第9話  一章第3節 北方侵略防衛作戦


ギィル・コールマイナーは『異世界』人である。


だが、それは別に次元を歪めて全くの別空間からプラネベルデへ生を落としたのでは無い。それは同じ宇宙を通じて遥か何万光年と離れた同一の環境たる星から偶発的にこの星へと生まれただけにすぎない。

そして、彼を異世界人と呼ぶのならば、同一に存在するもう一つの生命体もまた異世界の者と呼ぶべきなのだろうか?ただこれらがギィルと違う事はある者の命を受け、その意思を持って自らプラネベルデへやってきたと言う事である。果たしてそれは一体何か?



それは人類、否、全ての生命体に対しての『悪意』である。


悪意と称したが、これは生命側から命を奪うという意味において解釈したのであり、その純粋たる悪意の正体は単一にその使命を全うしたまでであるに過ぎない。そして、それは古来から多くの命を、そして今に至っても多くの命を奪い続けている。



『始まりの悪』と呼ばれる存在は、実はこのプラネベルデに生命が誕生する前から存在しており、常にそのを持って生命を悉く駆逐してきたのである。そして、それは長い年月をかけてさらに凶悪化し、ギィルの姉の命を奪った黴毒、鼠に宿りその後多くの命を奪った黒死、生き物の皮膚を爛れるように醜く変化させ苦しませる疱瘡。他にも実に様々な『始まりの悪』、ムンフ人々はそれを病魔と呼び古くから恐れ、そして抗い続けようとしたのである。



そして、その一つであった病原菌がこの人の手によってこの世から完全に消滅しようとしていたその時、また新たなる脅威が宇宙から舞い降りようとしていたのである。それはギィルの前にいた世界で病毒ウィルスと呼ばれたものであるが、この星でそれを知るものはいない。だが、それは完全なる意思を持ってこの星、プラネベルデに着実に根付こうとしている。


そう、同じように別の星から舞い降りた者達を媒介して。



ーーーーーーーーーーーーー




ギィルは目覚める。


それは夢への強制終了であり、ある者との接触から離れられる唯一の手段。


いつからだっただろうか?

戦場で敵を殺した時からか?

もしくは、父親をこの手で殺めた時?


だが、ソレは夢の中で流暢にこう語っていた。


「私は君が生まれる前、いや君がその細胞を作成し始めた時から存在している」と。


夢の中で語り掛けるそれは異形であった。


人の形をする者ではあるが、口も鼻も耳も無く、その両目のすぐ下にまた両目が存在し、腕は両腕の他に右肩から一本、足に至っては両足の中央にもう一本生えている。


それこそがここ最近毎日夢で出会う存在であった。


「やぁ、あまり顔色が良くないようだがしっかり食べているか?」



口は存在しないが、笑っている事だけは分かる。そしてその表情が何ともわざとらしく、それが余計にその異形の者のうさん臭さを際立てているのだ。



「・・・お前は一体何なんだ!!」


ギィルは苛立ちを抑えきれず、それに向って叫ぶ。


「私が何?私は君と共に存在する者、本当は君の中にいて覚醒する気は無かった、けれども、君が私を起こしたのだ」


「私は無覚醒のままに、この世界を断片的に『傍観』するはずだったが、君が私を起こした、そしてそれは思わぬ形となって今、我々の前にこうして形となったと言えば理解できるかい?」


見た目に似合わずその声は少女のように可愛らしく、幼い声質である。それが余計にギィルを苛立たせる。


「これは夢だ・・・消えろ!そしてもう二度と俺の夢に現れるな!」


「悪いがそれは出来ない相談だ、もう私は覚醒しているし、君の頭脳を介してこうして流暢に話せるまでにもなった、それにこの状況は正直に言えば非常に不味い事でもある」


「私の『仲間』がもし私を見つけた場合、私は殺される可能性が非常に高いからだ」


「・・・仲間?」


こんなヘンテコな生き物が他にもいると言うのか?


