第33話 芋虫を毒す
あれから一悶着あったが無事ティルぴにシュシュを装着したナクアはその姿にご満悦だった。
「ちょうかわいい!!!つらい!!! みみ!!」
「なにそれwww でもスッキリしたわ! ナーちゃんありがとね! まあ複眼使っても真後ろは流石に見えないから自分だと分かんないけど。これマジで似合ってる??」
「うん!! むしろにあいすぎて、もうなにがなんだかわからない!! しんじゃう!! ここからにげだしたい!!」
「マジで何言ってんのww」
蜘蛛脚を駆使して完成させたポニーテールは苦労はしたが結ぶ位置をかなり高い位置に設定している。コテやワックスがない為、動きは少ないが髪で隠れていた耳が露になり、かなりスッキリした印象になっていた。また前髪を薄めに残しシースルーっぽくしていて元々若い容姿をだったが、より若く少し垢抜けた印象になっていた。
当然ティルぴが大好きで前世から若干拗らせ気味だった芋虫中毒者幼児も自分でヘアアレンジをやっておきながら未だ興奮が冷める様子はない。
(ひゃあぁああぁぁあ!!! アラクネでポニテとかマジでヤバすぎ!! もはや国が決めた可愛いの基準値超えてんじゃん! あー完全に可愛いの陽性反応出てるわママ。このまま2人で無期限自宅療養したい!!――ふぅ、一旦落ち着こう……でもこれコテで髪巻いたらもっと可愛いんじゃない? ていうかコテって異世界にあんのかな。後でフラウ達に聞いてみよ! そうと決まれば早く帰って確認しないと!あと皆にも可愛いママを見てもらわないと!)
ナクアの脳内から先程まで大半を占めていた狩りや釣り、芋虫という項目が一瞬でキュッと縮小され、代わりにポニーテールと……シュシュとポニーテールが唐突にパッと登場した。しかしそんなナクアにティルぴの声が届く。
「――きた!! 大蛇ヒット!!!」
「ん?…………あ、そーいえばつりしてんだっけ?」
「いや忘れんなよww ていうかさっきまでやらせろって言ってたじゃん! わりとガチで頭大丈夫? ……あ、そういえば小さい頃に従姉が芋虫食べすぎると頭パーになって最悪死ぬって言ってわ。(小声)……えっあれマジなの!!?」
「とつぜんなに!!? ていうか、さいごのほうききとれなかったけど――」
正確には、ティルぴが小さい頃に今のナクアと同じく芋虫を要領よく乱獲して貪っていると歳の近いアラクネ族の従姉に"ガキが芋虫食べ過ぎると頭がパーになって爆死する"とか"お前の芋虫は私のモノ、私の芋虫は私のモノ"と言ってよく芋虫を横取りされていた。
まあ当然、全てこのガキ大将イズム全開の従姉による虚言だが、何を隠そうこの従姉こそがティルぴの狩りとギャルの師匠で里で唯一の味方だった存在。そして思い出補正もあってティルぴはこの従姉に今尚、謎の信頼を持っている。
不審に思うナクアに下手に説明して怖がらせるのも悪いと誤魔化すティルぴ。
「いや、何でもないって!!えーまあ、それはもうどうでもいいけど蛇引っ張るから手伝うんならこっち来て!」
「ナーちゃんひっぱりたい!!」
「あと袋に入れた芋虫は没収な!」
「あ!! ずるしないでよママ!! なまけもの!!」
「別にあーしが食べたいんじゃないから!! ナーちゃん食べ過ぎ!! 何匹食べたの??」
「108!!」
「既にパーになってて毒。没収。」
「むぅー」
煩悩まみれのサボり魔ナクアから芋虫を没収してようやく釣りに集中するふたり。しばらく怒っていたナクアだったが糸に触って機嫌が戻っている。
またナクアから大して疑問は上がらなかったがティルぴの釣りは見ての通り一般的な釣りと明らかに違う。そして1番のポイントになる返し針のない餌(赤獅子)でどうやって食い付いた蛇を引っ張るのかという点。これは巻き付けた糸の粘着性を魔力によって操作し、口内にベッタリと貼り付けて固定するという悪魔的な方法で解決している。そして何よりアラクネは地引網みたいにゆっくり地道に引っ張る事はしない。
森の中に向かって伸びる糸が激しく揺れ、ギリギリと音を立てているがティルぴは微動だにしない。その後ろで糸を握るナクアは当然揺れなど何も感じないし、何なら糸を振り回して遊んでいた。
「じゃあいち、に、さん、で引っ張るから!」
「わかった!! じゃあ、いくよ! せーの!!」
「「いち、に、さん!!」」
引くのはこの1度のみ。そしてその瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。
――突如現れたいかがわしい赤獅子を激しく警戒していた大蛇だったが、30分近く大人しくしている様子を観察して辛抱堪らず食べる事に決めた。人間は保有する魔力こそ高いが質量に乏しく当然腹は満たされない。チロチロと舌で獲物の最終確認をしたあと大きな口で獅子に喰らいついた。
「――ッ!!!」
しかし獲物が全て口に収まり、胃に送り込もうとした時に突如として異変が起こる。赤獅子が口内にガチガチに張り付き、胃に送る事はおろか口を開くことすら許されない。経験した事の無い異常事態に大蛇は慌てて身体ごと後ろに下がって剥がそうとするがビクともしない。そして困惑する大蛇に追い討ちをかける様に突如とてつもない力が加わり、深い森に為す術なく引き込まれた。
巻きついていた大木は爆音を立ててへし折れ、身体が宙に浮く。抵抗も出来ず引き寄せられるがまま、木々の間をくぐり抜けて暫くすると目の前に人の姿をした大小二つの熱源が現れた。
「あっ見えた!ていうか結構デカいじゃん!!」
「――ッ!!?」
大きな熱源から感じるのは、本能に訴えかける測定不能の圧倒的な力。
「なんかおもってたつりとちがうけど……おいしいならいいか。」
「――ッ!!!?」
そして隣の小さな熱源から感じる不吉なオーラ。それは一見して死にかけた生き物が纏う様な弱弱しいオーラだった。しかしそこから僅かに禍々しい邪悪な力が漏れ出ている。それは理から外れた異質な存在だと野生の勘が告げていた。
「こんなもんかな!!」
その声と同時に大きな熱源が正拳突きで大蛇の運動エネルギーを相殺する。そして抵抗する間もなくその衝撃で呆気なく大蛇は死に至った。ちなみに小さい熱源は衝突の衝撃波で3回ひっくり返っていた。
――そしてなんやかんや大蛇の下処理として腹を捌いておじさん誕生までが今に至る経緯である。
現在、地に頭つけてアラクネ親子を神様と崇拝する裸のおじさん達の爆誕に流石の2人もドン引きしていた。また2人とも男性の裸自体を初めて見た為、その動揺は計り知れない。特にナクアは前世のトラウマから男性を苦手としていて拒否反応がかなり激しかった。
「「かみさまぁ」」
「いやぁぁああ!!! キモイキモイ無理無理無理ッ!!!」
「ちょっとナーちゃん、落ち着いて!!」
「そ、そうだね。ママだいじょうぶだよ。い、いもむしがね……ちっちゃい、いもむしが……たくさん……フラウたちに……もってかえらないとね」
「「……か、かみさま?」」
「ナーちゃん!? それ芋虫じゃないから!! 没収したやつ返すから落ち着いて!!」
ティルぴが狂乱するナクアを取り押さえた事で最悪の事態は避けられた。
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