第4話 序章第4節 アンナ・ベイカーの流儀



ウォンは走りながらも何人かの顔見知りに対し叫ぶ。


「すみません、どうも訓練場で騒ぎがあったよです!急いで応援を!」


「それで・・・君は俺に何を説明してくれるんだい?」


正直走る事もそこまで得意ではないウォンは、呼吸を酸欠気味にしながらもギィルに説明を求める。



「実は……」


・・・・・・・・・


「・・・・・・はぁ、やれやれ」


説明を聞き、ウォンは心底呆れたように首を振る。しかし一刻も早く、そのアベルと名乗る女性を救出せねばならない。


「はぁ~、あんまり期待しないでくれよ、俺は剣はまるでダメなんだから・・・」


「・・・・・・」



先ほどから全力疾走してるのにため息ばかりついているこの上官を目にして、ギィルの中にも焦りが見え始めていた。



ーーーーーーーーー




ギィル達が再度訓練場に戻ると、そこは先ほどよりもさらに大きな人だかりが出来ていた。ギィル達はそれを何とかかき分けて中へ入ろうとする。


「おい!ちょっとどいてくれ!!」


ギィルは野次馬達を押しのけ、アベルの前まで来る。そこには、ラスカーやクリスの二人が倒れ、アベルは顔面を蒼白させながら訓練用の剣を自分の喉胸に突きつけていた。


「来るなっ!来るんじゃねぇ!!!一歩でも近づいてみろ、これで俺は・・・俺は・・・!!」


「おいおい・・・早まるなよ姉ちゃん・・・冗談だったんだよ、なぁ?」


「そうだ、お前、何も死に急ぐ事は・・・」


「うるせぇぇぇ!!女と分かった瞬間よってたかって襲ってきやがってぇぇえ!!!いいか?犯されるってのは・・・死ぬのと同じぐらいこえぇんだよ・・・」


「お、大げさだぜ・・・たがか襲われた程度で、なんだ?お前、金か?金が欲しいならやるから落ち着けって!!」


「はぁ?頭沸いてんのか?どこの世界に金詰まれてレイプされるのを喜ぶ馬鹿が居るってんだ!?」


アベルは首に剣を突き刺しながら必死に抵抗していた。しかし、その呼吸は荒く、目は完全に据わっていた。


「ケッ、それを言うならお前の方こそイカれてるぜ!こんな血の気の多い場所に女一人で飛び込んでくるなんてよ!」


「そうだそうだ!さては貴様・・・何処かの国のスパイか!!」



「アベル!!!」

「ギィル!!」


ギィルはようやくアベルに声をかける事が出来た。


「クリス、ラスカー・・・」


ピクリとも動かない二人を見てギィルは怒りの矛先を先ほどの二人に向ける。


「お前ら!二人に何をした!!!」


「あん?この女を庇おうとしたから黙らせただけだ」


「くそおぉぉぉぉ!!!」



ギィルは怒り任せにアグバウに飛びかかろうとする。


「おい!止めろ!!君らもだ!!もうすぐ憲兵が来る!!」


「あん?何だ貴様は!!」



アグバウが止めに入った貧弱な男を睨む。


「私はウォン・リオン准尉だ!!」


「えっ・・・じゅん、い?」


アグバウはチラりと軍服の階級章を見て、すぐに敬礼をする。


「んで、君は?」


「ハッ!サディエゴ・アグバウ上等兵であります!!」


「クジャル・アッチナーク中等兵であります!!」


他の取り巻きも同じように名前と階級を名乗る。どれも上等兵から中等兵止まりであった。



その様子を見て、アベルはようやく剣を降ろし、へなへなと床に腰を下ろす。


「アベル!大丈夫か!!」

「ああ・・・でもクリスとラスカーが・・・」


「あの二人にはちゃんと手加減したのだろうね?」


ウォンがアグバウに状況を聞く。


「ハッ!失神しているだけかと思われます!!」


「ふぅー・・・じゃあ応援が来たらすぐに医務室へ運んでもらおう」


ウォンはひとまず窮地は去ったと言う意味で大きくため息を付く。