「ああ、仲間だ、仲間は私と同じく、何らかの形でこの星にやってきた君のようなムンフと共にしている、それが完全体であった場合、私たちは間違いなく劣悪として処分されると考える」

「本来なら私も完成体であるべきなのだが、今となってはそうも言ってられないだろう、故に君との協力が必須になる訳だ、ギィル」



所詮は夢だからとあまり深く追求すらもしなかったが、ギィルにはこの異形が何を言っているのかなど理解に及ぶはずが無かった。


だが、最後に言ったその一言だけは今でも頭にこびり付いている。




「これはまだ『夢』であるが、もうじき夢ではなくなるだろう、と言うのも、そろそろ直接君の脳内でコンタクトを取る事も可能になるだろうからだ、そうなれば起きていても君とこうして話す事も可能になる、詳しい話はまたその時にでも話すとしよう」


「・・・?お、おい!待て!!お前は夢だろ?夢が現実にって」


「もう時間らしい・・・


      それではギィル

         

         目覚めたらまた話そう」




それは、ギィルが目覚めて数時間後に現実の言葉となる。



ーーーーーーーーーーー




ディアナインからやってきたと主張する使節団は、この国の元首であるバンダラと直接話がしたいと言ってきたが、それは外交官達の手前で話は止められている。その存在自体謎の包まれるディアナイン教にして、彼らのその風貌もまた異様であったからだ。


人数は全部で5名、代表と名乗る男はレーシ・ムィールと名乗った。だが、その男もその他も同様にその服装は質素であり、悪く言えば見ずぼらしい。ゴワゴワとした白い布地のトーガを着ている。下手をすれば何処かの物乞い集団と町が割れても仕方ないの無い恰好である。


そんな者達が自分達をディアナインからの使者であるなど訴えた所で、一体誰が信じ得ようか?勿論、証拠として教祖であるジール・ジトムィールの書状を提示しようとするが、それが果たして本物であるかどうか疑わしい限りであった。であるならば、目的は何か?と聞けばそれは元首に直接お話しするとの一点張りで双方に主張は合点を得ないまま平行線を辿っている。


だが、無下に追い返さないのにも理由があった。


アーレ・ブランドン軍を退かせたとされる理由もまたディアナイン神聖国が動くとの情報に踊らされたものであったからだ。彼等にもその件について裏を取ろうとしたが、それさえも元首に会わずには・・・の主張を繰り返すばかりで外交官達も困り果てているのが現状である。外交官のトップであるデヴバ・ヤーダブはあまり気乗りしないままにバンダラにその旨を報告し、指示を仰ぐ事にした。



「・・・会ってみようではないか」



その鶴の一声でこの怪しげな使者たちとの会談が決定したのである。ただし、念入りに身体調査をした上、軍部も同席する事が条件となる。



「それで在りましたら・・・」


そう言ってレーシはとある名前を口にする。


「彼の英雄とされますウォン・リオンという方に是非ともお会いしたく願います」


意外な発言であったが、これは受理された。

これにより、会談は三日後に決まった。



ーーーーーーーーーーー




―リフォルエンデ評議会館 会議室




使節団との会談は来賓用とは別の普段使われる事務的な会議室で行われた。


全員の身体は調べられ、武器になりそうなものは全てここへ来る前に別室に保管されているが、ここに

いる軍属全ては帯刀を許可されている。ご指名を受けたウォンもハーバーに連れ添う形で同席していた。



「さて、会談を始める前に君たちがまず本物の使者であるかどうかを確かめねばなるまい」


バンダラはそう切り出し、事前に彼等から受け取った書状を読み上げる。



「私たちディナイン教は今日に至るまで、その全ての国に対し、いかなる干渉する事も無く、またその逆も然るべきとして慎ましく神とその身を共にしてきた、しかし、その平定が北方の蛮勇であるアストラ北王国の暴君である、アルマノフ三世によって今破られようとしている、彼の国の目的はガルバギア統一であり、このディアナイン神聖国を始めとする全ての国を支配下に収めんと今まさにその強大な威を示さんとしている、貴国から見れば神聖国は緩衝地帯であり、これが落とされればその脅威は明白のものとなって貴国の前に現れ、そして大きな厄災を落とすものとなるであろう・・・」


バンダラが読み終えると同時に周りに衝撃が走る。


それは北方の覇者であるアストラ北王国が満を期して南方進出に出る事を物語っていた。


「静かに!」


騒然とする場をバンダラが静粛する。



バンダリとてそれを全てその書状だけで鵜呑みにする程愚かでは無い。


「それで、ここに書かれた事が真実であるとして、貴殿らの目的は何であるか?」



この場にとって最も重要なのがそれであった。

何故ならその答えによっては、それが真実であるか、または何らかの思惑によってのでっち上げなのかが判別するからである。


「ここに書かれてありますのは、神、ククノスに誓って我ら教祖、ジール・ジトムィール様が書かれたものである事を誓います」


「で、あるなら貴殿らの目的は援軍要請か?」


「はい、その通りでございますが、私たちが欲しいのはそこにおられます『英雄』のみでございます」


そう言うとレーシはウォンに向けて深々と頭下げる。




「現在、私たち信者は総勢にして女、子も含め4千万程、その内、北方の圧力に抵抗出来そうな者でも百万勢の者達がおりますが、何分今回のような事は初なる事、お恥ずかしながら有能な戦術を用いるものは・・・」


