第11話 一章第5節 ディアナイン神聖国



ウォン中隊がリフォルエンデから出発して早10日程経過し、現在はサビ川を越えキリル荒野の南東からディナイン神聖国の首都に当たる聖地ダ・カールを目指している。見渡す限り、砂と岩だけが広がる不毛で厳しい環境のおかげで一日にしてわずか15キロ程しか進めない状況の中でも特に脱落する者は無く、行軍は順調だった。だが、ウォンがファジャに言った『情報』に関しては一向に目新しいものは入ってこない。と言うのもここまでの道のりで道中に休憩地や村などと行ったものが全く存在しなかったという所もある。ディアナインの案内人達が言うには、聖地ダ・カールは雨さえも降らない不毛な土地の真ん中にあるのにも関わらず、そこでは神の奇跡により、広大な農業を営む事に成功していると言う。


まさか一部の地域のみで4千万もの民を飢えさる事無く支えているとでも言うまいなど、兵士達の中にはそんな眉唾に懐疑的な意見も出てき始めている程である。そう言った目に見えない不確かな要素ばかりが噂に流れ、現実は相変わらずとても過酷という情報だけが目に飛び込んでくる。昼間は気温が50度まで上昇し、逆に夜は3度まで下がる。そのような環境下では案内人の教えの通り無理はせず、移動は朝と夕方のみで行い、それ以外は野営して朝に備えて待機という流れが当たり前になっていった。


「いやぁ、さすがに砂漠の夜は応えますな中尉、本当にこんな場所で小麦が育つもんか、私は今からそれをこの目で見る事だけが生きがいになりそうなもんですよ」


いかにも軍人と言わんばかりのがたいの良い年配の男が冗談交じりに愚痴る。輜重部隊長のベンジャミン・ガンプ准尉である。


「ふぅー全く同感だね、どんな全能な神様が居たとしても僕はお断り申し上げる所だね」



フーフーとまだ熱いコーヒーに息を吹きかけながらウォンは皮肉で応酬する。


「シッ・・・中尉、言葉が過ぎますよ!どこかで信者達が耳をすませているのか分からないって言うのに」


ハビンガンの若い将兵がウォンに耳打ちする、騎兵部隊長のデヴィ・カービア少尉だ。


「問題ねぇさ、連中なら日が暮れるとまるで命令でもされたように皆ぐっすり眠っているってんだ・・・全く機械みたいで君が悪いったらありゃしねぇ」


「気味が悪いといえば、やはり例の小麦畑の話もそうですよね」


普段無口だが、余程話題に上っているのか例の話をウォンに投げかけるのは衛生部隊長カメオ・フィッシュ中等兵。若きプルタニアンである。


「こんな状況ならそれも信じたくなるもんだけどね、これで到着して実は何も無かったなんて冗談はこのコーヒーぐらいにして欲しいもんさ」


「・・・すみません」


コーヒーを淹れたファジャが思わず謝る。


「あ、いや、プルタニアンの君が淹れてくれたコーヒーにケチつけるつもりは無くってね、ハハ、なんだかこれじゃ僕が皮膚の色で部下を評価しているだなんて言われかない、な」


「・・・中尉、それ洒落になってませんよ」


歩兵部隊長のベジャルがウォンの失言に苦言を呈する。まだたったの十日とは言え、少なくとも部隊長クラスはウォンという人物の人となりを理解し得る仲になってはいるようだった。ただ、それにしてもハビンガンは兎も角、プルタニアンに至っては未だに奴隷として売り出される問題も多く、ウォンの発言が危ういものなのは言うまでもない。


「ハッハッハ!気にしねぇよ!少なくとも今の国はどこから来た奴も等しく平等に評価してくれている、


なぁファジャ?」


「はいっ!中尉がそのようなお考えを持っているだなど心から思ってませんから!」


逆に張り切って断言してしまうファジャのせいか、そこから首脳陣のキャンプでは会話が停滞する。



「ところで、ギィル、お前さん初戦で3人葬ったって聞いたぜ、見た目によらず中々やるじゃねぇか!」


ベン(通称)が話題の矛先をギィルに向ける。


「いや、あの時は本当に・・・無我夢中で」


「いや、それにしても大したもんだ、俺なんて初戦じゃ震えあがって何も出来なかったもんだ」


「ハッ・・・俺は一人殺してやったぜ!!本当に生きるか死ぬかの瀬戸際でな、ありゃビギナーズラックって奴だった」


「僕の場合も本当にそんな感じでした、仲間は・・救えなかったけど」



ギィルがそう言うと今度こそ本当に周りが静まりかえる。結局、そこから夜番であるギィル以外は全員自分のキャンプへ戻っていった。



(空気を読まないってのは冷えるもんだな、この砂漠のように)


(うるさいよ)


どこから起きてたのかギフトのつまらない突っ込みを無視しつつ、ギィルは砂漠の上に寝そべって満天の星空を見上げる。体の全身から急速に体温が奪われていく感じが逆に心地良い、でもそれも長くは続かない。


(奇麗だな)


(私は何故か懐かしい気持ちにさせられる、まるで長い間あの空間に漂っていたような)


(・・・覚えているのか?)


