第31話 狩りを毒す

 赤獅子の糸玉に近づくと改めてその大きさに張本人のナクアが1番驚いていた。


(遠かったし、無我夢中でわかんなかったけど、これ私がやったんだよね。なんか……ちょっと……マジで超強くない私? 冷静に考えてパンツ作れて、ママが可愛くて、アラクネで、力強いとか……控えめに言って最強じゃん!! ふふふ、にひひひひひ、ダメだ! 心のダムが決壊する! 自分の有り余る才能に顔がニヤつく……)


「……ナーちゃん、生まれて数日でイキってニヤニヤしないの。はっきりいって顔キモイよwww」

「――ッ! イキってないし!こっちみないでっ!」


 そうは言うがナクアの心のダムは既に決壊している。嬉しいニヤニヤは留まることなく溢れ出し、からかわれるのが嫌で両手で必死に隠すが、それがかえってティルぴの琴線に触れていた。


「やば、うけるwww ――あれぇ? そんなに嬉しかった? 糸いっぱい出せて嬉しかったの?? じゃあママがナーちゃんに偉い偉いしてあげる! ナーちゃんは良い子でちゅねぇwww」

「ヤッ!! ママのいじわる!!これいじょうニヤニヤさせないで!!」

「可愛すぎ、しんどwww」


 ――ナクアのニヤニヤスパイラルを一頻り楽しんだ後、ティルぴは蛇狩りの方法について説明を始めた。ちなみにナクアの機嫌はお約束のうりうりによって回復している。


「蛇狩りだけど、まず蜘蛛の巣を張って罠を仕掛ける――」

「うわ、それめっちゃくもっぽい!! ナーちゃんくものすやりたーい!!」

「――のは時間が掛かるし、ガチで面倒くさいんであーしはやんない。」

「むぅー」

「はいはい、怒んないのw つーことでこのガンジ状態の赤獅子使って蛇1本釣りすっから!まあこれが蜘蛛には出来ないアラクネスタイルってやつ? ていうか実際、蜘蛛の巣とかシャバいからイケてるアラクネはやんない訳。……まあ詳しい理由は知らんけどw」

「えっ! つまり、いまからつりするの!? したいしたい!!」


 ティルぴはそういうが実際は数の多い糸使いの苦手なタランチュラ種が最も狩りを担当する割合が高く、また罠を仕掛け捕まえる場合、獲物がかかるのを待つ受け身スタイルになる為、量の調整がかなり難しい事が大きな要因といえる。

 更に言えば美味しい獲物は体大きく知能が高い傾向にあり、例え大量に捕まえても味が微妙な成長途中の小動物や小虫を無闇に捕獲してしまう罠は生態系を破壊しかねない側面もあった。

 そんな自然との調和を考えた賢いアラクネの価値観はすっかり形骸化してティルぴ達若いアラクネは"イケてる"という漠然とした理由に落とし込んでいた。


 まあナクアの興味は既に蜘蛛の巣から蛇釣りに完全移行していてアラクネ考察など頭にもなく、蜘蛛の巣の狩りは今度1人でやってやろうぐらいに思っていた。


「とりあえずナーちゃん、釣りの餌にするからさ、この糸解いてくんない? あーしも手伝うからさ。」

「はーい!……あっやば。」

「ん? どうかした?」

「いや、なんでもないなんでもない! えっと……ちなみにつりってどうやるの?」


 ティルぴに言われて早速糸を溶かして食べようとしていたナクアだったが、足に刺さったバカでかい糸弾を思い出し、ティルぴを制止して時間稼ぎも兼ねて質問を投げ掛ける。


「どうって……こいつを毒で麻痺させて、糸を括り付けて、あとは蛇の知覚範囲外からあーしの神がかった釣りセンスで仕留める的な? なんか大蛇って感覚が鋭い癖に目悪いから糸とか気にしないんだよね。 しかも全部丸呑みだしwww マジの鈍感系で毒www」

「ていうことは、ぜんぶほどかなくてもいいよね??」

「んー、まあちょっとくらいならいいんじゃね? どうせ釣り用の糸は巻くんだし。」

「よっしゃあ!!」

「ヤバ、生後数日でサボり癖ついてんじゃんww 子育てむじぃwww」


 大蛇の持つ知覚能力は蛇が元々持っているピット器官と呼ばれる赤外線センサーの様に熱源を感知する能力を魔力によって大幅に強化したものだ。この能力によってより広範囲に、そして正確に位置情報や大まかな相手の強さを読み取れる為、自分より格下の獲物以外は狙わないとても慎重な性格をしている。