「それで、この者からお前たちが貴重な軍属を襲ったと聞いているが、何か言いたい事はあるかい?」


「ハッ!ウォン准尉、あの者は己の生別や名を偽称して我が軍に潜入したと思われるスパイであります!」


アグバウはアベルには目線もくれず断罪する。


「おい・・・待てよ俺は別にスパイなんかじゃ・・・」


「おい!お前ら何をしている!!!」


応援に来た憲兵達がアグバウやその取り巻き、そして・・・。


「おい!何で俺まで・・・!」

「放せっ!!」


ギィルとアベルも同時に拘束した。


「…まぁ話は聞くとするさ、連行してください」


ウォンは何時ものように帽子を上げ頭を掻きながら憲兵達に言った。



ギィルもアベルも必死に抗議したがその声も空しく、監禁室へ連行されてしまったのだった・・・。



ーーーーーーーーーーー



ギィルは簡単な事情だけを聴かれたのち、すぐに釈放された。


「「ギィル!」」


「・・・クリス!ラスカー!大丈夫なのか!」


「ああ、全く情けねぇ・・・」

「ごめん、僕、アベルを守れなかった」


「いや、俺の方こそ何も言わず飛び出してしまって・・・」



それから三人は当日の臨時休暇を与えられ、今日のみは宿舎で休む事を許された。


「にしても、アベルの野郎が女だったとは・・・」

「うん、全く気付かなかったよ」



「ギィル・・・お前は知ってたんだろ?つれねぇなぁなんで教えてくれなかったんだよ?」


「すまん、アベルに口止めされていて・・・」


「はぁー・・・それで肝心のアベルは?まだ取り調べされてるのか?」


「たぶん・・・アグバウの奴らの言う事を信じる気は無いが、下手すりゃ本当にスパイ疑惑をかけられても文句は言えないしな」


「いや、正しくそれだよな・・・アイツなんでこんな所に入ってきたんだ???」



「それは・・・」


ラスカーとクリスになら言ってもいいだろう。

アベルの事もそうだが、自分の過去の事も・・・。



・・・・・・・・・・・・



「そうか・・・まぁ確かに女ってのは不憫なもんだよな」


「でもアベルって凄いね、僕がもし女に生まれたらすぐに諦めてもっと楽な生き方してるよ」


「いやさ・・・もっと女なら女らしい生き方ってもんがあるだろうよ、何も、軍人にならなくたってさ」



「・・・恐らくだけどアイツも俺と同じ貧しい居住区の出身でさ、あの様子だと生まれて間もない頃からずっと男として生きてきたんだと思う」


そうでなければ・・・アベルも姉のような運命を

辿ったかもしれないのだから。



「それを言うなら俺もクリスも似たようなもんさ、そうか、最初から男として生きてりゃ軍人にも志願したくなるわな」


「こんな事言っちゃ怒られそうだけど、アベルって全然女の子っぽくないしね」


そこで初めて3人は少し笑う。


「でも、アイツ、このままどうなっちまうんだろうな?」

「うん・・・やっぱり追い出されちゃうのかな?」


「……」



二人の心配をよそにギィルは何も答えなかった。結末によってはその方がアベルの為だと思ったからだ。



ーーーーーーーーーー



あれからウォンはすべき事はやってのけた。あの騒動に関係した者は全て独房に入れ、それぞれに一カ月の監禁に処する。


アベルと名乗る少女に対しても、憲兵に引き渡し、充分に取り調べを受けさせた上で然るべき処分にするようにと進言した。



ハビンガムとの決戦は間近に迫っている。ウォンとしても早めに作戦案を纏めなければハーバーの顔に泥を塗る事にもなりかねない。


だと言うのに・・・。



「ウォン准尉、あの者、どうしても軍に留意すると言って聞かないのです・・・こちらとしてはスパイ容疑はとっくに晴れたので従軍看護や、女性糧秣部隊に転身でも構わないと進言したのですが・・・」



