第6話 一章第1節 初陣


両国の戦力が前線に配置されつつも、その戦いの幕開けは虫の羽音さえ聞こえぬ程の静かな開幕になった。


ハビンガム軍は防衛線を引き、そして榴弾砲に備えその防衛ラインに例の防弾壁を張り巡らせ防戦一徹の構えを見せる。


これに対しリフォルエンデ軍は兼ねてからの新兵器であるネオ・ラピッドファイア榴弾砲を前方に配置、砲兵とそれをけん引させる歩兵、さらにそれらを外敵から保護する目的で数五百騎の騎馬兵が陣を取り囲むようにゆっくりと進軍していた。



「・・・今まで幾度の戦を交えてきたが、これほどまでに静かな戦争は初めてであるな」


総司令官のグルカン上級大将は本丸からゆっくりと始まった開戦を見守りつつ、その後の状況を見届ける。


「本当の開始は我が軍の榴弾砲が敵の射程圏内を収めた時です」


「それでウォン准尉よ、敵のあのような守りは砲弾に対しては有効なのか?」


グルカンの質問にウォンは若干沈黙する。


確かに理論上では水平に来る射撃に対し、着弾角度を斜めにすれば、それが跳弾する可能性はある。だが、それもそれを上回る破壊力の前ではそのまま貫通し、被弾する可能性も大いにあるのだ。


だが敵がこちらの予想以上に強固な装甲力をもって防衛ラインを敷いたとすれば、こちらの初出による攻撃は大きく無力化され、こちらの弾切れや、装填時間のロスなどを狙って一気に攻め込まれる危険性は充分にある・・・。


つまるところ、例外の無い戦争など始まって見なければ何とも言えない所が大きかった。


故にウォンは戦術は実戦においてはあまり大きな意味を持たないとしている。目まぐるしく状況が変わる戦局で一番重視すべきなのは、瞬時に次の手を見出す思考力の速さに他ならない。


兵を動かす者が大局を見たとして、その思考を鈍らす事は敗戦を意味する。



「作ったのは私じゃありませんし、何とも言えない、と言うのが本当の所でしょうね」


ウォンはそう言うとわざと肩を竦めて見せる。

グルカンはそんなウォンの態度を冷静に一瞥し、そしてまた戦場に目線を返した。


「砲が射程範囲に入り次第、装填準備にかかれ!装填が完了次第、発射待機にて合図を待て!!!」


その指示はウォンの言う所を概ね認めたものでもあった。



―しかし・・・。


最初の一門が射程位置に到着した時であった。

グルカンは右手を挙げ、発射の合図を出そうとする。


「閣下!お待ちください、まだ他の榴弾砲が射程位置に付いていません」



ウォンが慌てて制止する。


「なに、最初の砲撃で、その威力でこの戦争の勝敗は最早決したも当然!この一門であのような防弾壁を吹き飛ばせぬようではかえって向こうの戦意を増強させてしまうというもの!」


ウォンはそう言われてグルカンの言われるままになる。確かに説としては間違いでは無い。結局、この戦争の一番の目的は最新兵器のお披露目である。それが仮に一門のみとしても、それがお粗末なものであればその時点でこちらに大分分が悪くなる。



