第29話 神様を毒す
泣き叫ぶ巨大芋虫を踊り食いしてご満悦のナクア達は意気揚々と森を闊歩する。
「きょうはなにをかるの?」
「うーん、昨日は殆ど却下されたしガチで悩んでんだよね。とりあえずナメクジとカエルは駄目っぽいから……あっ、ていうかあの芋虫で良くね?」
「それもだめだとおもうよ。」
「マジかwww」
ティルぴというより、アラクネは毒に耐性を持ち、無機物でなければ何であろうが溶かして食べてしまう脅威的な雑食性を持つ、この世界に存在する全ての生物が捕食対象となる生態系のトップに君臨する存在。そしてこのフォビアの森にいる生物は殆ど毒や硬い甲殻、針のような毛など特殊な環境進化による独特な防衛手段を持っていて黒狼の様な比較的食べ易い生き物は食物連鎖の最下層に位置している。
昨日ティルぴが狩ってきた3mの角が生えたナメクジと1mの平たいカエルはどちらも肉に吐き気・目眩をもたらす微毒が含まれていて、何も知らず試食したロゼッタが盛大にリバースする事件が起こっていた。
というのも日本人と同じく、異世界人にもナメクジやカエルを食べる習慣はない。しかしながら嬉しそうに狩りの成果を見せるティルぴの手前、指摘も出来ず、調理はしたが扱いに困っていた調理担当のジャニスがサボって昼寝していたロゼッタを生贄にして食材の変更を要請した。
「もっと、けものっぽいヤツがいいよ。おおかみみたいな。」
「あー、がっつり男飯みたいな? 確かにフラウ達って体育会系だしねwww ゆーて、オシャレで繊細な味とかわかんないよね。」
「あーそれなwww」
悪気なくフラウ達をディスっているアラクネ親子。ナクアは芋虫でも分かると思うが、アラクネの味覚にかなり毒されつつある。昨日隊員達が食べられなかったナメクジとカエルも最初は引いていたがティルぴに勧められて生食し、見た目とのギャップに感動していた。
(ナメクジはあっさりしてとろみの強い……ヨーグルトスムージーっぽくて、カエルはさっぱりクニュとして……タピオカレモンティーっぽい感じだったな。確かにガッツリ感はないかも。……いや、そういう意味では濃厚系な芋虫はアリなのか? うん、ワンチャンあるなッ!!)
たった数日で完全にモラルが麻痺していた。そしてタチが悪いのは、自分の価値観=正解だという地雷的思考の存在だった。
「まま、やっぱりいもむしはイけるかも!」
「でしょwww 正直これはマストだよね! ていうか焼いたら跳ねるタイプじゃね? こいつのポテンシャルはエグい! もう流行る未来が視えたわwww」
「わかる。いもむし、たりないまであるわwww」
「それなwww」
誰も望まない芋虫取りを始めた親子は、生きたままナクアの作った袋の中にポンポンと放り込む。モゾモゾと蠢く白い袋を引き摺り歩く姿はホラーでしかない。
そんなこんなで暫く、つまみ食いしながら芋虫を集めていると、突如けたたましい爆音と吹き抜ける熱波が2人を襲った。
「ナーちゃん危ないからこっち!!」
「うぎゃ」
ティルぴが異変にいち早く気が付き、糸を引っ張って芋虫のつまみ食いに夢中なナクアを一本釣りする。空中で芋虫汁を撒き散らしながらティルぴの胸に収まったナクアは突然の事に理解が追いついていなかった。とりあえずティルぴのふかふかの胸で心を落ち着かせる。
「ふぅ……ママいまのなに? ばくはつ? どうぶつ??」
「いや、動物じゃないと思う……もしかして例の悪い奴じゃね? うわ、だる。ほら、あのーなんて言ったっけ? なんか無駄に長いキモイ名前の奴ら!!」
「え、あー……たなとすセンパイか!」
「あっそれそれwww ソイツらが盛り上がってんじゃん? イキって森であーしらみたいに芋虫フェスしてんじゃね?」
「それはない。」
親子で下らない会話をしていると、爆音の方角からこちらに向かって猛スピードで迫る気配が一つ。それをティルぴが察知し、立ち止まるとため息混じりに独りごちる。
「だる、なんかヤバイ奴がこっちに来てるわ。どうしよ。」
「え!? どこどこ?? それにどうしよって、そんなにつよいの?」
「いや別に。美味しいか分かんないしどうしようかなってだけ。……でもまあナーちゃん狩りコツ教えるには丁度いいかな。」
「コツ? それって――」
「グガアアアァァァア!!!」
ナクアの次の言葉はどこからともなく聞こえた雷鳴の様な咆哮によって遮られた。ナクアは大気を震わせ、内蔵を揺するその轟音に思わずヒュッと息を漏らし、困惑した表情で辺りを見渡す。しかし深い森で反響したせいで方向の目星すらつかない。
そんなビビり散らかしたナクアを無視して、いつになく険しいハードボイルドな顔でティルぴが呟く。
「狩りにおいて大切な事は、一瞬のうちに一撃で標的を仕留めること、そのためには心を鎮め、意識を森と一体化させる――感じる……森の呼吸を。」
「グガアアアアァァァアア!!!」
「ち、ちかづいてる?! まま、スピってないでなんとかして!」
「フゥー……動物にとって頭と頸、心臓は基本的に急所――ッ! ここかッ!!!」
ガタガタ震えるナクアを足に装備しながらスピリチュアル状態のティルぴが目を閉じて意識を研ぎ澄ます。絶え間なく聴こえる咆哮をものともせず、精神統一を終えたティルぴが突然カッと眼を見開くと、スっと森の一点を指差し、その指をまるでガイドラインにする様に蜘蛛脚から硬化させた大きな流線型の糸弾を音もなく放った。
目で捉える事の出来ないスピードで糸玉が深い森に吸い込まれると先程までが嘘の様に森に静寂が訪れた。ティルぴは髪をサッとかきあげて、驚きから大口を開けて足に抱き着くナクアを見下ろし口を開いた。
「ふぅ……まあこんなもんじゃね?」
「ママすごーい!!!ちょうかっこいい!!だいすき!!」
「あ、えっそう? へへ、でも実際、今のはあーし的にもかなり決まってたよね! ていうかリアルに一撃とかあーしヤバくないっすか?? うぇーいwww」
「わかりやすくちょうしこいてて、かわいいwww」
「は?うざwww でもゆーてさ、狩りってのは気持ちっていうの? ハートの問題だからさ、ぶっちゃけテンションとかめっちゃ大事で――」
娘に良いところを見せられて舞い上がるティルぴ。また他者から褒められる経験があまりなかった彼女は心からの賞賛に対して余りにも無防備だった。結果、調子に乗って己の謎狩り理論を熱く語るティルぴがそこにいた。
しかし世界はいつだって冷酷に事実を突きつける。
「グガアアアアァァァァアアア!!!!」
「「……」」
その時、相容れないはずの気まずい沈黙と大音量の咆哮が森を支配した。ナクアは目と口を大きく必死で笑いを誤魔化す。そしてティルぴはほんのり赤みが増した難しい顔で前髪を弄り始めた。絶妙な空気の中でナクア達の狩りはまだ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます