4話 放課後
やっと授業が終わって放課後になった。デザートカレーで上がったテンションは元に戻っている。5時間目の数学のせいで。わたしは社会学の次に数学が苦手だ。数字の羅列とか面積がどうとか頭が痛くなる。
今は校庭脇のベンチに座ってさっちゃんを待っている最中。
4年生は5時間目で終わりだけど、5、6年生は6時間目まである。
……あー、わたしも来年から6時間授業か……憂鬱だよ……。
ただ、ちょっとだけ楽しみもある。5年生から戦闘訓練が授業に加わるから。
今の平和な世界に戦闘訓練なんて時代遅れだと思うけど、頭を使うより体を動かしていた方が楽しい。わたしは運動神経が良い方なのだ。さっちゃんの様な獣人さんの人達には勝てないけど、原人の中では結構良い方だと思う。体育の成績もA+だし。
……今日は陽射しが強いな……木陰でも暑い。図書室で暇潰しでもしてればよかった……。
今は7月、真夏だ。
天気が良いので、数学で溜まった鬱憤を晴らそうと外に出てきたのが間違いだった。
校庭の一角には公園にあるような遊具が沢山ある場所がある。下級生に人気のエリアだ。
そこで少し遊んでいたけど、暑さに負けて木陰のベンチに避難したのだ。
空を見上げると雲一つ無い青空が広がっていて、暑いけど気分が軽くなる。
……こんな綺麗な空を自由に飛べたら気持ちいいだろうな……。
そう思っていると、翼人の生徒が飛び立つ瞬間が目に入った。あっという間に空に上がると、周囲にいた鳥達と戯れながら去っていく。
「いいなー楽しそうー。わたしも飛べたらなー……」
手をバタつかせて、ぐるぐる回りながら飛ぶ真似をして見る。
……うーん、やっぱり無理か。翼がないしね。
ふと校舎から視線を感じたので見てみると、数人の生徒がこっちを見て笑っている。今の動きを見られたらしい。
……笑ってるけど、みんなも一度は飛ぶ真似をした事くらいあるよね?
ベンチに座り直して校舎の時計を見ると、そろそろ6年生の授業が終わる時間になっていた。
……帰ったらどうしよう?
朝は学校が終わったらバイトでもしようかなと思っていたけど、今日はすごく暑い。おとなしく家で送風機に当たってようかな……。うーん、さっちゃんと話して決めよう。
カラーン……カラーン……カラーン……
6時間目の終了の鐘が鳴った。
少しすると5、6年生と一緒に下級生もパラパラと出てくる。一緒に帰る者や、グラウンドで部活を始める者がいて一気に周りが騒がしくなる。
……さっちゃん、まだかな……。
待ち合わせは何時もこのベンチか、校門のどちらかなのですれ違う事はない。
……1時間たったけど、まださっちゃんは来ていない。
下校する生徒は見なくなり、残っているのは部活をしている生徒が殆どだ。
……さっちゃん、遅いな……どうしたんだろう?
「おや、部活以外でこんな時間まで残っている生徒は珍しいな。君はザナーシャ君の友人の……アウレーリア君、だったかな?」
ベンチに座って呆けていたら話しかけられた。
……この人は確か、モーリス先輩だ。
さっちゃんのクラスメイトで、何時もさっちゃんに勝負を挑んでる。ジュースの早飲みとかジャンプの高さ比べとかその程度だけど……。勝負はさっちゃんの全勝中で、捨て台詞は「さすが永遠のライバル、次こそは私が勝つ!」だ。
「こんにちは、モーリス先輩」
「ザナーシャ君を待っているのか? すぐに来ると思うぞ」
「そうですか」
「ああ。一緒に生物学の補講を受けていたからな」
……え、さっちゃんが補講? 何で?
さっちゃんは物凄く頭が良い。わたしと正反対だ。テストも全教科でいつも90点以上、全教科満点を取った事もある。
……何かあったのかな?