ウォンは最初の一撃が敵に放たれた後の事を考えていた。

・・・どちらに転んでも敵がする事はただ一つ。



「…第一砲!発射!!!」


グルカンの合図によって榴弾砲が発射された。


その瞬間耳を劈くような大きな轟音が鳴り響き、目標の方角からまるで水柱のような巨大な火柱が怒号と共に跳ね上った。


・・・そして、そこに居たはずの防弾壁を構えていた数人の敵兵は跡形も無く、その壁すら消し飛んでいた。



防弾壁は全くの無意味に等しかったのである・・・。



それを本丸から見ていたハゲルハットの取った指揮は・・・。



「・・・き、騎馬兵!!突撃ぃ~!!!」



咄嗟に後ろに構えてた騎馬兵、およそ千騎程に突撃命令を出した。



「む、来たか!よし、他の門も各自射程位置に入り次第迎撃態勢に入れ!その後左右に展開していた騎馬兵も突撃!歩兵もそれに続けぇー!」


ウォンは予想通り、騎馬兵を突撃させてきた、と考える。

それに対してのグルカンの指示も的確だと言える。


だが・・・。



―遅い。



ウォンはそう感じていた。

こちらの砲門が全て射程圏内に配置され、発射するよりも前にそれを潜り抜けた数百の騎馬隊がこちらの騎馬隊と交戦状態に入り、さらには歩兵にまで進軍を開始するだろう。



そうなれば混戦状態になり、こちらの砲弾が使えなくなる。とはいえ砲弾そのものは足並みが揃わない敵側の歩兵をけん制するのには十分な効果がある訳だが・・・。


それに、どうしても敵側に『アレ』がいない事が気にかかる。


いや、敵は必ず最大の切り札としてあの凶悪な部隊を出してくるに違いないのだ。



今回、最初にカードを切ったのは此方である。それに対し、敵にその情報と対策する余裕を与えてしまったアドバンテージは大きい。



グルカンが果たしてそこまで警戒しているであろうか、もしそうでないなら・・・。



この戦争は負ける。

ウォンはそう確信する・・・。


ーーーーーー



榴弾砲の対義に当たる兵器とは、迫撃砲である。従来の大砲は、大きく弧を描いて遠方に着弾させるこの迫撃砲がメインの兵器であったが、現代の生産力では数を揃えるのは難しく、数百程度の門数ではその威力も相まって大きく戦力を削ぐ代物とは言えない状況であった。つまるところ、弓と同じく、砲は敵をけん制する意味合いで使用される事が多かったのである。


