終末の教室で
坂餅
一話
気がつけば、私は教室に立っていた。
見慣れた掲示物の配置、机と椅子の傷と色。窓からは白い光が差し込む。
喧騒とは程遠い終末の教室。誰にも邪魔されない、自然に囲まれた人工の空間。
「どうして、あなたは存在しているの?」
無口な水面に雫を一滴垂らしたように広がる声。
この教室には私しかいないと思っていた。
窓辺に立つ少女は私を見据えながら、鋭くて冷たい、繊細な声音で問いかけた。
「どうして存在してるって……そんなこと」
私には少女の問いの意味が分からなかった。なぜ存在しているかなんて、求められてこの世に産まれたからとしか言いようがない。
――あれ? 私は誰に求められたんだっけ?
少女が動く気配はなく、今も私の事を見据えている。
その瞳は透き通った泉に墨汁を垂らしたように見えた。
「どうして、あなたは存在しているのかしら」
少女は遂に私から顔を逸らし、教室の外に目を向ける。まるで、檻の中から外の世界を見るよう、目を細めて、羨むように。
私も、あの子の見ている景色が気になった。だからゆっくりと近づく。
「あなたも見たいの?」
少女が小首をかしげて私を見る。私は頷き返した、そうしたら少女は私の正面に立つ。
「だめ」
少女はそのまま私を押し戻そうと、私の両手を掴んで一歩。
反射的に一歩後ずさった私は、机に身体をぶつけてしまう。
「あなたには見せてあげない」
そして、さらに踏み込む。
机に身体をつけて、仰け反っている私を逃がすまいと、少女は机に手をついて私に身体を預けてくる。
少女の体重が乗り、耐えきれなくなった私は、机の上で仰向けに倒れてしまった。
少女の手が私の腰辺りにあって、身動きがとれない。抵抗する気は起きないけど。
「なんで私には見せてくれないの?」
そう言うと少女は私にぐっと顔を近づける、お互いの吐息が感じ合うことのできる距離に。
「独り占めしたいから」
濁りを含んだ瞳が僅かに震える。
この子の目には、私はどう映っているのだろう。ふと、そんなことを考えてしまう。
「だから、あなたには見せてあげない」
少女の右手が伸びてきて、私の頬に慈しむように優しく、水面を騒がせないように。
少女は満足したのか、次は私の髪の毛を摘まむ。
――私の髪の毛はこの子と同じ黒色だったんだ。
「名前はなんていうの?」
私が問うと、私の髪の毛が少女の手を滑り落ちる。
「唐突ね」
身体を起こした少女が私の手を取り、起き上がらせる。
そして、私の視線が窓に向かないようにか、手を持ったまま私の後ろへ回る。少女はそのまま真後ろに向いた私の手を押して椅子へ座らせる。
「名前なんて必要ないわ」
少女は私の前の椅子に座るとサラサラと艷めく髪を耳に掛ける。
「あなたとわたしだけ、他には誰も存在していないから」
満たされたように、細く息を吐き、目を閉じ、この時間を愛でるように。
――この子が名前なんて必要ないと言うのなら、私は……。
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