第24話 女子会を毒す

 どこかで1度は聞いた事がある"日本人は味覚が繊細"という話は何の科学的根拠もない噂話だ。結局はその国が歩んできた食文化によって住む人の味に対する捉え方が変化し、大まかな得意・不得意があるに過ぎない。

 もちろん味の好き嫌いには個人差がある。それでも納豆やパクチーの様な癖のある食材を好む人の割合が国によって大きく異なる事実は、味そのものよりも環境と文化に味覚が紐付けされている証拠と言えるだろう。


 では日本人の文化と環境を記憶するアラクネのナクアにとって異世界の料理はどうなのか。


「かたいけど、うまぁ!!」

「シシシ、黒狼の煮込み美味いだろ? ほら、もっと食えよ!」

「ありがと! りょうりうまいんだね!らてんれっど!」

「ん? ラテンレッド? それ私の事か??」


 岩陰から出てきたナクアとティルぴは現在、リーチェと隊員達と一緒に食卓を囲んでいた。

 そしてラテンレッドことジャニスが作った黒狼の煮込みは香り高い香辛料と濃いめの味付けで黒狼の味を完全に掻き消すある意味で野性的な料理だった。……というよりもキャンプ的な、いやインド的な、はっきりいってカレー的な馴染み深い料理だった。


「なにこれ!? ……んん?……っかなり硬いけど、不思議な味で謎にハマるわ。ていうかジャニスやるじゃん!ウェイウェイウェーイ!!」

「おっティルぴわかってんな! ウェイウェーイ!!」


 咀嚼する事に慣れていないティルぴは少し時間を掛けて飲み込むとジャニスと感性が通じあったのかハイタッチして奇声をあげている。


「うんうん、やっぱりこのスパイスミックスは別格ね! これを振り掛けたら雑巾でも食べられる自信があるわ!」

「たしかに。次回から配給品に加えて欲しいくらいね。」

「ホカホカご飯が欲しくなりますぅ」

「……お店が開けるレベル。」

「すごく美味しい! ボクこんなの初めて食べたよ!影武者の時に食べてた高そうなお弁当より好きかも!」

「だろ? これ親から送って貰った本場ヴァルカ族の特製スパイスだからな!時間をかけてトロトロに煮込めばもっと美味いぜ。」


 ジャニスは言動や見た目から誤解を受けやすいが、隊員内で1番女子力が高く、竹を割った様な明るい性格で男女問わずモテる人気者だ。逆にロゼッタは外面はいいが内面がメンヘラ気質。根はいい子だが好意を寄せた相手にネチネチと異様な執着をみせる為、男性陣からは距離を置かれがちだった。ちなみに"王宮の男性100人に聞いた付き合いたい女性ランキング"で上から並び替えるとマニエラ、ジャニス、エレナ、フラウ、ロゼッタの順になる。そして特に問題点がないのに順位の低いフラウが1番深刻と思われるのはここだけの話としよう。


「ねぇ、ゔぁるかってなに?」

「わたしの種族さ。香辛料が有名でセクシーな美人が多いんだぜ? 私みたいにさ!シシシ」

「――ナ、ナクアちゃんに変な事教えないで下さい!えっとヴァルカ族っていうのはね――」


 ナクアに腰を捻って流し目悩殺ポーズをとるジャニスだったが慌ててエレナが間に入り、代わりに説明を始めた。


 この世界には四大精霊を祖とするシルフィ族、ヴァルカ族、ニンフ族、ノーム族と神を祖とする人間族が暮らしている。その中でもヴァルカ族は炎と増進を司る精霊の子孫。褐色の肌が特徴で明るく陽気な人物が多く、火魔法に高い適正を持ち、単純な魔法火力なら全種族で1番強いとされている。


