第22話 プレゼントを毒す

 目を覚ましたナクアを待っていたのは潤んだ赤い目で激怒したティルぴだった。


「あっおかあさん! あのね、これおか――」

「なに笑ってんの!!もう変な事すんなって言ったじゃん!! マジありえないから! どんだけ心配したと思ってんの!! 」

「ご、ごめんなしゃい。でもおかあさんにぱん――」

「でもじゃないの!! あーしマジで怒ったんだから! ガチで反省するまで絶対許さないし!!これからは黙ってあーしの言う事聞きなさいッ!!!」

「――ッ!……ううぅ……」

「あっ……ごめん、ナクア今のは……その違くて……」


 いくら楽観的なティルぴでも流石に1日2日で3回も死にかける娘に何も思わないほど鈍感ではない。前世から続く死の因果など知る由もないが、娘に忍び寄る不吉な運命の悪戯を感じざるを得なかった。そんな漠然とした恐怖がついついティルぴの語気を強め、感情のままにアラクネの本能が周囲を威圧してしまう。その剣幕はフラウ達大人組も震え上がる程でリーチェに至っては腰が抜けたのか尻餅をついていた。


 怒鳴った直後、ティルぴ自身も過ちにすぐ気が付いたが自分に怯える娘を見て言葉を失う。脳裏には辛い過去の光景がフラッシュバックする。それは群れを追放された時に向けられた畏怖、好奇、蔑視の目。忘れかけていた人に拒絶されるという恐怖がじわりじわりと心臓を締め付け、いつも明るいティルぴの顔に暗い影を落とす。とっさにナクアから目を逸らし震える手で口を覆い、戻ることの無い自らの言葉を押さえ付けようとするが気休めにもならなかった。


「……マジごめん。ちょっとあーし外すから――……?」


ティルぴが耐えきれずその場から逃げ出そうとした時、足元に暖かい小さな感触がペタリと張り付いた。


 ――自己完結型のナクアの人生において人から心配される事は珍しくなかった。しかし、その全てを真剣に聴くことはなかった。周りの支えがあって影響し合い人は生きていると頭では理解していたが、特殊な母親と不思議な環境で育ったナクアには自分の与える影響を客観視する力が著しく欠けていた。それは正しく土に埋もれて突然爆発する地雷の様に人を傷付け、まるで自ら選別しているかの様に他者を遠ざけて行く。その課程で自然と孤高に慣れたナクアは人間関係に冷めた一面を持っていた。


「ヤッ! いっちゃヤッなの!むぅー」

「ちょ……ナクア、どうしたの?」

「はなれちゃヤなの!!ままはナーちゃんとずっとずっといっしょなの!!」

「えっママ? ナーちゃん?」


そんな彼女が異世界で赤ちゃんになり好きな人から、庇護され、心配され、甘やかされ、怒られて、幼児としての自覚に目覚めた。いや、完全に目覚めてしまった。自らの意思で赤ちゃん言葉を使い出した地雷女を止められる者はいない。そして上目遣いで頬をふくらませて足にぎゅっとしがみつく姿はティルぴの母性に深く突き刺さった。


「――ッ……でもあーしさっき怖かったっしょ?嫌いになった?」

「ううん! ナーちゃん、ままのことだいすきぃ!えへへ」

「――ッ!! ナ、ナーちゃん……あーしも大好き!!」


転生する時も地球にいる親や友達への影響を露ほども考えなかった彼女が、ティルぴが一喜一憂する度に悩み、必死に好かれようと離れまいとして誤って新しい扉を開けてしまった。中身が高校生だと思うと若干痛々しいが可愛いので許容範囲内としよう。そして完全に置いてけぼりを食らった外野陣は抱き合う親子を何とも言えない絶妙な顔で見守っていた。


「ナーちゃんね、ままにね、じつは……ぷれぜんとがあるのッ!」

「そマ!? はやくみせてナーちゃん!!」

「えー、どうしよっかなぁ」

「あーwww いじわるする子にはぁ……うりうりだ!うりうりうりうりwww」

「きゃああああwww うりうりやめてぇwww」


「えっ何これ?」

「わかんねぇ、何見せられてんの私達?」

「とっても楽しそうですねぇ」

「うぅ……仲良くなって良かったじゃない。」

「……ナクアちゃん可愛い。」

「こ、殺されなくて良かった……」


シリアスな雰囲気が一変して、唐突にイチャイチャし始める親子を生暖かい目で見るギャラリー。


「ぷれぜんとはぁ……これだよ! てづくりぱんつッ!!」

「うわぁ!! 手作りパンツじゃん!!マジ嬉しいんだけど!!」


「えっ手作りパンツってなに?アラクネでは一般的な風習なの?」

「いや、私に聞かれてもな……」

「うわぁ、パンツって赤ちゃんにも作れるんですねぇ!」

「うぅ……これぞ親子の愛ね。」

「……あんなパンツ見たことない。」

「あのパンツ本当にプレゼントするんだ。大丈夫かな。」


ナクアからパンツを受け取ったティルぴは初めて見る形のそのパンツに興味津々だった。


「……これマジでナーちゃんが作ったの?」

「そうだよ! ままのためにがんばったよ!」

「――ッ!うぅ……やばすぎ、死ぬぅ。」


正直、ティルぴはこの世界の一般的な衣服が好きではなかった。アラクネ全てに言える事だが甲殻で覆われた足は何かを履くという行為に適していないし、背中の蜘蛛脚は上着を着る上で邪魔でしかなく既製品をそのまま使う事は難しく結果的に蜘蛛脚で局部を隠すスタイルが定着した。蜘蛛糸で自作した衣服を着る者もいるが少数派の上、布を巻くだけのデザインで実用性以外は特に求めていない簡素なものが主流だった。それに何よりも網糸布を作れる種族自体も少なかった。


そんな中でナクアの作ったパンツはこの世界においてあまりにも非常識かつ扇情的なデザインだった。


「グス……ていうかパンツなのこれ?……透けてるし、どうやって履くかわかんないんだけどwww」

「これはね、よこのヒモをむすんでつかうの!すけすけひもぱんだよ!!」

「スケスケ紐パンwww 生後1日にしてこの完成度www」


ナクアはジョリーンの助言によってアラクネの甲殻では履くことが難しい事に気が付き、履く動作を必要としないパンツとして紐パンを作るに至った。

フロントは菱形にカットした白い生地に下腹部を覆う逆三角形の蜘蛛の巣刺繍入りの薄いシアー生地を重ね、縁は伸縮性のある生地で補強。単一素材でのっぺりしない様に工夫しつつ高級感と可愛さを演出。バックも基本的に同じ作りでお尻をギリギリ隠しつつも刺繍入りシアー生地で変化を与えている。そしてサイドの紐は光沢感のあるシルク風素材になっていて、白1色だが質感の変化でメリハリのある印象になっていた。


「はやくはいてみて!」

「えー勿体ないじゃん! しばらく飾っとかない? 」

「むぅー」

「履くから怒んなってwww えっとー……どう履くのこれ?」

「……わたしもはいたことないしわかんない。だいいち、わたし、いまだにのーぱんだし。」

「ノーパン赤ちゃんwww 紐パン作ってて毒www」

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