「アウレーリア君は確か原人だったね。魔力も強いと聞く。今度、お茶でも飲みながら話でもしないか?」
ナンパされているのかな? この人はさっちゃん一筋だと思ってたよ……。
「モーリス、私の親友にナンパなんかしないで」
……あ、さっちゃん。……ちょっと怒ってる?
いつも優しいさっちゃんも、わたしが絡む事態になるとちょっとだけ怒りの沸点が下がってしまう。今回はライバルが相手なので、余計に沸点が下がってるのかもしれない。
「ザナーシャ君、誤解だよ。今日の成果を確認したかっただけだ」
「モーリスは加減を知らないからアリアちゃんが不安がる。成果を試したいなら同級生にしたら?」
「同級生の方が気兼ねなく話せるか……」
「そうして。アリアちゃんは絶対にダメ」
「分かったよ。ライバルの助言だ、受け入れよう」
さっちゃんが小声で「ライバルじゃない……助言じゃなくて忠告……」と言ってる。
……え、ライバルじゃない? 違うの? お互いに楽しんで勝負してるように見えたのに……。さっちゃんは自分の気持ちに気づいてないのかもしれない。今度教えてあげようかな……。
「今日は直ぐに帰って復習しなければならないので、これで失礼する」
眼鏡をクイッと上げて光らせ、不敵な笑顔でモーリス先輩は帰っていった。さっちゃんは疲れた顔でモーリス先輩を見送っている。
「アリアちゃんゴメンね、待たせちゃって」
「ううん、大丈夫、気にしてないよ。さ、帰ろう!」
帰り道、モーリス先輩の言っていた補講について聞いてみた。
「さっちゃんが補講って、何かあったの?」
「授業中にちょっと居眠りしちゃってね、怒られちゃった」
「始めての事じゃない? さっちゃんが授業中に居眠りなんて」
「そんな事無いよ、たまにするよ。今日は運悪くネルソン先生だったから」
「ネルソン先生かー、あの先生って厳しいもんねー」
ネルソン先生。生物学の先生で、口調も固くて授業中の教室はいつも緊張感で一杯だ。
わたしは数えきれない程に教鞭でペシペシとされている。
……ネルソン先生って、確か魚人さんだよね……。
魚人さんは学者肌で真面目な性格の人が多いって聞いたことがあるけど、ネルソン先生はその典型だと思う。
「さっちゃんも疲れてるみたいだから、今日のバイトは止めようかな……」
さっちゃんは何時もバイトに付き合ってくれる。前に「何時も付き合ってくれなくても大丈夫だよ」と言った事もあるけど「大丈夫だよ。アリアちゃんと一緒だと楽しいから」と言ってくれた。わたしも一緒に来てくると心強いので喜んでた。
……きっと、勉強とバイト、両方に疲れて居眠りしちゃったんだね……。
トップの成績を維持するのはかなり大変だと思う。どれだけ勉強してるのか、わたしには想像もつかない。かなり無理してバイトに付き合ってくれてるんだと思う。
「私は大丈夫だよ。髪留めを買ってお小遣い無いんでしょ」
「お小遣いは無いし欲しいけど、今日は止めとく。暑くて辛いから。働いたら死んじゃうかもしれない。家で送風機に当たってのんびり過ごすよ」
「……そっか。アリアちゃんがそう言うなら、私も家でのんびり過ごすよ」
……良かった、ゆっくり休んで欲しい。
優等生のさっちゃんが授業中に居眠りなんて大事件だもん。わたしのお小遣いよりもさっちゃんの健康が大事だよ。
今日はホントに暑いねー、アイス食べたいねー、なんて話をしていると氷魔石を使ったアイスの露店があった。
「おじさん、2個頂戴!!」
「あいよ! 元気な嬢ちゃんだな! 1個はサービスにしとくよ、仲良く食いな!」
「ありがとう!」
財布を開けると1個分のお金しか入ってなかった……。セーフ! その様子を見てさっちゃんが笑ってるけど、結果が良ければそれで良いんだよ!
「はい、さっちゃんの分!」
「ありがとう、アリアちゃん」
お小遣いはゼロになったけど、さっちゃんが笑顔ならそれで満足だよ。
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