しかし、今回史上初めて実戦投入された榴弾砲は完全な水平射撃であり、射程距離こそ迫撃砲には劣るものの、その破壊力は先ほどの通りである。


ハビンガム側の見解も間違ってはいなかったが、それを上回る弾の重量や貫通力があれば、斜面回避する可能性は遥かに低くなる。


現にハゲルハットはその威力を目の前にしてそれを痛感したのである。



「・・・おのれ、学者どもめが!一体何を計算しておったのだ!!!」



騎馬隊を突撃させて尚唸るハゲルハット。


その騎馬隊もその方々があの憎き榴弾砲の餌食となって馬事吹き飛ばされている。



だが、それでもその砲弾の間を拭って纏まった数の騎馬兵が敵の前線まで到達しようとしていた。敵との混戦に入ればさすがに撃ってくる事はあるまいと見たのである。


それは事実であったが、今度は逆に後方に構える歩兵軍団がその餌食になっていた。これでは、騎馬が善戦したとて後ろ盾が消え、我が軍の敗北する・・・。


ハゲルハットは意を決し、遥か後方に構えるシャハに伝令を送る。


「シャハに告げよ!!戦象部隊を突撃させろと!!!」



・・・・・・・・・・・




お披露目された新兵器の威力は後方に構えるシャハの耳にまで届いていた。



「・・・やはりダメだったか、兄者の苦しむ顔が目に浮かぶわ」



シャカは防弾壁に関しては半信半疑であった為、その結果にそれほど驚く様子は無かった。それよりもこれは有益な情報と取るべきだと解釈する。


「シャハ様!!申し上げます!ハゲルハット様より戦象部隊を突撃させろとの命が出ました!」


伝令の兵士が慌ててシャカの前に跪く。



「あいわかった、兄者に伝えろ、この兄者より預かった戦象部隊、確実に敵将の喉元深くまで抉りこませるとな」



「戦象部隊を所定の位置に配置して突撃させろ!!足並みは気にするな!!」



シャカは自身が持つ戦象部隊へ指示を出す。その配置はかつての戦象部隊とは全く別の異様なものとなっていた・・・。



ーーーーーーーー



騎馬兵達に囲まれながら、最初に配置についた榴弾砲が敵に放たれた。


・・・それは誰もが見た事の無い一瞬でもあった。恐ろしい速さで光の帯が敵に命中したと思った瞬間遠方に見えていた敵が数名消し飛んだのだ。



ギィルを含め、3人はそれを後方からはっきりと見ていた。敵は死んだ・・・と言うよりは消えた、と言う方が感想としては間違っていないのだろう。



それ程までに凄まじい威力だった。



それを見ていた周りの兵士たちが一気に雄たけびをあげる。全員が同じ気持ちじゃ無いにしろ、それを喜ぶ者が多いのもまた事実だった。



雄たけびはそのまま士気の上昇へと繋がる。


敵はその威力に恐れをなしてすぐさま後方に構えた騎馬隊を突撃させてきた。


「撃たれる前に腹違えようってか!なに、距離はまだ充分にある!出来る限り引き付けてボロボロになった騎馬兵共を一気に叩くぞ!!!」


先頭にいた騎馬兵の隊長が高々にそう叫ぶとその士気はますます高まった。



「いいか、絶対に前に出るなよ!敵も、特に歩兵はここまで来るのにもかなりの時間がかかるはずだ!」


とにかく初めての白兵戦である。こちらが優勢とは言えけして気を抜いてはいけないとギィルは自分を含め、クリスとラスカーに檄を飛ばす。


勿論欲を言えば、手柄も欲しい所だが・・・。




敵の騎馬勢は最早自軍の格好の的にさえなり果てていた。撃ち漏れた数はけして少なくは無いが、それよりもこちらには無傷の騎馬兵とそのすぐ後方にこれまた無傷かつ戦意最高潮の歩兵軍団が構えているのだ。



世の中英雄などそうそういるはずもない。

そうなれば数の暴力の中、どれ程応戦した所で結局は自軍の騎馬に誘導される形で無数の槍が構える窮地へ流され、馬もろとその槍に貫かれて下馬していくのだ。

そこに群がるはまたもや我こそはと手柄を取ろうとする者の阿鼻叫喚が繰り出される。


だが、気を緩めれば一人でも多くを道ずれにと考える決死の者から首を刎ねられる者だって少なからずはいる。


今、己が降り立ったこの瞬間、戦場は正しく狂乱と狂気に満ちているとギィルは痛感する。


その証拠に「生きて帰ればこそ」など心に留めている者が一体どれほどいようか?ギィルはその言葉を胸に呑み込み、とにかく冷静にいられるように歯を食いしばる。



「クソ!ここからじゃ全然敵の馬まで行けないよ!」


「ああ、でもあれじゃどのみち俺達が行ったところで何も残ってなんかいないだろうがな!」


クリスもラスカーも敵の騎馬兵が次々と倒されていくのを口惜しく見ている。

ギィルはそれには目もくれず、ひたすらその後方に注意を光らせていた。こちらの榴弾砲が絶えずに飛び交い、敵の歩兵軍団さえも最早蹂躙しつくしていそうな勢いであった。



だが・・・。


その全ては着弾による砂煙に覆われ、全貌が見えないでいる。その模様は見るからにワンサイドゲームである・・・そう、敵の状況が一切分からないままのワンサイドゲーム・・・。