(いや、記憶は無い、しかしだからと言って己がこの地既存の生命体でも無い事も何となく理解している)


(君もそうだろギィル?君も元々はここに居るムンフじゃないはずだ)


(ああ、俺ももうほとんど覚えちゃいないけどね)


ギィル・コールマイナーであるより前の記憶、そこは、プラネベルデよりも遥かに文明的で大きな戦争も起きず、少なくともギィルがいる場所は平和そのものであった。ただ、だからと言ってそこで生きていた事=幸せで満たされていたという感覚は無い。平和であるが故に徐々に皆が知らぬまに何かが狂っていくような不安感さえあった気がする。



(戻りたいと思うかい?)


(・・・いや、ないね、ここの方が良いとも言い難いけど)


(そうか・・・ところでギィル、これ以上砂漠に寝そべっていると低体温症で重体になりかねん、さっさと起きるべきだ)


(はいはい、俺が死ねばお前も死んじゃうもんな)


(その逆が無いというなら、これほどまで理不尽な事も無いだろう?まぁ、私はもう寝るけどな)


(おい!ずるいぞ!俺が夜番だからって!)



深夜の荒野は急激に気温も下がるのでギィルは防寒着を着け、白い吐息を吐かせて見張りを続ける。こんな荒野でも、狼や豹など危険な動物はいるのだ。




当たり前の事だが何も人間だけが危険という訳では無いのである。



そしてリフォルエンデを経って一カ月と少し。ウォン中隊はようやくディアナイン神聖国の首都である聖地ダ・カールへ到達した。砂塵は相変わらず舞い散り視界は悪いがそこには確かに人類の面影が存在していた。最初にウォン達を驚かせたのは・・・


「・・・すごい」


その光景を見た最初の者なら誰しもがそう言うであろう、荒れ果てた荒野にまるで切り抜かれたように豊穣の穂りが並々と敷き詰められていた。そしてその黄金色に輝く小麦畑はウォン達の目の届かない場所にまで続いている。その間を縫って一本の道がおそらく居住区へと繋がっているのだろう。遠目で見てもそれなりに人の往来が見えた。ウォン達の頃は事前に知らされていたのだろうか、行き交う農民と思しき人々は皆笑顔で手を振り歓迎してくれる。



「はっは・・・こりゃ、一本どころか何本取られても何も言い返せないってもんですぜ、まさか本当にこんな荒野のど真ん中にこれ程までの小麦畑が広がってるなんてなぁ」


「全くですね・・・一体どんな仕組みなんだろ?」



「それよりも、さっきまでの砂嵐がここに入ってから急に穏やかになったぞ・・・偶然なのか?」



それぞれが信じられないという様子で目の前に起こる奇跡に目を奪われている。



(ふむ、おそらくだが非常に天文学的な計算方式でこの場は精密に管理されている可能性が高いな、最初にこの土地を発見した人間は余程の土地勘を持つ者かあるいは・・・)


(あるいは?)


(いや、何でもない、条件さえ満たしていればこのような不毛な土地でも耕作は可能という事なのだろう)


ギフトは何かの可能性を示唆したようだが、それよりもこの状況を冷静的に評価していた。だが、一行はこれより先に見る聖地の中心地を見てまた別の意味で愕然とする事になる。それは首都と呼ぶのにはあまりにも質素な集落郡だったのである。家屋は全て日干し煉瓦を詰み上げた者で窓と呼べるものは布で日差しを遮るのみ。それでも日々清掃でもされているように一つ一つの街並みは小奇麗に仕上げられている。しかし、人々の服装は例によって白い布トーガを覆うだけの簡素なものであり、人が多いという他以外はかえって印象が無い。ただ、そこにいる人々には笑顔があり訪れた異国の軍隊に対し、歓迎そして好奇の目を向け続けている。子供たちも今まで目にした事の無い異国の文化に興味津々で集まってくる。誰一人として彼らに物乞いを強要する者はいなく、純粋な眼差しで異国の軍隊を見つめていた。



そうしてウォン達の周辺に大勢の人だかりができる中、代表とする者が現れると人々はまるで大地を分けるように道を作り始め、そしてその場に跪いて祈り始めた。


「では、これより我ら教祖であられますジール・ジトムィール様と会談して頂きます」



その光景は人にとっては神聖に、または異質に感じられたであろう。だが、これによって彼らの信仰心が証明されたとも言える。人口4千万と言う数字は溢れかえらんとする子供たちの様子からも裏付け出来る。しかし何故にそこまでの人口爆発が起きたのだろうか?そして、彼らが奉る神、ククノスとは一体何であるのか?


