第23話 花園を毒す


「こっちがまえだから……こうして……いちどかるくむすんで、あとでちょうせい――」

「あー……きたわ! ていうか肌触りエグち!神じゃん!」


 洞窟では紐パンの履き方を教えるノーパン幼児とそれを抱っこしながら聞く下半身の蜘蛛脚をどかしたモザイク修正済みギャルママの登場に隊員達は騒然としていた。彼女達も隊員同士で共同生活を送る事もあるし、着替えや裸に一々反応する様な歳でもない。しかし今回は話が違う。


「あれはどういう事!? えっ見えてるの? それとも見えてないの?? わたし何か特殊な思考実験されてる??」

「マジかよ……エロ本読みすぎたか……」

「うわぁ、モザイクって実在したんですねぇ!」

「うぅ……わ、わたしの感動返して!!」

「……不思議です。隠されると見たくなります。」

「やっぱり変態親子だったんだ……」


 見えない概念が見える事に慌てるフラウに、自分の今までの行いを振り返るジャニス、生のモザイクに感動するマニエラと、こんな奴らに泣いていたのかとキレるロゼッタ、隠されると見たくなるカリギュラ効果について考えるエレナ、そして子が子なら親もそうなんだと1人納得するリーチェ。混乱する一同は遠慮を忘れてティルぴの生着替えを躊躇無く観察する。


「……さすがに恥ずいからあっちで着替えるわ。」


 人前でモザイクをとる事は流石になかった。


 ――岩陰に隠れたティルぴがソワソワしながら現れた。いつにも増して下半身を蜘蛛脚でガードする姿はナクアとお揃いで履いてないんじゃないかと周りが思う程だった。


「ナーちゃん、これめちゃくちゃ軽くて張り付いてないからスースーするんだけど……」

「そうなんだ。 はきごこちわるい?」

「ううん! まじガンジ!! 履き心地は前より全然いいし!ていうか超可愛いしガチで最強なんだけど!」

「よかったぁ! ねえねえ、ナーちゃんにもどんなかんじかみせて!」

「別にいいけど……ナーちゃんだけだから!フラウっち達はダメ!」


「「えぇー……」」


 履き慣れないパンツに恥ずかしがるティルぴに対してフラウ達は「いや、お前さっきまでモザイクだったクセに恥ずかしがんなよ」とつい口に出そうになる言葉を飲み込む。

 ティルぴしてみれば長年つけ慣れたアラクネにとって多数派のモザイクプレートより初めて履いたオンリーワンな可愛いパンツの方が似合っているのかと不安になるのは仕方がない事だと言えた。例えるなら真夏の湘南で日焼けした水着ギャルに1人清楚なアフタヌーンドレスを着せる感覚。根本的な自分に似合う、似合わないはあるがベースの可愛いという感覚は同じでも戸惑いや常識がそれを邪魔している。


「正直、似合ってるかわかんないだよね……どう?」

「すごいにあってる!! かんどうがやばい!」

「だ、だよね!! マジやばいよね!! ナーちゃんありがとう!!」


 ティルぴに連れられて岩陰に入ったナクアは自分の作ったパンツが人に履かれているという不思議な感覚と何よりランジェリーショップのカタログもかくやというティルぴの完璧な着こなしに見蕩れてしまった。


(自分が作ったもので喜んで貰うってこんなに嬉しいんだ。ちょっと楽しいかも! ……もっと上手くなって色んな服作りたいな。)


 正直、ナクアはパンツの出来にまだ満足していなかった。刺繍レースは結局難しくて上手く出来なかった為、小さな網糸を貼り付けてそのまま蜘蛛の巣刺繍として使い、生地自体の質感も近くで見ると粗が目立つ。

 そして付け足すならナクアは別に完璧主義者ではない。サボりや手抜きは日常茶飯事で興味がある事以外は目に見えて熱量が薄い。そんな彼女が本格的にモノづくりに興味を持ち始めていた。


