第18話 ムードを毒す

 ナクア達がほっこりしている一方、フォビアの森外縁部に陣取る地質調査団に扮した男達は地質を調べるフリをしながら人感センサーを搭載した複雑な造りの捕縛用魔道具を魔法通信機を使い連携を取りながら各所に設置していた。


「ポイント10、設置完了した。」

「了解。さすがに仕事が早いな。」

「あの頃と違って爆弾や毒ガスじゃないんだぜ? 欠伸が出るほど退屈な仕事だ。」

「それは違いないな。……っと私語はこのくらいにしよう。1度本部に帰還してくれ。」


 何を隠そう彼らは影武者の所属する組織に金で雇われた元軍人。戦闘能力は勿論だが、冒険者や盗賊にはない魔道具知識や的確な指揮系統が存在していた。

 本部では、数名の男が食事の準備や大きなテントの中で通信機を操作を行っていて俄に活気がある。そんな中でテントの中に険しい表情の男が1人入ってきた。


「また例の便箋です。」

「ああ……」


 本部の1番奥に座っていた眼帯の男は心底詰まらなさそうに男から何も書かれていない黒い便箋を受け取ると人差し指で小さくツンと触れて魔力を流す。すると徐々におどろおどろしい赤い文字が浮かぶ。


 "お久しぶりだな。元気にしているか? 今回の依頼、今一度その頭にしっかり刻んでおけ。標的は銀髪のシルフィ族の女 エレナ・フォーサイス。方法は任せるが標的の回収は生きているなら追加で10倍の報酬を支払う。死んでいる場合は可能な限り血肉を回収しその質と量に応じて報酬を支払う。

 またその他の人間は必ず痕跡を残さず始末しろ。その際は協力関係にある影武者も同様に始末しておけ。盲目なる死者に救済を、レクゥィエスカト・イン・パーケ "


「あークソ!! アイツ同じ手紙を何枚も荷物に紛れ込ませやがって!!1回で頭に刻まれてるわ!!鬱陶しい!!……はあ、報酬に釣られたがやっぱり断るべきだったな。退屈と手紙のストレスで暴れそうだ。」


 眼帯の男はここ最近、頻繁に出てくる無駄に凝った同じ内容の手紙に飽き飽きしていた。雑誌に紛れ込ませられたり、食べ物や飲み物の中にあったりと事前に仕込んでおいたであろう黒い便箋がかれこれ15枚以上見つかっている。


「ノイローゼになる前にすぐにでも森に向かいたい所だな。魔力供給の準備が出来たら明日にでも突入するか。」


 眼帯の男は数々の死線を潜り抜けており、森の噂も実際に見てその異様さも理解していたが、数時間の観察の中で最新の魔道具と安全マージンさえキチンと取っていれば問題ないと思っていた。女性部隊メンバーについても個々の能力は高いが経験が少なく、対応力に欠けるため森で疲弊した状態なら100%の勝ちを確信していた。


「無抵抗の疲れた女か。憂さ晴らしには丁度いい。」


 眼帯の男は便箋を握り潰すと暗い笑みを浮かべて小さくそう呟いた。



 ――場面は再び洞窟に戻り、子供達の純真無垢なやり取りが繋いだアラクネと人間の歴史的邂逅から数時間。現在は地底湖に場所を移し、黒狼と隊員達が持っていた調味料や僅かな保存食、魔道具を利用して、ヘラヘラと呑気にワクワク洞窟女子会が開催されようとしていた。


「ねぇねぇそれさー、何してんの? 」

「はあ?? 見ればわかるだろ!!肉を切ってんだよ!!」

「キレんなってwww えっそれ何の肉?」

「だーかーらー!! てめぇがとってきた黒狼だろうが!!」

「あーwww で、それどうすんの?」

「あぎゃあああ!! パーティー用にこれで料理すんだよ!! 何回言わせんだボケ!!」

「あはは、ジャニスおもろwww」


 黒狼の調理を担当するジャニスは興味津々のティルぴに説明しながら作っていたが、途中からティルぴが悪ノリを始めていた。


「ちょっとジャニス、いくら何でも恩人に対して怒りすぎだって! ……それよりこの肉って生で食べるの?完成?じゃあ盛り付けるわよ。」

「――っておいおい!ロゼッタ生で食う訳ないだろ!肉は生じゃなくて煮たり、焼いた方が美味いんだろーが!! こんなバカデカい黒狼は食べた事ないけど、何時間も煮込むとトロトロになってすげー美味いだって!」

