第19話 異世界パンツを毒す

 大人達が楽しそうに話している最中、子供であるナクアと影武者は地底湖の畔でお話していた。ナクアを膝の上に乗せて優しく抱き寄せるその姿は数時間前にナイフを突きつけていた者と同一人物とは思えない。

 知らない者がその光景を見たらきっと姉妹と勘違いしてしまう程、まったく違和感のない微笑ましい姿だった。


「そういえば、わたしはなくあ! あなたは?」

「まだ名乗ってなかったね。ボクはリーチェ。さっきは本当にごめんなさいナクア。それに……許してくれてありがとう。この恩は――」

「いや、べつにゆるしてないよ!ふざけんなよ?」

「ええ!?」


 しかし、会話は微笑ましいとはいえなかった。なぜなら影武者のリーチェはナクアの地雷原に土足で踏み入ってしまったのだ。


「だってみんなにめいわくかけたんでしょ? よのなかはそんなにあまくないよ。あとしゃざいはカタチでしめさないとね!ことばなんてかざりだよ。」

「そ、そうだよね。ボク勘違いしてたよ。……でもお金はないし、時間はかかるけど真っ当に稼いだお金で誠意を――」

「いや、ちがうちがうwww わたしときょうりょくして、みんなにぱんつをつくるの!」

「えっパン?」

「ううん、ぱんつ! ぱんてぃー!しょーつ!いぇーい!!……ほらリーチェも!いぇーい!!」

「い、イエーイ……」


 罪悪感からリーチェに事実上の拒否権はない。この生意気なパンツ狂の幼児に弄ばれる事は手を出した時点で既に決定していた確定事項だった。


「えっと……その……手伝いたいんだけど、ボク裁縫とかした事ないよ? 具体的に何をすればいいの?」

「あーだいじょうぶ! とりあえず、ぱんつみせて!」

「あっはい……えっ? ごめん、なんて?」

「ぱんつみせて!!」

「笑顔で何言ってんの?! 見せられないよッ!!」


 リーチェは顔を赤くしてスカートを押さえてナクアを睨む。対してナクアは何故かドヤ顔だった。そのまま表情を変えることなくリーチェに追撃する。


「でも、わたしにナイフつきつけたよね?」

「うぐっ……それは……でも……さすがに。」

「ふーん……ちょっと、おかあさんにほうこくしてくるね。」

「うあああ!! わ、わかったよ!! 見せる!見せるからそれだけはやめて!!今度こそ食べられちゃうよ!」


 リーチェはティルぴに2回も噛み付かれ、自白剤という名の毒を注入されている。そのため最早近寄る事すら出来ないほど心底ティルぴを恐れていた。


「べつにいやらしいめでみないから!あんしんして!さすがにこどもにはきょうみないから!」

「あ、はい。……この子って本当は幾つなの?――はあ、どうしてこうなったんだろう……うぅ……こ、これでいいの?」

「なるほど……このせかいのぱんつ……くそださいな。」

「パンツも履いてない赤ちゃんにパンツがくそダサいって言われた!!」


 リーチェがスカートをたくし上げるとおヘソ辺りまでお腹をカバーした丈の短いドロワーズ風な下着が姿を現した。生地は厚手の綿で色は白で特に切り替えや装飾もないシンプルな物。簡潔に言えばもっさりした白いボックスショーツ、ボクサーパンツだった。


「くそださいけどこれって、いっぱんてきなぱんつ?おとなも?」

「えっと、王女の衣装だから生地は良い奴だけど、形も色も一般的だと思うよ。知っている限りは大人も同じだね。あっでもこれ軽くて履き心地いいんだよ!」

「ふーん……そうなんだ。……へえー……くそださいけど。」

「その……ダサいって言いながらパンツ見るの物凄い傷つくんだけど……ていうかパンツにダサいとかないと思うんだけど。」


 その時ナクアは異世界のパンツを観察しながら、珍しく思い悩んでいた。


(ティルぴや私は現代パンツで問題ないけど、こっちの人に無闇に現代パンツを履かすのは価値とか技術的に危険なのかな?…………まあ、それは別に今どうでも良いんだけど。問題は内側だよね!!気になるけど流石に"パンツの内側見せて"っていうは犯罪っぽいか!ていうか内側じゃなくて裏地だな。でもまあ仕方ない……今回は多分持ってる替えのパンツで確認ってことで我慢しよう!)


 最初から替えのパンツを要求しない所がナクアらしいが、それでも最低限の倫理観と常識は持ち合わせていた。


「かえのぱんつちょうだい!」

「……あげるのは……嫌かも……」

「……そうだよね。わかった。……うわあああん、おかあさーん!!かげむしゃさんがぱんつでいじわるするのぉ!!」

「そマ?パンツって何やってんのwww」

「な、何でもないでーす!!ナクアちゃん、荷物は隊の人が持ってるからちょっと待っててね!!!」


 パンツで意地悪してるのは明らかにナクアだったが、これもリーチェの贖罪なのだろう。


「ハアハア、こ、これでいい?」

「ありがとう、りーちぇ!」

「……どうも」


 念願のパンツを手に入れたナクアは裏地を確認する。勿論だがパンツは新品だ。縫製は丁寧で歪みは無い。マチ裏は生地を重ねていてかなり丈夫な造りだった。ウエスト部はゴムではなく紐だったがほつれやすそうな紐穴も細部までキッチリと仕上げられている。お腹の保護もきちんとされているし、総じて質は高い。ただ可愛いとはいえなかった。何故ならこれは見せる前提のデザインではないからだ。

 下着は本来見せるものではない。長い年月を掛けて現代人は下着にデザイン性を求め、いつしかファッションの一部として認識し始めた。そして、この世界はまだそこまでの段階に到達していない。地球でいうなら1920年代くらいの産業レベルと推察される。つまりこの世界の下着に求められるのは何よりも耐久性と快適さだったといえる。


 先程リーチェがパンツをダサいと言われてもピンときていない理由はまずもって"可愛いパンツ"を知らないからだった。


(ふむふむ……まあ、あれだわ。わたしはとにかく可愛いパンツ作ればそれで良くない?? 履く履かないは本人の自由だしね!)


「よし、なんとなくわかったからパンツつくるよ!!えいえいおー!!はい、りーちぇも!!」

「え、えいえいおー……」

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