「何分、諦めが悪いというか・・・終いにはウォン准尉を呼べとまで叫んでおりまして・・・」



憲兵が申し訳なく、ウォンに頭を下げる。本当の所ならば憲兵の方が階級は上か同等である為、このような振舞をすべきでは無いのだが、ウォンはその階級以上に重要な任務に就いており、ハーバー元帥お抱えの参謀官でもある。


そう言った背景が、階級に留まらず憲兵達を萎縮させているのであった。




「はぁ・・・やれやれ」



例の如くまたいつもの癖をするウォン。だが、そのセリフに似合わず顔はいつも少し笑うだけで本当に落胆しているのかどうかは読み取れない。


それがまたウォンと言う男の魅力でもあった。



・・・・・・・・・



ウォンが取り調べ室に入るないなや、その場にいる全員が最敬礼をする。共に挨拶を交わし、憲兵に代わってアベルの話を聞く事に・・・。



アベル少年、もとい、アンナ・ベイカーはリフォルエンデの26番街付近に在住。と、だけ書かれている。孤児はこの国では珍しい事では無いが、父親の方は戦争で死に、母親はその後すぐに別の男の元へ行き、アンナはその時に捨てられたと供述している。


そんなアンナの言い分は一貫して憲兵が話していたものと同様のものだった。



・・・・・・まるで子供の言い訳だな。



ウォンはアンナの話を聞き、内心呆れながらそう思う。主張するのは一貫して、『男』として糧秣部隊で軍務を続行したいとの事、性別や名を偽った事による謝罪、それでいて女性扱いはして欲しくないとの事。



女性でも輝かし功績を上げれば、階級は上がるし彼女の望む生活も向上すると何度説明しても全く信じようともしない。さすがのウォンも話の通じない相手では戦略の立てようが無いと半ば諦めかけていたが・・・。



