第5話 序章終節  開戦

※お待たせしました、改行しつつクルナ戦終結まで公表していきます。



―リフォルエンデ鉱山国


リフォルエンデは満を持してハビンガム朝に

宣戦布告を宣言する。


会戦はガルバギア暦1289年の10月20日現時点より一週間後となった。



また同刻時にアーレー・ブランドン共和国にも中立不可侵を申し込んだが、こちらは予想通り破棄された。だがその間、ウォンは確実に作戦案の具体化を目指し、各軍幹部達も納得し得る形へと持っていく事が出来たのである。


だが、ここへ来てリフォルエンデ軍に凶報が齎される事になる。マルティネス・ハーバー元帥が中風により床に臥す事となった。



これにより、リフォルエンデ軍は急遽最高司令官をカイラーサ・グルカン上級大将に任命。ウォンの立案した作戦案の通りに会戦に挑む流れとはなっているが・・・。




―リォルエンデ軍事病院内個室


「すまんな、こんな時に・・・」


「いえ、どうかお大事になさってください」


ハーバーの病に落ち、すっかり丸くなった背中を見てウォンはかつての指揮官の面影を見る。


ウォンは最初に加入した傭兵部隊『グリフォン』の隊長マルティネス・ハーバーに戦時のイロハを叩きこまれたあの頃を思い出していた。



「それにしても、君まで任を解かれる事が無くなってほっとしている、さすがのグルカンも君無しではまともに駒を動かす事は叶わんと見たのだろう」


「まぁ、それに関しては私が作戦立案者ですからね、もし、万が一でもあった時には保険を残したいものでしょう」


それを聞いてハーバーは神妙に、そして重い顔つきになっていく。



「ウォン准尉、儂は上に立つ者として、いや、戦争を動かす者として一番にやってはいけない事は・・・己の判断によって大勢の犠牲を出す事だと思っておる・・・」

「まぁそもそも戦争というのはそういうものだとすれば、儂の言ってることは大いに矛盾しているのかもしれん」



「だがな、事実として人間というのはその大きな責任を前にしてそれを真に受けれるようにはできとらん、故に戦術家は己の失敗を悔いるよりも有耶無耶にする事によってその大きな責任から逃れ続ける他ないのだ・・・なにせその責任は何千、何万という仲間の犠牲なのだから・・・」



