第28話 悪夢を毒す

 あの女子会から2日が経過し、フォビアの森ではとある一団が絶体絶命の危機に陥っていた。それは1日前に痺れを切らせて森に強行突入した眼帯の男率いるエレナを狙う刺客達。


「シュルルル……」

「嘘だろ……黒狼の次は大蛇かよ……無茶苦茶だろこの森ッ!!」


 眼帯の男を先頭にした一団が対峙したのは森の木々の隙間から顔をニュっと出して長い舌を遊ばせる白い大蛇。全体像は深い森に隠れて確認出来ないが、頭だけで6メートルはある化け物だった。


「チッ、火魔法で蛇の周辺ごと燃やせ!! こいつら熱源を探知するが、視力は悪い!! その隙に後退するぞ!」

「こ、後方から赤獅子です!! こちらに猛スピードで迫ってます!!」

「遂に殺しにかかってきやがったか……残りの爆薬を全て使え!!」


 振り返れば後方から地響きを轟かせて木々の間を疾走する体高4m程の赤い毛並みをした獅子が爛々と瞳を輝かせて迫っていた。

 眼帯の男の指示を受けて、前列は蛇に向けて火魔法を放ち、後列はバックパックから黒い包みを取り出すと魔力で筋力を強化し、赤獅子に向けて遠投する。

 次の瞬間、前からは一瞬視界を奪う程の豪炎が上がり、後ろからは骨が軋む程の爆音が響く。


「よし!! 今うちに逃げ――」


 火の手が回っていない側面から逃走しようと左に顔向け、口を開いたが眼帯の男はその続きを言うことは出来なかった。


「シュルルル……」


 その不快な音に向かって少しだけ目線を上にあげると、頭上には不自然な角度で上から顔覗かせた無傷の大蛇が待ち構えていた。


「……っ。」


 思わず息飲む男を大蛇は何の感情も読み取れない無機質な黒い瞳がジッと見詰めていた。そして口を閉じたまま長い舌を出すと、チロチロと男の鼻先を舐め、刹那、音もなく大きな口を180度に広げて躊躇いなく丸呑みにした。



 ――気が付くと男は粘液がヌメヌメと纏わりつく生暖かい暗黒空間にいた。僅かに痛む肌に触ると服の感触はなく、ヌメリの中にザラっとした皮膚が垢の様に取れる感覚に戦慄する。更に粘液の侵入した耳を澄ませば僅かに胎動が聞こえ、体を動かせば動く柔らかい地面を感じ、男は漸く現実を受け止めた。そして深い絶望の中で1人自問する。


(間違えた、俺は間違えた。この森には絶対に入るべきではなかった。全員ここで死ぬ。ターゲットもとっくに死んでる。精霊の巫女だろうが助かるはずがない。もう嫌だ。いやだ嫌だ嫌だ!! 早く俺を殺してくれッ!! 解放してくれッ!! うぅ……神様ぁ……)


 すすり泣く男の周りにはいくつかの人の気配があった。そして、そのどれもが座して死を待つ絶望の縁にいる事は暗闇の中でも容易に想像がついた。皆が藁にもすがる思いで神に祈りを捧げる。



 ……そして、その願いは確かに神に届いた。小さな揺れの後、暗闇の男達に文字通り希望の光が差し込む。突然の光に目が眩んだ眼帯の男だったが、逆光の中に悠然と3対の翼を広げた神の姿をその目に捉えた。


(あぁ神様……罪深き私ですら、貴方はお救い下さるのですね!)


****


「うわっ! へ、へびからきもいにんげんがうまれた!! こわいよママぁ!!」

「は? ってマジじゃん!! ていうか全員おじさんなんだけどwww しかもツルツル全裸で毒www」


「……か、かみしゃま」

「か、かみしゃまぁ?」

「「「かみしゃまぁあ!!」」」


「しかも、かなりキマってんだけどwww」

「いやぁあ!! まじきもいッ!!!」


 ヌルヌルのツルツル全裸おじさん達が地に額をつける光景と共にフォビアの森にナクアの悲鳴が木霊した。



 ……一体なぜこうなったのか、話は1日前に遡る――


 女子会から明けて翌日、ナクア達は王国に向かう準備を始めていた。特に食料は森を抜けるまでどれくらい掛かるか分からない以上、現地調達にも限界がある為そこそこの量は確保しておかないと危険だと隊員達から申し出があった。そして森で自由に動けて狩りが出来る者はティルぴしかいない為、必然的に役割が決定した。他の者達も、装備の点検やティルぴが狩ってきた食材の加工、鍛錬、スポブラ作りなど目まぐるしく働いていた。