ギィルはそこに異様な不安を覚え始めていた。




こんな簡単に終わるはずが無い。


なにより敵はまだ『アレ』を出してきてすらいないのだ。



そしてギィルの不安は的中する事になる。



それは榴弾方が与える怒号とは別に、静かに、そして徐々に根付く大地より伝わってくるが、目の前の勝利に浮かれて誰もまだその存在には気づいていない・・・。




だが、それは遥か後方より確実にリフォルエンデ軍へ迫ってきていたのだ。




ーーーーーーー



グルカンはその圧倒的な光景に満足しつつ、一斉射撃を続行させていた。



各地で随時立ち上がる火柱と土煙をかき分けてこちらに進軍する者など誰一人としておず、それが結果的にこちらの圧倒的勝利を裏付けているようにも見えた。



「ハッ!敵ながら哀れにすら思うぞ、だがこれもある意味においては戦争なのだ、強いてはその身を持って我が兵器の贄となればいい」



最早敵に抵抗の術が無いと悟ったグルカンは勝ち誇るようにそう言った。


しかし、ウォンは逆に先ほどの疑念を強まらせていた。此方からでは立ち上る火柱や巻き起こる土煙だけしか見えず、肝心の敵の損害状況が確認出来ないのだ。



「閣下、もう十分かと思われます」


「ああ、そうだな、各自一斉射撃を止め!!」



グルカンは手を素早く収め、一斉射撃を止める。


しばらくすると、煙は収まり先ほどまで多くの歩兵や騎馬兵が陣取った場所が次第に見え始めてきた。



「・・・なっ、なんだと!?」



その光景にグルカンは己の目を疑う。

逆にウォンは自分の思惑が的中した事でより一層の警戒を強めた。



「・・・敵が、敵は何処へ行った!!!」



一斉射撃の着弾地点にはわずかな兵士たちの残骸があるだけで、それ以外の敵兵はまるで消えたようにその場から居なくなっていたのである。



否、そうではなかった。



「閣下!!敵は左右に陣を展開しています!!」



「な、なんだと!くっ、おのれぇーこちらが目視出来ない事を逆手に取ったか!!」



気が付くと横並びに陣を敷いていた敵軍は極端に二手に分かれてその砲弾を回避していた。いや、それは回避というよりは、一つの通り道を作り上げたようにも見えた。



・・・ドッドッドッドッ。



遥か後方から此方へ来るように地鳴りが響いてくる。

そして同じく後方から目視で最初に確認出来たのは・・・。



「アレは・・・なんだ?」


最初にそれを発見した者が敵の方角を見て指を指した。


それはとてつもなく大きな砂煙であった。

土埃が大量に舞い上がり、それがゆっくりと迫りくるように此方に向けて近づいていたのである。



「砂嵐?・・・いや違う、アレは・・・いや、アレは!!」


着実にその地鳴りが大きくなっていくに連れてその砂嵐を巻き起こしている巨大な群衆が見えてくる。



「アレは!戦象・・・いや違う!象だ!!象の大群が

こっち向ってやってきているぞ!!!」



それはまるで暴走したように走り回る象の大群であった。



ーーーーーーーーーー



ハゲルハットはシャハの速伝により、軍団の二手に分かれた左翼に陣を構え、そのありえない状況を茫然と見ていた。



「・・・あのバカ弟がっ!父上の代から育て上げた貴重な戦象部隊を!!!」



シャハが行った行動、それは戦象部隊の装備を全て取り外し、野生の象の如くリフォルエンデに向けて放ったのである。



だが、それだけでは無い。


シャカは戦象部隊の象に凶暴化を起こす劇薬をも仕込ませたのである。これにより象達はより一層凶暴化し、その速度を上げ、統率の無い状況にてリフォルエンデに突進してきたのだ。


全ては最初の砲弾の威力の報を受けて、シャカが生み出した豪快かつ的確な戦術であった。もし戦象部隊を形式的に動かしていなのなら、その大半はあの榴弾砲の餌食になっていたであろう。だが、この状況ならば的を絞られる事も無く、堂々と敵陣へ攻め込む事が可能なばかりか、砲弾網を潜り抜けて敵の喉元まで追い込む事ができる。



そうなればどちらが勝利するかは最早確実。



それだけにハゲルハットはシャハのとった行動全てを無下にする事が出来なかった。だが、もしそれが勝利に叶わぬようであればこの状況の責任を弟に背負わせ、糾弾するつもりある。だが、そうとはならず、敵陣を壊滅的に破壊し尽くしたのならば、この功績は誰もがシャハのものであると認める事になるだろう。


どう転んでも己の身にとって複雑な感情を抱くハゲルハットは苦虫を嚙み潰すように事の成り行きを見守るのであった・・・。





ーーーーーーーー



味方の一斉射撃が一瞬止まったその時だった。



巨大な土煙が物凄い速さでこちらに迫ってくるのをギィルは見た。


あれは・・・?



それは、地平線に沿って地鳴りを響かせながら怒濤する象を群れであった。



戦象部隊?


いや、あれはただの象か?


なんにしてもあんなものがここへ突っ込んでこれば誰もが無事で済むはずが無い!!

ギィルはクリス、そしてラスカーを探し、急いでその場から離れようとした。


「クリス!!ラスカー!!!」



しかし、戦場は未だに勝利に浮かれた歓喜から大勢の兵士たちが入り乱れ、そして倒した騎馬兵達から戦利品を奪おうと必死になっていた。

そんな喧噪にギィルの言葉は無常にもかき乱される。そこでギィルは大声で叫んだ。


「みんなー!!アレを見ろ!!象がこっちに迫ってきてるぞ!!」



ギィルは今まさに此方へ向かってくる象に指を指し、その異様さを皆に伝えようとした。


「・・・なんだありゃ?」



確かにそれは異様な光景だった。

そしてそれは大勢の兵士たちの足を止めたのである。

その殆どがそれが一体何なのか確かめる為、興味の為に茫然とそこに立ち止まり続けたのだ。そしてその直後、後方からまた榴弾砲の一斉射撃が開始される。着弾は先ほどと同じように轟音と火柱を上げて破壊しつくも、象の動きは全く止まることは無かった。



まずい!!



ギィルはその状況に見て嫌な汗が大量に出てくる。最早今は逃げなければならない緊迫した状況なのだ。とにかく、一刻も早く仲間を探さなければ・・・!