「ふぅー・・・まぁいいや、ちょっと話題を変えようか」


「君は自らを男として見て欲しいと言うが、それは生涯連れそう相手にも影響してくるのかい?」


「・・・どういう意味でしょうか?」


「恋愛したい異性は、男?女?」


「え?・・・えっと、その・・・」


不意に意図しない事を聞かれ言葉を濁すアンナ。


「その、恋愛とかしたこと無いから、分かりません」


「・・・そうか」


ウォンはさらに話題を変える。


「君は上を目指したいのだろ?では、結局元の部隊に戻ろうが上限は定められている、末端から軍に加入しても最終的には佐官にはなれない、これは知っているかい?」


「はい!でもそれでも、上等兵、いえ准尉様ぐらいまで進級出来れば、少しは・・・」


「甘いね」


「えっ?」


「僕はロンドニアという傭兵国家の出身だが、そこからリフォルエンデのマルティネス・ハーバー元帥に引き抜かれてここへやってきた、准尉待遇でね」


「まぁ自分ではそこまでと言う程でも無いと思っているが、ちょっとした戦術を考えるのが少し得意でね、ハーバー元帥はそれを買ってくれたと言う訳だ」


「はぁ・・・」


「まぁそれは良しとしてだ、君は一介の兵が尉位になれるまで、一体どれほどの貢献をしないと行けないか、ざっと計算した事はあるかい?」


「それは・・・」


「毎日、汚い軍服を洗ったり、味のしないスープを作り続けているだけで階級が自然に上がるとでも?」


「いえ、やはり武勲を立てるべきであると考えます!」


「具体的には?」


「はい、敵軍を葬る事、戦場において勝利に貢献する事であります!」


「その通りだ、つまり、戦争が起きなければ君はずっと下級兵のまま、毎日死ぬまで兵の食事を作り続ける訳だ」


「そんなっ!そんな事にはなりません!現にもうハビンガムと何度も戦争しているし、すぐ次の戦いだって」


「そうだ、もうすぐ我が軍はハビンガムへ侵攻する、君も兵として戦争へと駆り出されるだろう、そこで最後の質問だ」





「君は戦場から戻って来れると、自信を持って言いきれるのかい?」




「それは……」




アンナは言葉を失い、黙ってしまった。


それを見定めて、ウォンは「やれやれ・・・」とため息をつく。ようやく言い訳の効かない子供の説得に成功出来たのだ。



「分かりません、でも絶対に生きて帰れるように努力します!」


「うん、しかし、君がいくら努力しようが死ぬときは死ぬ、違うかい?」


「・・・違い、ありません」



拳をぐっと握りしめ、悔しさを滲ませてアンナはようやく現実を認めた。


当初は、予期せぬいざこざに巻き込まれ、いい迷惑だと感じていたウォンではあるが、ここへ来てこのアンナ・ベイカーという人物に少しではあるが興味を持ちつつあった。



流儀という言葉がある。



技能や、芸術、人、家、派・・・これらの言葉に流儀を当てはめる事により、そこに気高い格式と誇り、そしてそれらの存在意義を最大限に高める事ができる。


例をあげるとするならば、男には男の流儀が、女には女の流儀があるとする。


それぞれに目指す者や最終的な目的は当然違っていき、女が男の流儀に触れる事も、またその逆も当然無いのだ。


しかし、このアンナ・ベイカーという女はそのどの流儀にも当てはまらない生き方をしようとしている。



それはアンナとしての流儀、男でも女でも無い、アンナ・ベイカーという人物だけの流儀を。



ウォンはその人としての彼女の流儀を今後も見てみたいと感じたのである。ただでさえ上に行く事が厳しい現状でその性別の壁すらも超えてこの子は己の流儀を貫き通す事が出来るか?



その思惑がウォンに意外な言葉を導き出したのであった。



「上を目指すのなら・・・」


「君は士官学校を卒業すべきだ」



「・・・し、士官学校ですか?」



「ああ、確かリフォルエンデにもあったはずだ」


「・・・でも、俺、学校なんか行くお金が・・・」



「・・・? 知らないのか?士官学校は全て学費を国が免除する制度になっている、まぁその分、卒業したら軍に加入する事を強制するというものだが・・・」



「そうだったんですか!」



「ああ、でも勿論誰でもという訳じゃない、士官になるべき者、それを志す者でも同様、それは有能な者でなければならない」



ウォンは静かにアンナの目を見る。



「まぁ当然だが、経験も積まずにいた人間の優劣など判断付けようがない、なので、この士官学校の入学方式は全て推薦によって行われている、まぁ要するに親のコネで

入学したり、成金商人が金を裏に回して入学したり」



「そんなっ!じゃあ俺なんかいくら逆立ちしたって・・・」


「推薦状なら僕が書こう、もっともそれで君を国が受け入れてくれるかは半信半疑ではあるが」



「えっ・・・?」


「僕じゃ不服かい?」


「いえ!願っても無いです!お願いします!どうか俺を士官学校へ推薦してください!」



「うん、あっ!そうだ」


「・・・?」



「君に宿題をやろう」


「しゅ、宿題ですか?」


「ああ」



「士官学校は士官になる為の全てのカリキュラムを学ぶ頃が出来るが、その中でも専攻して自分が最も得意とする分野を実戦さながらに克服して貰いたい」



「実戦、戦術、軍事技術、衛生、砲術、これらの中で君が最も得意とする分野を見つける事が僕からの宿題だ」



「分かりました!!」



「卒業すれば君は晴れて、『少尉』に任命されるだろう、そうなれば、階級は僕の准尉より上だ、と、なればもう僕に出来ることは何もない訳だ」



「いえっ!卒業した暁には必ずこの恩を返します!!!」



「いやいや、そう言うのはいいよ、まぁ僕が死んでたら存在すら忘れてくれても構わない」



「いえ!絶対に忘れたりいたしません!!本当に、本当にありがとうございます!!!」



こうしてアンナ・ベイカーはウィンの計らいによって士官学校への入学が決まる事になる。



この事がギィル達の耳に入るのは当分先の事になるが、少なくともアンナ・ベイカーの運命はウォンと言う男のおかげで大きくその歯車を揺らす事になっていく。


そして、それは大きな軋みを上げ、それぞれに別の道へと歩み始めていくのであった・・・。


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