第25話 進む道を毒す

 その後、フラウの毒焼き魚(※諸事情により丸々カットしました。)などで異様に盛り上がった女子会もそろそろ終わりの空気が流れ始めていた。

 しかし、そうなると話題は自然にフラウ達がこれからどうするのかという所に向かう。隊員達とリーチェは一度、仲睦まじく何かを作っているアラクネ親子と距離をとって相談を始めた。


「とりあえず王国に戻るには少なくとも過酷な2つのステップがいる。1つはこの危険な森を迷わずに抜け出す事。もう1つは待ち構えているかも知れない凶悪な刺客達を突破する事だ。……ただ正直言えば今の戦力でこの2つと立ち向かうのは中々に厳しい。」

「ここに留まるというのはどうですかぁ?」

「確かにティルぴさんもナクアちゃんも優しいし、現状それが1番安全だけど、あんた一生この森で暮らす気なの? それに彼女達だってずっといるってなれば嫌な顔するに決まってるわ。」

「それはぁ……でも暫くすれば王国から救援が来るかもですしぃ――」

「……救援はないと思います。王女が影武者だった今、私たちを危険を冒してまで助けるメリットがないですし。」

「ほ、本当にすみません……ボクのせいで……。」


「「……。」」


 先程までとはうってかわり、どんよりと重くなる空気を気にしてか、ジャニスが軽い口調で口を開いた。


「よし!! まあ、とりあえず森から抜け出さないと話になんねぇよな!ダメもとでティルぴに頼んでみるか!ついでに刺客も倒してくれるかもだしよ!」

「はあ、あんたね……私達はあの親子に愛想尽かされたら1日やそこらで死ぬのよ? 発言には気をつけなさいよ!」

「ちぇ、あーはいはい、悪かったよロゼッタ。」


 ロゼッタの言う通り、ティルぴ達の助けがなければ今度こそ黒狼に食べられるだろうし、もっと言えばその黒狼すら瞬殺するアラクネが敵に回る可能性すらある。彼女たちの生殺与奪は完全にティルぴに掌握されている状態だった。


「確かにロゼッタの言う通りだ。いくら何でもそれは恩人に対して不躾だろう。……私が思うに今のこの状況は有り得ないレベルの奇跡が重なり、多分私たちの出世や婚期など今後の全ての運を賭け金にして成り立っている非常に不安定なものだ。こちらから仕掛けるのは得策とはいえない。」

「ちょ、ちょっと恐ろしい事いわないでよフラウ! マジでお願いだから私の婚期だけはベットしないで!!下りるわ! 私はここでフォールドします!! 」

「シシシ、もうオールインしてるから無理だろwww 諦めろロゼッタ。」

「はあ? 何笑ってんのジャニス?」

「ちょっと、2人とも仲間割れはやめましょうよぉ!」


「「マニエラは黙ってて!」」


 フラウの意味不明なスピリチュアル話に狼狽えるロゼッタ。それをジャニスがさっきの反論のお返しとばかりに揶揄う。確かにジャニスが言う通り、現状は正しくサイが投げられた状態にあり、既に彼女達の退路は存在しなかった。

 そしてロゼッタに限って言えば、死ねば言わずもがな生きていてもここから出られなければ結婚は絶望的。そして付け足すなら無事に出られても別に付き合っている男も結婚相手もいない。そもそも本当に結婚がで――「おい、お前いい加減にしとけよ。自分も独身のくせに……マジでぶち殺すわよ?」……と、とにかく彼女達に残された選択肢は少ない。


「あ、あの! ボクがティルぴさんにお願いしてきます!!」


 そんなギスギスしたムードの中、リーチェの震えた声が響き渡る。かなりの大声だった為全員が喋るのをやめてリーチェを見つめる。ちなみに少し離れているとはいえ確実に聞こえているだろうナクア達は余程作業に夢中なのか反応すらしなかった。