だが、次の瞬間。



地鳴りは最早二本足で立てない程に大地を揺るがし、そして先ほどまではるか遠くにいたはずの象達がもうすぐそこまで来ていたのだ。




「お、おい!・・・まずい、逃げろ!!!」



誰かがそう叫ぶも最早遅かった。



暴れ狂う象達の第一陣がその猛威を視界を奪う土煙と共に襲ってきたのだ。進む方向さえ同じだが、その足並みはバラバラであり、その一頭一頭がそこに居た兵士たちを吹き飛ばし、そして踏みつぶしていった。



だが、同時に偶然にもそれをすり抜ける者もいる。

それはまさしく、『運』による選別にも見えた。




ギィルは幸運にもその選別に残り、とにかく仲間の名前を叫び続けた。

その時、突然自分の腕を掴む者がいた。



「た、助けてくれぇー!!!」


ラスカーは泣きながらギィルに命乞いをする。

ギィルにそんな事を言われてもこの状況ではどうする事も出来ず、神に祈る他ない。



ギィルはその場に蹲り、神に祈ろうとした。

そしてギィル、そしてラスカーは見てしまった。



戦利品を片手にこちらに走ってくるクリスが象に撥ねられ、まるで玩具のように宙を舞うその姿を。



「「クリスーーーー!!!!!」」



クリスは10メートル程飛ばされて頭からその場に落ちた。その四肢は変な方向へ曲がっていた。



「あああああああああ!!!」



ギィル、ラスカー二人共に大声を叫んでその場に蹲る。その横をまだ多くの象達が

走ってくるのだ。次ああなるのは自分立かもしれないという恐怖、そして仲間を失った悲しみ。それが同時に押し寄せる感情が二人をさらなる恐怖に陥れる・・・。



それはまさしく絶望そのものであった・・・。



ーーーーーーーーー




「は、ハハハ・・・アレこそこの兵器の威力を試すに一番の獲物ではないか!!」



確実に此方へと迫ってくる脅威に、一度は汗が引くもグルカンはすぐにまた一斉射撃の指示を出した!


「目標と標準を合わせ次第、合図を取れ!一気に片づけるぞ!!」

「撃ち方ーー・・・始め!!!」


そしてまた一斉に榴弾砲から砲弾が放たれる、だが、象達は動きを止める処かさらに加速を強めて此方へ向かってきているようにも見えた。


「なっ・・・なぜ、何故当たらん!!!」


グルカンは引きつった顔でその様子を見ていた。



ウォンはそれを弾道の計算不備だと気づく。象の動きが予想以上に早く、その速度を計算した着弾範囲を砲兵たちがまだ予測しきれていないのだ。


「閣下!もっと前方に向けて発砲するのです!」


ウォンは叫ぶとグルカンも慌てたようにオムウ返しする。


「何をしているかー!もっと前方を狙うのだ!!!」


それにより幾つかは着弾に成功し、その場で大きく吹き飛ぶ者や、頭を大きく損傷してその場に蹲る象の姿も確認出来た。


だが・・・。



余りにも象の並びが不規則過ぎてその全てを撃ち抜く余裕が無い。その全ては敵将であるシャハの生み出した計算の内にある。


そして、象達はついに歩兵や騎馬兵達を蹂躙しながら配置された榴弾砲までたどり着く。普段は温厚と言われているそのイメージに反して、象達はまるで怒り狂うかの如く、その巨体を持って次々と榴弾砲を破壊し尽くすのであった。



「なっ・・・なんという事だ・・・」



グルカンは被っている軍帽を強く握り締めながら悔しそうに呻いた。だが、それだけでは無い。行動の予測が掴めない象達はまた一斉に今度は確実にこちらへ向けて突進しようとしていた。その数、ゆうに20を超えていた。