「それで是非ともウォン殿には我らを纏める将となって欲しく、ジール様の勅命を受け、ここに馳せ参じた次第であります」



レーシの発言はウォンのみならず、ここにいる全ての者に騒然と疑問を投げかけるものであった。


「ウォン中尉を・・・?」


平時ならばそれでもすぐに却下すべきなのだが、バンダラはここで思慮する。恐らく、この宗教国は何からの形でクルナ会戦の戦況を知ったに違いない。であるから、軍を寄こさず、軍師を寄こして欲しいと願い出たのだ。



だが、その要望に応えるにはこちらもそれ相応の見返りを求める必要がある。


「それで、もし、その願いが叶った場合、ディアナイン神聖国は我がリフォルエンデに何を提供してくださるのかな?」



ここで「神のご加護を・・・」など胡散臭い事を言うならバンダラその時点で彼らと話は終えるつもりであった。


「現在、私共の地では神の奇跡のもと、あの不毛の地であっても充分に潤せる程、潤沢な小麦を携えております、その一部、延べ150万トンの物資援助を行うと、ジール様は申しております」



「ひゃ・・・150万トン!?」


その数は総人口がまだ4百万を満たないリフォルエンデにとっては破格の数字であった。しかし、あまりにも都合が良すぎて逆にさらにその信憑性を疑わざる終えなくなる。



「そこまでなさるのなら、ウォン中尉だけで無く、もっと何らかの要請を求めても良いと思えるのだが?」


「いえ、私共としましても、貴国の現状は良く知り得ております、なので、今後戦況が悪化した場合に置いてはその時こそ本格的に軍力を要請したいと考えているのです」



それは謎に満ちた国であった、ディアナイン神聖国が始めて他国に援軍を要請し、それによって友誼を結ばんとする試みに見えた。


だが・・・。




「単に強力な軍力を求めるのであれば、それが我が国である必要性を感じぬが・・・南方にはアーレ・ブランドン軍もおるし、さらに傭兵国家のロンドニアもある、言っては何だがこの国の軍事力は彼の国に勝る程では無い」


その場にいたハーバーが思っていた疑問を投げかける。



「実は我ら教祖であられるジール様はアーレ・ブランドンより聖地へ旅立ったのであります、その理由は一目瞭然、彼の国の腐敗し、腐肉が削げ落ちる様、その卑しき人間社会を嘆いての事にありますれば、あの地からの援軍を要請するなどもってのほか」


「そして、次なるロンドニアでありますが、この者どもも血で血を洗う争い事を生業とする故、その行いは我らディアナインにとって相反するものであれば、残された国は貴国リフォルエンデと眠れる国コドランド王国、そしてハビンガム王朝と言う事になります」


「ですが、コドランドは言うまでも無く交渉は不可に近く、ハビンガムに置いては異教であり、これまた相まみえぬとすれば残された道は一つしか無いのにございます」



ふむ・・・と、ハーバーは小さく頷く。納得した訳じゃ無いが、かといって反論出来る訳でも無かった。


「どちらにせよ、このままアストラの軍勢に攻め入られれば次なる侵攻先は間違いなく貴国となると推測されます、私たちが手を組むのは最早必然なのでは無いでしょうか?」



そこまで言われてしまえば最早何も言う事は出来ない。だが、当面のウォン自体は困惑するばかりである。


「分かった、ではこれより私共でも協議に入らせて頂く、君達の素性を信じた訳じゃ無いが、事が事を有するだけに慎重に返答を考えるとしようじゃないか」



そう言ってバンダラはその場を終わらせた。

ウォンとしてはそんな胡散臭い話はさっさと断るべきだと願ったが、残念ながらそれは叶わず、首脳陣の決定事項でウォンおよび、それに連なる少数精鋭部隊がディアナインへ派遣される事が決定したのだ。



ーーーーーーーーーーー



―数日後




「私は、トカゲの尻尾ですかね・・・」



元帥室では、コーヒーカップを握りながら力なく呟くウォンの姿がそこにあった。


本来なら断固として正式に抗議すべきなのだろうが、ウォンはそれをしなかった。しかし、自身も職業軍人であると自負していたが、まさかこうもあっさりと早計に派遣が決まるとも思ってなかったのもまた事実である。如何にウォンが戦術的に恵まれた用兵家であると言っても常勝無敗ではない。現に先の会戦では敵将の思惑を防げず、最悪の事態を招く一歩手前まで追い込まれていたのだ。そんな自分に果たしてそこまでの価値があるかなど当の本人からすれば分かるはずも無く、ディアナインの不可解な申し出に戸惑うばかりである。


