第17話 価値観を毒す

 隊員とティルぴ、ナクアがわちゃわちゃしていた頃、王国では連絡が途絶えたフラウ部隊についての情報が錯綜していた。

 王女による初の国内視察は既に中止しており、近くにいた四分隊とは別の警護メンバーが移動範囲を予測し救援に向かった。しかし道中で街道事故や山火事、通行人のトラブルなどが続出し未だ手掛かりすら見つけられていない。

 軍部総司令官 アニカ・シェーファーは苛立ちを隠しきれず、机をコツコツと指で鳴らし、手元にある資料を棒飴を咥えながら見つめている。それは隊員名簿でページにはエレナの顔写真とプロフィールが載っていた。



 エレナ・フォーサイス 21歳

 ■スペック

 ・169センチ 51kg

 ・最大魔力量 161,670ms、判定B+。

 ・極めて健康体。

 ■備考

 ・シルフィア魔法学校 首席卒業。

 ・王国軍部訓練生第291期生 第一席。

 ・実働部隊に入隊して1年後、内務を希望。

 ・2年で軍部総司令官付き秘書に就任。

 ・朝はパン派。ペットなら猫派。

 ・趣味は自作クロスワードパズルを拡張し続けること。現在20万マスを突破。



「あーあ、狙いはやっぱりエレナちゃんかー。目的は兎も角としてこうなれば内通者はあのキモキモ男だよねー。ま、今となっては後の祭りかー……こんな事なら、ぶち殺しとけば良かったなー。」


 今回の作戦において、エレナの起用に至った原因は王女のわがままだった。アニカと王女は役職上生まれた時から親交が深く、また同性という事もあってとても好かれていた。そのため度々執務室にも遊びに来ていた王女はそこでエレナとも親しくなった。

 普段は人見知りで口数の少ないエレナだが、アニカの前では比較的よく喋るし、子供相手だと愛想も良かった。そして最近では王女も明らかにエレナと喋るために通っている雰囲気をアニカは感じていた。

 視察が決まった時、アニカとエレナの同行を求めた王女だったがアニカは総司令官として現場に立つ訳にはいかず、またエレナはそもそも実務メンバーですらなかった。

 しかし一度は諦めたと思った王女が何故か宰相を味方につけエレナを作戦に組み込んでからはめちゃくちゃだった。

 結局、警備の関係で王女はエレナと別々になるし、宰相が捩じ込んだ無駄に複雑化した実験的な指揮系統で司令部はてんやわんや。そして漸く軌道に乗って落ち着いたと思えば今回の事件が発生。

 挙句の果ては宰相の失踪。知らぬ間に宰相によって回っていた王宮内は現在深刻な機能不全に陥っていた。


 1人物思いにふけるアニカを現実に引き戻す乾いたノックの音が執務室に響く。アニカが入るように促すと慌てた第二秘書が入室してきた。


「し、失踪している宰相閣下から手紙が届きました。」

「へえー……、読んでくれない?」

「失礼します。……我々の名は誰も知らない。なぜなら我々は世界の闇そのもの。世界に死の安息を。盲目なる死者に救済を。……レ、レクゥ?ィエ…スカト・イン・パーケ?との事です。」

「……えっと最後なんて?」

「はい、レクゥィエスカト・イン・パーケ…です。」

「そっか、なるほどねー。」

「そ、総司令官殿には意味が分かるのですか!?」

「いや、さっぱりわかんないよ! ただキモキモ男まじキモイなって思っただけ。……ありがとうね。下がっていいよー。」


 第二秘書が出ていき再び1人になると、魔法で先程の手紙を持ち上げ、口に入っている棒飴の棒を吹き矢の様に飛ばして手紙ごと壁に突き刺した。壁には同じ白い棒が何百と事件資料と共に突き刺さっている。そして中央には細い目で笑う中肉中背で長髪の男 宰相 ジラルド・サリバンの写真があった。