「お、おい、不味いぞ!我らも逃げなければ・・・」



最早この状況をどうにか出来る術は無い。

グルカンはすぐさま撤退命令を出そうとする。



「いや、まだです!!」


「ウォン准尉?貴様、この状況で何を言っている!敵兵とならまだしもあんな野生の象の群れと玉砕する気か!」



その言葉を無視してウォンは大きく手を挙げる。

すると、本丸の後方に予め配置された数門の榴弾砲が着実に準備を開始する。


「なっ・・・ウォン・・・貴様いつの間に」


「いいか、まだ撃つな、十分に引き付けて威力を高めるんだ」


後方に指示を飛ばしながらウォンはグルカンに言う。



「閣下、申し訳ありませんがここは急を要する為、急遽ではありますが私が指揮を取らせて頂きます」



「・・・・・・・・好きにするがいい」



ウォンの機転によってその被害が大きく食い止められるのならばグルカンとて反対しようが無かった。


だが、当面のウォンはまさかここまで事態が悪化するとは思わず、グルカンに内緒で配置させたこの砲門すらも最悪の事態を想定した、最小限の配備であった。



だが、それが現にして目の前の脅威に対抗できる唯一の術になりつつある。失敗すれば最悪ここにいる全員があの象達に蹂躙される事になる。



失敗は・・・許されない。




「よし、装填準備が出来た砲から確実に狙って放すようにしろ、一斉に射撃する必要は無い」


「数は20弱、こちらの装填時間を考慮しても間髪置かずに撃っていけば確実に仕留められる数だ、いいか、落ち着いていこう!」



ウォンは後方に配置された砲兵達に向い指示をだす。

目の前に迫る脅威がもうすぐそこまで来ていると言うのに冷静さは欠かせない。



否、指揮官たるとも如何なる状況においてもその精鋭さを欠いてはならないのだ。


ウォンは手を上げてタイミングを計る。


象達が巻き起こした土煙が先にウォン達の本丸へ到達し、一気に視界が悪くなる。だが、その猛威は確実に此方へと近づいている・・・。



「ま、まだか・・・?ウォン准尉、早く指示を!」


いや、まだだ・・・。


まだ・・・。


ウォンは自分の鼓動が爆発したように大きくなっているのを自覚する。そして・・・。



今だ!!!


「発射!!(ファイアー)」



榴弾砲の一門が解放され、激しい火柱が上がる。

だがすぐさま別の象達が止まることを知らず此方へ突進してくる。それもウォンの指示通り、次々と、そして的確に砲兵達は仕留めていく。



一頭、そしてまた一頭が砲弾により横倒しになっていく。



そして・・・ついに全ての象の駆逐に成功する。



周りから張り詰めた緊張感から解放され、所々から笑い声や、泣き声などが聞こえてくる。



だが・・・


オォォォオオオオオオ!!!



前方から激しい咆哮!!!



なんと最後に仕留めたはずの一頭が血だらけになりながらも決死の特攻を仕掛けてきたのだ!!


「ひ、ひぃいいい!!!」


グルカンは恐怖のあまり悲鳴を上げる!


その像はウォンがいる場所を狙ったかのように確実に此方へ雄たけびを上げながら近づいてきた。




「ウォン准尉!!伏せてください!!!」



突然、ウォンの前方に誰かが現れ、そしてすぐさま何かを構えるようにしゃがんだ。



「君は!?」


「挨拶は後です!!」


凛とした張りのある声で相手はそう答える。そして・・・。



「発射!!(フォイエル)」



その言葉と同時に、肩に担がれた兵器から火柱が上がり、目の前に現れた象の頭に触れた瞬間、耳を劈くような轟音と同時に象の頭は木っ端微塵に破壊され、その場にドシンと崩れた。



突如として辺り一帯に血の雨が降る。

それを全身に浴びながら、ウォンの目の前にいる女性は勝ち誇る様にウォンに言った。


「遅くなりましたが、真打ちですので」


そう言うと若い女性の砲兵はウォンにウィンクをして見せる。ともかく、彼女の登場でこの場にいるほぼ全員が無事にこの難局を乗り切る事が出来たのである。



他の象達も本陣からは離れ、それぞれ散り散りになって何処かへ行ったようだった。



しかし、まだ戦いは終わらない・・・。


象の暴走を受け流すように二手に分かれたハビンガム軍が今度は一斉にこちらに進軍してきたのである。




ーーーーーーーーーー


贈物(ギフト



ギィル・コールマイナーは異世界からの転生者ではあるが、彼がこの星に生まれ、その恩恵を受けた事など一度も無かった。



生前の記憶も最早曖昧で、最新の技術云々を口頭で説明するのも儘ならない。神が彼に与え申したのは単なる歴史の『傍観』なのだろうか?