 そして本日、1日で全員のスポブラ(リーチェの下着上下を含む)を完成させたナクアはティルぴの反対を押し切って狩りに同行していた。ちなみに服装はティルぴがブラトップにパンツで下半身は蜘蛛脚で隠している。ナクアはティルぴの服をサイズ小さくしたデザインで、シアー生地は幼児に似合わないという事でストレッチ生地に切り替えていた。


「すごーい! おっきなきがたくさんだね!!」

「ナーちゃん、あんまり遠く行ったら駄目だからね! 糸で繋がってるけどすぐ変な事するし!」

「はーい!」


 ナクアとティルぴは糸でお互いを繋いで迷子にならないようにしている。ナクアは腰にくるりと糸が巻き付いていて何かあればティルぴが一本釣り出来る様になっていた。


 またティルぴがなぜ迷わずにいられるのかも糸が関係している。ティルぴは常に洞窟に繋がる糸を一本確保していて帰り道は手繰り寄せて判断している。これが切れるとティルぴでも迷子になる為、命綱ならぬ命糸となっていた。


「……。」

「ナーちゃん、めっちゃビビってんじゃんwww」

「うるさい! だってこわいじゃん!」


 崖を出発して数分歩くと森の様子が変化してくる。毒々しい大木が目立つ様になり、巨大な葉っぱが視界を遮る。1歩踏み込めば来た道すら分からなくなり、聞いたこともない動物の鳴き声、謎の呻き声が反響する。ナクアはすっかりビビり散らして、ティルぴのフカフカの毛が生えた甲殻にしがみついてキョロキョロと怯えていた。

 そんな様子に流石のティルぴも少し気の毒に思ったのか話題を変える。


「あっこれ美味いから食べてみ! マジでとぶから!」

「えっこれ……たべれるの?」

「うん、超美味いよ!!……半分こする?」

「は、はんぶんこ?……それを?」


「ピギャー!!!」


 ティルぴが差し出したのはハンバーガー位の大きさの丸々としたクリーム色の芋虫。木の幹から引きずり出したばかりで甲高い声を上げて激しく暴れていた。


「あーしも半分ことかした事ないけど……とりあえず、こうやって捻って引きちぎっ――」

「ピギャ!??」

「うわ、やめてやめて!! なんかかわいそう!!」

「ピ、ピギャ?」

「うんうん、もうだいじょうぶだよピギャお!」

「ピギャ!ピギャピギャ!」

「いいこだね、ぴぎゃお……あっ……きもっ」

「ピギャ……」


 当然だが近くで見るとピギャ男はかなりパンチのある見た目をしている。何とも言えない光沢があり、口からはネバネバした涎を出していて、ちょっとアレなナクアの感性を持ってしてお世辞にも可愛いとは言えなかった。


「…………あむ(ピギャ男にかぶりつくティルぴ)」

「ッピ……ギャ……」

「ぴぎゃおぉぉぉお!!!!」

「うん、やっぱ美味いわコレ!!濃厚でクリーミーっていうの? マジヤバ。もう1匹捕まえよ!」

「……へ、へぇ、そんなにおいしいんだ。」


 ティルぴが少しだけ考えた後、躊躇いなくピギャ男にかぶりつきチューチュー吸い始めた。みるみる萎んでいくピギャ男にナクアはショックを受けつつも、次第に好奇心が大きくなっていく。


(ごくり……あの有名なライオンが出るアニメを見てから、実は芋虫食べるの夢だったんだよね。かなり絵面は酷いし、女子として完全にK点越えしてるけど……まあ今更だし大丈夫かな! ハグ〇マタタ!!心配ないさぁ!!)


 ……食べるシーンは自主規制により割愛するがナクア曰く、芋虫はチーズ風味のカニクリームコロッケっぽくて大変美味しかったらしい。

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