その全ての答えがこれから向かう先で明かされる事となる。


ーーーーーーーー



「ウォン・リオン中尉、話は伺っております、ようこそディアナイン神聖国へ」



どこの国であっても大概その国のトップ、もといその周辺施設という物はその国の最先端であり、それなりの装飾が施され、権威を誇示するものだと思われるがここディアナインに関してはその最もなる場所でさえも、さらにはそこで出迎えた最高位者さえも平民と同じく質素な風貌であったのはさすがのウォンも驚きを隠せなかった。ウォンに軽く握手を求めるこの男こそディアナイン神聖国の教祖、ジール・ジトムィールその人である。ディアナイン神聖国は彼が起こした国であると言われ、その歴史は近隣国との例に漏れずガルバギア暦1223年?(建国66年)であるとされまだ新興国にあたる。だが、信じられない事に現年齢で98歳を迎えるはずのジールは今だ精悍な顔つきを維持しており、老いを感じさせない若さがあった。



「これも故に神から賜ったお力によるものなのです」



無論、年齢や歴史そのものを改ざんしている疑いはあるが、長年に渡って放置状態にあった事でそれを確かめる術は無い。それから軽く幹部同士で挨拶が終わった後、ジール自らがディアナイン教の大まかな全容とウォン達が招集された原因でもあるアストラ北王国との戦況について説明し始めた。




「まず、私が、いや唯一神であられるククノスがこの地を統べると決め、その神託の元で私たち民はここまで生き長らえる事が許されたのです」



彼の言う所、ククノスという神から質素で慎ましくある事こそが人間本来の幸せに繋がるという基本理念を元に、現在まで活動をしてきたと言う。それは最高位者であるジールも例外では無く、寧ろ人々の頂点に立つ者こそ、その模倣として人々に文字通り体を張ってその教義を示したであろう事は、先ほどの人々の暮らしぶりを見ても容易である。だが、そこに自由意志は無く、当然ながら市民権なるものも存在しない。人が人を導く共和制とは真逆の、神が人を導く完全な宗教国家である。その最もたる例が・・・



「人の数はそのまま等しく未来への力へと変わります、故に私たちは成人を迎える全ての者を婚姻させ、次なる世代へ紡ぐようにと教えを受けているのです」



それは、ある意味推進的な集団結婚、および国家規模の出産政略とも言えた。勿論、思想や趣旨の違いによってパートナーを変える事も可能だが、余程の事が無い限り皆神の教えの元にそのまま結婚を迎えるのだと言う。その結果がこれ程の時間で4千万と言う人口を生み出した要因の一つとも言える。無論、それだけでなく自由意志は無いとは言え食い扶持にけして困らないという厚みのある食料事情に惹かれてやってきた移民たちも大勢いるのだろうが。



ウォンは説明を聞くたびに何かと憂鬱な気分になっていた。どれだけ上の者達が貧しく装ったとしても、自由意志が無い時点で、ましてや半ば強制的に人口抑制する時点で共和制や民主制に生きるウォンとしては到底受け入れられる内容では無かったからだ。



(人類の発展は文明と共にあると言うのに、それを強く抑制したとして、そこに生きる意味などあるのだろうか?)



無論、客人であるウォンがそんな事を口にするはずも無いが、この目の前にいる男が一体それについてどう考えているかぐらいは興味が沸く。だが、それだけである。しかし、説明も最期に差し掛かった頃、その疑問に対しての回答かの如くジールは気になる事を言い始めた。



「神、ククノスは我々に質素で慎ましく、それでいて様々な困難と試練を与えました、そして、それを見事乗り越えた先に我々人類の新たな進化が解放され、更なる永劫を手に入れる事が出来るのです」



(貧しい暮らしぶりを実践していけば、いずれは進化にたどり着く、か・・・)



もし、これが読んでいる本の類ならばそう宣言された時点でウォンは迷わずその本をベッドに投げたに違いない。それだけ、その教義と最終目標には疑問を抱かずにはいられなかったのである。他の連中もそれぞれに理解しかねるような、もしくは無表情でその話を聞き流しているようであった。



ただ一人を除いては。



・・・・・・・



ギィルはジールの話についてはほぼ流し聞きの状態であった。信じぬ神の素晴らしさを説かれた所で感銘するまでには至らない。だがもう一人の自分、そう、ギフトからは警鐘とも言えるような感情が渦巻いていた。



(ギィル、よく聞いてくれ、この男の話は鵜呑みにしない方がいいぞ)


(鵜呑みって言うか・・・そもそも言った側から覚えてないんだけど?)