否、神は彼にも確実な贈物を与えていた。

だが、それは皮肉にも本人の意思に反した、悍ましき力であったのだ・・・。




ギィルとラスカーは奇跡的に象の大群の猛攻を切り抜ける事が出来た。あれがもし、一糸乱れぬ統率を持って一斉に襲ってきたのであれば、ギィル達の命もそれまでだったであろう。



だが、今回は入り乱れるように、砲弾を避ける意味合いで計算されたようにバラバラに向かってきた為、奇跡的に助かったのだ。



だが、そこから今度は左右に分かれた敵の歩兵や残った騎馬兵達が押し寄せてきたのである。



双方ともに、最大の切り札を出し切った今、今度は残った残存兵力が共にぶつかり合うという激しい混戦状態に陥ったのだ。



荒れ狂う象達の次は、確実に敵意と殺意を抱いた敵兵達がギィル達に襲いかかってくる。ギィルもラスカーも互いに、逃げる事に精一杯だった。



こんな状況で何故人は的確に敵を殺せるのだろうか?


今まさに目の前で繰り広げられる光景を見て、ギィルは理解不能に陥っていた。

だが、それでもギィルは逃げながらもあるものを必死に探している。



クリスである。



せめてクリスの形見になるような者をここで取らなければ彼には何も残らなくなる。せめて、何か一つだけでも思い、必死に探し回っていたのだ。




「ギィル!!もう無理だ!!戻ろう!!」



そんなギィルをラスカーは必死に止めようとする。

こんな混戦状態の中でそんな事をしていては何時命を落すか分からないからだ。


だが、ギィルは必死にクリスを探した。


そして・・・。


ギィルはついにクリスを発見した。


身に着けた鎧や剣などは全て剥ぎ取られ、その他身に着けた衣服なども全て剥ぎ取られ、その裸体には幾つもの刺し傷があった。



クリスは目を見開き、涙を流しながら死んでいた。


その横で敵の兵士が嬉しそうにその戦利品を必死に自分のバッグに詰め込もうとしていた。



それを見た瞬間、ギィルの中で何かが弾けた。

それは爆発したかのような鼓動の音のように思えた。




・・・・ユル・・サナイ・・・



あいつ等がクリスを・・・クリスの命を!!!

ギィルは剣を抜き、クリスの前に居た兵士たちに特攻した。


「うおおおおおおおお死ねぇえええええ!!!」



ギィルの特攻により、その剣の切先は偶然にも兵士の胸を突き破った。



「おっ!う、うえぁ」




兵士は胸に剣を突き刺された事を確認するや、その場に崩れ落ちる。


「こ、こいつ!!よくもヤーンを!!!」


他の者達が奇襲に驚きながらも一斉に剣を抜き、ギィルに斬りかかろうとする。


しかし、ギィルの中でまた暴発するような何かが起こっていた。

敵の剣を胸に突き刺して、すぐに今度は全身の感覚が研ぎ澄まされるように静かに状況を見る事が出来たのである。



・・・なんだこれは?




ギィルにも自分の体に何が起こっているのか分からなかった。だが、これだけは言える。


今なら着実に・・・



ギィルは素早く剣を抜くと、今まさに襲いかかろうとしていた兵士達の喉元をかっ切り、続けざまに今度は最後に残った兵士の目に向けて剣を両手で突き刺す。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・」



ギィルは一瞬の内にクリスの周りにいた兵士たちを葬ったのである。

その異様な光景はこの混戦状況でも目を引いたらしく、敵味方関係無く、ギィルに好奇の目が集まられた。



ギィルはそんな事などお構いなしに、クリスの遺品から彼がずっと大事にしていたメモ帳を取り出し、ラスカーの元へ向かって行った。


ラスカーはその光景の一部始終を見ていた。



「お、おい、お前・・・ギィルだよな?」


「ああ、もう行こう」



ギィルはラスカーに手を組み、この場から逃げるように前線を後にした。



・・・・・・・・・・・・・・・



―ガルバギア暦 1289年 

 ハビンガム暦 254年 10月28日




開戦から8時間後、第四次クルナ会戦は双方が共に辛勝を宣言するという厳しい状況の中で終結を迎えた。



ハビンガム軍の損害


騎馬兵 壊滅


歩兵死者 約1万 負傷兵 3万


リフォルエンデ軍の損害


榴弾砲兵器 ほぼ全壊


騎馬兵力 半壊

歩兵死者 約2万 負傷者約4万という

甚大な被害を出す結果に終わったのである。




後世の歴史家達はこの戦争の勝敗を引き分けと見るが、その後の英雄であるウォン・リオンに初黒星を付けた将をして、ハビンガム軍のシャハ・シャーミン・アルナーチャル皇子の戦術を高く評価したのである。


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