「――っていう感じかな。正直、種族ごとに魔法の得意・不得意はあるけど気にする程でもないし、今どき種族がどうとかいう風潮はなくなってるかな。」

「年寄り共は未だにうるせぇけどな。ニンフ族とは絶対に結婚するなとかよ。古臭くて参るぜ。」


「ふーん……ちがうしゅぞくどうしで、あかちゃんつくったらどうなるの?」

「「え?!赤ちゃんをどう作る!?」」

「……?」


 それはナクアにとっては純粋な疑問だったのだが、赤ちゃんから飛び出た"赤ちゃんを作る"というパワーワードに勝手に文章を脳内補完して何故か慌てふためく二人。それは異世界でも同じく子供に聞かれたくない質問TOP3に入るセンシティブな問いだった。2人はナクアに背を向けて小声で話始める。ちなみにナクアはこの時点で勘違いしている事に気が付いていたが面白そうなので黙って待機する事を決めた。


「……ここはジャニスがお願いします。私には荷が重いです。」

「そ、そうだな。……わかった。教えるなら嘘は良くない。私がきちんと一から教えてやるよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何を言う気ですか!?」

「は? そんなの×××に×××を――」

「バ、バカ者め!! ジャニスの大バカ者めッ!! もっと、こうなんか……ボカして説明して下さいよ!!」

「ブフッ……バカ者めって、エレナ結構おもしろいな……ていうかボカすってどんな風にだ? 」

「それは……――」

「話は聞かせてもらったわ!ここは私に任せなさいッ!!」


 その自信の滲み出る覇気のある声の方を向くとロゼッタが"初めからいました"とばかりにいつの間にか隣に並んでいた。そんな彼女の顔は既に何かを成し遂げた後の様なドヤ顔で2人に僅かな不信感を抱かせた。


「ロゼッタ……お前にできんのか?」

「当たり前よ! この恋愛マスターの私が段階を踏んで教えてあげるわ!まずは……初デート 前日準備 買い物編からね!」

「お、おかちめんこ!!大おかちめんこですかッ!! どんだけ段階踏む気ですかあなた!!」

「おかちめんこ? ってな、何よ!! 何事にも綿密な準備が大事なのよ!!」

「うわぁ、出たよ。行動に余裕がないからモテないんだよお前は。そんなもん適当でいいんだよ、適当で。」

「キィィィ!! ジャニスは、そうやっていつもいつも……あの時だって!!」

「またそれかよ。」


「……。」


 いつもの不毛な言い合いを始めたジャニスとロゼッタから離れ、エレナが1人悩んでいるとまたして横から今度はぽわぽわした声がかかった。


「ふふふ、エレナさん、ここは医学に精通した私に任せてくださいよぉ!」

「……マニエラさん、その、あれの説明出来るんですか?」

「はい! まずは……こう……こう……こう! ふふふ、完璧に描けましたぁ!どうですか??」

「ぎゃぁぁぁぁああああ!!」


 マニエラが地面に石でギンギンの目でニチャとした笑顔の首と髪の毛のない全裸でつま先立ちをしたガリガリの男性を描き、それを見たエレナが発狂する。


「ひどぉい! 上手に描けたのにぃ!」

「どこがですか!! それ怖いから早く消して下さいよ!! ナクアちゃんのトラウマになります!!」

「はぁ、あんた達騒ぎすぎよ。さっきから何して……こ、これは……もしかして洞窟に隠された古代の呪術??」

「うわ、この絵ヤバっwww ガチで呪われそうなんだけどwww ウケる‪w‪w‪w‪w‪w‪」

「えっなんですか?ボクにも見せ――いやああぁぁぁあぁぁぁ!!!の、呪いのおじさんッ!!」


 流石に騒ぎを聞きつけたフラウとティルぴ、リーチェがやってきて、再度一頻り騒いだあとエレナからことの経緯を説明された。ちなみにマニエラの"呪いのおじさん"はティルぴが気に入ったらしく保存する事になった。そして、その間もナクアは騒ぎを気にしつつも嬉しそうなホクホク顔で体育座りしていた。


「はあ?人間の赤ちゃんをどう作るか? あーそれ多分アイツ知ってるから。転せ……じゃなくてガチ早熟なんであの子。――それにほら、ナーちゃんのあの顔見てみ? マジ腹立つわホクホクしやがってwww」

「あっばれたwww」


「「……。」」


 混沌とした空気の中、洞窟女子会はまだまだ続く。

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