「えっ何時間も……面倒だわ。」

「あっ!ならあーしの毒ですぐ中身トロトロ出来るんだけど? ていうか超時短じゃねwww しゃーなしでやってあげるわ。」

「あら、そう。まあ結果が同じなら問題ないわね。お願いするわティルぴさん!」

「お前もバカか!!全然ちげーよ!! 2人ともこっち来んな!!」

「めっちゃキレられたんだけどwww ウケるwww」

「ほんとジャニスって短気よね。」


 そこに料理が出来ないのに訳知り顔で勝手に動くロゼッタも加わり第一仮設厨房は熱気に包まれている。



****



一方その頃、フラウとエレナは第二仮設厨房にて魚を塩焼きにしていた。ちなみに仮設厨房と言ってもティルぴがテーブルを作っただけで火元は魔道具の簡易的なものだ。


「それにしても凄い色の魚ね。……本当に食べられるのコレ?」

「……あ、味見した方がいいかもですね。」

「それは……じゃあ公平にじゃんけんしましょ!負けた方が味見役ってことで!」

「えっ!……わ、わかりました。」

「でもただやっても面白くないから……そうね、負けた手で味見する量を変えましょう。パーで負けたら5口、チョキで負けたら2口、グーで負けたら0口。」

「……?? それだとグーは意味ないですよ?」

「グーで負けたらもう一度やり直しで次はその人だけグー禁止でどう?仮に2人ともグー禁止になったら最初からって事で。」

「え、えっと……はい。」


 その会話中にフラウは勝利への方程式をとてつもないスピードで思考していた。


(このじゃんけんは一見リスクが少なく、ダメージが大きいグーが最も強いと思えるが1度でもグーで負けると圧倒的に不利になるわ。しかしその裏をかいてパーを出す場合、リスクと報酬(勝っても相手はグーのためやり直し)が釣り合わない。そうなると負けた時を考える保守的な思考の持ち主ならチョキがマスト。フフフ、消極的で大人しいエレナは絶対にチョキを出すわ。そして仮に安全を選びチョキじゃなくグーだったとしてもアイコになる。まさに完璧な作戦!!)


「それじゃあいくわよ! 」

「あっはい!」


「「じゃんけん、ぽん!!」」


 ざわ…ざわ…


「そ、そんな…バカな!!」


 しかしエレナが出した手はパー! 圧倒的パー! フラウの戦術一瞬にして崩壊っ!!


「……あっ勝ちました!でもグーだから確かもう1回ですよね?あれ、違いましたか?」


 対してエレナは無心! 言うならば全てを運否天賦に任せていた!


(そ、そうよ。まだ終わってないわ。グーは封じられたけど勝つ可能性はある。まず相手の手から勝ちのないパーは除外される。この時点で2択。負けのないチョキか負けはあるが1度やり直しが出来るグー。つまり私はパー以外で勝つ方法はない。勝つならパーの一択。……しかし自ら負けを容認するならチョキという選択肢もある。でもこの子……何も考えてない気がする。フフフ、それならここは卑怯だけどもう一度始めから仕切り直しね。)


「ねえ、私は次にチョキを出すわ。さすがに5口は無理だしね。」

「えっ?? それってどう――」

「じゃんけん、ポン!!」

「――えっポン!!」


 ざわ…ざわ…


「「な、なんで!?」」


 フラウのパー、そしてまさかのエレナのチョキに両者混乱ッ! しかし勝敗が決定! フラウの味見5口!! 絶望的5口!!


「なんか焦ってチョキって聞いたからチョキ出しちゃいました……。あっでも私の勝ちですね。」



****


「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ……二の腕はぁ……さっぱりと内ももがいいですぅ」


そして大人組、最後の一人マニエラは湖畔で子守りのはずが呑気に爆睡。ある意味彼女が1番重要な仕事をしていたのだが、こうなると地雷幼児を止める役目はさっきまで敵だった影武者少女に託されていた。


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