 とはいえティルぴが言うように視力が低く、大きさの割に知能も大して高くはない。そのため見た目こそ恐ろしいが目の前に弱った生き物がいれば、少しくらい怪しくても食いつく可能性が高いちょっと残念な蛇といえた。



 ――何だかんだ20分程で意図的に足だけ糸を残した麻痺状態の赤獅子が完成した。ティルぴはその赤獅子に上段の蜘蛛足から2本の太い糸を出し、魔力によってクルクルと束ねて直径2cm程の縄を作ると赤獅子の胴体に巻き付けた。その後も縄をどんどん作り続け、十数分でティルぴの身長の3倍はある縄の山を作り上げると蜘蛛脚から縄を切り離さずピタリと脚を止めた。

 ちなみにその間サボり癖を獲得したナクアは芋虫と糸を食べながらゴロゴロしていた。


「……こんなもんかな。よし!ナーちゃん、釣りするからゴロゴロしてないでこっち来て!!」

「んあ? ……あっ、ナーちゃんはやくつりしたい!!」

「チッ、コイツあとでシメ……躾けるか(小声)」

「えっなに?? なんかいった??」

「あー、ナーちゃんマジ可愛いって言っただけ!」

「そ、そうかなぁ! まあ、ひていはしないけどねッ! ふふふ、にひひひwww」

「だからキモイからニヤニヤすんなってwww」

「キモくないッ!!むぅー!」


 ティルぴはやれやれと怒るナクアをひょいと担ぐとそのまま赤獅子の首根っこを掴み、こちらもひょいと持ち上げた。


「ママちからもち!すごーい!!」

「まあね。そんでこれをあっちに向かって……こんなもんかな!!!」

「――ッ!!」


 ティルぴは1度振りかぶって、赤獅子をまるでカタパルトみたいに勢い良く遠投した。それを間近に見ていたナクアは吹き飛ばされそうな風圧と一瞬膨張した腕の筋肉に驚きを隠せない。しかも木々の間を縫うように抜けて遠ざかっていく獅子の姿に興奮は最高潮に達していた。


「うわぁ!! ちょうかっこいい!!」

「シーッ!ごめん、ナーちゃんちょっと静かにして。いま木避けたり、ポイント探ったり大変だから。」

「……ひゃい。」


 異世界でも共通だった人差し指を口元で立てて静かにしろとジェスチャーをするティルぴに思わずキュンとするナクア。ティルぴは縄に魔力を通して進行方向を操作しつつ、大まかな距離を測っていた。そしてシュルシュルと音を立てて小さくなる縄の山が残り三分の一になった時に急に縄を一瞬引き寄せ、小さく息を吐いた。


「うん、良い位置に引っかかったっぽい。ていうかあーしマジで天才かよ。逆に引くわwww」

「ほんとうに?」

「多分ね! あとは少し待ってれば直ぐに釣れるから!」

「ねぇねぇ、ナーちゃんにもつりさせて!させてぇ!!」

「あっバカ、ちょっとそんなに揺らしたら――」


 ――ナクア達から700m程離れた地点。そこには太い木の枝の上でだらんとうつ伏せになった赤獅子の姿が確かにあった。


「シュルルルルルル」


 そして真上から長い舌をチロチロと動かして近づくくだんの大蛇が無機質な瞳でその獲物をジッと見詰めていた。先程の人間と同様に舌先で獲物を毒味して、いざ丸呑みにしようと飛び掛かった瞬間、獲物に異変が起こる。


「――ッ!! シュルルルルル!!?」


 突如、まるで赤獅子の腰だけが別の意志を持ったかのように小刻みにカクカクと上下運動を始めた。流石に視力が低い大蛇でも熱源の動きは感知できる。寧ろ筋肉の収縮時に発する熱も分かるため動作に対して鋭い分析力を有している。糸の力によって筋肉を使うことなく無心で枝に腰を振り続ける赤獅子は大蛇にとって未知の生命体と言っても過言ではなかった。


「シュ、シュルルル……」


 小さく声を上げ、サッと身を引いた大蛇は先程とは違い、目奥には確かな嫌悪感とほんの少しの悲哀に満ちた濁りを含んでいた。

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