第8話 ”あいつ”とプライバシー
「お、噂をすれば!」
半強制的に暦と登校してきた俺は、校内でそれなりにざわつかれていた。
……どうやら、暦は相当の人気があるらしい。知らないけど。
そんな噂話が広がれば当然、
「噂にするな」
「またまた~ご謙遜を」
「俺は何も知らない」
「いやぁ~まさか、あのけーとがねぇ」
「おい」
「あんな可愛い女子と身を寄せて登校するなんて、君も隅に置けないね」
「……は? 何言ってんだ? あれは暦だぞ?」
「……え?」
驚いたれーやは、俺に表情が見えないように俯き始める。
……ギリっ。
どこからともなく、歯ぎしりのような音が聞こえた。
「(また……あいつか……!)」
「……れーや?」
「う、ううん! なんでもない!」
「……?」
れーやはすぐに顔を上げると、いつもの笑顔を見せる。
「そ、そっかぁ~! こよみちゃんかぁ~! でも、彼女があんなことをするなんて意外と気が気でないんじゃない?」
「そうか? あいつは昔からあんな感じだったぞ?」
「!!」
「……やっぱり、そうなんだね」
そしてまた、れーやは俯き始める。
「はぁ?」
この短期間で起きた事全てに心当たりがない俺は、途方に暮れる。
「どいつもこいつもなんなんだよ……れーやは何も教えてくれないし、隣は誘拐してくるし、暦は家の前で待ってるし……」
「……え、けーと、今……なんて?」
「お前が何も教えてくれないって言ったんだよ」
「いや、その後」
「だから~、隣が誘拐してくるし、暦が家の前で……あ」
「ねぇ、けーと……どうして、こよみちゃんがけーとの家を知ってるの……?」
そうだ。俺の引っ越し先を教えているのは、目の間にいる親友だけ。
「けーと……いつの間に、こよみちゃんに教えてたの?」
「い、いや……暦どころか、誰にも言ってない……」
いくら実家が隣同士で親の繋がりがあったとしても、俺が引っ越しをする際に両親が『恵人の住所は誰に聞かれても教えない』と約束を交わしてくれた。
そんな両親が、今更約束を破るわけがない。
(どうやって……暦は家の前で待っていたんだ……?)
俺は、ついさっきまで一緒にいた少女の笑顔を思い出す。
「っ!!」
突然、心臓を掴まれた感覚がして、鳥肌が立つ。
全身に悪寒が走り、背筋が凍り付く。
冷や汗が止まらない。
……俺は今、この人生で一番と言える程の恐怖体験をしている。
「ねぇけーと……悪いことは言わない。彼女と関わらない方がいい」
「え、いや、それは──」
「これは、けーとのためなんだ」
俺にはわかる。
れーやがいつもの冗談ではなく、真剣に向き合うときの目をしている。
「……考えておく」
れーやと暦の間に何があったのかは知らない。けれど、れーやが暦のことを何故か毛嫌いしていることは確かだ。
俺にとっては同じ幼馴染の二人なのに、どうしてこうも差が生まれてしまうのか。
──わからない。
そして……俺の個人情報は、一体どこから流出したのか。
▽▼▽▼▽▼
ぼくは、物心つく前に引っ越してきた。
いきなり知らない幼稚園に通い始めたぼくは、周りと馴染めずに独りぼっちだった。
「おまえ、ひとりなの?」
そんなぼくに話しかけてくれたのが、
彼はぼくに同情したからではなく、単に興味本位で声をかけたのだろう。
それでも、ぼくにとっては大きな出来事で、初めてできた友達だった。
それからぼく達は、幼稚園や小学校にいる間はいつも話していた。
一番信頼できる親友として、互いに認識していた。
だが、彼の傍には知らない女の子がずっといる。
毎日登下校を共にするあたり、兄妹なんだろうと思っていた。
──彼女が悲劇をもたらすヒロインであることはつゆ知らずに。
小学6年生の春。
ぼくはけーとと同じクラスで彼の前の席に座っていた。
そして、ある日を境に彼の様子がおかしくなった。
「けーと、昨日の──」
「うん」
「それでさ──」
「うんうん」
「……ねぇ、聞いてる?」
「わかるわぁー」
会話が成り立たない。
いつものように顔を合わせて話してもくれない。
彼は真顔をひとつ変えずに、どこかを見つめていた。
その視線の先には、一番前の席に座る女の子の後ろ姿があった。
「へぇ~?」
「な、なんだよ」
「いやぁ~? 別になにも~?」
「……ニヤニヤして気持ち悪いな」
ぼくの親友に、好きな人ができたのだ。
「けーとにも、そういうところがあったんだねぇ~」
「う、うるさいな」
それから、何度かいじって怒られることもあったけど、とても嬉しかった。
けーとに、初恋の相手ができたこと。
それに、相手の方もなんだか満更でもない様子だった。
「これは……将来安泰だね」
ぼくは自分のことのように誇らしく、彼の初恋を全力で応援していた。
しかし──、
「そういえばさ──」
「うん」
「今度発売するゲームが──」
「うん」
「……けーと?」
「うん」
いつも通り顔を合わせてくれないのは承知だけど、以前と違って、彼は下を向いて何かを考え込むようになってしまった。
「……けーと、なにかあったの?」
「いや……なんでもない」
「なんでもないわけないだろ……ぼくにそれが通用すると?」
「……ごめん」
「謝るなら、少しでも話してごらんよ」
「……わからないんだ」
「何が?」
「……女の子の気持ちが」
「!!」
「……こんなやつが、誰かと付き合えるわけないよね」
「けーと……それは」
ぼくが何かを聞き返す前に、彼は一人で帰り始める。
「けーと! 待って! ダメだ!」
どれだけ呼び止めても、彼の歩みは止まらない。
「……けーと」
……どうして、どうしてこうなったんだ?
ぼくの知らない間に、彼の身に何が起きたんだ?
『──わからないんだ』
『……女の子の気持ちが』
「誰だ……!」
あの言葉には必ず、誰かの影響を受けたに違いない。
「誰なんだ……!!」
あんなに明るくて、気さくで、ちょっとおチャラけて生意気だけど優しかった彼は、全てを諦めたような別人になってしまった。
「ぼくの大事な親友を……あんな風にしたやつはどこの誰だ!!!!」
ぼくは心当たりがないか、これまでけーとといた記憶を思い返す。
「そういえば……!」
最近、彼女の姿を見ない。
──幼い頃からけーとの傍にずっといた、あの女の子。
思えば今日も、けーとは一人で登校してきていた。
「……あいつ、か!」
──許さない。
絶対に、あいつを許さない。
その時、ぼくはようやく気付いた。
彼女はけーとの兄妹なんかではなく、彼の恋心を破壊した邪魔者であることに。
「もう二度と、あいつを近寄らせるわけにはいかない……!」
彼の傍にいるのは、ぼく一人で充分だ。
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