二話

「どうして、そんな顔をするの?」

 今自分がどういう表情をしているかなんて分からない。分かるわけがない。

 少女が口を横一文字にしながら私を見つめる。段々と濁りが濃くなってきた彼女の目は、深海のように真っ暗。私を吸い込もうとする、逃げ場が無くて、他になにも見てはいけない真っ暗闇の牢獄へと。

 そんな顔ってどんな顔? そう聞き返せばいいのに、私の口から出たのは違う言葉。

「なんでそんな目で見るの?」

 なんでそう言ったのだろうか、質問で返して質問に答えたくなかったのか。それとも、その目から逃げたかったのか。

 少女の細めた目が私を射貫く。

 腰を浮かしかけたが、縫い付けられるように椅子に留まってしまう。

 終末の教室、私たち以外には誰もいない。

 ――私たち以外、誰もいない終末の世界。

 その事実の錨が私をこの場で留める。

「そんな目?」

 少女は、微笑を浮かべる。

 少女の声が、寄せては引いていく波のように私をくすぐる。

「どういう目なの? わたしには分からないわ、だから」

 少女は椅子から立って距離を詰める。自然と私の視界は彼女でいっぱいになる。

 不意に伸びてきた二つの手が、私の顔を優しくすくい上げる。軽く上を向いた私の目に、少し屈んだ彼女が映りこむ。

「もっとよく観て、わたしに教えてくれないかしら?」

 目を凝らせば底が見えそうな、だけど深すぎて絶対に見えることのない青。そんな彼女の瞳を私は見続ける。そこにあるものがなぜだか気になって仕方がない。

 彼女の奥底になにがあるのか、彼女がこの終末世界でなにを見ているのか、それが分かる気がする。

「ねえ、教えて?」

 彼女は私の耳元へ顔を寄せるとそう囁いた。

「……もっと」

 私の耳元でクスリと、彼女が笑う。

「もっと?」

「もっと観たい」

「そう……、いいわよ」

 彼女は私の膝の上に座ると、再び私の顔に手を添えて、視線を合わせる。淡く透き通った瞳に私は吸い寄せられる。

 静謐な泉の中に、一滴の雫が落ちていく。

 落ちた雫は水面を騒がせると、溶けることなく底へと向かう。

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