(うん、それでいい、まるで文明を遠ざけるような教義を訴えているが、それであの小麦色畑は絶対に不可能、ましてや計算し尽くして砂嵐を避けて土地を管理するなんて方法はな)


(それって、つまり・・・本当はすごい事を隠しているという事?)


(ああ、この時代じゃ考えられない最先端の科学技術を駆使している可能性は高い、それにあの男・・・実年齢は98だが、実際にはかなり若く見える、あれはおそらく自らの血流をコントロール出来ているからだと思う、無論そんな事は到底人間に出来るはずがないんだ)


(・・・つまり、あの人は・・・?)



(ああ、彼は『私の仲間』である可能性が高い)




そこでギィルも初めてギフトが先ほどまでに感じる警戒感の意味を知る。



(・・・向こうはこっちに気づいているのか?)



(分からん、だが、私もアレが仲間だと確定した訳じゃ無い、あくまでも推論の結果だ)



(もし、バレたら?)



(まぁ消されるだろうね、だが、安心していい、我々は自らが思う程万能でも無い、寧ろその逆で人の中でしか生きられない脆弱な生き物なんだ、それを考慮すればアレもまた人の域を出てない可能性はある)



(こんな場所で教祖なんかして、一体ヤツの目的は何なんだ?)



(・・・それに関しては思う所がある、そう、我々の目的だ)



(目的?)



(うん、勿論何かを思い出した訳では無い、だが、どうして自分が存在するかについて考えた時、その存在意義を見出す事に成功した)



(その目的って一体何なんだよ?)



(それについてはまだ答えしかねる、だが、確信が確証に変わり次第、君には伝えるつもりだ)


(なんだよ!勿体ぶらずに言えよ)



(今はダメだ、とにかくあの男には警戒しておけ、それとククノスとか言う神にも、だ)



ーーーーーーーーー



ディアナイン教についての説明が長くなってしまった為、急遽小休憩を挟む事に。

ウォンは一人だけ神妙な顔つきで真剣に説明に聞き入っていた人物に声をかける。


「やぁギィル、君がそこまで他国の宗教に熱心だとは意外な一面を見た気分だね」



おちょくるようにギィルに声をかけるウォン。


「えっ?・・・まさかそんな」


「しかし、あの会談の中では一番真面目になって聞いてるのは君ぐらいなもんだと思ったけどね、しかし、言っちゃなんだけどそれほど魅力的な話にも思えなかったんだがなぁ、一体どこに興味が沸いたんだい?」


「いえ、その、興味が沸いたとかじゃなくて」


「中尉、あのジールって人の話、どこまでが本当だと思えます?」


「?さぁ、悪いが途中から彼の話に興味がさっぱり薄れてしまってね、そりゃ確かに慎ましく原始時代に逆行すれば誰だって少しは野生化して筋力は活性化するかもしれないけどさ」


「いや、そこじゃなくて・・・本当にここの人達が質素で貧しい生活をしているって所です」


「・・・なるほど、面白い着眼点ではある、では君はここにある全ては実は表向きなもので、その真の姿はヤギの頭を被った邪教を崇める悪魔崇拝を夜な夜な・・・」



「もう!茶化さないでください!この場所、いやあの小麦畑だってそうです、こんな荒野で神がそうしろって言って簡単に実現なんて出来ますか?」



「確かにこの地は不可解な点は多いね、だが今回の目的とは別の話しだ、自分としてはさっさと任務を終わらせてリフォルエンデへ帰還したいものだがね・・・」


心底うんざり、と言った具合で肩を竦めるウォン。



「確かにそうですね、でも、彼の言っている事が本当では無いとしたら、今後の作戦にも支障が出るんじゃないんですか?」



「それを言っちゃもはや敵の手の内に入ってしまっている我々としては成す術が無いと言うものだけどね、無論、僕としてもその辺は一応気にかけてはいる、君が気づいたかどうかは分からないが・・・」



