第8話 一章第2節 傍観する者


アーレ・ブランドン国の首都、ニューエルムでは建国100周年を祝う準備に伴い、街は喧噪と活気に包まれていた。



かつてガルバギア南方の殆どはハビンガムの領土であったが、99年前に西の大国、ウェスタニア帝国からの亡命者達が流れ住み着くようになり、その開拓者達の始祖である『アーレ・ブランドン』の名を冠して起こされたのが起源とされている。専制主義で重い重圧に苦しめられた平民達が一致団結して帝国から執拗なまでの追撃から逃れ、この新たな新天地に公平で不平不満の無い国をと、今では殆どの国で適用されている三権分立や、市民権、投票権、職業、学業の自由、独占支配の制限など、共産主義の礎を築いてきた。


だが、結果的に今となってはそれも腐心し、競合させる事で民主化へと歩み進み始めた頃から法を盾にして利権や私益を独占しようとし、本来それらを監視するはずであった司法すらも、長年の形骸化によってその機能を失い始めていた。




結局、『法律ルール』とは、どれだけ素晴らしく平等であったとしても、それを決めた人間が守らなければ意味が無いのである。




表向きは経済にも明るく、軍事的にも強く、南ガルバギアでは敵なしと言われたアーレ・ブランドン共和国もその内なる巣窟は既得権益を支配する政治家や、実業家達に食い破ぶられ、その経済は泡沫、そして崩壊寸前であると囁かれている。



そんな中、34年前に軍部で大きなクーデターが勃発。


これは、軍の最高指令官であったロドニア・マッケンロー自ら、アーレ・ブランドンの軍事権限を放棄し、有志を募って新たな新国家を樹立すべく、東方へ亡命宣言を出したのである。(ロドニア解体事変)

驚くのはそれに賛同し、ロドニアに付いてきた者が軍属のみならず、一般市民にも多く現れたという事であった。かつて、アーレの民が帝国から逃れるように、今度はその腐心した国から多くの亡命者が出た事はなんとも皮肉な話である。




アーレ・ブランドン側としても断固として阻止したいではあったが、肝心の軍人の殆どが国を離れてしまった為、結果的に上層部はその亡命を容認せざる終えなくなってしまう。それで新たに樹立された新国家こそ、傭兵国家ロンドニア王国である。



ロンドニアはアーレ・ブランドンで起きた権力の腐敗化を教訓とし、国民全員傭兵政策、永久中立国、既得権益に支配されない不可侵独立機関などを立ち上げ、金だけでなく大義名分さえあるのならばどこの国にも軍を派遣する傭兵国家としてその名を轟かせたのはまだ歴史には新しい。



手に負えない程の大きな虫食いを抱えるアーレ・ブランドン。


そしてそこから抜け出した新たなる国、ロンドニア。


この両国間は互いに水面下でけん制しながらも互いにその情勢を見合わせている状態であると言えよう。



そう言った中で、南ガルバギアでは古くからこの地を収めるハビンガム王朝、そしてアーレ・ブランドン共和国、そこから分離し、新たに建設されたロンドニア王国、そしてその中心に最も新しい新興国、リフォルエンデが構える形となって、相互に監視、時には同盟、最悪敵対関係を維持しながら拮抗している。




そんなアーレ・ブランドンではあるが、今回のクルナ会戦では共に何方にも攻め入ろうとはせず撤退したのは意外であった。大国であるハビンガムであればその予備兵力は十分あるとはいえ、小国であるリフォルエンデにとって今回の損害は予備兵力を考慮したとしても大きいものであり、アーレ・ブランドン軍の軍事力を過小評価したとしたとしても充分にその攻略は可能と推測されたからである。