そんなウォンの表情を見て、思わず飲んでるコーヒーを吹きそうになるハーバーは思わず口を引き締める。



「いつになく憂鬱じゃないか、君ならもっといつも通りのろりくらりのひょうひょうで難なく受け取るものだと思っていたぞ」


「私はそこまで肝は据わってませんよ、閣下がいたからこそ此処リフォルエンデへだって来れたんです、それを今度は怪しげな神を崇めるようなヤバイ土地に派遣だなんて、誰だって嫌気が差すってもんでしょう?」


「ふむ・・・」



実はハーバーとしても、この案に関しては反対の立場であったが、グルカンを始めとする派閥や上層部によって強引に推し進められる結果に終わったのである。自らも外様の立場であるという事もあるが、さらにその外様が呼び出した『英雄』ともあれば、いかに有能でも切り捨てされる余地はあったという事だろう。それにクルナ会戦の最もたる功績はグルカンとされているが、実際にその真なる功労者が誰なのかは言うまでも無く、グルカン派としてはその厄介な瘤を何処かへ飛ばしたいと言う思惑もあったのかもしれない。何にせよ、先ほどのシュールなウォンの姿を笑うのは失礼であるが、ハーバー自身もウォンを庇えなかったという自責の念はあったのである。


「まぁ、君が敵の前線に立つわけじゃ無いのだ、ちょっとした観光だと思えばいいさ」




それは半場ハーバーの本音でもある。

派遣されたとは言え、本腰を据えて他国を守る義理など無いのである。戦況が思わしく無ければすぐにでも撤退すればいいというハーバーの労いでもあった。


「それが許される立場であれば、僕もそうしますがね」


「まぁ国としても英雄一人と、年間に匹敵する食料、そんな天秤にかけても計りかねない取引に欲目が出るのも仕方ないというものだ・・・まぁ観念して準備する事だな」


そこである。



ウォンとしても正直に言えば、今回のディアナイの動向は分かりかねていた。たかが一軍人に対して、そこまで見返りを出せるものなのだろうか?150万トンともなれば、リフォルエンデの民全てに行き届いたとしてもそれなりの糧になる。食糧事情は他国の輸入に依存するこの国にとってそれはあまりに有益な取引だと言わざる終えない。


だからこそ、おかしいとも思える。


ウォンがもし失敗すればと考えればあまりにも大きい代償である。それに有効な期限を定めなかったというのも普通では考えられない事だ。期限を定めないという事は、逆に言えばハーバーの言う通り、戦況次第ではいつでも撤退可能なのである。だから、ウォンもこの取引には何か別の思惑があるのやもと思わずにはいられないのであるが・・・問題はそれが一体何であるのかという事になる。



だが、朗報もあった。



「当然、君だけを派遣させる訳にはいかない、君には中隊を与える事が決定した、良かったな晴れて君は一軍の『将』だ、もっとも、その編成も君の権限下であるようにしたのも私の功績だぞ」



ハーバーはそう言うとコーヒーを飲みながらウィンクする。それにウォンはため息で応えるが、内心では安堵もしている。しかし、ありもしない軍隊がまさかこんな形で現実のものとなるとは・・・ウォンは前に自分の軍隊に是非とも加入したいと志願した元気ある女兵士を思い出したのである。



ーーーーーーーーーーーー




中等兵に昇格したギィルにさっそく異動の内示が通達された。


ギィルの新たな軍部での仕事は立哨警備兵である。立哨とは言うが当然見回りも兼ねている。何にしろ、しっかりと休憩も与えられる為、朝起きて寝る直前まで働かされた糧秣部隊に比べれば破格の処置となった。



従ってギィルは自由に行動できる時間増えたのである。

そんな、ギィルが毎日通い、只管時間を費やす場所が・・・


国立図書館である。



まだ歴史の浅いリフォルエンデでは国立とは言っても大した書物も無い質素な作りであったが、それでも知識を豊富に得られる場所という意味であればここ以上に適任な場所も無い。しかし、何故ギィルがそんな所へ籠るかと言うと・・・。



(次はコレとコレ、あ、それもいい、あとコレも)