「そうなれば、人は己をを見失い、そしてまた戦術さえも見失う、なぁウォン准尉、これは儂からの命令だと思ってくれ」


「ハッ!」


「もし、グルカンのヤツが己の戦術を見余った場合は多少強引でも構わん、その手の手綱をお前さんが引っ張って貰いたいのだ」


「・・・出来る保証はありませんが、善処致します」


「・・・頼む」


・・・老兵の切実なお願いにさすがのウォンもこの時ばかりは例の癖を見せる事はなかった。



そして、時は来る。



―ガルバギア暦 1289年 

 ハビンガム暦 254年 10月28日



広大なクルナ平野に両陣営の軍営が敷かれる。

第四次クルナ会戦の狼煙が今切って落とされようとしていた。



攻撃側 リフォルエンデ軍 カイラーサ・グルカン上級大将


兵力 6万 兵器数 約500 


陣形は移動を重視した鶴翼陣形が敷かれた。

これは戦象部隊がもし一斉攻撃に出た場合に対し柔軟に対応するべくものとしてウォンの考察が採用されたものである。


しかし・・・。


「伝令!敵陣に戦象部隊の気配見えず!!先方に防弾壁を構えた歩兵軍団が防衛線に配置されている模様!」



その報に思わず拳を振り下ろすグルカン。


「・・・どうやら、こちらの動きは読まれていたようですね」


「うむ、敵対していると言え、この国の殆どがかつては彼の国の者だ、何処かしらから情報が漏れても仕方あるまい」


「それに、君の作戦ならば像が来ようが何が来ようが、それを引き付けて砲弾の射程圏内に入れてしまえばいい・・・そうだなウォン准尉」


「はい、ですがそれを敵に悟られてはいけません、その場合は・・・」


「分かっている、出来る限り前線を引き延ばす、君にもこのリフォルエンデ軍が伊達じゃ無い事を見せてやろう」


「はぁ・・・」



誤解を招かない為にも付け加えるがグルカンはけして無能な戦術家ではない。その為、ウォンの考えを汲み取り、それでいて攻撃的な戦術へシフトしていくのは敵の出方からしても常套であった。また、アーレ・ブランドン軍の奇襲を予測しての予備兵力も抜かりなく配置されている。



だが・・・。



ウォンはやはりどこかで胸のつっかえが取れずにいる。

おそらく敵は仕掛けてくる気だろう、だが、問題はそれがどのタイミングで来るか・・・で、ある。


それが敵にとって最高の、そしてこちらにとっては最悪であった場合、果たしてグルカンはその危機をすぐに察知して動く事が出来るだろうかは、この時点で誰にも分からない事であった。


それに・・・。




思った以上に榴弾砲の移動がもたついているのも気がかりである。いくら戦場が平野部であると言っても奇麗に水平な平地が続く訳も無い。所々の岩郡やちょっとした崖などが移動の妨げになっているのだ。