そんな背景の中―



『ディアナイン神聖国に不穏の影あり・・・』



と言う、怪情報がまことしやかに囁かれた為であった。



ディアナイン神聖国とはアーレ・ブランドンの北西に位置する膨大な面積を構える宗教大国であり、その発祥や詳細は謎に包まれてはいるが、簡単に言えば『内部完結国』であると言える。そう呼ばれる所以は全くと言える程亡命する者が存在しない為、崇めている神が唯一神である『ククノス』であるという以外はその教義も謎のままであり、それでいて他国との関係は一切断っているからである。それは逆に言えば、相互不干渉を暗黙的に誇示しており、またそれを示すかのように彼の国が他国に攻め入ったという記録も無い。



そんな、ディアナインから齎されたこの情報は、アーレ・ブランドン国内を大きく混乱させる。それは今まさに戦力を摩耗した二つの国に攻め入る事さえ躊躇わさせた程なのだから。




これにより、クルナ会戦で疲弊した両国はその窮地を間接的にディアナイン神聖国に救われる形となったのである・・・。



クルナ会戦による戦後処理として、まずハビンガム側では国の最強兵器とも言えた戦象部隊を野放しに放った事によるシャハの責任が追及される事になった。しかし、これには思いもよらない誤算が生じたのである。なんと、野に放ったはずの象達の大半がハビンガムへ自ら帰省し始め、育て上げた人の元へと帰ってきたのである。これにより戦象部隊は再編制が可能となり、大きくその武力を削ぎ落す事も無くなったのだ。



だが、これは誰も予想のしていなかった偶発的な出来事の為、結局の所シャハの責任が赦免される事は無く、ハゲルハットの命によりシャハは自らが治める南方モルグラにて監視、軟禁される刑に処される事になる。しかし、これが後にハビンガムを大きく二つに分ける内乱へと繋がって行く事になろうなどとはこの時点では誰もが予期せぬ事であった。



そしてリフォルエンデの方では、カイラーサ・グルカン上級大将の元帥昇格が決定した。表向きではハビンガム最強と謳われる戦象部隊を壊滅させたという事になっている。これにより歴代二人目の元帥号を授与されたグルカンは正式にリフォルエンデ軍部の大派閥として、マルティネス・ハーバー元帥と肩を並べる事になる。



そして、その参謀に当たったウォンはと言うと・・・



―リフォルエンデ軍事病院にて



「いやはや、今回は敵も見事と言うべきだったな、ウォン


大分容態は回復し、もう少しで退院するまでに回復したハーバーが見舞いに来たウォンに話しかける。



「えっ?・・・昇進ですか?」


「ああ、今回君の機転がなければ我が軍は敗北していた、二階級特進は異例だが、まぁ妥当と言うべきだろう」



「しかし、最終的に我々を救ったのは謎の女性兵士でした、見事でしたよ、新たな新兵器でしょうか?それを肩に担いで迫りくる象を見事に仕留めましたから」




「その彼女も昇進らしいぞ、名前は・・・」



ハーバーの病室を後にし、ウォンは勧められるままに自分を救ってくれた救世主が居るとする病室へと向かう。


ノックをすると中から元気のある声で返事が返ってきた。


「ウォン中尉!!二階級特進おめでとうございます!!私としてもあの場で中尉のご活躍を拝見出来ました事に多大な感銘を受けたしだ・・・・いでっ!!!」


ウォンが入るなり、ベッドから起き出しギブスが巻かれた腕で最敬礼をしようとして勢いよく痛めた肩に絶句する女兵士がそこには居た。


「いやいや、君も少尉に昇進だそうじゃないか、まぁあの時は本当に助かったよ・・・ところでその傷は?」



「こ、これは・・・いや、お恥ずかしい限りです、あのこれは機密事項なのであまり大きな声では言えませんが、あれは実は帝国の兵器でして、なんでも携行型無反動砲バズルカというものらしいのです、その原理は作用反作用の法則を取り込んで、発射の反動を限りなく抑えた上で榴弾砲と同等の威力を発揮するという兵器なのですが・・・」


「その、どうも扱うのは初めてだったもので・・・無反動と言っても肩を脱臼するまでに至り・・・」



あの戦場で機密事項である秘密兵器を、それも試作もせずに使用したのか・・・とウォンは内心呆れを隠せずにいたが、そんな彼の表情を察してか、女性兵士は口をモゴモゴとさせながら弁明している。