頭の中で響く声にうんざりするも、なんのかんので言いくるめられ今に至る。そう、夢で宣告された通りに、夢の中にいた得体の知れないアレが覚醒したのである。ギィルはそもそも本など読まないし、第一文字も全てを覚えている訳でも無かった。だが頭から響く声が(出来るだけ早く情報が欲しい)とうるさくギィルに強請るのである。



(私が君の中にいる優位性を確保する為にも、もっと君達人間について知らなければならないのだ、もっとも君は何も考えずに本を捲ってくれれば後はこっちで指示する)


そして、それは驚くべき早さで本の知識を網羅していく。



(地理的な観点で言うとやはりここはハビンガムと強い繋がりがあるのか、それなのに今は敵対している、互いに利益を共有した方が合理的なのに何故双方が命を脅かすまでに争い続けるのか、謎だな)



そんな事知るかよ・・・そんな顔でギィルは頭の中で指示された通りに本を捲っていく。当然ギィルにはその書物の内容など全く理解出来ない。


(そういや、まだ名前がなかったな)


(名前か、確かにあれば君の方からコンタクトする場合は便利だろうな)


(そう言う事はやっぱり名前は無いのか?)


(与えられた使命の中に名称を作成するという項目は無い、君が勝手に呼べば私はそれに従うまでだ)



名前・・・そう言われるとどう付けて良いのかも悩む。

なにせ、犬や猫という類では無い。頭の中にいるナニカ、なのだ。だが、ギィルは遥か昔からこの存在について知っていたような感覚を覚えている。それは元の世界からこの世界で産声を上げた時に見た眩い光のように朧げで曖昧なものであったが。


(ギフトってのはどうだ?)


(ギフト・・・贈り物という意味か、なるほど、悪くない)


(じゃギフトで決まりだな)


(ああ、ギィル、改めてよろしく)


名前が決まった瞬間、互いが軽く握手するようなイメージが浮かぶ。もっとも実際にそんな事は出来ないのだが。頭の中にもう一人の何かがいると言えばきっと誰もが良い気にはならないだろうが、ギフトはそこまでギィルに干渉はしてこなかった。寧ろ必要でない場合など、こちらから呼んでも反応しないなんて事もあるぐらいだ。


(ここが比較的安全な場所であるのは把握済みだからな、君が睡眠を必要とするように、私も休息を必要とする、もし反応が無いなら、そういう事だ)


と、言う事なのでプライベートでもそれほど気にするような存在では無かったのである。


だが、実際にギィルがやってる行動は周りの目を引いているのは事実だ。



「なんだ、士官学校でも目指す気なのかよ?」


久々に会ったラスカーからはそう揶揄される。


「い、いや、ちょっと知りたい事があってさ」


「ちょっと知りたいだけなのに毎日図書館に通うかよ、何の勉強してるんだ?」


それは本当にギィルでも分からないのでうまく誤魔化す。その後は互いの世間話に切り替わる。


「先にいちぬけして悪いな、そっちは相変わらず忙しいのか?」


「まぁ、忙しいには忙しい、だがな・・・」



それはもっともな話であった。

多数の死傷者がでたおかげで用意すべき雑務も減ったとの事であった。


「そっか、まぁ楽になったのなら」


「そうでもないさ、でもまぁ、それなりにやってるよ、また新しい新兵も入ってくるみたいだしな」


どれだけ犠牲が出てもまた新たな希望を胸に新兵達が加入してくる。一度争いを経験した二人からすれば

複雑な心境でもあった。


「そういや聞いたかよ?」

「なんでも、ウォン中尉が辺境の彼方に長期遠征だとか」


「えっ?」


初耳だった。


「なんでもディアナイン神聖国から使者が来たらしく、ウォン中尉を指名して防衛作戦を実施するらしい」


「・・・中尉一人で?」


「まさか!さすがにそれは無いだろう、今中尉と共に現地に向かう中隊を編成中って聞いたぜ?」


あれほどの功労を立てて中尉にまで昇格したのにも関わらず、すぐに別の戦地に飛ばされるなんて・・・

ギィルにはウォンが何時ものようにため息をついている様子が容易に想像できた。


「あの人も大変だな・・・」



そう、その時は他人事のように呟いたのだが。


・・・・・・・・


翌日、軍部が注目する大広間の中央掲示板には、ウォンが遠征で指揮を取る中隊、通称『ウォン中隊』に所属する人員のメンバーリストが公開されていた。



その殆どがクルナ会戦で生き残った残存兵から志願した者だったがその中に・・・



ギィル・コールマイナー中等兵



自分の名も掲示されていたのである。

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