「今すぐそろいのうえもつくるね!」

「上? いや、それは別に要らなくねwww 見えても問題ないじゃんwww」

「もんだいない?……でも、うえきないとママでかいからめっちゃたれるよ。あとさんごだし、まじでやばいってきいたよ。」

「えっマジ??」

「まじ。」


 ティルぴはその時、自分の姉達を思い浮かべたが確かに胸のデカイ姉、子供がいる姉は割と垂れ下がっていた。そして自分がその全てに当てはまっている事実に頭を抱える。とはいえアラクネは人間より筋肉量が多く、老化も殆どみられない種族でナクアの言った地球の常識は必ずしも当てはまらない。しかし、備えあれば憂いなし。何もしていなかった者ではなく、何かしていた者だけが何十年経った時に笑う。それは美容において努力は決して裏切らないという確固たる事実に他ならなかった。


「――じゃあナーちゃんはさっき倒れたから、ご飯食べて休憩してから作ってくんない? でも無理したらだめだからね!」

「ぜんぜんいいよ! ままのためだからへいきぃ! だいすき!」

「あーし子、マジでチュどってるわ……」


 ――ナクア達が漸く女子会を開こうとしていたその時、王宮では王女と有力貴族の娘2人が厳かに女子会、改め昼下がりのお茶会を開いていた。

 会場の中央庭園には咲き乱れる薄紅色の薔薇たち。日も落ち着いて少しだけ冷たくなった風が薔薇を揺らすとふわりと甘く気品ある香りが会場を包んだ。

 テーブルを囲む10代半ばの娘達は繊細優美な動きで音もなく紅茶を口に運ぶ。後ろに控える給仕達もまるで呼吸が止まっているのかと錯覚するほど必要最低限の動きで物音を一切立てない。まさに絵画から切り取った様なエレガントなお茶会。


「これは……なんと優雅なお茶会だ。家だと生意気だが、わたしの娘はもう立派なレディになっていたのだな。」

「まったくだ!私なんて家では娘の横を通っただけで舌打ちされるぞ!ハハハハ!今朝も3回だ!お腹に相当なレディが溜まってるとみた!ハハハハハハ!」

「それはあの……大臣が悪いです。あとで娘さんに謝ってください。」

「ごほん……皆、会議に戻るぞ。」

「「はっ陛下」」


 そんな娘達の様子を会議の合間に父親である王と貴族達がふらりと立ち寄って確認し、感心しながら戻っていく。そして最後の一人が会議に戻り、庭園からお茶会に関わる娘達と給仕以外いなくなると堰を切ったように皆からため息が漏れた。


「あーもう、本当に嫌になるわ! 休憩の度にいちいち見に来やがってあいつら!! しかもあのセクハラ親父……どうしてくれようか!!」

「ブフッ……リ、リリアナ……良かったらこちらを。とってもお通じに良いハーブです。ブフッ……きっと立派なレディが産まれますよ。」

「はあ?喧嘩売ってんのシャルル?」

「やめなさい2人とも!!」

「「ステラ殿下……」」

「ハーブに頼るなんて……基本は食物繊維と運動よリリアナ! グッドラック!!」

「いや、便秘じゃないんですよ!!」


 この3人、王女ステラ、貴族令嬢リリアナ、同じく貴族令嬢シャルルは会える頻度こそ少ないが同い年で小さい頃からの友人だ。王女のステラにとって唯一気兼ねなく話せる同年代であり、本日の様に給仕を買収し、親の目を盗んでお茶会の度におちゃらけた会話をして楽しんでいた。


「そういえば城下に新しい服屋が出来たのよ! 中々可愛いんだから!オマケしてくれるしね!」

「リリアナ、城下をウロウロするのやめなさいって言ってるでしょ?」

「服もそうだけど下着をどうにかして欲しいわ。擦れて痛いし重いし最悪。」

「あー、殿下は気が強いけど肌が弱いんだよね。」

「ええ、オマケに大食いなのに虚弱ですしね殿下。」

「おい、殿下って付ければ何でも許されると思うなよ?」

「「申し訳ありません殿下!!」」


ちなみにエレナ達が洞窟で女子会をしている事は勿論のこと、行方不明になっている事自体、彼女達には知らされていなかった。

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