第30話 約束を毒す

 誰もが恐れ慄く深い森でナクアは珍しく悩んでいた。


「あ、あいつ仲間呼んでんじゃん? うわー、マジでシラケるわ。あ、ありえないよね? ……あれ? そう思うよね??」

「グガアアアアァァァァア!!」

「えっ、そ、そうだね。」

「だ、だよね!! 反応無いから焦ったわ! ていうかマジで空気読めっての獣。あーあ、一匹狩ったとはいえ、まったく同じヤツ狩るとかだるいわぁ。……ナーちゃん変な顔してるけど大丈夫?」

「……だ、だいじょうぶだよ。」

「グガアアアアァァァァアア!!」


(お願いもう許して!! その自分で傷口を弄くり回すスタイル笑いそうだからやめて!! あとこの空気が無理!! 薄暗い森とけたたましい鳴き声がシュールさを際立たせてヤバイ!………で、でも今更そこに突っ込んでも藪蛇だし、本当に狩りが成功してて仲間を呼んでる可能性もあるかも……よし、こうなったらママに合わせて乗り切るしかない!! 耐えろナクア!!!)


 これまでの人生で空気を読んだり、話を合わせるという経験が明らかに不足しているナクアだったが表情筋をフル稼働させ必死に平静を装い相槌を打つ。使い所に疑問は生じるが、これこそが愛がなせる技なのだろう。しかし、また一つ成長したナクアに更なる試練が降り掛かる。


「落ち着いて高い所から標的を捉えるのも大切なんだよね! ゆーて仲間がやられて気が立ってるかもだし、ここは慎重にね!」

「な、なるほど! ってうわ、たかーい! すごいね!」

「そうっしょ!! ――あっ、いた!! 吠えてるし絶対アイツじゃん!!」

「ほんとだ!! おおきいライオン?みたいな――はッ!!」


 糸を使って一瞬で木の上に飛び乗ったティルぴとその足に引っ付いたナクア。ようやく地面に生い茂る草から解放され視界が少し拓けると周辺の地形が僅かだが理解出来た。とはいうが一面が緑一色、ただ不自然な赤いたてがみが視界の端で揺れる。目を凝らせば吠えながらゆっくりとこちらに向かっている焦げ付いた赤い獅子が確かにいた。

 ナクアはその姿をジッと観察し、そして後ろ右足だけに生えた謎の白い突起を発見する。それは明らかに自前のものでは無く、微かに見覚えがあり、なんならついさっき見たアレだった。


(やばいやばいやばいやばい!!! めちゃくちゃ足にバカでかい糸弾刺さってるんだけどッ!!!嘘でしょ、どうすんのコレ??……ティルぴはまだ気が付いてないっぽいけど……とにかく早く何とかしないと!! ティルぴの意識を何か別の所に! くっ古典的だけどあれしかないか!!)


「あッ!!! ママなにあれ!!? じっくりみてると……あの、すごいアレがとびでてくるヤツだ!! いってんをじっくりみるとヤバいやつ!!」

「は? アレが何?? 飛び出て?? えっ、うーん……もしかしてアレのこと? いや、あのポロンとした……おっ! なんか寄り目にすると見えそうかも――」


(貰った! 今だッ!! 第一から第六蜘蛛脚を解放! 隠蔽用網糸弾装填完了! 目標を確認!!弾道予測完了! ナクアガト……ガトキング?いや、あーあの、ほらアレじゃん!なんかこう……連射するヤツ発射ッ!! おらぁ! 全てを白に塗り潰せぇ!!)


 かなりベタな嘘によって一瞬のスキをつきナクアが獅子に向けて6つの蜘蛛脚を束にした擬似ガトリング砲から大量の親指程の糸弾をサイレントで放つ。その間、割とモタモタしていたがティルぴも目の焦点を意図的にズラして立体映像をみる所謂ステレオグラムを森の葉っぱで勝手に発動させていた為、余裕で間に合っていた。

 肝心の砲撃は足を怪我している獅子には回避が難しく、弾が当たれば蜘蛛の巣状に広がって更に動きを阻害し、更に圧倒的な質量で見る見るうちに全てを覆い隠し巨大な糸玉が完成していた。


「ふぅ、これいじょうはキケンかな……」

「――って、あっ!! 後ろでなんかしてると思ったら……ナーちゃんやるじゃん!うぇーい! 糸足りてなくなぁい?(アラクネ界特有のウザ絡み)もしかして無理してんの??」

「いや、ぜんぜんむりしてないから!」

「ふーん、でも無理そうだったら言うんだよ!」


 パンツを作って気絶したナクアが大量の糸を使っているのに明らかに前よりティルぴのノリが軽いのには理由がある。それは前日、隊員の下着作りをする時にちょこちょこと問題が発生し、皆で会議をして結ばれた"ナクア 糸五箇条"の存在が大きい。


****


~ナクア 糸五箇条~


 その一、パンツ、ブラはティルぴもしくは隊員が監督している時以外に作るべからず!


 その二、自らの限界を知り、少しでも体調不良を感じたらパンツ、ブラは作るべからず!


 その三、製作を理由に人のパンツやブラを無闇に観察し、品評するべからず!


 その四、半ば強制的に際どい製作物を着させたり、明らかに実用性のない装飾をするべからず!


 その五、その他で糸を使う時も命に関わる場合を除き、絶対に無理をするべからず!


 以上の五箇条を破った場合、1週間糸の使用を禁じ洞窟謹慎と強制オムツ生活とする。


****


 ナクアはこれに渋々承諾していて、ティルぴも別に死にかけたりしなければナクアの自由意志を尊重していて割と寛容になっていた。もっと言えば"あーし、子供のオムツ替えがしたかったんだよねwww"と言って捩じ込んだ私的すぎる罰がどうしてもしたいのか"隠れてパンツ作ったり、少しくらいなら無理しろよ"ぐらいの気持ちすらあった。


「でもこんだけやって無理してないとか、マジでスパダじゃん。可愛げないわwww」

「ひどーい! むぅー」

「もう、むくれないの! あっそういえば、さっきナーちゃんが指差した奴さ――」

「いやぁ、あれはなんというか……」


 バレると芋ずる式にティルぴの失態が露呈すると恐れたナクアがしどろもどろとしていると極めて明るくティルぴが能天気に話す。


「もしかして大蛇じゃね!? あいつでかくて目立つ癖にめっちゃ木の上に隠れててレアなんだよね。あとハンパなく美味い! 狩りで降りてきてたっぽいわ。ナーちゃんの神引きエグいwww」

「へえー、ハンパなくうまいんだ……じゅるり」

「ヨダレwww でもあいつビビりだから、あーしが近付くと逃げるんだよね。という訳でアラクネの本領ってやつを見せたげる!」


 そう言うとティルぴは疲れて空腹状態のナクアを連れて糸玉になった赤獅子に一足飛びに近寄った。

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