「あと少しで……エレナちゃんなら絶対無事だよね。」


 アニカは机から新しい棒飴を取り出すと口に含み、壁の資料を見ながらそっとそう呟いた。



 ――そんな心配はご無用とばかりに洞窟では影武者から知っているほぼ全ての情報を聞き出し、精霊の巫女を使った複合魔術の研究や黒幕の宰相 ジラルド・サリバンこと本名 マルチャ・セイメーンと落ち合うアジトも判明、敵の大体の戦力もわかって一段落。


 ……そして現在は何故かみんなで影武者を慰めていた。


「ンハァハァハァ、フゥーフゥー!皆さんにィイご迷惑をオオオオオ!!かけてエエエエエ!!ッハアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ンハァ!!」

「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい! もうわかったから泣かないで!」

「……なんか、ここまで泣かれると逆に不謹慎じゃね?本当に反省してんのか?」

「バカ!! ジャニスそんな事言ったら――」

「ヒィフエエエエエンン!! ヒィッフウウンン!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ン!!!!」

「あっジャニスが影武者泣かせたぁ!」

「やばwww 自白剤キマリすぎたっぽいわ。どうすんのこれ?」


 影武者はティルぴの特製自白剤によって感情のリミッター崩壊し、自白を通り過ぎて自虐し始めた。実はこの時、自白剤自体の効果は既に無くなっていたが、毒の影響で長年の洗脳教育が解けていた。そして心の奥底に蓄積した罪悪感が噴出し、大号泣という形で発散されている。


 泣き喚く影武者は裏切り者とはいえ、10歳ほど子供だ。慌てる大人達を尻目にナクアは自分の糸で拘束された影武者に近寄るとティルぴがやっていた様に糸をプチプチと切り始めた。


「ちょっと!? ナクアちゃんいいの?? もう敵意は感じないけど……この子あなたの事を――」

「うん!かわいそうだもん!だから、いとほどいてあげる!」


 フラウの問いにあっけらかんと答えたナクアは糸を切りながらティルぴがしていた様に時々糸玉をつまみ食いしてご満悦だった。


「わ、わたじ、あなたにイ゙イ゙イ゙、ヒドォオイことしたのにィイイ、ウウウゥ……だずげでぐれ゛る゛の゛??」

「うん!でも、もうわるいことしたらだめだよ!やくそくね!」

「う゛ん……じぇった゛い゛も︎︎゛う゛じま゛ぜん゛ンンン!!ッハアア゙ア゙ア゙ア゙ア――」

「よしよし!」


「ヤバいヤバいヤバい!!ねぇフラウっち、あーしの子優しすぎじゃね?! 世界一尊い存在っしょッ!!毒汁吹き出す(限界を超えた状態を指す。)レベルじゃん!!あっやば、泣けてきた。」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねてフラウに抱きつきながら顔を紅潮させて娘を自慢するティルぴ。そんなティルぴとナクアの姿を見てフラウ思う。


 アラクネとは何だろう。


 伝え聞いたアラクネとは似ても似つかないこの親子は害がある存在とは思えない。心が通っていて、思いやりに溢れている。そして、それは隊員全員が感じていた。


「ナクアちゃん、本当にいい子ね。……ティルぴが羨ましいわ!」

「急に呼び捨てとか照れんじゃんwww あはは、でもそうっしょ! マジ天使じゃね?? これで生後1日とかビビるわwww」

「ふふふ、そうね。生後1日ならまだ――えっ1日!?1歳じゃなくて1日!?? それって……マジやばくね??」

「それなwww」


「おいおい、2人で楽しそうに何話してんだよ」

「そうですよぉ! ズルイです!」

「……わ、私も混ぜて欲しいです。」

「う、ううううう、わたし感動しちゃったわ……誤解してごめんなさいね。」


 フラウとティルぴにどこかあった距離がなくなった。その変化は隊員達に伝播する。たちまち洞窟に似つかわしくない姦しいガールズトークが響く。

 その光景は言葉が交わせて、同じ景色が見えているならアラクネと人なんて些細な違いでしかないという事を確かに証明していた。

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