「お願いって……だからそれ自体がリスキーだって話聞いてなかったの? 大体そんなこと――」

「な、なら駄目だった時はボクが勝手に言い出した事にして下さい! き、切り捨てて貰って構いませんし、すぐ1人で出て行きますから!!」

「おいリーチェ、お前それ意味わかっていってんのか??」

「……1人で森に出ていったら確実に死ぬよ。それに罪滅ぼしならいらないから。」

「そうですよぉ、リーチェちゃんは子供なんですからぁ。それに望んでしていた仕事じゃないでしょ?」

「か、関係ないです。それに……どうなるかも十分わかってます。で、でもやります!」


「……。」


 リーチェは並の10歳より戦闘力は高いし、処世術もある。だがそんなものはこの理不尽な森において全く役に立たない。きっと数時間もすれば獣の腹の中に収まるだろう。

 皆がリーチェを宥めようと話しかけるが頑として意見を変える気配は無い。リーチェと隊員達で押し問答が続く中、遂にそんな様子を1人黙ってみていたフラウが真剣な顔で口を開いた。


「確かに今こうして直面している問題も元をたどればリーチェ、お前の裏切りが全ての元凶だ。責任を取るのは当然で、そこにまだ子供だとか拒否出来ない環境だったなんて関係ない。……お前は裁かれるべき悪党の一員で、紛れもなく犯罪者だ。それを今一度認めるか?」

「……っはい。」


「っざけんなよ!!フラウお前――ッ!!」

「ジャニス、落ち着きなさいよ!! ちょっとフラウ、今のはあんたも悪いわよ!」

「……フラウ、それを面と向かって言う必要がありますか?」

「あんまりですよぉ!」


 ロゼッタは激高するジャニスを押さえつつも顔は心無いフラウに対する不快感で満ちている。そして、それはマニエラとエレナも同じだった。なぜならリーチェが深く反省している事は短い時間とはいえ、女子会の中で全員が感じていたからだ。食事中も周りをみて働いていたし、個別できちんとした謝罪も行い、何があっても1人だけ決して笑顔も見せなかった。

 それに洗脳教育を受けていたリーチェは現在別人と言っても過言では無く、"言葉にしないがもう全員が許している"という共通認識が隊員内で何となく存在していた。


 そんな中でその生温い空気をぶち壊すフラウの発言。徐々に淀む空気に反応したのはまたしてリーチェだった。


「あの、フラウさんは間違ってないです! それにナクアちゃんが言ってたから、世間は甘くないって、言葉で罪は償えないって、気持ちはちゃんとカタチで示せって!……でもボクには何も無いから、だからせめて行動で、その、謝ろうかなって……ほ、本当にごめんなさい。ボクに……お手伝いさせてください。」


 リーチェは自分より年下の幼児に貰った衝撃的な言葉としてそれが脳裏に刻まれていた。あの瞬間、知らず知らずのうちに自分は既に許されていると勘違いしていた事が情けなくて、同時に怖かった。「ここで変わらないと一生このまま自分を騙して生きていく事になる。」そう強く感じて、ナクアに下着を見せるというリアクションが取りにくい決別の1歩を踏み出していた。


 そんな涙を堪えて頼むリーチェにゆっくりフラウが近寄り、何事も無かったかの様にそっと抱き締めた。唖然とする一同を無視してフラウはリーチェ語りかける。


「さっきはごめんなさいリーチェ。でもね、人に人を裁くことなんて出来ないの。だって誰だって過ちを侵すんだから。「自ら罪を認めて相手に償う」私は真にそれが出来るなら法律やルールなんて必要ないと思ってる。さっきは罪を受け止めているか、それが知りたかったの。……勿論王国に戻ったら受けるべき罰はある。でもそれは私達が決めていい事じゃない。ルールってそういうものだから。それはわかるわね?」

「……はい。」

「だから、これは私の……いいえ私達の判決。――リーチェ!これまでの事は、今後私達と一緒に行動する事で不問とします! 血反吐が出るまでこき使ってあげるから覚悟しなさい!!……だから仲間を無視して1人で話に行ったり、勝手に森から出るなんて却下! チームワークよ、チームワーク! わかった?……返事ッ!!」

「ぅッ……はい!」


 罪をきちん認め、言い訳せず誠意をもって謝る。それは簡単な事の様で大人になるほど難しく、とても尊いものに思う。


 その日、ようやく見せたリーチェのほんの些細な、でも偽りない笑顔に新生フラウ隊から小さな歓声が上がった。





「みんなーぶらじゃーできたよー!!」

「うぇーい!! どうコレ? ヤバない?」


「「……。」」


しかし、下着姿のアラクネギャルとホクホク顔のアラクネ幼児の登場によって感動は一瞬で霧散した。

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