「・・・いや、もう終わった事だし君の活躍で僕らが生き延びれた事も事実だ、改めて感謝する、えっと・・・確か名前は」


「はいっ!砲兵団所属、ファジャ・ブラウンであります!」



今度も最敬礼をしようとして慌てて動きを止めるファジャ。戦場ではそこまで確認する事は出来なかったが、肌は健康そうな褐色肌であり、黒髪は奇麗にストレートに仕上がって後ろで束ねていた。


それにしても戦場での余裕のあった態度とは一転し、ウォンを前にしてガチガチに緊張している様子が見て取れる。



「そうか、それではファジャ、君はなぜ帝国の秘密兵器を持参していたのか教えてくれるかい?」


「ハッ、私は砲兵団に所属しておりますが、同時に新型兵器開発部で兵器のテスターとして活動していまして、それで今回の機密兵器が何処でお役に立つと思い、配備していた次第であります!」



(・・・・おいおい、それ軍規違反だろ)



ウォンは思わず心の内でそう突っ込んだがサラっと流す。



「なるほど、それにしても帝国の兵器か、やっこさんからすればこんな辺鄙な地でよくもまぁ手に入ったものだ」


「ハッ、中尉が仰るよう帝国の軍事機密は徹底されておりますのであれも恐らくは大分旧式になるかと想定

されます、そう言った武器であれば帝国を介さなくてもその周辺国家より内密にて密輸する事も可能でありまして、既にここリフォルエンデだけでなくガルバギアの諸国の一部では流通している模様です」



ふむ・・・ロンドニアでは見かけなかったがたまたまタイミングが悪かっただけかもしれない、とウォンは思う。だが、どちらにせよそれが事実だとすればけして無視は出来ない話だ。




「あ、でもさすがに大量購入や量産するなどという事はけして無くてですね!各国も手に入れた手前、使用方法やその用途などに首を捻っているというのが現状のようです」



(まぁ、それでも脅威であるには違いないのだが)



この手の兵器開発で他国よりも一歩抜き出ているのは間違い無くリフォルエンデではあるが、それはあくまでもガルバギアのみの話。遥か西に君臨する大帝国、ウェスタニア帝国で開発、現に運用されている軍事技術力に比べればその差は歴然であるとされている。



「・・・帝国か、一体どんな国なのだろうな」



ウォンはふとそんな事を呟く。そして、そんな漠然とした強大な国といつか対峙せねばならないのかと考えるな否や、あまりの現実味の無さにそれ以降の考えを放棄した。



しかし、ファジャの言うように大量購入はさすがに無いとしても、その技術を応用し各国がリフォルエンデを追い越せとばかりに兵器開発に取り組み、それが先の会戦のように実戦投入される事は最早時間の問題だとウォンは懸念する。


ウォンは一瞬だけ顔を顰め、そしてすぐにファジャに話しかけた。



「やれやれ・・・まぁ、何にせよ君には助けられた、この貸しはその怪我が治り次第考えさせて貰うよ」


「お、お待ちください!ウォン中尉!」



振り返ると例によってまた利き腕を伸ばそうとして激痛に苦しむファジャの姿があった。



「あ、あの、ですればお願いがあるのです!」


「悪いが僕もそこまで権限を持った人間じゃないんだがね、もし、待遇についての件ならばハーバー元帥に進言しておくとするが」



「いえ、それもあるのですが、それよりも・・・」



「もし、中尉が軍を持つことになった場合、この私も中尉の幕僚に加えて頂きたいのであります!!!」


「・・・ハハ、在りもしない軍隊に入りたいとしますか、まぁ、その時は是非とも君を我が軍部に引き込むよう強く推薦しておくとするよ」



「あ、ありがとうございます!!私は兵器開発に加え、その試運転、いや実戦さえも得意としております故、必ず中尉の力になれると信じております!」



事実、ファジャはウォンを救った救世主でもあるのでウォンはそれ以上は何も語らずその場を後にした。



ーーーーーーー


―リフォルエンデ軍野戦病院内



本来であればその勝敗によって各軍はそのまま敵国の領土へ進軍、そのまま領土を拡大させていくものだが、今回のクルナ会戦では双方ともに甚大な被害を出した事もあり、その境界線は平行線を維持したまま共に一時撤退を計る形となった。



その結果リフォルエンデに臨時に設置された野戦病院では息をつく暇のない程の忙しさに追われていた。




(全く!何が何だってんだ!!!)



