さんも家に住んでない。お姉ちゃんは大学の寮暮らしだし、お父さんは違う領地に出張中で、もう何年も会ってない。

 ……お父さん、どんな顔だっけ? ……ま、いいか。会えば思い出すし。


「ただいまー」

「おかえりなさい。今日は遅かったわね」

「うん、さっちゃんが補講受けちゃって」

「さっちゃんが補講? アウレーリア、あんた何したの。迷惑をかけたら駄目って言ってるでしょ」


 お母さんは、さっちゃんが何か失敗する時はわたしが原因だと思ってる。大体はあってる。でも、すぐに決めつけなくても良いと思う……。


「違うよ! わたしだっていつもいつも迷惑かけてる訳じゃないよ!」

「本当かしら? ……なら、いいけど……今日もバイトに行くの?」

「今日は行かない。暑いから家にこもる」

「なら勉強しなさい。こないだのテスト、赤点が沢山あったわよね」


 確かに、前回のテストは6教科中4教科で赤点だった。でも、わたしは悪くないと思う。いつもより難しかったせいだし、学年の平均点も少し低かった。


「あーうん、勉強……勉強ね……」

「これ以上成績が下がったら、バイトを禁止にするわよ」


 それは困る! バイトの収入はわたしの生命線! お洒落も買い食いも出来なくなる!


「分かったよ……おとなしく勉強する」

「素直でよろしい」


 ……そうだ、今日の買い食いでお小遣いが無くなったんだった。


「お母さん、大人しく勉強するからお小遣いの前借りできないかな」

「……言いたい事はそれだけ?」 スッと目が据わった。


 ちょっと怒ったみたいだけど、何か悪い事言ったかな?


「勉強するのは当たり前よ! お小遣いも計画的に使いなさいって言ってるでしょ!」

「……ごめんなさい」


 素直に謝っておく。ここで謝らないと、この後に続く小言が倍増するから。


「まったく、いつもいつも…………」


 それから、5分ほど小言を貰った。謝ってなかったら10分コースだった。


「はぁー、お小遣いね。お風呂掃除と夕食の片付けを手伝ってくれたら少しだけあげるわ」

「お母さんありがとう! 大好き!」

「勉強もしっかりやるのよ」

「……はい」


 自室に戻って部屋着に着替える。

 ピンク色の半袖ワンピースで花柄レースがあしらわれている可愛い服だ。お母さんやお姉ちゃんは幼稚すぎるって言うけど、可愛いものに年齢は関係無い。さっちゃんも似合ってるって言ってくれた。


「ふぅ……。お母さんに怒られ前にお風呂掃除やっとこうかな……」


 ……やっとお風呂掃除が終わったよ……。すごく暑いしすごく疲れた。汗だくだ。


「プールにでも行きたいなー。次の休み、さっちゃんを誘って行こうかな……」


 掃除したばかりの浴槽が目に入った。

 ……水風呂にしたら気持ち良さそう……良し!


「気持ち良いー! 水風呂最高ー!」


 バッシャバッシャ……


「アウレーリア!!」


 思いっきりお母さんに怒られ、監督つきでお風呂掃除を再度やらされた。隅々まで……反省。


「アウレーリア、夕食まで勉強してなさい。フリをしても分かるからね」

「……はい」


 お風呂掃除とお説教が終わって部屋に戻って来た。

 ……再度の掃除でまた汗だくになったけど、タオルで体を拭く事は許されたので少しはスッキリしたよ。


「送風機よ、わたしを助けて!」


 送風機のボタンを押すと風が出てくる。

 ……あー涼しい。生き返る……。

 冷風機なら最高なんだけど、高いもんね。うちみたいな普通の家庭には贅沢品だ。

 ……気分は乗らないけど勉強を始めよう。さぼったらまたお説教される。


「う~、う~、う~……」


 思わず唸ってしまう。頭が痛い。

 今やってるのは学校から配られている自習用の問題集。教科書やノートを見ながら解答欄を埋めていく。

 ……暑い……知恵熱でも出てきた? それにしては暑すぎる気がするけど。

 ん? 送風機が止まってる?

 送風機を見ると魔石の交換ランプが点滅してる。

 機械の動力源は魔石だ。

 魔石は拳大の大きさに丸く加工されていて、色々な属性の魔石がある。送風機であれば雷魔石と風魔石で動いて、冷風機はこれに氷魔石を加えた物だ。温風気の場合は火魔石を使う。

 魔石の産地と販売は領政府で管理していて、購入数や使用数は厳格に管理されている。緊急時以外、一般領民同士の売買や譲渡は禁止だ。


「風魔石、まだあるかな……」


 お母さんに聞かなきゃ。今は夕食の準備中だから台所かな?

 魔力が切れて、緑色から白色になった魔石を持って台所に向かう。


「お母さん、送風機の風魔石が切れたー」

「あら、じゃあ……」


 お母さんが鍵のついた棚を開けて魔石を出してくれるて、わたしは白魔石をお母さんに渡す。


「白魔石は……うん、大丈夫ね。はい、風魔石。帳簿の記入は忘れずにね」

「うん、分かってる」


 棚に備え付けてある帳簿に使用目的と数を記入する。この帳簿は魔石の購入時に白魔石と一緒に政府直営の取引所に提出する物だ。


「そろそろ補充が必要ね。次の休日に買ってこようかしら……」


 魔石の取引は大人しか出来ない。子供は取引所に入る事さえ出来ず、一緒に行っても併設の子供部屋に預けられるだけだ。

 取引所はいつも混んでいて、少なくても半日は待たされる。小さい頃は子供部屋で半日以上遊んでも退屈しなかったけど、10歳のお姉さんなわたしには退屈だ。

 ……わたしはどうしようかな……。

 プールにしようかバイトにしようか……家でゴロゴロするのは無いよね。休日が勿体ない。やっぱり、さっちゃんと相談かな……。


「アウレーリア、休日にやる事が無いなら家で勉強してなさい」


 ……うん、やる事を絶対作ろう!

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