第6話 昔の女
最近、隣人の様子がおかしい。
学校にいる間は必ず視界に彼女がいるし、どこにいても背後から妙な気配を感じるし、授業中でもチラチラと頻繁に視線を送ってくる。気になって彼女の方を向いてもすぐさま目をそらされる。しかも……、
『けいちゃん』
昨日は机の中にイヤホンを忘れて取りに行っただけなのに、いきなりあんなことを言われて意味不明のまま教室に置いてかれた。
「けーと、また鷹口さんに何かしたの?」
3時限目が終わった休み時間、前の席に座る
「またもなにも、
「まさか……ついに手を出」
「んなわけあるか!」
「いや~、それはどうかなぁ~?」
「お前、ほんとに俺が手を出せると思ってるのか? こちとら今まで女子とまともに会話すらしたことないんだぞ?」
「……ごめん、それはないね」
「なんか、余計に傷ついたんだけど」
「自分で言い出したんでしょ……」
「……(ふーん)」
けいちゃん、私以外の女の子と話したことないんだ。
(※まともに話したことありません)
安心した。それなら、時間をかけてゆっくりと親睦を深めていけばいいよね。
でも、どうやって? 男の子の友達なんていたことなかったんだけど。
こういうときって……とりあえず、ご飯にでも誘う?
(あ……そういえば)
あることに気づいた私は、小さな微笑みを浮かべ、その時を待つ。
「んじゃ、行ってくる」
「はーい」
昼休みを迎え、俺は財布を片手に購買へと向かう。
れーやは弁当を持参しているが、俺は晩飯の残りと購買で済ませている。
自分のために作る弁当なんて面倒くさいからな。
(ん~……今日は何にするかな)
こうして、人混みにまみれた購買の前で悩んでいると──、
ぐいっ。
「!?」
突然、誰かに左腕を掴まれ、強引に引っ張られる。
俺は状況を理解できないまま素直に連行されてしまった。
……気が付くと、食堂の券売機の列に並ばされていた。
俺は、目の前でじっと見つめてくる誘拐犯に恐る恐る声をかけてみる。
「あの~……鷹口、さん?」
「おなかすいた」
「……え?」
「おなかすいた」
「いや、それはわかって」
「おなか、すいた」
「はい……」
どうやら、おなかがすいた様子である。
ちなみに、今も俺の左腕は占領されたままで、逃げられない。
(はぁ……)
俺は仕方なく、券売機で安い単品のうどんを購入すると彼女も同じものを頼む。
そして、二人は互いに向かい合った席に座る。
「いただきます」
彼女は席についても話かけてくることはなく、食べ始めた。
「……いただきます」
そんな彼女に合わせ、俺も食べ始める。
「……(どういう状況?)」
結局、二人の間には何の会話も展開されないまま、黙々と食べ終わってしまった。
じぃーー。
そしてまた、彼女に見つめられている。
(え、なにこれ? 何を待ってんの? どういうこと? わからない! れーや、助けてくれ……!)
「あれ? ……けーくん?」
困り果てていた俺は、不意に声をかけられた気がして顔を上げる。
「……?」
そこには、食器を抱えた一人の少女が立っていた。
小柄で、制服の下にパーカーを着ている。
ふんわりと下した前髪に、長めの触覚を伸ばしたポニーテールの女の子。
こんな美少女の知り合いなんて、俺にはいないはず──、
いや、待て。
この子今、『けーくん』って言ったか?
俺のことを『けーくん』呼びする女の子なんて、まさか──!
「お前っ……こよみ、か?」
「うん、そうだよ?」
実は、俺には
それが、目の前に立っている少女。
家が隣同士で、両親から同じ高校に通うことは知らされていたが、今まで会うことはなかった。
そのせいもあって、余計に驚いている。
「……」
暦は俺の顔を見た後、ゆっくりと目線を下ろし、鷹口 水萌の存在を確認する。
そして──、
(ニコっ)
暦は、なぜか天真爛漫な笑顔を浮かべた。
けれど俺の知っている暦の笑顔とは何か違う、なんか怖い。
「けーくん、何してるの?」
「何って、ご飯食べてるだけですけど……」
すると、暦は食器を抱えたまま空いている俺の左に座り始め、体を寄せて肩を密着させてくる。
……俺の知らない、甘い香りがする。
「そういうことじゃなくてー、この子、誰?」
暦は笑顔をピクリとも崩さないまま、顔をのぞかせて聞いてくる。
(ああ、そういうことか。俺がれーや以外の誰かといることが珍しいのか……俺もすっかり忘れてたけど、そうだよな。確かにそれは気になるところだな)
「彼女は、
「……ふーん」
「けーくん、はい」
唐突に、暦は自分の食器を俺に差し出してくる。
「……は?」
「ひとつにまとめて片付けた方が、効率いいでしょ?」
「いや、そんなの自分で」
「けーくん??」
「はい……わかりました」
俺は素直に全員分の食器をまとめ、席を立つ。
「あと、売店で牛乳買ってきてー」
「お前は俺のおかんか!」
仕方なく、俺は暦の言う通りに従い二人を残して食堂を後にした。
「……で、みなもちゃん、だっけ? 私はけーくんの幼馴染の、白川 暦です。よろしくね?」
「! ……よろしく」
「それで、みなもちゃん。どうして、けーくんと二人でご飯してたのかな?」
「別に……ただ交友を深めてただけだけど、何?」
「そっかぁ、交友かぁ……、それにしては、会話もしてなかったみたいだけど?」
「!? ……あなた、ずっと見てたの?」
「まさかぁ~、たまたまだよ~」
「……っ」
「……白川さん。あなた、けいちゃんの幼馴染らしいけど、その割には、あまり覚えられてなかったみたいね?」
「け、けいちゃん……?」
「昔の女は、しつこいと嫌われるわよ?」
「……へ、へぇ~! みなもちゃん、結構そういうこと言うんだぁ~」
「まさか? たまたまよ」
「「…………」」
「おーい、こよみー、もう牛乳売り切れて」
ガタっ。
俺がようやく戻ってくるや否や、突然、彼女は席を立ち始める。
がしっ。
何をするかと思えば、彼女は無表情のまま俺の左腕を組んできた。
「次の授業の予鈴が鳴っちゃう。行こ、けいちゃん。私たちの教室に」
「え、いや、でも、ちょっ……!」
結局、俺はなにもわからないまま、今日も彼女に振り回されるだけであった。
……バンっ!!
背後から何かを叩きつけたような音が聞こえ、漂う殺気が背筋に伝わってきた。
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