アンナは思わず心の中で悪態付く。



「アンナ!その患者はもう大丈夫だからそっちを!!」

「はいっ!」

「た、頼む!!痛い、ずっといてぇんだよぅぅ!!」



4万という負傷者を出した今日の会戦で野戦病院は常に満床状態。それに入りきらない大勢の負傷者が今でも外で治療を待っているような状態である。


士官学校に通う生徒達も一斉に衛生看護補助要員としてこの状況に駆り出されていた。トリアージに従い、比較的軽傷の者が優先されて運ばれてくるが、反して容態はどれも酷いものばかりである。そして、懸命の治療も空しく、死ぬ者もいればそれを外へ運ぶのもまた、アンナ達の仕事であった。



(全く・・・これなら、まだ食器洗ってた方がマシってんだ)




蛆の集る遺体から目を背けながらもそんな事を思うアンナ。そう思う中でその戦いに向ったであろう仲間達、ギィル達の生死も早く確かめたいと思っていた。




ーーーーーーーーーー



会戦から二週間あまりが過ぎ、戦後処理も大分落ち着きを取り戻してくる・・・。



ギィル達もまた、戦後処理の忙しさに追われていた。

その役目は主に死んだ兵士達の身元確認であった。



軍属には自分がどこの所属かを示す為と、己の名前を刻んだ焼き印が背中に施されている。それが腐って確認出来なくなる前に、下位の末端兵達総員で確認を取ると言うものであった。血とむせ返るような腐敗臭がする戦場跡を布で鼻を覆いながら一人一人確認していく。そして、階級の高い者以外は一つに纏められるような形で小さな石碑に『第四次クルナ会戦戦死者』と刻まれた墓標に弔われるのだ。




そして、仲間だったクリスもその中に眠る事になる。


ラスカーはクリスが書き残したメモを見ていた。

そこには賭けで勝った分の書置きが残されていた。



「ハッ!馬鹿かよ、死んだら勝ちもクソもねぇだろうが」



悪態づくラスカーに目には涙が潤んでいた。



ギィルも同じ気持ちのはずだが、何故か涙は出ない。

それよりもあの時クリスを救えなかった自分を責めていた。



(俺がもっと強ければ・・・)



強くなりたい、そんな思いがあの時から頭を巡っている。

それはまるで自分の意思とは無関係のように・・・。


「ギィル・コールマイナー!」


墓標で佇む二人の後ろから知っている声が響く。


「ハッ!!」


ギィルが振り返るとそこには直属の上司である、リプトン中隊長であった。



「楽にしろ、ギィル・コールマイナー、おめでとう、中等兵に昇格だ」


リプトンは階級章をギィルの軍服に付けてそう言った。



「初陣で三人やったってな、クリスの事は残念に思う、だがお前は誇っていい、よくやった」


リプトンはギィルの肩を軽く叩き、ゆっくりとその場を後にした。


それを喜ぶ気になれない二人は、無言で中隊長の背中を見つめる他なかったのである。




  オメデトウ・・・・・・




何処からともなくギィルの脳内に子供のような声が響いたような気がし、急に全身に寒気を感じる。

だが、それ以降不思議な事が起こる事は無く、ギィル達もその場を後にしたのだ。




その翌日、リフォルエンデに激震が走る―




ディアナイン神聖国から使者が派遣されてきたのである。



※クーデターの起こった年月を16年前から34年前に変更しました。

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