ウォンはつくづく戦術理論が実践で何の役に立たない事を思い知らされる。ウォンからすれば、このような些細なトラブルでも作戦案を大きく変えなければならない程の

再考を要すると考える。何故なら、その瞬間で対処しないままで居れば、その誤差ははより大きくなり、その時に気づいた時点では最早遅すぎるからである。



有能な戦術家とは戦術を見るのではなく、戦局を見る者なのである。



ーーーーーーーーーー



―防衛ハビンガム軍勢


大将 ハゲルハット・シャーミン・アルナーチャル第一皇太子


兵力 7万(内1万は予備軍) 兵器等 数百程度


陣形は基本の横陣形を採用。


各部隊にそれぞれ隊長クラスが馬に跨り、その後ろに歩兵が配備される形である。


そしていつもならば前線に配置されるはずの戦象部隊は無く、その代わりに砲弾を被弾させる意味合いの強い、傾斜装甲で加工された防弾壁を構えた歩兵が前に出ている。


「フン、向こうが実験ならばこちらもそれに合わせるまでの事・・・」


さすがのハゲルハットもその全てを無力化出来るとは考えて無いが、この戦の経験によっては防弾壁もまた改良する上で良い機会にもなると考えていた。



そして・・・。


陣営の遥か後方で待機する第二皇子であるシャハは不敵な笑みを含んでいた・・・。



ーーーーーーーー



―会戦数刻前、リフォルエンデ軍陣営




ギィル達新兵は陣形の後方に配置されている。

だが、いざ交戦状態に入ればこちらもまた歩兵同士が入り乱れる白兵戦となると予測された。


時はさらに遡り、二日ほど前になる。



・・・・・・・・・


「ウォン准尉!」


ギィルは相変わらず締まりのない軍服を着こなすウォンを見つけ、駆け寄って敬礼をする。


「ああ、君か・・・えっと」


「ギィル・コールマイナー下等兵であります」


「そうか、じゃあギィル君、楽にしていいよ、いや本当に」


「それで僕に何か?」


「はい、あの、自分はすぐに釈放されたのですが・・・もう一人のアベル・ベイカー下等兵の消息が不明でして、ウォン准尉なら何か知っているかと思いまして」


「ああ、彼女の事か・・・」


そう言うとウォンはギィルの目を少し見つめ、考える素振りをした後、話を続けた。


「アンナだよ」


「えっ?」


「アンナ・ベイカー、これが彼女の本当に名前だ」


「なるほど・・・」


「それで彼女なんだが、私の推薦で士官学校へ通わせる事にした、よって一旦軍部からは外れて当面は学業に専念して貰う事になった」


「・・・!!そうだったのですか!!」


「ああ、最も芽が出るかどうかは本人次第だけどね、ああでも言わなきゃ永遠に駄々こねると思ってね」


ウォンは取調室での経緯をギィルに話す。


「ぷっ・・・なるほど、アイツらしいですね」


「全く・・・こっちとしては笑える話じゃなかったけどね」


「いえ・・・あの、ウォン准尉」


「ん?」


「その・・・アベル、いやアンナの事、ありがとうございました!!」


ギィルは大きくお辞儀をする。


「なるほど、なぁギィル君、君はあれか、アンナの事が好きだったりするのかな?」


「・・・は?いや、あれは、その、『男』ですから」


「・・・はっはっは、確かにまぁ・・・しかし、士官学校は中々儀礼にも厳しい所だからね、もしかすると見違える程美しくなって君の上官になるかもしれない」


「ちょ・・・それは勘弁して貰いたいですね」


・・・ただでさえやられっぱなしだと言うのに。と言う、言い訳は心に留める。


「ああ、そうだ、ギィル君、君もそろそろ前線に配備されるのだろう?」


「はい!後方ですが参戦する予定であります」


「うん、それで前線に赴く兵士の心得とは?」


「はい、誰よりも早く敵前に行き、皆と協調を合わせ、そしてより多くの武功を持って帰る事です」


「うん、じゃあ君が言ったことの全て逆の事をしたまへ、それが私へのアドバイスだ」


「えっ?全て逆?」


「ああ、勿論それがけして簡単ではない事は理解している、敵前逃亡は場合によっては極刑になる事もあるからね」


「だが、そうしなかった場合でもあっても死ぬ確立がほんの数パーセント傾くだけだ、ギィル君、見当を祈る!」


「は、はいっ!」


ウォンのアドバイスを整理する間もなく、ウォンの敬礼によってその話は終わった。


(はい、誰よりも早く敵前に行き、皆と協調を合わせ、そしてより多くの武功を持って帰る事です)


ギィルは先ほどウォンに言った自分の言葉を思い返してみる。そしてそれを言われた通り逆に考えてみた。



誰よりも遅く、つまり、周りの様子を見て行動を起こし、皆と協調、いや状況によってはそれに合わさず後退し、そして、より多くの武功…いや、そんな事を考えるより生きて帰る事を優先しろって事か。



そして、その答え合わせはギィルの直属の上官でもあるリプトン中隊長の会戦前日の激励の言葉にも出てくることになる。



「いいか?ほぼ飯しか作ってないお前らがけして前線に出て敵の首を獲ろうだなど思わない事だ!特に新人はそういった最初の出方は全部ベテランに任せて良い!今までに出しゃばろうとした者は全て最初に殺された!」


「いいか、もう一度言う!絶対に戦場で功を立てようだなど思うな!そして必ず生きて帰ってこい!そしてこの戦が終わったらまた皆の飯を作れ!いいな?」


「「「「ハッ!!!」」」」



リプトン中隊長の挨拶が終わると同時にラスカーが例によって小言を愚痴る。


「へっ、どうせ俺らは何も出来ないから下手な真似せずにまた帰って飯作れってか・・・隊長は相変わらず人をこき使う事しか考えてないってこったな」


「うん・・・武勲を立てないと一生飯づくりとその後片づけだしね」


「いや、どうかな?  俺にはまるで『生きて帰ってこい』そう言われたように感じたけど?」


ギィルは二人に言う。


「・・・まぁ、ものは考えよう、だな」


「そうだね!皆で生きて帰ろう!」


「ああ」



誰に言われるでも無く、ラスカー、クリス、そしてギィルの3人は互いの手を合わせ、全員の無事を心に誓うのである。



―そして時は現に戻る。


そして・・・いよいよ第四次クルナ会戦、その戦いの序曲が、男達の雄たけびと共に

開始したのである。





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