第10話 朝活カノジョ
「……よし」
[ 午前8時00分 ]
学校から徒歩20分圏内にあるマンションの前で、ぼくは親友の出待ちをしている。
昨日、鷹口 水萌と交わした契約にある『けーとに白川 暦を近寄らせない』というタスクを今まさに実行に移しているところだ。
「そろそろ来るはずなんだけど……」
彼は毎朝8時30分に登校してくるため、8時00分~8時10分あたりで必ず家を出る。
なぜそう言い切れるのかって?
……ぼくは誰よりも『橘 恵人』という人物を理解しているからね。
彼は物事に対するメリットデメリットをはっきり区別して、自分が取るべき行動を判断する性格だ。その場の感情に流されず、自分の意志に従う頑固者。
要は、出かける前にドタバタするのが嫌いで走るのが面倒くさいのだ。
「……あれ?」
[ 8時10分 ]
音沙汰なし。
スマホの画面を確認しても反応がない。
「寝坊? いや、けーとが寝坊なんてありえない……」
物音ひとつしない部屋を見上げるが、人の気配すらしない。
「……嫌な予感がする」
[ 8時12分 ]
未だに、彼の姿はない。
ぼくの中で焦りが加速する。
「まさか……もう、すでに……!?」
頭の片隅で考えていた、ぼくが到着する前に
──まずい。まずいまずいまずい!!
このままぼくが登校する前に、あいつがまたけーとと密着している姿を鷹口さんに見られたら……!!
『ねぇ……ヤクソク、したよね????』
最悪の事態が予想される。
(……というか! なんで彼女はあんなに刃物が似合うんだ!?)
ぼくは自分の命を最優先に守るため、全力疾走で学校に向かった。
……きぃ。
「(……行った、かな?)」
「おい、こよみ……さすがに出ないと遅刻するぞ?」
「わかってるよ~、ほらっ、行こ!」
「……絶対わかってないだろ」
そして、俺は今日も幼馴染と二人で歩き始める。
「(この感じ……なんだか昔を思い出すな)」
「ん? なぁに、けーくん?」
「なんでもない」
「さいですか♡」
「はいはい、さいさい」
──この日、俺は自分で定めた時間を初めて破った。
▽▼▽▼▽▼
[ 午前7時40分 ]
けーくんが住むマンションの最寄駅を降りた私は、今日もルンルン気分で彼の家へと向かう。
「けーくんまだ寝てるかな~? あの人、ギリギリまで寝てて朝ごはん食べないから、私が行ってちゃんとお世話しなくちゃね!」
ずっと憧れていた朝活彼女ムーブができることを楽しみに歩いていたとき、私と全く同じ道を行くひとりの男子高校生の後ろ姿が見えた。
「あ、あれは……!」
──
小さい頃から私の恋路の邪魔をする、天敵。
「どうして、彼がこんな時間に……?」
学校とけーくんの家は最寄り駅が違う。
私と同じタイミングで同じ駅に降りる理由なんて……ひとつしかない。
「……また、私とけーくんの邪魔をするんだね」
「でも、そうはさせないよ?」
私はあいつにバレないよう、回り道を走り始めた。
そして──、
[ 7時50分 ]
「はぁ……はぁ……」
なんとか、あいつよりも先にけーくんの家に辿り着いた。
しかし、このまま待っていたらけーくんが出てくるよりも早くあいつが来てしまう。
私はそのまま階段を駆け上がり、目的の部屋の前に立つ。
「ふぅ……」
呼吸と心臓の鼓動を落ち着かせる。
もう、走ったせいなのか緊張のせいなのかわからない。
ピンポーン。
『……はい?』
「……」
私のインターホンにけーくんが反応するも、姿を隠し無言で返す。
(こうすれば、けーくんは必ずドアを開けて確認してくるはず)
──小さいときから彼の家を訪ねていた経験が活きた。
がちゃ。
「誰か──」
(にこぉ~)
ドアを開けて目線を下げると、これまた見慣れたポニーテールが満面の笑みで迎えていた。
「……(にこっ)」
とりあえず笑顔で返した俺は、何も見なかったことにしてドアをそっと閉じ──、
ガっ。
ドアが閉まる瞬間の僅かな隙間に誰かの革靴が挟まれる。
ぎぎぎぎ……。
「おいおい、嘘だろ……?」
隙間から入り込んできた細くて小さな右手によってドアがゆっくりと開かれていく。か弱い少女の
そして、ちょうど一人分の隙間が空いたところで──。
ガチャリ。
「ただいま、けーくん♡」
「……おかえり、不法侵入者さん」
「もぉ~何言ってるの? 入れてくれたくせにぃ~」
「強引にな」
「じゃあ、追い出してみる?」
暦は足元に鞄を置き、目を閉じて両手を広げる。
──何をしても許される完全無防備な状態だ。
「……んなことするかよ」
「やっぱり、けーくんは優しいね♡」
「誘導尋問だ」
朝から家に押しかけてきた幼馴染に笑顔で見つめられ、時刻は8時を回った。
「ほら、もう行くぞ」
「……?」
しかし、目の前に立ち塞がる少女は上目遣いで首をかしげている。
「……学校に行く時間だぞ」
「……(にこっ)」
今度は笑顔で誤魔化し、玄関から動く様子を見せない。
(はぁ……しょうがないな)
そんな暦の態度を無視して、俺は靴を履き始める。
このとき、玄関に立ち往生する暦とはおよそ数十センチの距離まで近づいていた。
そして、無理やり入り込んできた暦と同じく、俺も強引に彼女を避けてドアに手をかけ──、
ぎゅっ。
「っ!?」
近づいてきた俺の体を受け止めるように、暦は俺の背中に手を回して抱きしめる。
「こ、こよみ……?」
「……だめ」
俺の胸に顔を埋めた暦のこもった返事が聞こえる。
いつもより生々しい柔らかさと人肌の温もりを感じる。
……女の子って、こんなに温かいのか。
「あ、あのぉー」
むぎゅぅ。
──っ!
何かを言おうとしても強く抱きしめられ、言葉を遮られる。
「「……」」
もう抵抗することが許されない俺は、諦めて暦の気が済むまで大人しくすることにした。
抱きしめられたまま十分近く経過した頃。暦はゆっくりと腕を解き、俺の体はようやく解放された。
「あ……あはは……」
俯きながら照れくさそうに笑う彼女は、後ろに半歩下がると背中を向ける。
「……い、今のは、忘れて!」
「…………善処する」
(こんなことされて……忘れられるわけ、ないだろ)
そして、暦は後ろを向いたままスマホで時間を確認すると、ドアを半開きにして外の様子を窺い出す。
「(……行った、かな?)」
気付けば、時刻は8時15分。
これ以上は居続けられないし、二人で一緒に遅刻となればいよいよ怪しさ全開だ。
「おい、こよみ……さすがに出ないと遅刻するぞ?」
「わかってるよ~、ほらっ、行こ!」
再び俺に向き直った暦はいつもと変わらぬ調子と笑顔に戻っていた。
こうして、俺たちは今日も二人で歩き始める。
──なんでもなかった俺の日常に、忘れられない朝がやってきた。
頬を赤らめた幼馴染の表情は、いつもと違って少しだけ、可愛らしく見えた。
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