「あれだけの歓迎ムードの中で何人かはよからぬ事を考えそうなのがいた・・・つまりは、そういう事かもしれない」



「中尉!その、気を付けてください!」



「おいおい、まだ僕が標的と決まった訳じゃないだろうに、でもまぁもし何かあったら皆の協力を仰ぐとするさ・・・さて、もうそろそろ続きの時間だ」



そう言うとウォンは会談する場へ足を戻し始める。ギフトが感じた忠告が、果たしてウォンにどれだけの警戒心を備えさせたのか、この時点ではまだ分からずじまいであった。


休憩を挟み、今度は今回の目的でもある北北方侵略防衛作戦についての近状の説明に入った。


「全く、今回の北王国の動きは全く寝耳に水でしたよ」


ジールは吐き捨てるように呟いた。


「現在は何とか北の境界付近で前線を張り侵攻を阻止している状況ですが、いかんせんこちらの被害も相当なものとなっています」


「誠に情けない事ですが、今回ばかりは神に与えられし教義が仇になったと言わずにはいられません、それだけ異常な事態だと言う事です」


「失礼ですが、北王国の侵攻目的に何か心当たりは?」


「恐らくですがこちらが農作に成功している噂を何処かで嗅ぎつけたのかもしれません、彼の国の厳しい土地ではここ以上に作物には期待できないでしょうからな」



少し弱いな・・・とウォンは思う。


「それなら、この侵攻する以前に何か向こうから通達のようなものがあったのでは無いですか?」


「いいえ、宣告があったのは最初だけで、それも宣戦布告ではなく降伏勧告でした、我が国に服従するならばその忌まわしき異教徒達を逃す期間だけは設ける、とだけ」



「随分と一方的ですね・・・」


「ええ、全くです、こちらが武器らしい武器を持ってない事を知った上での事でしょう」


ジールは唸る様に小さく呻く。


「その武器ですが、具体的にはどのようなものを使われているのですか?」


「石弓や弓などでけん制はしてますが、向こうはそれに対し銃で応戦するような有様でして・・・正直に言えば太刀打ちさえ困難を極めてると報告を受けております」


届かぬ弓で銃に撃たれるか・・・ウォンはそんな事を思いながら絶望的なまでの戦力差を描く。


「前線を維持するのは当然ですが、こちらの攻撃が殆ど意味をなさない中で銃の射程圏内に留まるのは、危険が伴いますし、もっと敵を引き込んで一気に叩く方法に切り替えるべきだと思いますが」


「仰る事は理解できております、所謂ゲリラ戦法の事ですよね?」


「はい、その方法ならば土地の利を最大限に生かせますし、なによりこの戦力差に対抗できます」



逆に言えば最早それしか方法が無いとも言えた。




「・・・この神聖な地にあのような蛮族どもを引き入れたくは無かったのですが、やはりこの際し方の無い事かもしれませんね」



「ウォン中尉、やはりあなたに来てもらって事は正解だったと今実感致しました、今後の事は前線を維持しているアトゥフースという男と相談して頂きたい」



「分かりました、では明朝と同時にすぐに出発します」



内心では「こりゃ問題は山積みだな」など思いながらもジールとしっかり握手を交わすウォンであった。


ーーーーーーーーーー



ジールとの会談を終えウォン一行はひとまず規制された区間内に置いては自由行動が認められた。とはいえ、旅疲れが取れる訳も無く、明日の朝にはすぐに戦地に出向く事になるのであまり物珍しさに歩き回ろうとする者は殆どいなかった。唯一の望みとも言える食事の方だが、あの様子だと期待できそうも無い。だが、ウォン中隊にとってここに滞在する上での唯一の楽しみでもまたあった。全員が明日の準備をしながら、一日分の兵站を浮かす事が出来る時間を待ち続ける。ウォン達やその幹部連中は戦況を把握した上で今後の方針をどう取るか話し合っていた。



そして、ギィルは一人その場にしては少し大きい、開けた建造物へ足を運んでいた。理由は特にない、大きい荷物を持っていたわけじゃないからそこまで疲れていなかったのかもしれない。純粋な好奇心か、もしくは何かに引き込まれるようにでもあったのか、ギィルの足はそこへ向いて歩いている。




そこでギィル、そしてギフトは壁に刻まれる巨大な壁画を見て驚愕するのである。


そこにはつい最近まで悪夢にうなされる原因となったであろうモノが克明に描かれていた。


「これは・・・・・・・・・」


(目が4つ、両手に両足、その中央にもう一つの足・・・君がイメージした私とそっくりだな)


「じゃあ、ここにはやっぱり?」


(ああ、今確証を得た)




(ここには『仲間』が存在する)





その確証は、のちに重大な陰謀を孕む事になるのであった。

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